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カンナ  作者: Gardenia
第二章
19/36

2-19



ちょうど正午になる頃、田所たちが帰ってきた。

カンナは二人を書斎に案内した。

午後に買い手と楊が仮契約と家具の確認にやってくることになったらしい。

たった1日で売買が決まったので、カンナは内心驚いていた。

こういうこともあるのだ。


契約書は日本語で作る。今回はサービスとして中国語で翻訳したものも作成すると提案すると、買い手はすごく喜んでいたと田所は語った。

仮契約でもあるし、予め標準のテンプレートがあるので30分ほどで作成できるというので、

中国語のできる弁護士に書斎のデスクを使わせて、カンナはキッチンに居る管理人に昼食は30分後だと伝えに行った。


カンナが書斎に戻ると、田所が楊の別荘での報告をカンナにした。

午後2時に買い手と楊が来るので、もう一度家と家具を見せる手順を打ち合わせていると、

仮契約書も出来たようでプリンターが動き出した。

2部の仮契約書を仕上げてから、3人はダイニングに移動して昼食を摂った。


北海道尽くしの昼食を二人の弁護士はやたら感心して平らげて、食後のお茶をリビングで飲むことになった。

楊たちが来るまでにもうあまり時間がない。

カンナは管理人夫婦をリビングに呼んで、この別荘を売ることになったと告げた。


管理人夫婦は驚いて、次には不安そうにしたが、次のオーナーに紹介することや

気に入らなければいつでも次の職場の世話をすることを約束すると、ほっとしたような顔になった。


「今から新しいオーナーが来るから、弁護士さんに同席してもらって面接したらどうかしら?」

とカンナが言うと、田所が頷いた。

「それは助かります。でも中国語はわからないので大丈夫でしょうか?」と管理人夫婦は再び不安そうになった。


「採用されたら、予め仕事の内容を箇条書きにでもしておくとか、工夫できることはあると思うわよ。

いざと言う時はお隣のオーナーが日本語ができるので手伝ってくれると思うし。

あとで頼んでみましょう」

「はい。よろしくお願いします」

「それからどうしても出来ないと思ったら、いつでも連絡くださいね。

会社の保養所もありますので、そちらの管理に転勤とかも考えますから」とカンナは付け足した。

「はい」と言ったものの管理人夫婦にはもう少し考える時間が必要だろう。

あとで呼ぶからと、キッチンの片付けに戻ってもらった。


午後2時少し前に、買い手と楊が訪ねてきた。

二人とも機嫌が良く、ニコニコしている。

リビングで家具のリストを見ながら田所が説明している間に、カンナはインターネットで口座に手付金が振り込まれたのを確認した。

その後で家具や備品を確認し、仮契約書に署名して一段落すると、カンナは予定通りこの別荘のセキュリティシステムの説明に入った。


セキュリティシステムこそがカンナの自社製品であり、オリジナルの器材に加えて独自の監視サービスが他社と比べても類を見ないほど洗練されていて質が高かった。

リビングから書斎に移動し、モニターを作動させてこの別荘の周りを映して説明する。

次に見取り図を立ち上げて書斎の位置に丸く赤いランプが2つ点いているのを新オーナーと楊に確認させた。

二人は携帯電話を持っている。GPSが作動しているので赤いランプが点くのだ。

新しいオーナーと楊は他にもいろんな機能があるのというカンナの説明を聞き入っていたが、価格もかなりするのですぐには返事できないと言った。


「はい、わかりました。ただし、取り外しに数日必要なので、本契約の書類が出来たときにはお返事を頂きたい」とカンナは言った。

「このまま継続して使われるなら、取り付け工事は不要になりますし、器材は中古になりますから価格もぐっと抑えられます」と言うのを忘れなかった。


「管理人が使い方を知っていますので・・・」と言って、管理人夫婦の紹介をする。

中国語のできる弁護士に付き添ってもらって、ダイニングで新オーナーに管理人夫婦の面接をしてもらうことになった。

その間にカンナは楊と話をしてしまおうと思った。






「カンナ、貴女が一人でここに滞在できる理由がわかりましたよ」と楊が口を開いた。

カンナは何も言わずに少し微笑んでおくことにした。

「窓ガラスは外からは中が見えない素材、家中に張り巡らされた監視システム。

遮音に加えて、盗聴不可。誰もこっそり近づくこともできない」楊は大げさにため息をついた。


「世の中には、そのため息ですら誰かに録音され換金される時代ですのよ」とカンナは楊に言った。

楊はしばらくカンナを見つめていたが、やがて「そういうことですか」と声を落として言った。


「クライアントは?」

「個人は少ないほうで、企業や政府関係がメインです」

「中国には進出していますか?」

「進出していたら楊さんが知っているはずでしょ?」

「中国はマーケットとして魅力ないですか?」と楊が聞くので、カンナは正直に答えた。


「中国ははっきり言って大きすぎます」

「ほう」

「このセキュリティシステムが何故安全かわかりますか?」

「わかるように説明してくれますか?」

「ええ。今設置している国で成功しているのは、サーバーが安全だからです。

システムを維持するというのはそういうことです。

今、日本やヨーロッパで成功しているからといって、中国に私のような日本人が進出して安全が保障されるでしょうか?」

「うむ。中国は・・・中国人は日本人でもヨーロッパ人でもありませんからな」


「私は、中国のマーケットを制覇するのは中国人が良いのではと思っています」

「うむ」楊は考え始めていた。

「私にはとうてい中国に乗り込む勇気も自信もないですよ」

カンナはようやく笑った。


「今、私は今の会社をもう少し堅牢なものにしようと思っています。

その後で楊さんにご相談することがあるかもしれません。

中国マーケットのことで・・・」

そう一気に言うと、楊が改めてカンナの顔をまじまじと見つめた。


「はやくゴタゴタが解決すると良いですね」と楊が言った。

「ご存知でしたか」とカンナが苦笑する。


「毎日日本のテレビを観てますから。達哉が毎日出てますね」

「お恥ずかしい話です」

「何もカンナが恥ずかしがることはない。達哉の問題でしょう。

あなたはもう関係ない話ですよ」と楊は言ってくれた。


「はやく落ち着いてくれると良いのですが・・・」とカンナが言うと、

「私は貴女から相談される日を楽しみに待ってますよ」と楊が呟いてカンナに頷いた。


ダイニングで管理人夫婦を面接していた新オーナーが楊を呼んだ。

どうやらしばらくの間管理人夫婦を雇用してみるらしい。

楊がダイニングに行ってしまうと、カンナはリビングの窓に近づいて庭を見る振りをした。

そろそろこの別荘から移動しなくてはならない。

私物の発送など明日からのことをカンナは考えていた。


やがて新オーナーと楊は引き上げて行き、その後軽く打ち合わせをして田所たち二人の弁護士もそれぞれ運転してきたレンタカーで出発した。

2日後に東京で会う予定だ。


長い一日だった。カンナは疲れを感じた。

熱いお風呂に入って、その日は久しぶりに熟睡したようだ。

気がついたら朝になっていた。





軽くストレッチで身体をほぐしてから、動き易い服装で身の回りのものを片付ける。

手荷物だけ作ってしまえば、あとは管理人に頼んで荷造りしてもらうことになっている。

朝食のフルーツとお茶を済ませるともうお昼前だった。

カンナはワインを一本選んで、隣の楊家まで歩いて行った。

楊たちは今日のお昼頃出発すると聞いている。


「まだ仮契約なのですが、しばらくはお会いできないので・・・」と、

お礼と称してワインを差し出したカンナに、楊は少し驚きながらも歓迎してくれた。

「カンナに良い話があります。セキュリティーをそのまま使いたいらしいですよ、彼は」

と、カンナの別荘を買うことになっている人のほうを見ながら楊は言った。


「取り外すには惜しいのでそれはよかったです。きっとお役に立ちますよ」とカンナは笑って言った。

「カンナ、僕の電話番号なくさないでね」と楊は声を抑えてカンナに言う。

「時期が来たら連絡させていただきますね」とカンナも応えた。


お互いに「元気で」と挨拶をしてカンナは楊の別荘を辞した。


午後は管理人と打ち合わせをして、明日はここを出る。

次の展開が待っている東京か、あるいは東京に近いところに居たほうが良いかもしれないとカンナは思っていた。





翌日、ハンドバッグとコンピューターバックだけをレンタカーに積んで、カンナも別荘を後にした。

空港でレンタカーを返し、飛行機の空席情報をチェックする。

カウンターで直接チケットを購入して、ようやくカンナは携帯電話を手に取った。

東京の秘書に便名と到着時間を知らせ、迎えの車を手配するようにメッセージを送る。

しばらくまた騒がしくなるかと思うと気が重いが、自分の足で乗り越えるしかないと思いなおして、背筋を伸ばして飛行機に乗り込んだ。






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