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カンナ  作者: Gardenia
第一章
12/36

1-12

約束の1時きっかりにカンナは秋吉設計建築事務所に到着した。

案内を乞うまでもなく、入り口に立ったカンナをスタッフが気がついてミーティングルームに案内してくれた。

鉄骨木造三階建ての中庭を配した作りになっており、市街地の狭い土地を上手く使っていた。


少し待つと背の高いダンディな紳士が部屋に入ってきて、「はじめまして、秋吉満です。今日はお越し頂いてありがとうございます」とカンナに挨拶をした。

細身ではあるが日に焼けて健康そうな人だった。

「小野寺さんはうちの琢磨と同級生とは思えない。お若い」と言う。

カンナも名前を名乗りニッコリと微笑んで「秋吉君よりはかなり背がお高いですね」と笑って返した。

「あははは、背のことはあいつは気にしてますよ」

「でも、やはりお顔はよく似ておいでです」

「それは喜んで良いのか、悲しんでいいのかわかりませんね」と言うので、

「私としては似ていらっしゃるのでお話しやすいですけど?」とカンナはそう言って、満から目を逸らさなかった。


琢磨の兄、満は突然に笑い出した。

笑いが収まると「大変失礼しました」と言って名刺を取り出し、「家をお建てになる計画と伺っております」と態度を改めた。

どうやらテストは合格したらしいことにカンナはほっとした。


土地は手配済みであること、庭も含めて総合的に設計することと建築中の監督も引き受けてくれる建築士を探していることを話し、カンナの考えていることをかいつまんで話した。


「土地はどのあたりですか?」

「これが土地の住所と図面です。写真はここに・・・」とカンナは持ってきた資料を見せた。


満が手にとって見ている間にカンナは、「学校や役所を外観だけですが拝見しました」と話を続けた。

「私には素人なりにも今から建てようとする家に希望があります。好みもあると同時にわからないこともたくさんあります。

それでも自分が納得したものを作っていただきたいと思っています。

私に辛抱強く付き合って、私の考えを形にしてくださる方にお願いしたいと思っているのです」

「ほぉ、私が断ればどうされますか?」

「そうですね。別の建築家の人にお願いするだけです」とカンナは淡々と言った。


しばらく満は土地の写真を手に持ったまま黙っていたが、「もう少し具体的にご希望を伺って良いですか?」とカンナを促した。


カンナは自分で作ったファイルを取り出し、それとは別に箇条書きにしたリストを満から見安いようにしてテーブルに置いた。

あまり早口にならないように気をつけながら自分自身で考えた建築概念を話していく。

その説明は1時間続いた。時折満も質問をしたり、補足説明をしてくれる。

ようやくカンナの話が一段落したところで、満は新しいお茶を頼んでくれた。

喉が渇いていた。






「なるほど。小野寺さんのご希望は今までのところは理解できたと思います。

少し時間をいただけませんか?私なりに形が見えてくるまで時間をいただけるとありがたい」

「ええ、それはもちろんです。今お話したことで足りなければいつでもご連絡ください」

「このファイルは小野寺さんが?」

「はい、自分で作りました」

「よく出来ています。感心しました」

「ありがとうございます」


カンナは連絡先を書いた名刺を満に渡し、「外出がちなものですから、メールをいただければ助かります」と伝えた。

「それで、形というのはどの程度のことでしょうか?」とカンナは素直に聞いた。


「建築のコンセプトです。設計図はまだ描きませんが、見取り図と外観イメージはラフでよければ何パターンか作れるとおもいます」と満が言ったので、

「工期スケジュールも簡単につくっていただけたら嬉しいです。同時にお金の手配も考えなければならないので、支払いスケジュールも示していただければ助かります」


満はそれを聞くと、決心したようにカンナに言った。

「小野寺さん、失礼ですがどの程度の広さの家をお考えですか?」

「秋吉さんには建築家として、どの程度守秘義務がお有りと思っておいでですか?

もし、私の考えを他に漏らさないとお約束いただけたら具体的なフロアプランについて希望を述べたいのですが」

「もちろん、施主さんのお考えは100%この建物から出ないことをお約束します」

「それは良かった。もうご存知のとおり、専門用語は知りませんので、私なりにお話していいですか?」


「ええ、小野寺さんのご説明は非常にわかりやすい。ビジュアル的ですし」と満が言ってくれたので、カンナは一呼吸してから詳しく説明を始めた。

「これは絶対に希望するもののリストです」カンナは別の新しいリストを見せた。

満もかなり突っ込んだ質問をする。

その後一時間のやりとりで、なんとかカンナは自分のプランを全部説明したつもりだ。


「建築面積がどのくらいになるのかは私には今のところ見えません。

秋吉さんに考えていただいてから決めてよろしいでしょうか?」

「それが私の仕事なのでお任せいただければいいのですが、もうひとつ大事なことを伺いたい」

「はい何でしょう?」

「資金はどういう手段でお考えですか?」

「支払いスケジュールが決まったら、それに合わせてキャッシュでと考えています」

「個人としてはかなり大きな建築になるのはわかっていらっしゃいますか?」

「はい」

「材料費についてもかなりの金額になります。基礎、造園、建物は別の業者になります。それぞれ契約に基づいてスケジュールどおりが望ましいですね」

「信用調査をしていただいて構いません」

「ありがとうございます。でも、小野寺さんはこの街の銀行と取引がありますか?」

「そう、そこなんです。近くの銀行や信用金庫などには口座がないのですよ。

私は都市銀行にしか口座を持っていないので、そこからお支払いしますけど、

ご心配でしょうからここにお問い合わせ下さい」

と、カンナは取引銀行の頭取と顧問弁護士の名刺をコピーしたものを差し出した。


「その銀行だけでは信用が足りない場合は、弁護士に何でも問い合わせて下さい。

必要なものは準備するように言ってありますから」

カンナがそう言うと、「お気遣いありがとうございます。いずれ時期がきましたら問い合わせさせていただきます」と満は返答した。





たくさん話したので喉が渇いたカンナは、満にお茶のお替りを頼んだ。

「私も喉が渇きました」と満は笑って言って、内線でお茶を頼んでから「ところで小野寺さんは、料理はなさるのですか?」

「はい?料理ですか?」

「はい。ご自分で料理を作られる方なのかどうか判断できませんでしたので」

「そうですね、ここ何年かはあまりそういう機会がなかったのですが、お料理自体は好きなので、この家が出来たらするつもりです」

「そうですか。普通女性はキッチンの話から入るのですが、小野寺さんはそうではなかったものですから」と満は笑った。

「あぁ、今日は全体のコンセプトについてお話だけだと思いましたので。

キッチンのカウンターの素材とか、包丁置き場についてとか、キャビネットの取っ手についてはとか・・、そういうのはまだ先の話だろうと・・・」

「やはり、そうでしたか」

「そういうのはインテリアだと思っております。建築とはまた別に考えております」とカンナが言うと、

「その通りです。わかってらっしゃる」


「それと写真がたくさんありますが、海外のはご自分で?」

「はい。行った時に撮ったものです」

「海外に暮らしたことはあるのですか?」

「少しだけですけどね。フランスとカナダにはしばらく居ました。あとは旅行のみです」

「そうでしたか。色彩感覚が素晴らしいです」


カンナは思わず噴出しそうになりながら、「褒めて頂いても何もでませんよ」と言った。

「お世辞じゃないですよ」と満は言ったが、「もう今日は説明に脳を全部使い果たしてしまったので少々疲れました」と二人で笑っているところに、スタッフがお茶を持ってきた。

お茶で喉を潤しながら、海外で印象に残った建物の話をする。

満も2年ほどヨーロッパを中心にいろんな国を放浪していたことがあると、昔を懐かしんで楽しそうに話した。


最後にラフイメージができるだいたいの期日を確認して、設計事務所を後にしたカンナは家に帰ってようやく深いため息を吐いた。

満がなかなか好人物だったことに安堵した。

時々、カンナが女であることを見下す輩も居る。

ちゃんと礼を尽くして接してくれたのは有難かった。





空港までの高速バスの時間にはまだ間があるので、少し横になろうとしたが、

先に琢磨に連絡を入れたほうが良いと気がついて携帯に手を伸ばした。

『今日は秋吉設計さんに行って来ました。優しくお話を聞いてくれて、とりあえず考えてくれるとのこと。秋吉君のおかげです。ありがとう』

そういうメールを送った。


携帯を横に置いて目を瞑ろうとしたときだった。

着信があった。バイブレーション設定もしているので、ぷるぷる震えている。

カンナは嫌々携帯を開いた。

秋吉琢磨からの電話だった。






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