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カンナ  作者: Gardenia
第三章
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3-35

遅くまで申し訳ないと言いながら車に乗り込むと、それに会釈をして応えた運転手がドアを閉めてくれる。

助手席には秘書の高見が座っていた。


「お疲れさまでございました。すぐ近くですので」と高見に言われて、「高見さんもお疲れ様です」と労った。

「ちょうど近くで会議が終わったところでした。小野寺を先に降ろしました。私はこれから本社に帰りますので途中ご一緒させていただきます」

「こんなに遅くまで?」

「はい。相手が海外だと現地時間に合わますので」

「そうなのか」

とつぶやくように琢磨が言うと高見が頷いた。


「秋吉様へのプログラムは明日午前中からテスト稼働して、おそらく明日中には仕上げられると報告がありました。ディバイスのほうは明後日にお届けできるはずです。使用方法等何かご質問がございましたら担当者にご連絡ください」

マニュアル通りの高見の言い様に頷きながら、

「なぜ俺は承諾してしまったんだろうな。知らないうちに頷いていたのか」とつぶやいたがそれに高見は返答せずに眉間に皺をよせただけだった。


カンナのプレゼンは簡単に安価で手軽で便利なものという三拍子そろった印象を琢磨に植え付けた。

しかもそれをまるで隣の席のクラスメイトが忘れたという消しゴムを貸すような気軽さだ。


同席した若い技術者たちは最初は恐縮した話しぶりだったが、カンナが水を向けるうちに仕様についてのアイデアや変更への熱意が見えてきた。

口数が多いわけではないが、発言すべき時にはやや早口で人を巻き込んでいく彼女のリーダーシップを目の当たりにし、活き馬の目を抜くお江戸で成功した実力は伊達じゃないんだと思う。


それにしても、技術者だという若者たちはちょっと風変わりで琢磨の従業員たちとは真逆なタイプだった。

顔は青白く、過半数は眼鏡をかけていて、カタカナの専門用語を得意げに話す。琢磨にはさっぱりわからない部分が多かったが、カンナは頷きながら質問したり指示をだしたりしていた。

そこそこ大きな会社ということなのに、日ごろから頻繁にカンナと直接技術スタッフが接することがあるのだろうか。

琢磨が会社でのカンナの様子を聞こうと口を開きかけた時、車が停まった。


運転手が回り込んでドアを開けてくれる。助手席のドアから自分で降りてきた高見が「この建物の地下にありますこの店です。携帯電話は電波が届かないようですから使えません。念のためにお持ちください」と一枚のショップカードを差し出した。

「ほんとうに近いな」と琢磨は笑ってそれを受け取り、

「今回はたいへんお世話になりました。おふたりとも有難うございました」と声をかける。

「明日、最終日もよろしくお願いします」と2人に丁寧にお辞儀をされた。

その2人に見送られながら地下に続く階段を降りると狭くて長い廊下の先にBarの看板が見えた。




◇◇◇◇◇




カンナはカウンターの入り口からは見え難い場所に座っていた。それでも来客の気配はわかる。

琢磨の姿を遠目に確認してバーテンダーに頷くと、琢磨は入口で待たされることなく店の奥に案内されていった。

薄く作ってもらった水割りを一口飲んで喉を潤してからカンナはバッグを掴んで立ち上がった。

化粧室で手を洗ってからカウンターには戻らずに琢磨の後を追うように奥のに進む。

そこは6席ほどのカウンター個室になっていた。


「お疲れさま」

座ったばかりの琢磨に後ろから声をかけ、隣に腰をおろした。

「おう。先に来てたんだろ?」

「うん。外のカウンターで飲んでた」

「そっか」


バーテンダーが先ほどカンナが飲んでいた水割りのグラスを持ってきたので琢磨は同じものをと注文した。


「面白い店だな」

「うん、バーのなかにバーがあるの」

「結構広いよな」

「他にVIPロームもあるのよ」

「ふーん。さすが都会は違うな」


バーテンダーが水割りを琢磨の前に置き、会釈して部屋を出ていく。

用があるときは呼び出しボタンを押せば来るらしい。

「お疲れ~」と言いながらグラスを軽く合わせた。


「琢磨はお酒強いんでしょ?」

「まぁ、弱くはないな」

「すごく飲めそうだものね。そうだ、ワインはどう?」

「何でもいいぞ」

「じゃ、これ飲んだらワインにしない?」

「ん。でもワインはよくわからん」

「私もよ」

カンナは笑いながらそう言って、早速呼び出しボタンを押している。

「わからない時のためにプロが居るんだから。ソムリエに聞きましょう」

そうして、バーテンダーの何本かのお薦めのなかから適当に注文したようだった。


「今回はほんとに世話かけたな。ありがとう」

琢磨がそう言うと、「いいのよ。滅多にないことだし」とカンナは琢磨に顔を向けることなく目線をまっすぐ前に向けたままでつぶやいた。

琢磨からはカンナの耳から顎にかけてのラインがやけに華奢に見えた。


「お嬢さんは元気だった?」

「あぁ。何とかやってるみたいだ」

「女の子は父親にとって特別可愛いものって聞くけど?」

「そんなことないぞ。あまり特別とか思わんな」

それにはカンナは微笑んだだけで言葉を返さなかった。


娘との食事や業界の話をしている間に、水割りを作ったバーテンダーがワインの準備をしている。

やがて大きなワイングラスが二人の前に置かれ、お薦めだというワインの簡単な説明を終えてバーテンダーが出て行った。


「では、改めて・・・」とカンナがワイングラスを持ち上げてもう一度乾杯の仕草をした。

琢磨もグラスを持ち、二人でワインの香りを吸いこんでから口に含む。

華やかな赤ワインの芳香が漂った。



「ほんとうに、東京で会えるとは思わなかったわ」

「まあ、毎年というわけじゃないけど、時々は来るんだよ」

「うん、連絡もらって嬉しかったのよ。いろいろ心配かけたと思うし」

「そうだな。心配だった」

「だから元気なところ見てらえて嬉しいわ」

「もういいのか?」

「ずいぶん落ち着いてきたわ。まだ警戒はしているけど、一時ほどではないの」

「たいへんだったな」

「連日ワイドショーや週刊誌だものね。ほんとお恥ずかしいわ・・・ってところです」

「相手はど今はどうしてるんだ?」

話せるところだけで、と前置きしてカンナは状況をかいつまんで説明した。




やがて事件のことだけでなく建築中の家の話から同級生の話題に移った頃にはワインも残り少なくなった。


「今日は疲れたでしょ?もう遅いしお開きにしましょう」

「あぁ。身体は動かしてないが気疲れしたな」

そう言いながら琢磨がボトルに残っている最後のワインを均等にグラスに注いでる間カンナはくすくす笑っていた。

「平素は肉体労働だもんね」

「おうよ。だからこういうのは苦手だ」

「それも仕事のうちじゃん」

「ま、それもあるけど、今回はお前が心配だったからな」


「私の様子を見に来てくれたの?」

「そうでなければ日帰りだ。いつもそうだし」

「ありがとね」

カンナはワイングラスを掌で包んだままお礼を言った。


「なぁカンナ。一度、現場見に帰ってこいよ」

「あ、うん。そうだね」

そう言うとグラスに残ったワインを飲み干した。


「さ、じゃ、タクシー呼ぶから」

「送っていくよ」

「それ、遠回りだからいいよ」

「構わんよ」

「あはは、琢磨、東京の地理がわかってないってば」

「それでもかまわん。送っていく」

「頑固者だね」

「あぁ」


前を向いていたカンナが上体を隣の琢磨に向けて座り直し、「構うわよ」と前置きして話し始めた。

「なぜ、到着日に羽田まで私が行かなかったかわかる?

会社の前で一緒に車を降りなかったかわかる?

一緒に食事しなかったのも、今日はこの店にしたのかわかる?」


琢磨は言葉の先を待つように黙って三白眼になったカンナを見つめている。

「この店はね、入口までが細い廊下で途中隠れるところがない作りになってるの。イチゲン客は来なくて身元の確かな人だけが利用しているの。

スタッフは口が堅いし、個室もある。話が外に漏れる心配がない。携帯が通じないから盗聴もPGSも使えない。

並んで車を待つところや同じテーブルで食事をしている写真を撮られるわけにはいかないわ。ようやく下火になったのにこちらから話題を提供するわけにはいかない」


そこから更に言い難そうにカンナは続けた。

「あなたには家族が居るわ。ありもしないスキャンダルをでっち上げられて巻き込まれることを想像できるかしら?

奥さんがご近所に買い物に出れば興味本位で『たいへんねぇ。でも頑張って』と言われるだろうし、お嬢さん方は学校の行き帰りに待ち伏せされてインタビューされるのよ?あなた方の父親はお家ではどんな人ですかって」


カンナが再び口を開こうとした時、琢磨がカウンターの上で握りしめられているカンナの右手にその上から掌を乗せた。

そのまま指を少しだけ内側に動かして小さな拳を包む。

もう一方の掌で迎えるように下から宛がって、琢磨は両手でカンナの拳を包み込んんだ。

「冷たくなってるじゃないか」

カンナは目を見開いてとられた手を引っ込めようとしたが、琢磨はそれを許さず逆に自分のほうに少し引いた。


カンナは引き寄せられてとっさに琢磨を見上げると、すかさず琢磨の顔が落ちてきた。

と、思ったら温かいものがカンナの唇を捕えた。

不意打ちで驚いたがワインの香りのするそれは温かく心地よくて、カンナは拒めなかった。

親愛のキスというには少し長い時間留まって、琢磨の唇がゆっくりと離れていく。それが惜しくてカンナはほうっとため息が出てしまった。


琢磨はカンナから目を離さずに包んだままの彼女の手を撫でて、「力入れなくていい。俺と居るときはいいから」と言うと、店のスタッフを呼ぶボタンを押した。


カンナがぼんやりしている間に琢磨はタクシーを時間差で2台手配し、お会計も終わらせてしまった。

最初に到着したタクシーにカンナを案内するようスタッフに託した後、次のタクシー到着までに注文したウイスキーを一気に飲み干して琢磨もホテルに戻った。





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