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カンナ  作者: Gardenia
第二章
18/36

2-18

学生時代ヨット部だったと言う田所は、スーツ姿で見るよりも実際は筋肉がついていた。

特に腕と背中はつやつやとしてさわり心地がよく、40歳になった今でさえこの状態なら、現役の20歳前後のときはいかばかりかと思ってしまう。


ベッドの上で戯れている間、カンナと田所は名前で呼び合い、お互いを同等として扱う事ができた。

どちらがクライアントでもなく、年齢も関係なかった。

それがカンナにとっては新鮮で嬉しいものだった。


しかし同時に、今この時だけの関係にしておかなければならないのは二人ともよくわかっている。

短い時間の間に自分を解放つのは容易ではなかったが、二人はまるで競争するかのように高め、ぶつかり合い、求め合った。

やがて終わりが来ると、寄り添って少し眠った。





カンナが1度目覚めたのはまだ暗い時間で、軋む体をようやくベッドから引き離して自分の部屋に戻ると、シーツがやけに冷たく感じた。

体を横にして丸め目を閉じると、あっと言う間に深い眠りに入っていった。


次に目を覚ますと背中に熱い塊があり、身じろぎをするとその塊のたくましい腕がカンナを引き寄せた。

自分の部屋に戻って一人でベッドにもぐりこんだはずなのに・・・と、カンナは思ったが、また眠ったらしい。

次に目が覚めると外はすっかり明るくなっていた。


背中で田所が身じろぎをした。

「酷い人だなぁ、一人で眠ろうとするなんて・・・」

カンナの肩に顎を乗せている田所が呟いた。


「だって、後で掃除の人が来るからこのベッドに眠った形跡がないとどうなると思う?」

カンナがそう言うと、

「確かにそれはマズイ」と田所も頷いた。


カンナは身体の向きを変えて田所の顔を見た。

髪は少し乱れてボサボサになっている。

いつもはキレイに整えているので、洗いざらしで眠った形跡のある有様は田所の印象を若く変えている。

手を伸ばして田所の髪に指を入れると柔らかな癖毛を何度かなでた。


田所はカンナを見つめながら指を掴み、その指先にキスをした。

「おはよう」

「おはよう」


「今朝のあなたは輝いている」

田所がまぶしそうにカンナを見た。

「ありがとう。あなたのおかげかも・・・?」

「なんで疑問系?」

そう言って二人でくすくす笑った。


笑いが収まると、「腹が減った」と田所が言った。

「夕べ、運動しすぎたなぁ」と言う。

「じゃ、シャワー浴びたらダイニングに集合しましょう」カンナはそう言ってベッドから出ようとすると、田所がカンナの肩をつかんでいきなりキスをした。


思いがけず深いキスになったが、カンナがうっとりし始めると田所はカンナを掴んでいた手を離し、「これ以上は危険だな」と言って笑った。

「これ以上は朝ごはんの時間がなくなってしまう」と言ってカンナにベッドを降りるように促してから、バスローブの前が肌蹴たままで客室に歩いて行ってしまった。


カンナは苦笑しながらバスルームに移動し、たっぷりのお湯に浸かって念入りに身体を温めた。






カンナが朝食の準備をしていると、田所がキッチンに入ってきた。

髪を整えてはいるがいつもの眼鏡は掛けていない。

シャツのボタンは全部留まってないが、ほぼ仕事用のスタイルになっていた。


「コーヒーあるかな?」と言うので、カンナは水の入ったグラスを手渡して、

「まずお水を一杯飲んでね。コーヒーはすぐに出来るわ」と言った。

飲み干した水のグラスを受け取って、コーヒーマグを代わりに差し出す。

田所はマグを受け取って窓辺に近づいた。


コーヒーをゆっくり飲みながらリビングからの景色を楽しんでいたが、やがてダイニングに戻ってきて、カンナが準備しているお皿を受け取って並べ始めた。

ヨーグルトのかかったフルーツボール、小さなサラダ、ゆで卵、グラスに入った牛乳。

着席して一口コーヒーを啜ると、目の前に湯気が出て熱々のフレンチトーストが田所の前にトンと置かれた。


カンナが着席するのを待って、田所はナイフとフォークを手に取った。

一口食べて少し目を細める。

「あなたがこんなに料理ができるとは知らなかった」

カンナは何も言わずに「ふふふ」と笑って静かに朝食を続けた。


あっという間に厚切りのフレンチトーストを食べてしまってもう少し食べたいという田所に、カンナはもう一度フレンチトーストを焼きながら田所の様子を見てみると、

サラダやフルーツボールも凄い勢いで食べていた。

カンナは冷蔵庫からハムを出して厚めに切り、フライパンをもう一個取り出してハムを焼いた。


カンナがダイニングテーブルに戻り、田所の前にフレンチトーストとハムの皿を差し出すと彼は嬉々としてそれを受け取り自分の前に置いた。

そして今度はカンナの食べるスピードに合わせてゆっくりと食べた。


「久しぶりに朝ごはんが美味しいと思えた」

田所は満足そうにコーヒーを飲んでいる。

「いつもはコーヒーだけ?」

「そうでもないよ。コーヒーとトーストとかドーナツが多いかな。でも美味しいと思って食べるわけじゃにから」

「私も久しぶりにしっかり食べたわ」

「一人じゃつまらんよ、食事は」

「甘いものが大丈夫とは知らなかったわ」

「そう?結構好きだよ。特に朝は甘いデニッシュとかコーヒーとか・・・」

「お米は食べないの?」

「それがさ、学生時代はスポーツしてたから、朝食はしっかり食べてた。

今は一人暮らしだからなぁ。料理しないし」

「ああ、そっか。実家だとお手伝いさんが朝から豪華定食作ってくれてそうね」

「今でも、ちゃんと定食食べたいときは実家に帰ってる」

そう言って田所は笑った。


裕福な田所の実家では人手がたくさんあるはずなのに、今は職場に近いマンションで一人暮らしをしている。

家に仕事を持ち帰ることもあるので、業者を雇うわけにはいかず、部屋の掃除は時々実家のスタッフに頼んでいる。

カンナはそういう話を田所から初めて聞いて酷く新鮮な気がした。






食器はあとで来る管理人が洗うからとカンナが言うと、田所はカンナを座らせて置いて自分で食器をシンクまで運んでくれた。

コーヒーのお代わりをカンナのカップにも注ぐと、ゆったりと椅子に座りなおしてカンナを正面から見た。


「あまり二人っきりで話す時間が少ないから、今ちょっと聞いていいかい?」

「なぁに?」

「ここがこんなに居心地の良い別荘だとは思わなかった」

「私もよ」

とカンナはそう言って笑った。


「ここだけじゃなく他の場所もそうなんだけど、ブームになるからと達哉たつやが買うって駄々捏ねたから買ったものなの」


小さな資本で始めた会社が、時期もよかったこともあって上場できたのだ。

その時手にしたお金で二人はいろんなものを買っていた。

IT企業という言葉が一般に浸透するのと正比例するように存在が認められることとなった会社は、

投資家の気持ちを擽る材料がたくさんあり、思うよりもはるかに高価格で初値がついた。

信じられないような単位のお金を創業者であるカンナと達哉夫妻は手にしたのだ。


上場した会社はすでにカンナは一株主になってしまったが、関連会社がいくつかある。

別事業の会社もあった。

離婚後もカンナが筆頭株主になりこれから上場を予定しているものもあった。


田所はカンナの所有する会社や不動産の全てのリストを持っている。

「秋吉設計建築事務所から問い合わせがあったよ」

「お手数かけました」

「田舎に何か建てるの?」

「ええ。そのつもり・・・」

「別荘を建てる気?」

「ん~・・・」


「僕はあなたの顧問弁護士だけど、友人としても聞いていいかい?」

「もちろんよ。あなたは数少ない友人の一人だわ」

「光栄なことだな」と田所はカンナ見て言った。


田所が無言で促すので、「住む家を作ろうと思って」とカンナは言った。

「東京から引っ越すってこと?」

「うん。そうなると思う」

田所はじっとカンナを見た後、椅子の背もたれに背中を預けて額に手を当てて考え込んでしまった。


しばらくしてようやく田所が口を開いた。

「もしかして、今あるものを処分しようとしている?」

「まぁ、そういうことね。とりあえず達哉と関わっていたものは少しずつ売るつもりよ」

「すぐにじゃないだろう?」

「もちろん売り急いではいないし、時期を見て良い条件になったらチャンスは逃さずにってこと」


「何時になるの?」

「今すぐに建築がスタートしても1年じゃ無理。まぁ2年はみておかないと。

その前に設計に時間も必要だから2~3年はかかるんじゃないかな」

「2~3年かぁ」

「お願いだからオフレコしてくれる?」

「あぁ、それはもちろんだけど・・・。で、どの程度の売却になりそう?」

「東京の家以外の不動産、そして株・・・かな。海外はパリのフラットは残してあとは全部になるかな」

「もしかして・・・」

田所は解ってしまった。


「引退するつもりなの」

カンナがさらっと言ってのける。

「やっぱりそうなんだね」

田所はそう言ってしばらく黙ってしまった。


「まだ2~3年あるから、その間に片がつくように僕も努力させてもらうよ」

と田所は静かに言った。

「ありがとう。頼りにしてますね」カンナは田所から目を離さずに言った。





田所は客室の荷物を書斎に持って下りてPCで仕事を始めた。

カンナは自室と客室の乱れ具合を確かめに行き、あとで管理人が来ても恥ずかしくない程度に片付けると、着替えてリビングでお茶を淹れていた。

そこに田所がカンナを呼びに来た。

楊の情報がメールで届いたから読むようにと書斎に促す。

カンナはお茶のカップを持って、書斎に移動した。


ほどなく中国語のわかる弁護士も到着し軽く打ち合わせをすると、田所は楊のところに電話を掛けてから出掛けていった。

後に残ったカンナは軽くストレッチをしながら、頭の中で楊にどうやって話をするか考えていた。

これから始まるのだ。今朝のこの静寂は嵐の前の静けさだとカンナは思った。






達哉たつやというのはカンナの別れた夫です。

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