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カンナ  作者: Gardenia
第三章
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3-34

カンナの言う”散歩”の途中で先ほどのソフト開発会社の社長と営業部長に引き合わされた以外は各セクションを素通りし、言葉通りの散歩であった。

ドア横に掲げられた会社名もまた社内のインテリアも様々だ。

行き交う社員はスーツ姿も居ればボタンダウンシャツにコットンパンツというカジュアルな服装の人も居て、いったいどういう会社なのかと不思議に思う。

それを察したのか高見から「子会社がいくつかありまして、それぞれに規定が違うものですから。IT関連が多いですからやはり平均年齢は若いのですよ」と説明してくれた。

最後に社員専用のカフェを見て散歩は終わった。

役員専用であろう静かなフロアーでエレベーターを降り、カンナの執務室に通されると琢磨は更に静けさが増したような気がした。


「ご苦労さまでした」

「ちょうどいい距離だな」

「頭を使った後は足を使うのがいいのよ」とカンナは笑う。

「ここだけ特別に静かだな」

「う~~んっと、集中したいときがあるので静かに作ってある」

「ふむ」


琢磨はそれほど口数が多いほうではない。

日焼けした顔に厚い肩と背中を持ち、田舎暮らしとはいえ社長業をしている貫禄が漂ってサラリーマンには見えない。

勧められるままにフランス製のソファーの真ん中にどっしりと座った琢磨を見て、不良がマシな人間になったものだとカンナは感心した。


「さて、冷たいものでも飲んだらホテルまで送っていくわ」

「悪いな」

「いいのよ、電車不慣れだろうから車使ってね」

頷く琢磨にカンナは高見以外の秘書たちを引き合わせた。

「一度に聞いても名前は覚えられないだろうけど、顔合わせしておいたら後々取次易いから」と言いながら、秘書たちには実家の建築をお願いしている秋吉社長よと琢磨のことを紹介した。

メールやファックスは秘書たちが対応している。

初対面だが何か月か前から家の図面や契約書をやり取りしているので、和やかな場となった。


「ホテルは新宿だったよね?」

「ああ」

「夕食はどこ?」

琢磨はスマートフォンを取り出して画面をカンナに見せる。

会食場所の情報がそこにあった。


「これ、私のに送っていい?昼間が日比谷と銀座で夜が紀尾井町、なのに新宿に宿とってどうするのよ」

とカンナはブツブツ言いながら琢磨の承諾を待たずにスマホを操作して自分にメールしている。

そのカンナを咎めもせずに「明日、娘とちょっと会うからな」と琢磨は答える。

「あぁ、上のお嬢さんのところだと新宿が都合いいのね」

「そういうことだ」


「今夜は会食の後も予定あるんでしょ?」

「あぁ、先輩に誘われてる」

「明日は10時に有楽町だよね。お昼は会食で、夜は娘さんと・・・。

娘さんとの食事はもうお店を決めてるの?」

「いや。娘に決めさせてもいいし、ホテルの中でもいいかなと思ってる」

「そういえば知人がホテルの近くで人気のイタリアンレストランやってるのよ。もしお店に迷ったら連絡頂戴?」

「あ、うん。その時は頼むよ」

「お嬢さんだけ?お嬢さんのご学友も食事に招待したらどうよ」

「娘だけだよ」

「そうなんだ。友達も呼んでいいぞって言ってあげればいいのに」

「嫌だよ、面倒だ」

思った通りの琢磨の返答にカンナは笑っただけだった。


「明後日は予定入ってないじゃん」

「お前、何勝手に見てんだよ」

と琢磨がスマホを取り返そうと身を乗り出したので、素直に返しながら、もう全部見たっ」と笑ってカンナは席を立ち、自分のデスクに移動してPCを操作し始めた。


「まったく油断ならないな」

「うん?今、運転手に今夜の場所と明日の迎えの時間を送ってる」と琢磨の抗議を軽く聞き流し、

「明日の午後、昼食後は予定入ってなかったけどもしかして永田町?」

「うん。今連絡待ちだ」

地元議員のところに挨拶にでも行くのだろう。それをスケジュールに書き込まないのはさすがだと思った。

「明日は夕方ホテルまでの間は車使えるようにしてあるから。どこでも行きたい場所を運転手に言えばいいよ」

「ああ」

「今日は遅くなりそうだから、明日お嬢さんを返した後に会えるかな?」

「そうだな。たぶん大丈夫だ」

「飲みに行こう」

「わかった」

「じゃ、そろそろホテルまでお送りしましょう」

カンナはノートパソコンを閉じてから内線で秘書を呼んだ。


今度は地下駐車場からカンナも琢磨と一緒に後部座席に乗り込んだ。

「家のほうどう?滞りなく?」

「漸く聞いたな」

「気にはなってるんだけどね」

「何しろ施主が近くに居ないもので、のんびりやってますよ」

「予定通りに仕上げてよね。いざ立ち始めると早く欲しいものね」

「おっと、急がされてる?」

「ううん。楽しみにしてるって言いたいの」

「凄い量のコンクリートを手配したので、何かできるんですかって聞かれたよ」

「頑丈なものがいいからね」

「そろそろ上棟の日を決めてもいいと思う」

「うーん。お薦めの日は?あ、暦見なくちゃ・・・」

「ぷっ・・・お前が暦なんて気にするのか?」

「当たり前でしょ?暦、大事だよ?」

「そっか。大事なら自分で決めろ?」

「そうだね。ちょっと考えてみる」


「あのね?」

「なんだよ」

「怒らないかなぁ」

「何だよ」

「現場さぁ、モニタリングしてるから見たいときに画像で見れてるんだ」

「ん?」

「リアルタイムで見たいときに見てる。建築中の家」

どういうことだと思案顔の琢磨が思いついたように「あっ、そういうことか」

「うん。さっきデモ見せたじゃない。あれと同じようなものだと思って?」

「なるほどね」

「カメラどこについてるんだ?」

「うふふ、内緒よ」

「お前な~、そういことは早く言えよ」

「ま、私も気にしてないわけじゃないってことで」

「油断ならないな、まったく」

「まぁそんなこより、陽菜ちゃんどうしてる?」

カンナは話題を変えた。

琢磨はそんなカンナを呆れたように見たあと諦め顔で次女が機嫌よく通学していることをカンナに伝えた。

一日のうちで琢磨と子供たちの接点は少ない。朝食時か夕食後に顔を見るくらいだ。それでも落ちこぼれだった次女がイマドキの女子高生らしく輝いてきたのがわかる。

言葉少なくその様子を伝えようとする琢磨を見て、「お父さんの顔してるわね」とカンナが微笑んだ。


琢磨のほうはというと、カンナがいつの間にこういう表情を身につけたのだろうと彼女の背景に思いを巡らせた。

子供のころはこういう顔つきをするヤツじゃなかった。

顔かたちはとびきりの美人ではない。不細工ではないが、道行く人が振り返るほどでもない。

しかし、手入れの行き届いた肌と髪、上品そうに見せた化粧。それにほのかに良い匂いがする。全体の雰囲気が上質なうえに今のように微笑むとたちまち輝くオーラが出てくる。

上等な女、誰もがそう思うに違いない。

これは彼女の自然体なのか、それとも身に着いた鎧なのか図りかねた。


車が静かに停車した。ホテルに到着したようだ。

「じゃ、少し部屋で休んでね。6時にはこの場所に出てきて。

明日の朝は9時にここで。この車が来るから。

そして私は昼食後に一度連絡させていただくわね。」

そう簡潔に言うとカンナは琢磨を車から降ろして、自分はそのまま車に乗って行ってしまった。

出来る女はああなのかとひとりごちて、琢磨はチェックインのためホテルのロビーに向かった。



琢磨はその日も翌日も滞りなく予定をこなし、夕方には長女とホテルロビーで落ち合った。

新宿はどの店も混むからというカンナのアドバイスに従って、娘に食事をする店の予約をさせた。

友達もつれてきていいというと、女子大生を2名連れてきた。

短大に入ってから知り合って仲良くしてると紹介してもらったのだが、娘も含めて同じような服装と化粧で見事にシンクロしていたので驚いた。

久しぶりに見る長女はいいところのお嬢様風、悪く言えば女学生ご用達雑誌の完全コピーのようだ。

個々の個性はどこにあるんだと唸りそうになったが、またこれも今時の個性なのかもれないと言葉を飲み込んだ。


長女が選んだ店は雑誌でよく取り上げられていて、彼女たちも一度来たことのある店ということだった。

一言でいうならカフェ風居酒屋というところか。

未成年なのでアルコールだけはダメだと言い、注文を全部女子大生たちに任せてみると、昨日今日琢磨が摂った食事がやけに真っ当に思えた。

味のしない野菜を食べ、やたらチーズやマヨネーズがかかった料理を口に運びながら女子大生の会話に相槌を打つ。


どうやら3人とも田舎から出てきて同じような境遇らしい。

同じ学校に通い、住まいも近く、趣味も合うのだとか。

琢磨に対しては節度のある接し方に好感が持てたのが救いだ。

今後も娘と仲良くしてやってくださいと父親らしく挨拶をしてデザートまでご馳走した。

駅の改札を抜け小さく手を振ってから雑踏に紛れて見えなくなる娘を目で追いながら、友達も呼んだのは正解だったと気が付いた。

娘1人だけで帰すことはできなかっただろう。

ボーイフレンドが出来たのかどうかまではわからないけれど、娘は大人になろうとしている年だ。幼い顔はどこにもなかった。



娘たちの姿が完全に見えなくなると、琢磨はカンナに電話をかけた。

すると琢磨の泊まっているホテル前に車を行かせるという。

5分ほどでホテルに着くと、ちょうど車寄せにいつもの車が入って来るのが見えた。






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