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命の使い方を教えてくれた君へ

掲載日:2026/05/03

長めの短編です!

ぜひ最後までお読みいただけると嬉しいです。


 俺たちの左手首には、生まれ落ちたその瞬間から「数字」が刻まれている。


 皮膚の奥から淡く発光するその不可思議な数字は、年、日、時間を示し、心臓の鼓動に合わせるように静かに減少していく。


『寿命』。


 それが誰によって与えられ、どうして存在するのか。神の悪戯か、あるいは進化の過程で生じた突然変異か、明確な答えを知る者はいない。ただ、太陽が東から昇り西へ沈むように、水が高きから低きへと流れるように、それはこの世界における絶対的な『(ことわり)』だった。

 そして、この数字にはただ一つの、しかし決定的な性質がある。


『善いこと』をすれば増え、『悪いこと』をすれば減る。


 朝の満員バスの中、俺は吊り革に掴まりながら、目の前で繰り広げられるひどく滑稽な喜劇を冷ややかな目で見下ろしていた。


「あ、あの……おばあさん、ここ、座ってください」


 そう声をかけたのは、疲れた顔をした中年のサラリーマンだった。彼は額に汗を浮かべながら、いそいそと席を立ち、杖をついた老婦人に場所を譲る。


「まあ、ご親切に。ありがとうございます」


 老婦人が深く頭を下げて席に座った瞬間だった。サラリーマンの左手首で、淡い光が明滅した。


『45年112日5時間』と刻まれていた彼の寿命が、ほんの数秒だけチカチカと揺らぎ、『45年112日8時間』へと変化した。三時間の延命。


 それを見たサラリーマンの口元が、安堵と歓喜でだらしなく歪む。彼は老婦人が座れたことなどもうどうでもいいと言わんばかりに、自分の手首をうっとりと見つめ、それを隠すようにそそくさとバスの奥へ移動していった。


 反吐が出る。

 これが、この世界の日常だ。


 人々は、少しでも長く生きるために他人に優しくする。困っている人を助けるのは、慈愛からでも同情からでもない。ただの「寿命稼ぎ」だ。街にはボランティアという名の寿命稼ぎの場が溢れ、誰もが笑顔の裏で自分の手首の数字を計算している。

 心が伴っていない善行。他人の不幸すら、自分の命を延ばすための餌でしかない。この息が詰まるような打算的な世界に、俺はどうしようもない嫌悪感を抱いていた。


 俺の手首には『50年201日10時間』と刻まれている。

 増やすための努力も、減らすような無茶もしない。ただ波風を立てず、この薄気味悪い世界をやり過ごす。それが俺、結城湊ゆうきみなとの生き方だった。


 バスを降りて高校の教室に入っても、その光景は変わらない。

 黒板の字を率先して消す者。誰かが落とした消しゴムを、我先にと拾おうと群がる生徒たち。まるで餌に群がる鳩のようだ。少しでも「善いこと」をして、数分、数時間の寿命をかき集める。そんなクラスメイトたちの姿を横目に、俺は自分の席につき、イヤホンをつけて喧騒を遮断した。


 ふと、視界の端で何かが動いた。

 窓際の席。この打算と偽善に満ちた教室の中で、一人だけ異質な空気を纏っている少女がいた。


 水瀬雫みなせしずく


 少し色素の薄い髪を揺らしながら、彼女は教室の喧騒には目もくれず、ただじっと窓の外を見つめている。彼女が率先して黒板を消したり、誰かに媚びを売って寿命を稼ごうとしている姿を、俺は一度も見たことがなかった。


「おい、見たかよあれ」


 不意に、前の席の男子生徒たちのヒソヒソ話が耳に入ってきた。イヤホンからは音楽を流していなかったため、その嘲笑を含んだ声ははっきりと聞こえた。


「水瀬のやつ、また寿命減らしたらしいぜ」

「マジで? こないだも野良猫に餌やって、学校の規則違反で一ヶ月分くらい減らしてただろ」

「今朝は、駅前で揉めてるおっさんたちの喧嘩に割って入って、殴りかかったらしいぞ。暴力行為扱いで、半年分は吹っ飛んだって噂だ」

「バカじゃねえの。放っておけばいいのに」


 俺は眉をひそめ、再び水瀬の方へ視線を向けた。

 彼女は窓の外を飛ぶ鳥を、ただ静かに見つめている。その横顔には、寿命を減らしたことへの後悔も、焦りも、微塵も感じられない。


 なぜだろう。この寿命に執着する世界で、なぜ彼女はそんなに不器用な生き方をするのか。

 ただの好奇心だった。深く関わるつもりなどなかった。しかし、その日の放課後、俺は彼女の決定的な秘密を知ることになる。


 夕暮れの図書室。俺が本を返しに行くと、そこには誰もいなかった。いや、一つだけ、書架の影に人影があった。

 その人影は水瀬だった。彼女は床に座り込み、うずくまるようにして眠っていた。開かれたままの本が、彼女の膝から滑り落ちる。

 その拍子に、彼女のカーディガンの袖がめくれ上がり——左手首が、露わになった。



 そこに刻まれた数字を見て、俺は息を呑んだ。




『0年98日4時間』




 見間違いかと思った。目を擦り、もう一度見る。

 間違いない。彼女の寿命は、あと三ヶ月足らずしかなかった。

 同級生たちが数十年の命を抱え、さらに一日でも長く生きようと躍起になっている中、彼女の命は、ろうそくの火が消える直前のように、ひっそりと終わりを迎えようとしていたのだ。


「……何、見てるの?」


 静かな声にハッとして顔を上げると、いつの間にか目を覚ました水瀬が、俺をじっと見つめていた。

 彼女は焦る様子もなく、ゆっくりと袖を下ろし、自らの残りわずかな命を隠した。その瞳は、どうしようもなく澄んでいた。


 俺は咄嗟に言い訳を探したが、その真っ直ぐな視線に射抜かれ、誤魔化すことを諦めた。


「……見えたんだ。あんたの、数字」

「そっか」


 水瀬は少しだけ目を伏せ、自分の左手首を右手でそっと包み込んだ。怒るでもなく、悲しむでもない。ただ「通り雨に降られた」くらいの、ひどく淡白な反応だった。


「あと三ヶ月って……どういうことだ。何か重い病気にでも罹ってるのか? それとも」

「病気じゃないよ」


 水瀬はゆっくりと立ち上がり、プリーツスカートの埃を軽く払った。


「ただ、減っちゃっただけ。私が、この世界にとって『悪い子』だから」


 その言葉に、俺は息を呑んだ。

 噂は本当だったのだ。駅前の喧嘩に割って入ったり、規則を破って学校に野良猫を持ち込んだり。その不器用な行動のせいで、彼女は自らの命をすり減らしていた。


「……馬鹿じゃないのか」


 気づけば、呆れを含んだ言葉がこぼれ落ちていた。


「そんなことで寿命を削るなんて。見返りもないのに、自分が損するだけだろ。誰もが一時間でも長く生きようと必死になってるのに、どうして」

「損得、か……」


 水瀬は窓枠に指を這わせながら、静かに呟いた。


「結城くんはおかしいと思わない? 心の底では『面倒くさい』って思っているのに、寿命を伸ばすためだけに無理して笑って手を差し伸べる。それって、本当に『善いこと』なのかな」


 彼女が振り返る。逆光の中、その瞳だけが俺を真っ直ぐに捕らえていた。


「私はね、自分の心に嘘をつきたくないの。目の前で誰かが泣いていて、助けたいって心が叫んでいるのに、寿命が減るルールだからって見て見ぬふりをする。そんな風に自分の心を殺して生きながらえるくらいなら……そんな空っぽな命、百年続いたって何の意味もないよ」


 それは、ただの強がりでも、破滅願望でもないように聞こえた。

 偽善に塗れたこの狂った世界で、水瀬だけが痛々しいほどに真っ当な心を持っていた。だが、その代償が「死」だという現実に、俺はどうしようもない焦燥感を覚えた。


「……図書室、もう閉まる時間だ。帰るぞ」


 それ以上言葉を紡ぐことができず、俺は逃げるように背を向けた。水瀬は「うん」とだけ短く答え、静かに俺の後に続いた。



 翌日。

 昼休みの教室は、いつものように騒がしかった。俺は自分の席で菓子パンをかじりながら、ふと窓際の席へと視線を向けた。

 水瀬は、今日も一人で静かに文庫本を開いている。昨日図書室で見た『0年98日』という事実が、俺の頭の中にこびりついて離れなかった。


「おっす湊。何ぼーっとしてんだよ」


 唐突に背中を叩かれ、俺はわずかに肩を揺らした。振り返ると、中学からの腐れ縁であるクラスメイト、藤井翔太ふじいしょうたが気の良い笑みを浮かべて立っていた。


「別に。考え事をしてただけだ」

「ふーん。まあいいや、それより聞いてくれよ。今朝、駅前で道に迷ってる外国人がいてさ。案内してやったら、寿命が三日分も増えたんだぜ。ラッキーだったわ」


 翔太は得意げに左手首を突き出してきた。彼の数字は『62年』を指し、安定した淡い光を放っている。


「お前も無気力に生きてないで、少しは寿命稼ぎしとけよ?」

「……遠慮しておく」


 翔太は根っからの悪人ではない。だが、彼もまたこの世界の「常識」に染まりきっている一人だった。善行は寿命を稼ぐための効率の良い手段であり、寿命が長い人間ほど「正しく生きている」と信じて疑わない。

 ふと、翔太の視線が窓際で本を読む水瀬へと向かった。


「そういや、水瀬のやつ」


 翔太は声をひそめ、哀れむような口調で言った。


「昨日も駅前で、なんかトラブルに首突っ込んでたらしいな。わざわざ自分から寿命を減らすようなことして、マジで何考えてるか分かんねえよ。あんな不器用な生き方してたら、いつか早死にするぜ、あいつ」


 その言葉は、俺の胸の奥を鋭く逆撫でした。

 翔太は何も知らない。彼女の寿命が、もう「いつか」などという悠長な時間を残していないことを。


「……知ったような口を利くなよ」


 低く、冷たい声が出た。自分でも驚くほど、明確な怒りが混じっていた。


「え?」

「他人の寿命の長さを、自分の物差しで勝手に測るな。お前が気にするのは自分の手首の数字だけで十分だろ」


 翔太は目を丸くして呆然としていたが、やがて気まずそうに頭を掻いた。


「わ、悪かったよ。なんか地雷踏んだみたいだな……。ただの世間話のつもりだったんだけど」

「……いや、こっちこそすまん。言いすぎた」


 翔太の言うことは、この世界における「絶対的な正論」だ。俺が腹を立てる筋合いはない。

 ただ、あの残酷な数字を知ってしまった今、同級生たちの打算的な言葉が、ひどく醜いノイズに聞こえて仕方がなかった。


 放課後のチャイムが鳴ると、クラスの連中は足早に教室を出ていった。皆、見えない何かに追われるように「寿命稼ぎ」へと向かう。

 俺は鞄を手に取ると、窓際の席で帰り支度をしている水瀬のもとへ歩み寄った。


「一緒に帰ろうぜ」


 短く声をかけると、水瀬は少し驚いたように顔を上げ、それから柔らかく微笑んだ。


「うん」


 学校を出た俺たちは、目的もなく街を歩いた。

 夕日に照らされた商店街は、今日も打算的な親切で溢れている。俺はその光景から目を背けるように、水瀬を連れて街外れの静かな河川敷へと向かった。ここなら、寿命稼ぎに躍起になっている連中の目につくこともない。

 土手の斜面に腰を下ろし、自販機で買った缶コーヒーを水瀬に差し出す。


「……あのさ」


 沈黙を破ったのは、俺の方だった。


「この三ヶ月で、何かやりたいことはないのか?」


 直球すぎる質問だったかもしれない。しかし、水瀬は缶コーヒーを見つめたまま、困ったように笑った。


「分からないな。私、自分のためにどこかに行きたいとか、何かが欲しいって、あまり考えたことがなくて」

「じゃあ、これから見つければいい」


 俺は自分の缶コーヒーを開け、苦い液体を喉に流し込んだ。

「お前は自分の心を殺さないために動いてるかもしれないが、それじゃあ命が擦り減る一方だ。少しは自分のためだけに時間を使えよ。……俺が見張っててやるから」


 水瀬は少し驚いたように目を見開き、やがて、その瞳をふわりと細めた。


「結城くんは、変わってるね」

「あんたにだけは言われたくない」

「ふふっ。でも、嬉しい。誰かに『自分のために時間を使え』なんて言われたの、初めてかもしれない」


 彼女の横顔は、沈みかけの夕日に照らされて酷く儚げだった。

 彼女の左手首に隠された数字は、今この瞬間も、無慈悲に時を刻み続けている。


「とりあえず、明日は土曜日だ」


 俺は立ち上がり、彼女を見下ろした。


「街の外れの映画館に行くぞ。あそこなら人も少ないし、厄介事も起きないだろ」


 水瀬は一瞬きょとんとした後、嬉しそうに頷いた。


 川面を渡る風は冷たかったが、俺の心の中には、今まで感じたことのない奇妙な熱が灯っていた。



 土曜日。街の外れにある古い映画館は、駅前の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 この辺りは再開発から取り残されたような寂れたエリアで、わざわざ「寿命稼ぎ」のために足を運ぶような人間はいない。ただ純粋に映画を観たい者だけが訪れる、この街では数少ない、打算のない空間だった。


「ごめんね、待たせちゃったかな」


 待ち合わせの十分前。レトロな看板の下に立っていた俺に、小走りで駆け寄ってくる人影があった。

 水瀬雫だった。学校での地味な制服姿しか見たことがなかったから、一瞬誰か分からなかった。淡い水色のワンピースに、薄手の白いカーディガン。その年相応の柔らかい出で立ちは、彼女が「残り三ヶ月の命」を抱えていることなど微塵も感じさせない。


「いや、俺も今来たところだ」


 嘘だった。本当は三十分も前から来ていたが、それを言う意味もないので誤魔化した。


「その……変じゃないかな。私、こういう場所に出かける服、あまり持っていなくて」


 水瀬は少し恥ずかしそうに、ワンピースの裾をきゅっと握った。


「似合ってる。……行くぞ」


 気の利いた言葉一つも出てこない自分に内心悪態をつきながら、俺はそっぽを向いて歩き出した。背後で、水瀬が「ふふっ」と小さく笑う気配がした。


 俺が選んだのは、何十年も前に作られた古いコメディ映画だった。

 派手な演出もなければ、感動的なメッセージを押し付けてくるわけでもない。ただ、不器用な主人公が日常の中で失敗を繰り返し、それでも最後には少しだけ報われて笑い合う。そんな、ありふれた物語だ。

 暗闇の中、隣の席に座る水瀬の横顔を、スクリーンから反射する微かな光が照らし出していた。

 彼女はスクリーンを食い入るように見つめ、主人公がドジを踏むシーンでは肩を揺らしてクスクスと笑い、登場人物たちが美味しそうにご飯を食べるシーンでは、小さく息を呑んで目を輝かせていた。



 その左手首は、カーディガンの袖でしっかりと隠されている。

 今は、それでよかったと思う。今日この数時間だけは、命を削る理不尽な世界の理から、彼女を切り離したかったから。



「あー、面白かった!」


 二時間後。映画館を出た水瀬は、大きく伸びをしながら満面の笑みを浮かべていた。図書室で見せていた静かで透き通った微笑みとは違う、年相応の、はつらつとした笑顔だった。


「映画館で映画を観るの、すごく久しぶりだった。テレビで観るのとは全然違うね。音が体中に響いて、本当にその世界に入り込んだみたいだった」

「……そうか。楽しめたなら何よりだ」

「うん。結城くん、誘ってくれてありがとう」


 映画館の隣にある小さなクレープ屋で、俺たちは一つずつクレープを買い、近くの公園のベンチに腰を下ろした。

 休日の公園だが、遊具で遊ぶ子供の姿はまばらだ。遠くの方で、落ち葉拾いのボランティアをして寿命を稼ごうとしている大人たちの集団が見えたが、ここまでは干渉してこない。

 水瀬はイチゴと生クリームがたっぷり乗ったクレープを口に運び、「んっ」と幸せそうに目を細めた。


「なんか、不思議だな」


 彼女はクレープを見つめながら、ぽつりと呟いた。


「今まで、自分のために時間を使うなんて、考えたこともなかったから。誰かが泣いていないか、誰かが傷ついていないか、そればかり気にして……気づいたら、こんなに寿命が減っちゃってて」


 水瀬の視線が、自分の左手首へと落ちる。


「でも、今日映画を観て、こうして美味しいものを食べている間……私、誰のことも心配してなかった。ただ『楽しい』とか『美味しい』って、自分のことしか考えてなかった」


「それでいいだろ」


 俺は自分のチョコバナナクレープには手をつけず、静かに言った。


「他人のために生きるのが立派だなんて、寿命の長さに取り憑かれた連中が作ったただの呪いだ。お前はもっと、自分のためにワガママになっていい」

「ワガママ……」

「そうだ。もっと映画を観たいとか、美味しいものを食べたいとか、そういう自分のための感情を優先してもいいんじゃないか。他人の涙を放っておけないお前の心は正しいのかもしれないが、自分自身を犠牲にしてまで守るべきものなんて、この世界にはない」


 水瀬はしばらく黙って、遠くの空を見つめていた。

 やがて、彼女はゆっくりと顔を向け、俺の目を見た。


「結城くんは……優しいね」

「は?」

「みんなは私のことを『寿命を減らす馬鹿な子』って言うのに。結城くんだけは、私のために怒ってくれる。私のために、時間を使ってくれる」

 水瀬の言葉に、俺はうまく返すことができず、ただ口を噤んだ。

 優しいわけじゃない。俺はただ、彼女のように真っ当な心を持つ人間が、この理不尽な世界に押しつぶされて消えていくのが許せないだけだ。それは、俺自身の勝手なエゴでしかない。


「ねえ、結城くん」


 水瀬が、少しだけ身を乗り出してきた。


「私、自分のためにやりたいこと、一つ見つけたかもしれない」

「……なんだよ」

「私ね、もっと色んな景色が見てみたい」


 彼女の瞳は、秋の澄んだ空のように真っ直ぐだった。


「映画みたいに、知らない場所に行って、知らないものを見て、自分のためだけに綺麗だなって思いたい。……残り三ヶ月しかないけれど、結城くん、また私と一緒に、どこかへ行ってくれる?」


 その問いかけに、俺は迷うことなく頷いた。


「ああ。どこへでも付き合ってやる」


 水瀬は嬉しそうに微笑み、再びクレープを頬張った。

 ふと、風に揺れた彼女の袖口から、左手首の数字が覗いた。



『0年96日8時間』



 数字は昨日から一日分、規則正しく減っているだけだ。今日、彼女はトラブルに巻き込まれて寿命を削ることはなかった。

 俺がそばにいれば、何かあっても彼女の代わりに動くことができて彼女の命の減少を最低限に食い止められる。そうすれば、残された時間で、彼女自身の「生きる意味」を――自分を大切にするという当たり前の幸福を、見つけてやれるかもしれない。



 そう信じて疑わなかった。

 だが、この世界の『理』は、俺が考えているよりもずっと残酷で、容赦のないものだったのだと、数日後、思い知らされることになる。




 月曜日の朝。教室に入ってきた水瀬の様子は、いつもと少しだけ違っていた。

 窓際の席に座り、ただ外の景色を眺めているだけの姿は変わらない。だが、その横顔には以前のような虚無感はなく、ほんのわずかだが希望に満ちているような前向きなように見えた。


 昼休み、俺が購買で買ったパンを食べていると、水瀬が席を立ち、こちらへ歩いてきた。


「結城くん」

「ん?」

「昨日、図書館の帰り道に見つけたんだけどね。駅の向こう側に、古い植物園があるんだって。今度の休み、そこに行ってみない?」


 彼女の言葉に、俺は少し驚いて目を丸くした。

 こないだ「自分のやりたいことなんて分からない」と言っていた彼女が、自分から行き先を提案してきたのだ。


「……ああ。いいぞ」


 俺が短く頷くと、水瀬は「ふふっ」と嬉しそうに笑い、自分の席へと戻っていった。

 それを見ていた翔太が、呆れたような顔で俺の肩を小突く。


「お前、いつの間に水瀬とあんなに仲良くなったんだよ。関わると寿命が減るって、クラスのやつらみんな避けてんのに」

「いいんだよ。他人のことばかり気にしてないで、自分の寿命稼ぎをした方がいいんじゃないか」

「なんだよ、せっかく心配してやってんのに」


 翔太は口をとがらせて自分の席に戻っていった。


 水瀬は少しずつ変わり始めている。他人のためではなく、自分のために時間を使おうとしている。

 このまま何事もなく日々を重ねていけば、彼女がこれ以上極端に寿命をすり減らすことはない。残された三ヶ月を、彼女自身の幸せのために使い切らせてやれる。俺は本気でそう信じていた。

 だが、その日の放課後。俺たちは思い知らされることになる。




 学校からの帰り道。俺たちは、いつもとは違う少し遠回りのルートを歩いていた。水瀬が「新しい道を通ってみたい」と言ったからだ。

 その途中にある、小さな児童公園の横を通りかかった時のことだった。


「やめて! 返してよ!」


 幼い子供の叫び声が聞こえ、俺と水瀬は足を止めた。

 公園の隅にある茂みの前で、ランドセルを背負った小学生の男の子が、三人の大人たちに泣きつきながらしがみついていた。

 大人たちは揃って「地域環境ボランティア」と書かれた腕章をつけている。彼らの足元には、段ボール箱に入れられた、足を怪我しているらしき泥だらけの子犬がいた。


「こらこら、聞き分けのない子だね。これは野良犬だよ。こんなところに放っておいたら、近所の人たちの迷惑になるだろう?」


 リーダー格の中年男が、男の子をなだめるように、しかし冷たい声で言う。


「僕が飼うんだ! お小遣いでご飯も買ってきたのに!」

「君のお家はペット禁止のアパートだろう。ルールは守らなきゃいけない。おじさんたちが、ちゃんと保健所に連れて行ってあげるから。ね?」


 男の顔は、慈愛に満ちた「善人」の皮を被っていたが、その視線はチラチラと自分の左手首に向けられていた。

 迷い犬の保護と、地域の安全確保。この世界において、それは文句のつけようがない『善行』だ。保健所に連れて行けば、彼らの寿命は確実に数日分、あるいは数週間分延びるだろう。彼らにとってあの子犬は、ただの「寿命を稼ぐための存在」でしかなかった。


「……あの子犬、怪我してる」


 水瀬が、震える声で呟いた。

 保健所に連れて行かれれば、誰にも引き取られない怪我をした野良犬がどうなるか、大人なら誰でも分かる。だが、ボランティアの男たちはそんなことには興味がない。自分たちの寿命さえ延びれば、犬の命などどうでもいいのだ。


「やめてってば!」


 男の子が段ボール箱にしがみつこうとした時、中年男が苛立ったように男の子の肩を突き飛ばした。


「痛っ……!」


 男の子が地面に尻餅をつき、膝をすりむく。

 その瞬間だった。

 俺の横で、水瀬が弾かれたように駆け出していた。


「おい、水瀬!」


 俺の制止する声は間に合わなかった。

 水瀬は大人たちの前に立ちはだかると、地面に倒れた男の子を庇うように両手を広げた。


「その子から、手を離してください」

「なんだね、君は。私たちは地域のために正当な保護活動をしているんだ。邪魔をしないでくれないか」

「保護活動じゃありません。あなたたちは、自分の寿命を延ばしたいだけじゃないですか! この犬がどうなってもいいと思ってるくせに!」


 水瀬の叫び声が、公園に響き渡った。

 男たちは顔を見合わせ、鼻で笑った。


「失礼なことを言うお嬢さんだ。大体、こんな汚い野良犬を放置する方が『悪』だろうが」


 男が強引に段ボール箱を持ち上げようとした時、水瀬が男の腕にすがりついた。


「お願い、連れて行かないで! 怪我が治るまででいいから、私が預かります! だから……!」

「離しなさい!」


 男が乱暴に腕を振り払う。水瀬の華奢な体は簡単に宙を舞い、冷たい砂利の上に激しく投げ出された。


「水瀬!」


 俺は駆け寄り、水瀬を抱き起こした。彼女の手のひらからは血が滲んでいる。俺は男たちに向かって怒鳴りつけようと立ち上がった。

 しかし、俺の視界に入ったのは、男たちの手首で淡く明滅する光だった。

『迷い犬の保護』というルールの遂行。彼らの手首の数字が、チカチカと音を立てるように増えていく。彼らの行動は、世界の理によって『善』と判定されたのだ。


 そして。

 俺の腕の中で荒い息を吐く水瀬の左手首が、不気味なほどの強い光を放った。

 地域のルールへの反抗。大人への暴言。正当な『善行』の妨害。

 それらすべてが、世界の理によって『明確な悪』として処理された瞬間だった。

 水瀬の手首に刻まれていた『0年95日』という数字が、まるで砂時計が崩れ落ちるように、凄まじい勢いで減少していく。


 90日。

 80日。

 70日……。


「嘘だろ……」

 俺は震える声で呟いた。

 数字の減少は、『0年62日4時間』になったところでようやく止まった。

 たった数分の出来事で、彼女の命は一ヶ月分も奪い去られたのだ。


「……よかった」


 俺の腕の中で、水瀬が弱々しい声で呟いた。

 俺がハッとして視線を向けると、騒ぎに驚いたのか、男たちが段ボール箱を置いたまま立ち去っていくところだった。男の子は泣きながら子犬を抱きしめている。

 水瀬は、自分の命が一ヶ月も削られたというのに、安堵したように微笑んでいた。


「全然……よくないだろ」


 俺の声は、情けないほどに震えていた。


「お前の寿命が……もう、二ヶ月しかないんだぞ! どうして他人のために、自分の命を捨てるような真似をするんだよ!」

「……ごめんね」


 水瀬は申し訳なさそうに眉を下げた。


「結城くんと約束したのに……自分のために時間を使うって。でも、目の前で泣いている子を放っておくことなんて、私にはできなかったの」


 その瞳は、いつだって透き通っている。

 自分の命が削られると分かっていても、損をすると分かっていても、心が動くままに手を差し伸べる。それが水瀬雫という人間の『本質』だった。

 だが、この世界は彼女のその純粋さを『悪』と切り捨てた。打算と偽善で塗れた大人たちの行為を『善』として称賛し、彼女から三十日もの時間を奪い去ったのだ。



 俺は、彼女の血の滲む手をきつく握りしめた。

 ふざけるな。

 こんな理不尽な考えが、世界の『理』であってたまるか。

 俺の中で、静かに、しかし決定的な何かが弾け飛んだ音がした。





 公園の冷たい水道水で、水瀬の手のひらに滲んだ血を洗い流す。俺は自分のハンカチを彼女の手にきつく巻きつけながら、終始無言だった。

 大人たちから奪い返した子犬は、とりあえず俺がスーパーでもらってきた段ボール箱に入れ、河川敷の高架下にある人目につかない場所へ運んだ。本当はどちらかの家に連れ帰るべきなのだろうが、俺の住むマンションも水瀬のアパート(さっき聞いた)もペットの飼育は禁じられている。あのボランティアの男たちが口にした「ルール」は、皮肉にも事実だった。それでも子犬は怪我が治るまで男の子がお世話をすると言ってはくれたが、男の子のなけなしのお小遣いを使わせる訳にもいかないため、俺たちで交代でお世話をすることになった。



「ごめんね、結城くん。巻き込んじゃって」


 段ボールの中で震える子犬を撫でながら、水瀬が弱々しく笑う。


「……謝るな」


 俺の視線は、彼女の左手首に釘付けになっていた。


『0年62日』。


 たった一度、純粋な心で弱者を庇った代償。それがこの世界の正体だ。


 なら、どうする?


 彼女に「もう二度と人助けをするな」、「理不尽を見過ごせ」と縛り付けるか? それでは彼女の心を殺すのと同じだ。心優しい彼女は、そんな息苦しさに耐えきれず絶望してしまうだろう。


 答えは、一つしかなかった。


 彼女が動くより先に、俺が動く。世界の理に逆らうことで生じる『悪』の判定を、俺が肩代わりする。俺には五十年の寿命がある。彼女を守るための盾になるには、十分すぎる数字だった。




 翌日から、俺の行動は変わった。

 イヤホンで外界の喧騒を遮断し、波風を立てずに生きるのをやめた。水瀬の視線の先を、常に観察するようにした。

 数日後の昼休み。図書室で本を読んでいる水瀬の近くで、一部の生徒たちが騒いでいた。気弱そうな下級生が、ガラの悪い上級生に絡まれ、無理やりノートの貸し出しを要求されていたのだ。図書室のルール違反である大声を出しているにも関わらず、誰も止めに入らない。関わってトラブルになれば、自分の寿命が減るからだ。

 水瀬が本を置き、立ち上がろうとした瞬間。

 俺は彼女より早く歩み寄り、上級生の持っていた鞄を思い切り蹴り飛ばした。


「うるさい。外でやれ」


 静まり返る図書室。上級生が激昂し、俺の胸倉を掴んでくる。俺は抵抗せず、ただ冷たい視線でそいつを見返した。結局、教師が駆けつける騒ぎになり、俺は「一方的な暴力行為と秩序を乱した罪」として生徒指導室へ連行された。


 長時間の説教を終えて廊下に出ると、左手首が淡く光った。

『50年201日』だった寿命が、『50年150日』に減っていた。約五十日分の減少。

 だが、不思議と後悔はなかった。むしろ、胸の奥にあった薄暗い靄が晴れたような、奇妙な爽快感すらあった。

 寿命を減らしてまで、自分の意志を貫く。その痛みが、俺が俺自身の足で立っているという確かな実感を与えてくれたのだ。


 しかし、その日の放課後。高架下で子犬の世話をしている時、水瀬は俺の左手首をじっと見つめていた。


「結城くん……数字、減ってない?」

「見間違いだろ」


 俺は視線を逸らして嘘をついた。だが、水瀬の真っ直ぐな目は誤魔化せなかった。


「ううん。図書室でのこと、見てた。結城くん、私が止めに入ろうとしたのを知ってて、わざと先に手を出したんでしょう」


 水瀬の顔が、泣きそうに歪む。


「やめてよ……私のために、結城くんが寿命を減らすなんて」

「勘違いするな。俺がムカついたからやっただけだ。お前は関係ない」

「嘘! そんなの、私が寿命を減らすよりずっと辛い……!」


 俺は子犬にミルクを与える手を止め、水瀬に向き直った。


「なら、どうしろって言うんだ。お前が目の前で寿命を削られていくのを、黙って見てろって言うのか?」

「それは……」

「お前が自分の心に嘘をつけないように、俺にも俺のエゴがある。俺は、お前を死なせたくない。そのためなら、自分の寿命が何年減ろうが知ったことか」


 空っぽの五十年の寿命。それを彼女の命を繋ぐために使えるなら、安いものだと思う。それほどまでに水瀬の寿命を少しでも減らしたくないと思った。

 俺の言葉に、水瀬は悲痛な顔で首を横に振った。



「そんなの……違うよ。私が望んでいるのは、結城くんが傷つくことじゃない」


「俺は傷ついてなんかいない」


「心が痛いんだよ!」


 水瀬の叫びが、橋脚にこだました。


「結城くんが自分の命を大切にしてくれないなら、私……もう結城くんとは一緒にいられない」



 その言葉は、俺の胸に鋭く突き刺さった。



 俺は彼女を守りたかっただけだ。彼女の純粋さを、この狂った世界から守るための壁になりたかった。



 だが、自己犠牲という名の俺の『打算』は、他ならぬ水瀬自身を最も深く傷つけていたのだ。



 夕闇が迫る高架下で、二人の間には、初めて冷たくて重い沈黙が横たわっていた。





 水瀬に「一緒にいられない」と拒絶されてから、三日が過ぎた。

 教室での俺たちは、完全に元の『赤の他人』に戻っていた。水瀬は窓際で一人静かに本を読み、俺はイヤホンをつけて机に突っ伏している。ただそれだけだ。

 彼女の左手首の数字が今どうなっているのか、確かめることすらできない。ただ、無情にも時間は過ぎていき、彼女の残された命が確実に六十日を切っていることだけは事実だった。


「湊、お前なんか最近暗いぞ。なんかあったのか?」


 昼休み、購買のパンを囓っていた俺に、翔太が能天気な声で話しかけてきた。


「……別に」

「ふーん。まあいいけどよ。俺も最近ちょっとテンション下がってんだよね。聞いてくれよ、こないだのボランティアの件」


 翔太は左手首をさすりながら、忌々しそうに口を尖らせた。


「駅前で車椅子のお爺さんが階段登れなくて困ってたから、手伝ってやったんだよ。そこまでは良かったんだけど、途中でバランス崩して俺ごと転びそうになっちゃってさ。お爺さんに怪我はなかったんだけど、その直後に数字が二日分減ったんだぜ! 信じられるか? こっちは善意でやってんのに、『危険な行為』扱いされて寿命引かれるとか、マジで理不尽だよな」


 翔太の愚痴を聞きながら、俺は冷めたコーヒー牛乳を喉に流し込んだ。


「お前は、自分が長生きするために手伝ったんだろ。結果的に相手を危険に晒したなら、減点されても文句は言えないんじゃないか」

「うわっ、冷た! お前マジで容赦ねえな」


 翔太は大げさに肩をすくめたが、その言葉はそのままブーメランのように俺の胸に突き刺さっていた。



『こっちは善意でやってんのに』。



 翔太の言い分は、三日前の俺の感情と全く同じだった。

 俺は水瀬を守るために、彼女の代わりにルールを破り、寿命を減らした。それは一見すると自己犠牲のようだが、根底にあったのは『彼女が傷つくのを見たくない』、『彼女を守れる自分でいたい』という、ただの俺の傲慢なエゴだ。


 彼女は自分の命よりも、自分の『心』を大切にしている。他人が苦しむのを見過ごせないからこそ、自分の寿命を削ってでも手を差し伸べるのだ。

 それなのに、俺は彼女の目の前で自分の寿命を削ってみせた。彼女のために。

 それが水瀬雫という人間の心を、どれほど残酷に抉る行為だったのか。俺はようやく理解した。他人のために生きることを強要する世間の偽善者たちと、俺は何も変わらなかったのだ。



 放課後のチャイムが鳴ると同時、俺は席を立ち上がった。

 向かったのは帰路ではなく、街外れの河川敷だ。

 高架下に到着すると、段ボール箱の前でしゃがみ込んでいる水瀬の小さな背中が見えた。彼女は持参したドッグフードをふやかし、丁寧に子犬に食べさせていた。

 俺が足音を立てて近づくと、水瀬は肩をビクッと震わせて振り返った。


「……結城くん」

「……」


 俺は彼女の隣に無言でしゃがみ込み、子犬の頭を撫でた。子犬は俺の指をペロペロと舐め、元気よく尻尾を振っている。足の怪我も、少しずつ良くなっているようだった。


「今日はお前と話すためにきた」


 俺は子犬から視線を外し、水瀬の目を見た。


「三日前は、悪かった。俺はお前を守るって言いながら、結局は自分のことしか考えてなかった。水瀬が傷つくのを見るのが怖くて、その恐怖から逃げたかっただけだ。自己犠牲なんて立派なもんじゃない。ただの俺のワガママだ」


 水瀬は驚いたように目を丸くして、それからふいっと視線を伏せた。


「……結城くんは、馬鹿だね」

「ああ、そうだな」

「私なんかのために、五十年の寿命を捨てる覚悟をするなんて、本当に馬鹿」


 彼女の声は微かに震えていた。


「私ね、結城くんが数字を減らしたのを見た時、すごく怖かったの。私が不器用なせいで、私の周りにいる人まで不幸になっちゃうんだって。私が生きていること自体が、誰かの負担になるんだって思ったら……息ができなくなるくらい、苦しかった」


 彼女の左手首から、数字の光が漏れていた。



『0年59日10時間』。



 この三日間、彼女は大きなトラブルを起こすことなく、ただ静かに時間を消費していたようだ。


「ごめんね、結城くん。私の方こそ、ひどいこと言っちゃった。結城くんが私のために怒ってくれたこと、本当はすごく嬉しかったのに」


 水瀬の目から、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。

 彼女が自分のために涙を流したのを、俺は初めて見た気がした。他人の痛みに共鳴して泣くのではなく、自分自身の感情と向き合い、誰かとの関係を思い悩んで流す涙。

 俺はポケットからハンカチを取り出し、不器用に彼女の頬に押し当てた。


「泣くな。寿命が減るぞ」

「……そんなルール、ないよ」


 水瀬は泣き笑いのような顔をして、ハンカチを受け取った。


「もう二度と、お前の身代わりに寿命を削るような真似はしない。約束する」


 俺は高架のコンクリート壁に背中を預け、夕焼け空を見上げた。


「だから、残りの二ヶ月間。もう一度、俺にお前の隣を歩かせてくれないか。今度は自分のエゴとしてじゃなく、お前の友人として」


 水瀬はハンカチで目をこすりながら、小さく頷いた。


「うん……よろしくね、結城くん」


 足元で、子犬が「キャン」と嬉しそうに鳴いた。


「とりあえず、こいつの飼い主を探さないとな。保健所に連れて行くわけにはいかないし、ここでずっと飼うのも限界がある」

「そうだね。里親募集のポスター、手書きで作ってみようかな。学校に貼ったら怒られちゃうかもしれないけど……近所のスーパーの掲示板とかなら、お願いすれば貼らせてもらえるかも」

「寿命を稼ぎたい偽善者どもに見つからないように、慎重にな」


 俺たちは、久々に笑い合った。


 寿命を延ばすためでもなく、誰かの不幸を嘆くためでもない。ただ目の前の小さな命を救うために、自分たちの意志で動く。それは、この狂った世界で唯一、俺たちが心から「善いこと」だと信じられる行為だった。


 彼女の命のカウントダウンは止まらない。

 だが、二人の間に流れる空気は、出会った頃よりもずっと暖かく、そして確かな結びつきに満ちていた。




 翌日の放課後。俺たちは駅前の喧騒から少し離れた、古びた喫茶店の片隅にいた。

 客は他に誰もおらず、色あせたベルベットのソファーと、微かに漂う珈琲の香りが、この街に蔓延する『寿命稼ぎ』の焦燥感を忘れさせてくれる。

 テーブルの上には、画用紙とカラーペンが散乱していた。


「どうかな、結城くん。これ」


 水瀬が自信なさげに差し出してきた画用紙には、茶色いクレヨンで描かれた、なんとも形容しがたい謎の生き物が鎮座していた。


「……なんだこれ。新種のタヌキか?」

「ひどい! 一生懸命描いたのに。あのワンちゃんのつもりだよ」


 水瀬は頬を膨らませて抗議したが、どう見ても犬には見えない。ただ、不格好なその絵からは、彼女がどれほど愛しげにあの小さな命を助けたいかが痛いほど伝わってきた。


「絵は諦めろ。俺がネットで似たような犬のフリー素材を探して印刷する。水瀬は文字を書いてくれ。……ただし、一つ条件がある」

「条件?」


 俺は持参したノートの切れ端に、ボールペンで走り書きをした。


『条件:この犬は過去に人に虐待されたトラウマがあり、夜泣きや噛み癖が酷いです。世話には多大なストレスと時間を要します。また、正式な譲渡手続きを行わないため、この犬を保護したことによる【寿命の増加】は一切見込めません。それでも、生涯愛してくれる方のみご連絡ください』


 水瀬は文字を読み上げ、少しだけ目を瞬かせた。


「これって……嘘、だよね? あの子、すごく人懐っこいし、おとなしいし。それに、寿命が増えないっていうのも……」

「ああ、全部大嘘だ」


 俺はアイスコーヒーのストローを弄りながら、淡々と答えた。


「この世界で、ただ『迷い犬の里親募集』なんて書いたらどうなるか想像つくか? 寿命を稼ぎたい連中が、ボーナスステージのアイテムを見つけたみたいに群がってくる。そいつらは犬を愛したいわけじゃない。自分の手首の数字を増やすための道具としてしか見ていないんだ」


 俺が昨日、大人たちから犬を奪い返した時のような理不尽を、もう一度水瀬に見せるわけにはいかなかった。


「これは、相手の『本質』を見るためのフィルターだ。本当に子犬を大事にしようと思っている人を見つけるための」


 俺の言葉に、水瀬は真剣な顔で頷き、カラーペンを握り直した。


「わかった。私、丁寧に書くね」


 出来上がった数枚のポスターを手に、俺たちは夕方の街へと繰り出した。

 人の出入りが激しい場所や、ボランティア団体が目を光らせているような駅前の掲示板は避けた。昔ながらの個人経営の八百屋や、人通りの少ない路地裏のコインランドリー。店主に頭を下げ、「寿命の増減とは無関係の個人的な譲渡だ」と強調して、ポスターを貼らせてもらう。


 連絡先には、俺が昔使っていた古いスマートフォンのフリーアドレスを記載した。

 最初の連絡が来たのは、ポスターを貼り終えてから二日後のことだった。


『ポスターを見ました。犬を飼いたいと思っています。今日の夕方、駅前の公園でお話しできませんか』


 短い文面だった。俺たちは学校が終わるとすぐに、約束の公園へと向かった。

 指定されたベンチに座っていたのは、身なりの良い初老の男性だった。パリッとしたシャツに、手入れの行き届いた革靴。一見すると、優しくて裕福そうなお爺さんだ。


「君たちが、ポスターを貼ってくれた学生さんかね」


 男性は俺たちを見ると、温和な笑顔を浮かべて立ち上がった。


「はい。連絡ありがとうございます」


 水瀬が丁寧に頭を下げる。俺は無言のまま、男性の左手首に視線を落とした。

 高級そうな腕時計の下から覗く数字は、『8年112日』。年齢を考えれば、平均的か、少し長いくらいの寿命だ。


「ポスターに書いてあった条件は、読んでいただけましたか」


 俺が単刀直入に切り出すと、男性は大きく頷いた。


「もちろんだとも。夜泣きや噛み癖があるとのことだが、私は定年退職して時間もたっぷりある。妻に先立たれて一人暮らしでね、寂しかったんだ。どんな犬でも、愛情を持って接すれば必ず心を開いてくれると信じているよ」


 こちらが望んでいたような回答だった。水瀬の顔がパッと明るくなる。


「本当ですか! ありがとうございます、あの子もきっと――」


「ちなみに」


 水瀬の言葉を遮るように、俺は冷たい声を出した。


「ポスターにも書きましたが、この譲渡は完全に非公式なものです。あなたがこの犬を引き取ってどれだけ苦労して世話をしても、世界の理はそれを『善行』とはみなしません。あなたの寿命は、一秒たりとも延びることはありませんよ。……それでも、引き取っていただけますか?」


 男性の顔から、ほんの一瞬だけ、温和な笑顔が消え失せた。

 まるで値踏みするような、酷く冷たくて打算的な目が俺を射抜く。


「……学生さん。君たち、何か勘違いをしていないかね?」


 男性の口調は、先ほどまでの優しいお爺さんのそれとは全く違っていた。


「非公式だろうが何だろうが、困っている命を助けるのだから、それは立派な善行だ。この世界の判定を逃れることなどできるわけがない。私はわざわざこうして、面倒な条件の犬を引き取って『やろう』と言っているんだ。その見返りがないなんて、そんな馬鹿な話があるはずがないだろう」


 男性の視線は、もはや俺たちには向いていなかった。彼はずっと、自分の左手首を愛おしそうに撫でている。


「なるほど」


 俺は小さく息を吐き、水瀬の腕を掴んだ。


「話は分かりました。残念ですが、あなたに犬を譲ることはできません。帰るぞ、水瀬」

「なっ……なんだと? 待ちなさい! せっかく私が引き取ってやると言っているのに!」


 背後で男性が怒鳴り声を上げたが、俺は振り返らずに歩き続けた。水瀬も何も言わず、ただうつむいて俺の後ろをついてくる。

 公園の出口まで来たところで、水瀬がぽつりとこぼした。


「……あのお爺さん、最初から寿命が目当てだったんだね」

「ああ。ポスターの『寿命は延びない』って文言を嘘だと思ったんだろう。世話が大変な犬を保護すれば必ず寿命が増えると思っていたってことだ。犬への愛情なんて、これっぽっちもなかった」


 俺は自嘲気味に笑った。

 これが、人間の本質だ。

 寿命という数字に縛られたこの世界で、純粋な心だけで動いている人間など、水瀬雫以外に存在しないのではないか。そんな絶望感すら湧いてくる。


「結城くん」


 水瀬が立ち止まり、俺の背中を見つめた。


「私……あのお爺さんの手首の数字が、少しだけ減るのを見たよ」

「えっ?」

「結城くんが『譲らない』って言って、あのお爺さんが怒鳴った時。彼の寿命が、数日分だけ減ったの。きっと、嘘をついて自分の利益だけを求めようとしたことが『悪』って判定されたんだと思う」


 水瀬の表情は、怒りでも悲しみでもなく、ただ静かに凪いでいた。


「世界の理は、ちゃんと見ているんだね。……でも、だとしたら、どうして」


 水瀬は自分の左手首を右手で覆い隠した。


「どうしてこの世界は、本当に心から誰かを想う気持ちを、真っ直ぐに認めてくれないんだろう」


 俺はその問いに、答えることができなかった。

 太陽がビルの向こうに沈みかけ、長く伸びた二人の影がアスファルトに溶け込んでいく。

 高架下で待つ子犬の鳴き声が、遠くから微かに聞こえたような気がした。俺たちは無言のまま、足取り重く河川敷へと向かって歩き出した。



 あのお爺さんとの一件から、さらに数日が過ぎた。

 子犬の足の怪我はすっかり良くなり、高架下の土手を元気に走り回るようになっていた。夜は段ボールの中に毛布を敷いて寒さを凌がせている。

 しかし、里親の希望者からの連絡は途絶えていた。あの「寿命は延びない」という厳しい条件のフィルターが、いかにこの街の人間たちの『本質』を弾き出しているかの証明だった。


 土曜日の午後。水瀬と二人で子犬のブラッシングをしていると、俺の古いスマートフォンが短く震えた。

 メールの受信画面には、たった一行だけ、切実な言葉が並んでいた。


『ポスターの犬は、まだいますか。どうしても引き取りたいです』


 俺たちは顔を見合わせ、すぐに指定の場所へ向かうことにした。

 待ち合わせ場所に指定されたのは、あのボランティアの男たちから子犬を奪い返した、小さな児童公園だった。

 ベンチには、二人の人影があった。

 一人は、少し疲れた顔をした三十代くらいの女性。そしてその隣で、落ち着かない様子で足をブラブラさせているのは――見覚えのある、小さな男の子だった。


「あ……!」


 男の子が、俺の腕に抱かれた子犬を見て声を上げた。

 間違いない。あの日、大人たちに突き飛ばされながらも子犬を守ろうとしていた小学生だ。


「メールをいただいた方ですか」


 俺が声をかけると、女性はハッとして立ち上がり、深く頭を下げた。


「はい。休日に突然呼び立ててしまって、本当に申し訳ありません。この子が……息子の健太が、スーパーの掲示板であなたたちのポスターを見つけて。どうしてもあの時の犬だと言って聞かないもので」


 健太と呼ばれた男の子は、水瀬の顔を見ると、パッと表情を明るくした。


「お姉ちゃん! あの時、助けてくれてありがとう!」

「ううん。君も、怪我はなかった?」


 水瀬が優しく微笑みかけると、男の子は力強く頷き、子犬の頭を恐る恐る撫でた。子犬は彼の匂いを覚えているのか、ちぎれんばかりに尻尾を振って鼻先を擦り付けている。


「あの」


 母親が、申し訳なさそうに口を開いた。


「ポスターの条件、読ませていただきました。夜泣きや噛み癖があること。そして……寿命が延びない、非公式の譲渡だということ」


 俺は子犬を地面に下ろし、母親の目を見た。


「ええ。その通りです。引き取っても、あなたの左手首の数字が増えることはありません。むしろ、無駄な苦労を背負い込むことになる。この世界では、コスパの悪い『愚かな行為』です。……それでも、飼いますか」


 俺の意地悪な言い方に、母親は少しだけ困ったように笑った。


「馬鹿みたいですよね。周りのママ友たちからも、寿命稼ぎにならないペットなんて飼う意味がないって、ずっと反対されてきました」


 彼女は自分の左手首をそっと撫でた。そこに刻まれているのは『20年』という、決して長くはない、むしろ平均より少し短い数字だった。


「私たちは少し古い一軒家に住んでいるんですが、動物を飼う余裕なんてないと思って、この子が犬を拾ってきてもずっとダメだと言い続けてきたんです。でも……」


 母親の視線が、子犬を抱きしめて満面の笑みを浮かべている息子へと向けられた。


「あの日、泥だらけで泣きながら帰ってきたこの子を見て、私、気づいたんです。寿命を延ばすために感情を殺して、安全なことだけを選んで生きていく。そんな息の詰まるような生き方を、この子にまで押し付けていいのかって」


 彼女の瞳には、打算や偽善の欠片もないように見える。


「寿命が延びなくたっていいんです。手がかかって、私の寿命が減ってしまったとしても構わない。この子がこんなに笑ってくれるなら……命を大切にするという当たり前の気持ちを育ててくれるなら、それに勝る喜びなんてありません」


 俺は、息を呑んだ。

 この狂った偽善の世界で、水瀬以外にも、こんな風に真っ直ぐな心を持った人間がいたのだ。


「……よかった」


 隣で、水瀬が震える声で呟いた。

 彼女の目から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちていた。それは悲しみの涙ではなく、張り詰めていた糸が切れたような、心からの安堵の涙に見えた。


「あの……お姉さん?」


 男の子が心配そうに水瀬を見上げる。水瀬は泣き笑いのような顔で首を振り、男の子の頭を優しく撫でた。


「ううん。なんでもないの。この子のこと……よろしくお願いします」

「うん! 僕が絶対、大切にする!」


 男の子は子犬をしっかりと抱き抱え、母親と共に何度も頭を下げて帰っていった。

 夕暮れの公園に、俺と水瀬だけが残された。

 オレンジ色に染まる空を見上げながら、俺は大きく息を吐き出した。


「なあ、水瀬」

「うん」

「あの日、お前が大人たちに逆らって三十日の寿命を削られたこと。俺は理不尽だって腹を立てたし、お前が損をしただけだって思ってた」


 俺は水瀬の方へ向き直った。


「でも、違ったな。お前があの時、身を挺してこの犬を守ったから、あの子は命を愛することを諦めずに済んだ。あの母親の心を変えることができた。……水瀬が寿命を削って貫いたワガママは、決して無駄なんかじゃなかったんだ」


 水瀬は目を丸くして俺を見つめ、やがて、ひどく柔らかく、本当に嬉しそうに微笑んだ。


「結城くん」

「なんだ」

「私、少しだけ分かった気がするの。世界の理がなんでこんな風になっているのか」


 彼女は自分の左手首に視線を落とした。



『0年55日』。



 その残酷な数字を見つめる彼女の目には、もはや恐怖も絶望もなかった。



「もしかしたら寿命って、増やすためのものじゃなくて……『何のために使うか』を試されているものなのかもしれないね。自分の大切な想いを守るために、命を燃やす。それが、人が人として生きるってことなのかもしれない」



 その言葉は、俺の胸の奥深くに静かに、しかし確かな熱を持って響いた。

 寿命に縛られた空っぽの人間たちの中で、彼女の命は誰よりも短く、そして誰よりも美しく燃えている。

 風が吹き抜け、彼女の薄い髪を揺らした。


 残り、五十五日。


 彼女の命が尽きるその瞬間まで、俺はこの熱から目を逸らさない。そう、心に深く刻み込んだ。




 子犬の新しい飼い主が見つかってから、俺と水瀬は学校でも隠すことなく一緒に過ごすようになった。

 昼休みになれば、俺は自分の机から窓際の水瀬の席へと移動し、向かい合って弁当を食べる。放課後は一緒に図書室へ行くか、目的もなく街を歩く。そんな俺たちの姿を、クラスの連中は遠巻きに、まるで腫れ物でも見るような目で観察していた。


「お前、マジで何考えてんの?」


 ある日の昼休み、俺が水瀬の席へ向かおうとした時、翔太が小声で引き留めてきた。


「水瀬と関わると寿命が減るって、あれだけ噂になってるのに。お前までトラブルに巻き込まれて、数字減らされたらどうすんだよ」

「別にどうもしない。俺の数字が減るだけだ」

「だから、それが問題なんだろ! 五十年の寿命があるからって余裕ぶってると、痛い目見るぞ」


 翔太は本気で俺を心配してくれているようだった。だが、俺の心にはもう何の迷いもなかった。


「忠告はありがたく受け取っておく。でも、俺は自分が一緒にいたい奴と一緒にいるだけだ」


 俺がそう言って水瀬の元へ歩き出すと、翔太は深くため息をつき、「勝手にしろ」と頭を掻きむしった。


 水瀬は、俺が席の向かいに座ると、持参した小さなサンドイッチの包みを開けながら柔らかく微笑んだ。


「翔太くん、すごく心配そうな顔してたよ」

「あいつは寿命第一主義だからな。俺みたいなコスパの悪い生き方が理解できないだけだ。放っておけ」

「ふふっ。結城くん、最近すごく言葉がはっきりしてきたね。出会った頃は、もっと周りに無関心だったのに」

「……お前のせいだろ」


 俺が顔を背けて麦茶を飲むと、水瀬は嬉しそうに目を細めた。

 彼女の左手首の数字は、静かに、しかし確実に減り続けている。あの日から一週間ちょっと経ち、彼女の残された時間は『0年41日』となっていた。

 だが、その数字の残酷さとは裏腹に、彼女の表情は日を追うごとに生気を取り戻し、年相応の明るさを見せるようになっていた。



 次の日曜日。俺たちは、以前水瀬が行きたいと言っていた、駅の向こう側にある古い植物園を訪れた。

 そこは、寿命稼ぎのボランティアたちが群がる駅前の喧騒から完全に切り離された、まるで忘れ去られたような場所だった。錆びついた鉄格子の門を抜け、ひび割れたレンガの小道を進むと、手入れされていない木々や草花が、野生のままの力強さで生い茂っていた。


「わあ……!」


 水瀬は歓声を上げ、色とりどりの花が咲き乱れる花壇へと駆け寄った。


「見て、結城くん! この花、すごく綺麗。なんていう名前だろう」

「さあな。俺は植物には詳しくない」

「もう、冷たいなあ」


 水瀬は屈み込み、花びらにそっと指先で触れた。

 手入れをして見栄えを良くすれば、それは『環境美化』という善行になり、寿命を稼ぐ手段になる。だが、この植物園はあまりに広大で荒れ果てており、効率よく寿命を稼ぐには不向きなのだろう。だからこそ、ここには打算的な人間の手が一切入っていなかった。

 あるがままに咲き、枯れていく命。それは、他人の目やルールの評価を気にせず、自分の心に従って生きようとする水瀬の姿そのもののように思えた。


「来てよかったね、結城くん」


 振り返った水瀬の笑顔は、木漏れ日を浴びて眩しいくらいに輝いていた。


「ああ。そうだな」


 俺は心からそう答えた。彼女が自分のために笑ってくれる。ただそれだけで、俺の胸の奥は満たされていた。


 だが、穏やかな時間は長くは続かなかった。

 植物園の奥、かつては温室だったと思われるガラス張りのドーム状の建物に差し掛かった時だ。その入り口の前に、真新しい白い立て看板が設置されているのが見えた。

 水瀬が不思議そうに首を傾げ、看板に近づく。俺もその後を追って、看板に書かれた文字に目を落とした。


『再開発工事のお知らせ』

『本敷地内の植物園は、来月末をもって取り壊しとなります。跡地には、市民ボランティア活動支援センター(仮称)が建設される予定です。より多くの方々が効率的に善行を行えるよう、地域の皆様の寿命増加と安全な社会作りに貢献してまいります』


 文字を読み終えた瞬間、俺の中で冷たい怒りがふつふつと湧き上がってきた。

 ボランティア活動支援センター。要するに、寿命を稼ぐための施設だ。

 人々が偽善を効率よく振りかざし、自分の手首の数字を増やすためだけの場所を作るために、この打算のない美しい庭を壊すというのか。


 隣を見ると、水瀬は看板を見つめたまま、微かに肩を震わせていた。


「……そっか。ここは、なくなっちゃうんだね」


 彼女の呟きは、ひどく掠れていた。


「水瀬……」

「こんなに綺麗に咲いているのに。誰の寿命を増やすためでもなく、ただ一生懸命に生きているだけなのに……壊されちゃうんだ」


 水瀬は足元に咲く小さな白い花を見つめ、ギュッと唇を噛み締めた。

 彼女が悲しんでいるのは、自分が気に入った場所がなくなるからだけではない。効率よく長生きすることだけを絶対の正義とし、無駄なもの、評価されない命を切り捨てるこの世界の『理』そのものに対する、深い絶望に見えた。


「帰ろう、水瀬」


 俺は痛む胸を隠し、努めて平坦な声を出した。これ以上、彼女にこの理不尽な現実を見せたくなかった。


「……うん」


 水瀬は名残惜しそうに温室を振り返った後、静かに頷き、俺の後ろをついて歩き出した。


 帰り道、二人の間に言葉はなかった。

 俺の頭の中では、あの白い立て看板の文字が何度も明滅していた。


『来月末をもって取り壊しとなります』。


 来月末。それは奇しくも、水瀬の左手首に刻まれた寿命がゼロになる時期と、重なっていた。

 彼女がこの世界から消え去るのと同時に、彼女が愛した打算のない場所も、偽善の象徴のようなコンクリートの塊へと塗り替えられてしまう。




 ――そんなこと、絶対に認められるはずがなかった。




 翌日の月曜日。俺は授業中も、そして昼休みに入ってからも、ずっとスマートフォンで植物園の再開発計画について調べていた。

 市の公式ホームページやローカルニュースのサイトを巡回して分かったのは、ひどく胸糞の悪い事実だった。

 あの「市民ボランティア活動支援センター」の建設を主導しているのは、現市長とこの街で最も影響力のある建設会社だ。表向きは『市民の皆様が安全かつ効率的に善行を行える拠点作り』と銘打っている。だが、ネットの掲示板やSNSの裏アカウントで囁かれている真実は違った。

 この大規模な公共事業を立ち上げ、市民の善行を促進させたという事実そのものが、世界の理によって『街全体への巨大な貢献(大きな善行)』と判定される。結果として、プロジェクトを推し進めた市長や建設会社の幹部たちの左手首には、数年、いや十年単位の莫大な寿命が加算されるというのだ。


 誰も見向きもしなかった美しい花々を根こそぎ重機で踏み潰し、コンクリートで固める。それが、この狂った世界では「大きな善行」になる。

 スマートフォンの画面を握りつぶしそうになった時、不意に前の席から声が降ってきた。


「湊、お前もそのニュース見てたのか?」


 声をかけてきたのは同じクラスの汐留海斗(しおどめかいと)だった。彼は俺のスマホの画面を覗き込み、目を輝かせている。


「来月末に完成するらしいぜ、新しいボランティアセンター。聞いた話だと、あそこの施設で登録して活動すれば、普通のゴミ拾いの倍近いスピードで数字が稼げるらしい。俺たちも完成したら絶対行こうぜ!」

「……お前、あそこが元々何だったか知ってて言ってんのか」


 俺が低く唸るように返すと、海斗はきょとんとした顔をした。


「え? 駅の向こうの廃墟だろ? ずっと放置されてて気味が悪かったし、あんな無駄な土地、有効活用した方が街のためじゃん。市長も粋なことするよなー」


 無駄な土地。有効活用。

 それが、圧倒的な多数派である「世間」の声なのだ。効率よく寿命を稼ぐことだけが正義であり、数字に結びつかない美しさや、誰かの密やかな思い出など、彼らにとっては一円の価値もないゴミに等しい。海斗も翔太も皆んな考え方は同じだ。


「……そうだな。お前はせいぜい、そこで安全に寿命を稼げばいいさ」


 俺はスマホの画面を切り、席を立った。これ以上海斗と話していても、怒りの矛先を間違えるだけだと分かっていたからだ。


 放課後。図書室のいつもの席に、水瀬はいた。

 机の上には、分厚い植物図鑑が広げられている。俺が向かいの席に座ると、彼女は顔を上げ、少し寂しそうに微笑んだ。


「結城くん。昨日見たあの白いお花、名前が分かったよ」


 水瀬が指差した図鑑のページには、うつむくように咲く可憐な白い花の写真が載っていた。


「スノードロップっていうんだって」

「スノードロップ……」

「うん。春を告げる花。そしてね、花言葉は『希望』なんだって」


 水瀬は図鑑のページをそっと撫でた。


「希望、か。あんな看板が立っている場所に咲いている花にしては、皮肉な名前だな」

「ううん、そんなことないよ」


 水瀬は静かに首を横に振った。


「あの子たちは、自分が壊されることなんて知らない。ただ一生懸命に、自分の命を咲かせているだけ。……私、昨日あのお花を見ることができて、本当によかった。なくなる前に、あんなに綺麗な場所があるって知ることができて、結城くんと一緒に行けて、幸せだった」


 彼女の左手首の数字が、窓から差し込む夕日の中で淡く光った。



『0年40日8時間』。



 彼女は、怒っていないのだ。植物園が理不尽に壊されることも、自分の命があと一ヶ月少しで理不尽に終わることも。ただ、与えられたわずかな時間の中で見つけた「美しさ」に感謝し、静かに受け入れようとしている。

 他人の痛みに寄り添い、自分自身のエゴをどこまでも透明に保ち続ける。それが水瀬雫という人間の本質であり、強さであり――そして、俺がどうしても耐えられない部分だった。


 彼女の諦観に満ちた微笑みを見た瞬間、俺の中で燻っていた怒りが、はっきりと燃え上がったように感じた。


 彼女の命が尽きる日と、あの植物園が壊される日が重なっている。

 そんな残酷な幕切れを、ただ黙って見過ごすことなど絶対にできない。彼女が受け入れるというのなら、俺が彼女の代わりに抗う。世界の理が打算と偽善を「善」と呼ぶのなら、俺は喜んで「悪」になってやる。


「……水瀬」

「ん?」

「来月の末。あの植物園が取り壊される日、俺ともう一度あそこに行ってくれないか」


 唐突な誘いに、水瀬は少し目を丸くした。


「取り壊される日に? でも、工事の人たちがいて、中には入れないんじゃ……」

「外から見るだけでいい。最後にもう一度だけ、あんたにあの場所を見届けてほしいんだ」


 嘘だった。ただ見届けるだけで終わらせるつもりなど、毛頭ない。

 俺はあの工事を止める。

 重機を破壊してでも、工事の計画書を燃やしてでも、どんな手段を使ってでもあの偽善の象徴をぶっ壊す。それは当然、社会の秩序を根本から破壊する重罪であり、世界の理は俺の寿命を容赦なく奪い去るだろう。

 左手首に刻まれた『50年148日』という数字。これが全部ゼロになったとしても構わない。残りの五十年の空っぽな人生を、あの植物園を守るため――いや、彼女が「希望」を見つけた場所を守るための、たった一日の反撃に変える。


「……分かった」


 水瀬は俺の目の奥にあるただならぬ決意に気づいたのか、少し不安そうに、しかし確かに頷いた。


「結城くんと一緒なら、行くよ」


 図書室の窓の外では、茜色の空をカラスが鳴きながら飛んでいく。

 俺は机の下で、自分の左手首を強く握りしめた。心臓の鼓動が、今まで感じたことがないほどに大きく、そして熱く打ち鳴らされている。

 残り、四十日。

 それは彼女の命のカウントダウンであると同時に、俺がこの狂った世界に牙を剥くための、準備期間の始まりだった。



 決意を固めた翌日から、俺の日常は完全に二極化した。

 昼間はこれまで通り、水瀬と共に穏やかな時間を過ごす。屋上で一緒にお弁当を食べ、放課後は図書室で彼女が読む本を隣でぼんやりと眺める。彼女の左手首の数字が一日、また一日と残酷に減っていくのを直視するのは身を切られるような思いだったが、俺は決して表情に出さず、ただ隣に座り続けた。

 そして夜になれば、俺は冷たい怒りを原動力にして『その日』のための準備を進めた。


 植物園の取り壊しと、新たなボランティアセンターの建設。その工事を根本から頓挫させるためには、半端な妨害では意味がない。

 俺は深夜、親の目を盗んで家を抜け出し、駅の向こう側にある植物園の周囲を何度も下見した。すでに敷地の外側には工事用の高い仮囲いが設置されつつあり、中には数台のショベルカーやブルドーザーなどの重機が運び込まれていた。

 深夜の警備員の巡回ルートと時間間隔をノートに記録し、ネットの匿名掲示板や動画サイトを漁って、重機のエンジンを物理的に再起不能にする方法――油圧ホースの切断や、配電盤の破壊の手順を頭に叩き込む。


 ホームセンターでボルトクリッパーや大型の南京錠、そして顔を隠すための黒い帽子とマスクを購入した。レジでお金を払う時、店員の視線が少しだけ俺の左手首に向いたような気がしたが、ただの買い物という行為自体は『悪』とは判定されない。数字は変動しなかった。


 だが、実際にあの重機を破壊し、街の総意である巨大な公共事業を止めた瞬間、俺の寿命は間違いなく致命的な減少を起こすだろう。五十年という数字が、ゼロになるか、あるいは数日単位にまで削り取られるか。


 ベッドの下に隠した工具が入ったボストンバッグを眺めるたび、手のひらにじっとりと冷たい汗が滲んだ。死ぬのは怖い。当たり前だ。だが、水瀬の想いが踏みにじられる痛みに比べれば、そんな恐怖はどうでもよかった。


 取り壊しの予定日まで、残り三週間となった水曜日の放課後。

 図書室の窓から差し込む夕日は、随分とオレンジ色が濃くなっていた。


「……結城くん」


 向かいの席で本を読んでいた水瀬が、ふと顔を上げた。


「ん、どうした」

「最近、あんまり眠れてないの? 目の下に、少しクマができてる」


 水瀬は心配そうに眉を寄せ、身を乗り出して俺の顔を覗き込んだ。深夜の偵察やネットでの情報収集で、睡眠時間は削りに削られていた。俺は咄嗟に目を逸らし、机の上で頬杖をついた。


「気のせいだ。ちょっと夜更かしして、ゲームのレベル上げをしてただけだからな」

「ゲーム?」

「ああ。どうしても倒せないボスがいて、そいつを倒すための武器を集めるのに時間がかかってるんだよ」


 半分嘘で、半分は本当だった。俺が挑もうとしているのは、この街の「世間」という巨大で理不尽なボスだ。

 水瀬は小さく息を吐き、少しだけ困ったような笑顔を見せた。


「そっか。でも、あまり無理しないでね。結城くんが倒れちゃったら、私、すごく悲しいから」


 彼女の言葉は、嘘偽りのない本心だ。彼女は自分の命が残りわずかだというのに、自分のことよりも他人の健康を真っ直ぐに案じることができる。

 その透明すぎる優しさに触れるたび、俺の胸はギリギリと締め付けられた。


「水瀬。あんたこそ、体の調子はどうなんだ。どこか痛いところとか、苦しいところはないか」


 俺が尋ねると、水瀬は不思議そうに首を傾げた。


「全然。病気じゃないから、体はどこも悪くないよ。ただ……」


 彼女は自分の左手首を右手でそっと包み込んだ。


「数字が減っていくたびに、少しだけ、体が軽くなっていくような気がするの」

「軽くなる?」

「うん。重力が薄れていくっていうか……自分が少しずつ、この世界から透き通って消えていくみたいな、不思議な感覚。怖くないって言ったら嘘になるけど、でも、痛みはないよ」



 『0年21日』。



 彼女の袖口の隙間から見えたその数字が、チカチカと残酷な光を放っていた。

 寿命ということわりは、病魔のように肉体を蝕むわけではない。ただ、決められた時間がゼロになった瞬間、理の力によって命の灯火がプツリと消え去るのだ。

 体が透き通っていく。その感覚は、彼女がこの世界から物理的にも精神的にも「弾き出されようとしている」ことの証明のように思えて、俺は無意識に彼女の腕を掴みそうになり、寸前で拳を握り込んで堪えた。


「……なぁ、水瀬」

「うん」

「もし。もしも、この世界の理をひっくり返すことができるとしたら。お前を『悪い子』だと決めつける、こんな狂ったルールそのものを壊すことができるとしたら、お前は生きたいか?」


 俺の唐突な問いかけに、図書室の空気がピンと張り詰めた。

 水瀬は目を丸くして俺を見つめ、やがて、その瞳を少しだけ悲しそうに揺らした。


「結城くん。あのね」


 彼女の声は、図書室の静寂に溶けてしまいそうなほど小さく、けれどはっきりとしていた。


「私ね、自分が死んでしまうこと、少しずつ受け入れられるようになってきたの」

「受け入れるって……」

「だって、仕方ないじゃない。私が私の心を殺さないために行動したら、寿命が減っちゃうんだから。でもね、結城くんに出会って、一緒に映画を観て、スノードロップのお花を見つけて……私、残り少ない時間が、本当に宝物みたいにキラキラして見えたんだ」


 水瀬はふわりと微笑んだ。


「だから、ルールを壊すとか、そんな難しいこと考えなくていいの。結城くんが私のそばにいてくれるなら、私は最後まで、私らしく笑っていられると思うから」


 彼女の笑顔は、この狂った世界が彼女に与えた唯一の救いだったのかもしれない。

 だが、俺は違う。

 俺は彼女のように達観できない。彼女の運命を「仕方ない」と受け入れることなど、絶対にできない。

 彼女が運命を受け入れて笑うというのなら、俺はその運命を力ずくでねじ曲げて、彼女の明日をもぎ取ってやる。


「そうか」


 俺は短く答え、窓の外に広がる夕焼け空へと視線を移した。


「……明日、また植物園に行こう。中には入れないかもしれないけど、外からでもあのスノードロップが見えるかもしれない」

「本当? うん、行きたい!」


 無邪気に喜ぶ水瀬の横顔を見つめながら、俺の決意は鋼のように固まっていた。

 彼女の笑顔を守るためなら、世界を敵に回す悪党にだってなってやる。俺の手首に刻まれた五十年の数字をすべて燃やし尽くしてでも。



 翌日の放課後。俺たちは約束通り、駅の向こう側にある植物園へと向かった。

 だが、たった数日来なかっただけで、状況は俺の予想以上に悪化していた。

 錆びついていた鉄格子の門はすでに取り払われ、敷地の周囲は冷たい白い鉄板の仮囲いで完全に覆い尽くされていたのだ。中からは、重機のエンジン音や金属を叩く鈍い音が響いてくる。


「……入れないね」


 仮囲いの前に立ち尽くし、水瀬がぽつりとこぼした。


「ああ。でも、囲いの一部が透明なアクリル板になってる。あそこからなら、中の様子が見えるかもしれない」

 

 俺は仮囲いに等間隔で設置されている、中の様子を確認するための透明な窓を指差した。

 二人で並んで、そのアクリル板越しに敷地内を覗き込む。


 そこには、残酷な現実が広がっていた。

 手入れされずとも美しく咲き誇っていた花壇の半分は、すでにブルドーザーによって無残に踏み荒らされ、ただの赤茶けた土くれへと変わっていた。切り倒された樹木が隅に山積みにされ、あのガラス張りの温室も、すでに半分以上が重機のアームによって叩き割られている。


「あっ……」


 水瀬が、アクリル板に縋り付くようにして小さく声を上げた。

 無事な花壇の端、温室の瓦礫が転がるすぐそばに、あの日彼女が見つけた『希望』――スノードロップの白い花が、まだかろうじて咲き残っていた。

 だが、そのすぐ隣には巨大なショベルカーがキャタピラを休めており、明日の朝には真っ先にその花壇ごと土を掘り返してしまうことは、誰の目にも明らかだった。


「……よかった。まだ、咲いてる」


 水瀬の声は、震えていた。

 横顔を見ると、彼女の大きな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。


「ごめんね、結城くん。泣かないって、受け入れるって決めたのに……やっぱり、悲しいや。あんなに綺麗に咲いてるのに、誰にも迷惑なんてかけてないのに、どうして壊されなきゃいけないのかな」


 彼女は両手で顔を覆い、しゃくりあげるように泣き始めた。


 その涙を見た瞬間、俺の胸の奥で、確かな怒りが臨界点を突破した。

 寿命を稼ぐという打算的な善行のために、純粋な命を、美しさを、そして彼女の心を無残に踏みにじる。これが世界の『理』が導き出した正解だというのなら、そんなものクソ食らえだ。


「水瀬」


 俺は彼女の肩を抱き寄せ、その小さな頭を俺の胸に押し当てた。


「えっ……結城、くん」

「見なくていい。もう十分だ」


 彼女の細い肩が、俺の腕の中で小刻みに震えている。

 俺はアクリル板越しに、あの忌々しいショベルカーを、そして偽善の象徴であるボランティアセンターの完成予想図が描かれた看板を、冷たい目で見据えた。


「帰ろう。今日はもう、帰ろう」

「うん……ごめんね、私」

「謝るな。お前は何も悪くない」


 俺は彼女の頭をそっと撫でながら、誰にも聞こえない声で、自分自身に誓った。



 絶対に、壊させない。

 明日、あの花が散らされることはない。あの温室がこれ以上崩れることもない。

 俺が全部、終わらせてやる。



 その日の深夜。

 日付が変わる頃、俺は自室のベッドから音もなく起き上がった。

 親が寝静まっているのを確認し、黒いパーカーを羽織る。用意しておいたボストンバッグには、ボルトクリッパーやバール、そして油圧ホースを切断するための大型のナイフが詰め込まれていた。

 部屋の電気はつけず、窓から差し込む青白い月明かりだけを頼りに準備を進める。

 最後に、俺はパーカーの袖を捲り上げ、自分の左手首をじっと見つめた。



『50年146日8時間』



 俺の人生の残り時間。

 世間の人間たちが血眼になって求め、打算と偽善で掻き集めようとしているその絶対的な数字。


「……安いもんだ」


 俺は自嘲気味に笑い、袖を下ろして数字を隠した。

 この数字がゼロになったとしても、後悔はない。彼女がスノードロップを見つめてこぼしたあの涙を拭えるなら、五十年の寿命なんてただのゴミ屑だ。


 音を立てずに玄関の扉を開け、深夜の冷たい外気の中へと踏み出す。

 街は静まり返っていた。寿命を稼ぐための過剰な親切も、偽善者たちの愛想笑いも、暗闇の中では息を潜めている。

 俺は自転車にまたがり、ペダルを強く踏み込んだ。

 向かう先は、駅の向こう側の植物園。


 計画はシンプルだ。仮囲いの南京錠をボルトクリッパーで切断して侵入し、敷地内にあるすべての重機の油圧ホースと配電盤を物理的に破壊する。工事の再開には重機の入れ替えと点検が必要になり、少なくとも数週間はスケジュールが遅れるはずだ。

 たった数週間の遅れ。結局は壊される運命にあるのかもしれない。だが、それでもよかった。


 水瀬の命が尽きるその日まで、あのスノードロップが、あの場所が、世界の理に抗って存在し続けることに意味があるのだ。



 植物園の周囲は、不気味なほど静かだった。

 下見の通り、警備員は敷地の反対側を巡回している時間帯だ。

 俺は仮囲いの資材搬入口の前に立ち、ボストンバッグから重いボルトクリッパーを取り出した。黒いマスクを引き上げ、帽子を深く被る。

 心臓が、肋骨を突き破りそうなほど激しく鳴っていた。



 自分の命を捨てる恐怖。世界を敵に回す恐怖。


 それをねじ伏せるように、俺は深く息を吸い込み――太い鉄の南京錠に、ボルトクリッパーの刃を噛ませた。



「ふっ……!」


 体重をかけ、力一杯に柄を押し込む。

 バキンッ、という鋭い金属音が深夜の空気を切り裂き、切断された南京錠が乾いた音を立てて地面に落ちた。

 扉を少しだけ開け、その隙間に体を滑り込ませる。


 月明かりに照らされた敷地内は、まるで鉄と土でできた墓場のようだった。

 俺は迷うことなく、スノードロップの花壇の横に停められている、巨大なショベルカーへと向かって走り出した。


 巨大なショベルカーの冷たい金属のボディに手を触れる。

 月明かりの下、黒々と光る太い油圧ホースを見つけ出し、俺はボストンバッグから取り出した大型のナイフを力一杯押し当てた。

 分厚いゴムと金属のメッシュで覆われたホースは、想像以上に硬かった。刃を食い込ませ、全体重をかけてノコギリのように引く。腕の筋肉が悲鳴を上げ、額から汗が吹き出した。


「……っ!」


 ブツン、という鈍い音と共にホースが切断され、中から黒い作動油がどくどくと地面に流れ出した。油の生臭い匂いが夜の空気に混ざる。


 一つ。これでこの重機のアームは動かない。


 息をつく暇もなく、俺は操縦席の横にある配電盤のカバーにバールをねじ込み、強引にこじ開けた。中にある複雑な配線と基盤に向けて、無我夢中でバールを振り下ろす。

 ガチャン、バキバキと、プラスチックと金属が砕け散る不快な音が響く。

 それを合図にしたかのように、俺の左手首が、発火したのかと錯覚するほどの強烈な熱を持った。


 パーカーの袖を捲り上げると、そこには目を覆いたくなるほどの眩い光があった。

 公共の財産を破壊し、街の総意である『善行のための事業』を力ずくで妨害する大罪。世界の理は、俺の行動を明確な『悪』として断罪し始めていた。


『50年146日』と刻まれていた数字が、まるでスロットマシーンのドラムのように、凄まじい勢いで回転しながら減っていく。



 40年。

 30年。

 15年。

 5年。



 これまでの人生で一度も減らしたことのなかった途方もない時間が、たった数分、数秒の間に砂のようにこぼれ落ちていく。


 怖い。恐ろしい。


 命が削り取られていくという絶対的な恐怖に、膝が震え、胃液が込み上げてきそうになる。

 だが、俺はバールを握る手を止めなかった。次の重機へと走り、再び配電盤を叩き割る。ブルドーザーのエンジンルームを開け、手の届く限りの管を切り裂く。

 破壊の音を響かせるたび、数字はさらに加速して削られていった。


 恐怖の向こう側に、奇妙な高揚感があった。打算と偽善で縛られたこの狂った世界に対して、俺は初めて自分の意志で牙を剥いている。誰かの評価のためでも、寿命を稼ぐためでもない。ただ、たった一人の少女の心を、彼女が愛した小さな花を守るためだけに。

 数字が減っていくごとに、俺の魂は重力を失い、自由になっていくような気がした。


 四台目の重機を破壊し終えた時、遠くの方から懐中電灯の光と、警備員らしき男の「誰かいるのか!」という怒声が聞こえた。

 俺は息を呑み、急いで工具をバッグに放り込むと、切断した仮囲いの隙間から敷地の外へと転がり出た。

 自転車に飛び乗り、暗い路地裏を無我夢中で駆け抜ける。肺が破れそうに痛み、冬の冷たい風が頬を切り裂くようだったが、ペダルを回す足は止めなかった。


 自宅の近くの寂れた公園まで逃げ延びたところで、俺は自転車を放り出し、ベンチに倒れ込んだ。


 荒い息を吐きながら、夜空を見上げる。月が、ひどく白く、冷たく輝いていた。

 震える右手で、パーカーの袖をゆっくりと捲る。

 強烈な発熱はすでに収まり、そこにはいつも通りの淡い光を放つ数字が刻まれていた。



『0年28日14時間』



 五十年の寿命は、跡形もなく消え去っていた。

 残された命は、たったの二十八日。水瀬の残りの寿命と、ほとんど同じくらいだ。

 その残酷な数字を見た瞬間、俺の口から、乾いた笑い声が漏れた。



「ははっ……ざまあみろ」



 誰に向けた言葉なのかは自分でも分からなかった。世界の理に対してか、偽善に塗れた世間に対してか。


 ただ、一つだけ確かなことがある。


 俺はもう、水瀬を安全な場所から見守る『傍観者』ではない。彼女と同じように世界の理に弾き出され、彼女と同じように短い命を燃やす、対等な人間になれたのだ。




 翌日の学校は、朝から異常な騒ぎに包まれていた。

 教室に入るなり、翔太が血相を変えて駆け寄ってきた。


「おい湊、ニュース見たか!? 駅の向こうのボランティアセンターの建設現場、昨日の夜中に何者かに荒らされたらしいぞ!」

「……そうか」


 俺は席に鞄を置き、極めて平静な声で答えた。左手首には、登校前にコンビニで買ってきた黒いスポーツ用のリストバンドをはめている。


「そうか、じゃないって! 重機が四台も完全にスクラップにされてて、工事は最低でも一ヶ月以上延期になるってさ。誰がこんな馬鹿なことしたんだよ。器物損壊に工期の遅れなんて、どんだけ莫大な寿命が減らされるか分かったもんじゃないぞ」

「寿命を気にしないほど、頭のおかしい奴だったんだろうさ」


 俺が他人事のように言うと、翔太は気味悪そうに身震いをした。


「世の中、どんなヤバい奴がいるか分かんねえな。お前も夜道とか気をつけろよ」

「ああ、ありがとう。お前もな」


 翔太の忠告を適当に聞き流し、俺は窓際の席へと視線を向けた。

 水瀬は、スマートフォンでニュースの画面を見つめたまま、呆然としていた。


 昼休み。俺はいつものように水瀬の向かいの席に座った。

 水瀬は周囲を気にするように声を潜め、俺の顔を下から覗き込んできた。


「結城くん……ニュース、見た?」

「ああ。工事、止まったみたいだな」

「うん。重機が壊されて、取り壊しはしばらく中止になるって」


 水瀬の瞳には、安堵とそしてほんの少しの不安が入り混じっていた。彼女は鋭い。タイミングが良すぎるこの事件を、ただの偶然だと片付けることはできないのだろう。


「……結城くんが、やったの?」


 彼女の真っ直ぐな問いかけに、俺は少しだけ口角を上げた。


「俺みたいな平凡な高校生に、そんな大それたことができるわけないだろ。ただの偶然だ」

「でも……」

「結果的に、あの花は守られた。それだけで十分じゃないか」


 俺がそう言って微笑むと、水瀬は何かを言いかけて、やがてその言葉を飲み込んだ。


「……うん。そうだね」


 彼女はふわりと、心からの笑顔を咲かせた。あの温室の瓦礫の横で泣いていた彼女の涙を拭うことができたのだと、その笑顔が証明してくれていた。


 ふと、水瀬の視線が俺の左手首に落ちた。


「そのリストバンド、どうしたの?」

「ああ、これか」


 俺はリストバンドをはめた左手を軽く振ってみせた。


「少し、ファッションに目覚めてな」

「なにそれ、全然似合ってないよ」


 水瀬はクスクスと笑い、自分の弁当箱の蓋を開けた。


「ふふっ。でも、結城くんが元気そうでよかった」


 俺の命のカウントダウンは、彼女と同じスピードで進み始めている。

 この秘密を、彼女に教えるつもりはない。彼女が自分のせいで俺が寿命を捨てた知れば、その心は深く傷ついてしまうだろう。


 俺はただ、残された二十八日間を、彼女の隣で笑って過ごす。

 この狂った世界が俺たちに用意した結末が、どんなに残酷なものであろうとも。






 あの日から、俺は左手首に黒いリストバンドをはめて登校するようになった。

 水瀬は「似合ってない」と笑いながらも、それ以上深くは追求してこなかった。彼女の寿命は『0年26日』を切り、俺のリストバンドの下にある数字も、彼女と全く同じペースで減り続けている。

 俺はそれでいいと思っていた。彼女を悲しませないために、俺が勝手に命を投げ打ったという事実は、最後まで墓場まで持っていくべきだと。


 だが、水瀬雫という少女は、俺が思っている以上に俺のことを真っ直ぐに見つめていた。



 日曜日。俺たちは電車に乗り、街から少し離れた冬の海辺を訪れていた。

 灰色の空と、冷たい風が吹きすさぶ砂浜には、俺たち以外に人影はない。波の音だけが、静かに、そして規則正しく響いていた。

 防波堤に腰掛け、自販機で買った温かいココアを飲んでいる時だった。


「……結城くん」


 水瀬が、海を見つめたまま静かに口を開いた。


「結城くんの嘘は、全然上手じゃないね」

「急にどうしたんだよ。俺がいつ嘘をついた」

「ずっと。あの日、植物園の工事が止まった日からずっと」


 水瀬はココアの缶を横に置き、俺の正面に向き直った。

 その透き通った瞳が、俺の左手首――黒いリストバンドをじっと見据えていた。


「私ね、結城くんが『ファッションだ』って言った時、本当はすぐに分かったの。結城くんが、私のために何かをして、そのせいで寿命を減らしてしまったんだって。……工事の重機が壊された事件、結城くんがやったんでしょう?」


 波の音が、ひどく遠くに聞こえた。

 誤魔化そうと口を開きかけたが、彼女の悲しげで、けれど決して逃げようとしない強い視線に射抜かれ、俺は言葉を飲み込んだ。


「……なんで分かった」

「結城くんだから。私を助けるために、いつも無茶をする人だから」


 水瀬の目が、かすかに潤み始めていた。


「見せて。結城くんの、本当の数字」

「駄目だ」


 俺は左手を無意識に庇うように引いた。


「見なくていい。これは俺が勝手にやったことだ。あんたが気にする必要は――」

「見せて!!」


 水瀬の張り裂けるような叫び声が、冬の海に響いた。

 普段は決して声を荒らげない彼女が、両手で俺の左腕を掴み、ボロボロと涙をこぼしていた。


「お願いだから、隠さないで。私のためだって言って、結城くん一人で重いものを背負わないで。私を……一人ぼっちにしないでよ」


 その涙の理由に気づき、俺は息を呑んだ。


 俺は彼女を「守る」ために秘密にしていたつもりだった。だがそれは、彼女を「守られるだけの弱い存在」として蚊帳の外に置き、彼女との間に見えない壁を作っているのと同じだったのだ。彼女が本当に恐れていたのは、俺の寿命が減ること以上に、俺が自分を突き放して遠くへ行ってしまうことだった。



 俺はゆっくりと息を吐き、彼女の手を優しく解いた。

 そして、右手でリストバンドを掴み、静かに引き抜いた。



 露わになった皮膚の奥で、淡い光が明滅している。

『0年24日10時間』。



 それは、今この瞬間の彼女の寿命と、数時間単位でしか違わない数字だった。五十年の寿命が消え去り、もう後戻りできない死へのカウントダウン。

 数字を見た水瀬は、両手で口を覆い、声を殺して泣き崩れた。


「あぁ……ごめんなさい、結城くん。私のせいで。私がわがままを言ったから、結城くんの命が……」

「謝るな」


 俺は防波堤から降りて彼女の前に立ち、その小さな肩を真っ直ぐに掴んだ。


「これは俺のエゴだ。お前の命が削られていくのを、安全な場所から見守るなんて耐えられなかった。俺は水瀬を守るための盾になりたかったんじゃない。お前と同じ世界に立って、同じ運命を背負って……対等な人間として、お前の隣にいたかったんだ」


 この狂った世界で、純粋な心を持った彼女だけが理不尽に罰を受ける。そんな運命を、彼女一人に背負わせるわけにはいかなかった。


 水瀬は涙で濡れた顔を上げ、俺の目を見た。


「私と同じ……」

「ああ。もう俺たちは同じだ。俺は五十年の数字を捨てて、水瀬との二十四日を選んだ。後悔なんて一秒もしてない」


 俺の言葉に、水瀬の瞳からまた一粒、大きな涙がこぼれ落ちた。


 だがそれは、先ほどまでの悲痛な涙ではなかった。彼女は震える両手を伸ばし、俺の左手首に――その残酷で愛おしい数字に、そっと自分の左手首を重ね合わせた。

 二つの同じ数字が、まるで共鳴するように淡い光を放つ。


「結城くんは……本当に、大馬鹿だよ」


 水瀬は泣きながら、けれど本当に嬉しそうに、花がほころぶように笑った。


「でも……ありがとう。私、結城くんと一緒なら、もう何も怖くない」


 その瞬間、俺たちの間にあった最後の見えない壁が、完全に崩れ去ったのが分かった。

 寿命を守るために心を殺す人間たちの中で、俺たちは寿命を捨てて心を生かした。俺たちはもう、誰かのために命を削る哀れな犠牲者ではない。自分たちの意志で、自分たちの生きる道を選んだ。


 海風は冷たかったが、触れ合う手首から伝わる熱だけが、この世界で唯一の確かなものだった。




     


 残された二十四日間は、残酷なほどあっという間に過ぎ去っていった。

 俺のリストバンドはあの海に捨てた。教室でも堂々と数字を晒すようになった俺を見て、翔太たちクラスメイトは本気で気味悪がり、ついに誰も俺たちに話しかけてこなくなった。


 だが、そんなことはどうでもよかった。


 学校に行き、昼休みを共に過ごし、放課後は他愛のない話をして帰る。特別なことは何もしていない。けれど、二人の間にはもう何の隠し事もない。言葉にしなくても互いの考えていることが分かり、手が触れ合っても誤魔化す必要はない。俺たちの左手首で同じように時を刻み続ける数字は、死へのカウントダウンであると同時に、俺たちを強く結びつける絆そのものだった。




 そして、運命の日は訪れた。




 日曜日。冬の足音が近づく冷たい風の中、俺たちは駅前の巨大なショッピングモールの広場にいた。

 ベンチに並んで座り、温かい缶のコーンスープを分け合う。

 水瀬の左手首の数字は『0年0日2時間』。

 俺の数字も、それと全く同じ時間を指していた。

 あと二時間で、俺たちの命は終わる。世界の理によって、静かに消灯されるように。


「……怖くないか」


 俺が静かに問うと、水瀬はコーンスープの缶を両手で包み込みながら、ふるふると首を振った。


「全然。結城くんが一緒にいてくれるから」


 彼女は俺の肩に、こつんと頭を乗せた。


「私ね、結城くんに出会うまでは、自分が死んでいくのが怖かったの。でも今は違う。自分の心に嘘をつかずに生きて、その結果として今日を迎えられた。……すごく、幸せな人生だったよ」


 その言葉に、一片の曇りもなかった。


 俺も同じだった。五十年の寿命を燃やし尽くし、ただの高校生が背負うにはあまりに重い罪を犯した。それでも、彼女の隣で過ごしたこの一ヶ月は、空っぽだった俺の人生のすべてを埋めて余りあるほど鮮やかだった。


「ああ。俺も……」


 俺がそう答えようとした、その瞬間だった。


 鼓膜を破るような轟音が、広場を揺らした。

 同時に、ショッピングモールの一階、飲食店が立ち並ぶエリアから真っ黒な煙と赤い炎が噴き出した。ガラスが砕け散る音と、人々の悲鳴が交錯する。


「キャアアアッ!」

「火事だ! 逃げろ!」


 ガス爆発か何かだろうか。休日のモールは家族連れでごった返しており、広場は一瞬にしてパニックに陥った。

 俺と水瀬は弾かれたように立ち上がり、炎を上げる建物を凝視した。

 崩れ落ちた天井の瓦礫が入り口を塞ぎ、奥のレストランに取り残された人たちが窓硝子を叩いて助けを求めている。その中には、幼い子供の姿もあった。


「助けなきゃ……!」


 一人の若い男が、瓦礫に向かって走り出そうとした。だが、その足は数歩でピタリと止まった。

 男の視線は、炎ではなく、自分の左手首に向けられていた。


 燃え盛る建物に飛び込む行為。それは明らかな『命の危機』であり、世界の理はそれを『自身の生存を脅かす悪(愚行)』と判定する可能性が高い。もし助けられなかった場合、莫大な寿命がペナルティとして没収される。


「だ、駄目だ……俺には、まだ六十年の寿命が……」


 男は顔を青ざめさせ、後ずさった。


 彼だけではない。広場にいる全員がそうだった。

 日々、ゴミ拾いや席を譲ることでコツコツと寿命を稼いできた「善人」たち。彼らは今、目の前で人が焼け死のうとしているのに、誰一人として動けない。


 他人が死んでしまうことよりも、自分の手首に貯まった『数字』を失うことを恐れているのだ。他人の命と、自分の寿命の残高。それを計算し、誰もが目を逸らしてサイレンの音を待つことしかできない。

 これが、寿命という数字に支配された人間の浅ましい本質だった。



「結城くん」


 隣で、水瀬が俺の服の袖を強く引いた。

 彼女の瞳には、一切の迷いがなかった。他人の損得などどうでもいい。ただ、目の前で泣いている命を救いたい。その強烈で純粋な意志だけが炎のように燃えていた。


 以前の俺なら、彼女を止めていた。あるいは、彼女の代わりに俺だけが火の中に飛び込んでいた。


 だが、今は違う。

 俺の心の中にも、彼女と同じ炎が灯っていた。

 寿命が減る? そんなものは関係ない。俺の命は、あと二時間で終わる。だが、仮に五十年の寿命が残っていたとしても、俺は同じ選択をする。


 偽善者たちが立ちすくむこの胸糞の悪い世界で、俺が本当に美しいと信じた『人間の心』を貫き通す。俺自身の、純粋なワガママとして。


「行くぞ、水瀬」


 俺は彼女の手を強く握りしめた。


「うんっ!」


 俺たちは、呆然と立ち尽くす大人たちの群れを抜け、燃え盛る瓦礫の中へと真っ直ぐに駆け出した。


 自動ドアのガラスを突き破り、燃え盛るモールの中へ飛び込んだ瞬間、暴力的な熱波と黒煙が俺たちの全身を殴りつけた。


「ゴホッ、ゲホッ……!」


 呼吸をするだけで肺が焼け焦げそうになる。視界は最悪だ。だが、奥のレストランで倒れ込んだまま動けない親子の姿が、炎の向こう側に確かに見えた。

 母親の上に、崩落した天井の太い鉄骨がのしかかっている。女の子が泣きながらそれを退かそうとしているが、子供の力でどうにかなる重さではない。


「水瀬、お前は子供を外へ! 俺が鉄骨を持ち上げる!」

「わかった!」


 水瀬は迷うことなく炎の中を駆け抜け、泣き叫ぶ女の子を抱き抱えた。

 俺は母親の上に重くのしかかる鉄骨に両手をかけた。炎で熱された鉄の表面が手のひらを焼き、肉が焦げる嫌な匂いがした。激痛に意識が飛びそうになる。


「うおおおおおっ!!」


 奥歯が砕けるほど食い縛り、全身の筋肉を爆発させて鉄骨を押し上げる。


「今だ、抜け出せ!」

「あ、ありがとうございます……っ!」


 母親が這いずるようにして隙間から抜け出す。俺は鉄骨を投げ捨て、煤まみれになった母親の背中を押し、水瀬と共に崩れゆく建物の出口へと向かって無我夢中で走った。


 背後で、先ほどまで俺たちがいた場所が凄まじい轟音と共に完全に崩落した。

 爆風に背中を叩かれ、俺たちは広場のアスファルトに勢いよく転がり出た。


「ハァッ……ハァッ……ゴホッ!」


 安全な場所まで逃げ延びた母親と女の子が、抱き合って大声で泣きじゃくっている。それを取り囲むように、遠巻きに見ていた「善人」たちがざわめいていた。


 全身が火傷と打撲で軋み、呼吸がうまくできない。だが、助かった。助けることができた。

 俺は大の字に倒れ込んだまま、横で激しく肩で息をしている水瀬を見た。彼女の頬は煤で黒く汚れ、髪の先が少し焦げていたが、その顔には心底ホッとしたような、美しい笑顔が浮かんでいた。


「結城、くん……助かった、ね」

「ああ……よく、やった」


 俺は痛む腕を無理やり動かし、水瀬に向かって手を伸ばした。彼女もまた、震える手を伸ばし、俺の指をきつく握り返してくれた。


 ふと、視線が水瀬の左手首に落ちた。



『0年0日0時間0分45秒』



 秒読みだった。

 俺の左手首も同じだ。俺たちの残された二時間は、あの親子を炎から救い出すための時間だったのだ。

 広場にサイレンの音が響き渡る。偽善者たちのどよめきも、燃える建物の爆ぜる音も、今の俺たちにはもう遠い世界のノイズでしかない。

 ただ、繋いだ手のひらの熱だけが、俺たちが確かに生きて、ここにいるという証明だった。



「結城くん」



 水瀬が、ポロポロと涙をこぼしながら俺を見つめた。



「私、生きててよかった。結城くんに出会えて、最後の一秒まで、自分の心を殺さずにいられて……本当に、幸せだったよ」



「俺の方こそだ。……お前が、俺に本当の生き方を教えてくれた」



 視界がぼやける。死の恐怖なんて、微塵もなかった。

 自分の命より大切なものを見つけられた。その事実だけで、俺の人生は素晴らしいものだと思えるようになった。




 10秒。

 5秒。

 3、2、1――。


『0年0日0時間0分0秒』



 俺たちは互いの手を強く握りしめ、静かに目を閉じた。

 意識が途切れるのを待つ。体が透き通り、世界の理が俺たちの命を消し去るのを待つ。



 だが。




 いつまで経っても、呼吸は止まらなかった。

 心臓は力強く胸を打ち鳴らし、繋いだ手からは温かい血の巡りが伝わってくる。



「……え?」



 水瀬の戸惑うような声に、俺はゆっくりと目を開けた。

 信じられない光景だった。

 水瀬の左手首が、そして俺の左手首が、太陽のように眩い、純白の光を放っていたのだ。



 今まで見たどんな「善行」の時の光とも違う。それは命そのものが熱を帯びているような、強く、澄んだ光だった。

 光の中で、ゼロになったはずの数字が、勢いよく回転し始めた。



 1年。

 3年。

 5年。

 

 回転は『10年』を超えたところで、静かに、そして力強く止まった。



「なっ……なんだ、これは……」



 俺は呆然と呟いた。

 それは、理の気まぐれや綻びなどではない。その数字の輝きを見た瞬間、俺の魂が直感で理解していた。


 打算。見返り。偽善。

 自分の手首の数字を計算し、リスクを避けて行うような「小さな親切」には、世界の理は文字通り『小銭』のような寿命しか与えていなかったのだ。

 だが、自分の命が尽きることを受け入れ、損得勘定を完全に捨て去り、ただ純粋に「誰かを救いたい」と願う本物の自己犠牲。


 それこそが、この世界が定めた『真の善』だった。

 他人のために自分を偽るのではなく、自分自身の「助けたい」という純粋なエゴを命懸けで貫き通した時のみ、世界の理はその魂を正当に評価し、再び歩き出すための未来を与える。



「結城くん……数字が、数字が……!」



 水瀬が、信じられないものを見るように自分の手首と俺の顔を交互に見比べた。

 彼女の瞳から、大粒の涙が溢れ出した。それは死を受け入れた悲しみの涙ではなく、生きることを許された、安堵と歓喜の涙のようにみえた。



 周囲の連中は、俺たちの手首から放たれる光に恐れおののき、ただ呆然と立ち尽くしている。彼らには一生、この光の意味は理解できないだろう。寿命という数字の奴隷になった彼らには、決してわかることはない。


「……生きてる」



 俺は水瀬の手を力強く引き寄せ、その小さな体を腕の中に抱きしめた。


「生きてるぞ、水瀬。俺たちは……これからも一緒に、生きていけるんだ!」

「うんっ……うんっ!」


 水瀬は俺の胸に顔を埋め、子供のように声を上げて泣きじゃくった。

 冬の冷たい空気が、火照った頬に心地いい。

 俺たちの左手首には、お互いに十年余りの数字が刻まれていた。


 一生涯を約束するには、短い時間かもしれない。だが、死の淵にいた俺たちが、これから自分たちの足で生きていくための「始まり」としては、十分すぎる時間だった。



 これからの人生は、誰かの評価や偽善のためではなく、俺たちが俺たちらしく生きるために使っていくのだ。



 遠くで消防車のサイレンが近づいてくる。

 俺は水瀬の背中を優しく撫でながら、煙の晴れゆく冬の青空を見上げた。

 狂った世界の理は、いつだって残酷だ。

 だが、本気で心を燃やし尽くした人間には、ささやかで、美しい奇跡を用意してくれていた。



 人の本質とは何か。

 その答えはもう、俺たちの繋いだ手の中に、確かに存在していた。








 あのショッピングモールの火災から、季節は何度も巡った。


 俺たちは無事に高校を卒業し、揃って都内の大学へと進学した。

 世間は相変わらず、左手首の数字を増やすための「寿命稼ぎ」に熱狂している。打算的なボランティア、見返りを求めた親切、数字のための人間関係。社会の根底に流れる気味の悪い偽善のルールは、あの日から何も変わっていない。

 だが、俺と雫の生き方は完全に変わっていた。


「湊くん、お待たせ!」


 大学の正門前。春の柔らかな日差しの中、講義を終えた雫が小走りで駆け寄ってくる。少し大人びた服装になっても、その透き通るような笑顔は高校時代から何も変わらない。


「走らなくていい。急ぐ用事もないんだから」

「だって、早く会いたかったんだもん」


 雫は悪戯っぽく笑い、ごく自然に俺の右手に自分の左手を絡ませてきた。

 俺たちは同棲こそしていなかったが、大学の四年間、講義以外の時間はほとんど一緒に過ごした。お互いを名前で呼び合い、休日は当てもなく街を散歩したり、少し遠出して綺麗な景色を見に行ったりした。美味しいものを食べ、映画を見て、ただ二人で笑い合う。誰かの評価を気にするでもなく、ただ自分たちの心に従って、自分たちのために時間を使った。



 あの日、世界の理から与えられた俺たちの寿命は「十年余り」。

 計算上では、大学を卒業し、社会人になって数年経てばゼロになるはずの数字だった。

 だが、現実は違った。


「湊くん、見て。今日は駅前で迷子の子と一緒に親御さんを探したからかな。数字、一週間分くらい増えてる」


 カフェのテラス席で向かい合って座りながら、雫が嬉しそうに自分の左手首を見せてきた。



『5年112日』。



 あの日から数年が経過しているのに、彼女の寿命はまだ五年以上残っていた。俺の手首も同じだ。

 俺たちは、寿命を増やすための打算的な行動は一切していない。だが、雫は元来のお人好しで、目の前で困っている人を放っておけない性格だ。俺もまた、そんな彼女の隣にいて、自分のできる範囲で手を差し伸べるのが当たり前になっていた。



 打算のない、純粋な心からの親切。

 それは、あの大火災での救出劇のように「十年」という莫大な寿命を生み出すことはない。増えるのはたった数日、時には数時間だけだ。


 しかし、その小さな「本当の善行」が、俺たちがただ生きている間に消費していく寿命を、静かに、けれど確実に補填してくれていたのだ。


 社会のルールに縛られ、自分を偽って無理な善行をしていた頃は、世界の理に反発するたびに何十日もの寿命を理不尽に削られていた。けれど、自分に嘘をつかず、愛する人と共に自然体で生きるようになった今、俺たちの命はとても穏やかに循環していた。


「人の本質って、きっと難しく考えるものじゃなかったんだな」


 俺がアイスコーヒーをストローでかき混ぜながら言うと、雫は不思議そうに首を傾げた。


「どういうこと?」

「他人のために自分を殺す必要も、自分のために他人を蹴落とす必要もないってことだ。ただ、自分が大切にしたいものを大切にして、心から笑って生きる。それが結果的に、誰かの心を少しだけ温めることに繋がる。……世界の理が本当に求めていたのは、そういう当たり前の『人間の営み』だったのかもしれないな」


 雫は目を丸くした後、ふわりと花が咲くように微笑んだ。



「うん。私も、そう思う。湊くんと一緒にいると、毎日がすごく自然で、息がしやすいもん」




 やがて大学を卒業し、俺たちは社会人になった。

 雫は小さな生花店に就職し、俺は普通のメーカーで営業職に就いた。


 仕事は忙しく、理不尽な顧客や上司に頭を下げる日々もあった。世間の荒波に揉まれ、時には心がすり減ることもあった。

 それでも、帰る場所にはいつも水瀬がいた。

 週末になれば彼女の淹れてくれたコーヒーを飲み、何があったかを語り合う。彼女の存在そのものが、俺の心をいつだって本来の正しい形へと戻してくれた。



 そして。

 あの大火災から、ちょうど十年が経とうとする冬の日のことだった。


 俺の手首の数字は、増減を繰り返しながら、ついに『1年』を切っていた。雫も同じだ。


 十年前に与えられたボーナスタイムの終わりが、いよいよ現実のものとして近づいてきている。

 だが、俺の心に焦りや恐怖は一切なかった。むしろ、この十年間を彼女と共に歩み抜き、互いの心を一度も裏切らずに生きてこられたという静かな誇りで満たされていた。


 だからこそ、俺はこのタイミングで、一つの「決着」をつけることにした。


 日曜日。俺は雫を連れて、駅の向こう側へと足を運んだ。

 そこは、かつて美しいスノードロップの花壇があり、俺が重機を破壊したあの植物園の跡地だった。



 現在そこには、立派な『ボランティア活動支援センター』が建っている。相変わらず偽善者たちが点数稼ぎのために出入りし、薄っぺらい笑顔を振りまいている場所だ。

 俺たちはそのセンターの裏手にある、小さな公園のベンチに腰を下ろした。



「懐かしいね、ここ」


 雫は温かい缶のコーンスープを両手で包み込みながら、白く息を吐いた。


「ああ。十年前に、俺たちの命が一度終わるはずだった時期に、よく通った場所だからな」


 俺は自分の左手首に視線を落とした。



『0年350日』。



 俺は深く息を吸い込み、冬の冷たい空気を肺の奥まで満たした。

 ポケットの中には、数ヶ月分の給料を注ぎ込んで買った、小さなベルベットの箱が入っている。



「雫」



 俺が少しだけ声を張ると、彼女は「ん?」と小首を傾げて俺を見た。



「この十年間、本当に色んなことがあったな」



 俺はポケットの中でベルベットの箱を握りしめながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。



「世間の連中は相変わらず数字に振り回されてるし、俺たちの手首の寿命も、気づけば残り一年を切っちまった。十年前みたいに、また死へのカウントダウンが始まってる」


 雫は自分の手首に視線を落とし、それから穏やかに微笑んだ。


「うん。でも、全然怖くないよ。湊くんと一緒に、毎日を私たちらしく、大切に生きてきた結果だもん。数字がどうなるかなんて、もう気にならないかな」

「ああ、そうだな。明日突然ゼロになるかもしれないし、気づかないうちにまた少し増えてるかもしれない。……でも、俺はもう、この数字が何年あろうが関係ないんだ」



 俺はベンチから立ち上がり、彼女の正面に立った。

 冷たい風が吹き抜け、彼女の髪を揺らす。

 俺はポケットからベルベットの箱を取り出し、彼女の目の前でゆっくりと開けた。

 冬の柔らかな日差しを受けて、箱の中の小さな指輪が控えめに、けれど確かな光を放った。



 雫は息を呑み、コーンスープの缶を取り落としそうになりながら、両手で口元を覆った。その透き通るような瞳が、瞬く間に涙で縁取られていく。



「俺たちの残りの寿命が一年なのか、それともこの先五十年続くのか、そんなことはどうでもいい」



 俺は彼女の目を見据え、はっきりと告げた。



「俺は、残された時間のすべてを、お前と共に生きたい。誰の評価も偽善もいらない。ただ、お前が笑ってくれるなら、それだけで俺の人生は完璧なんだ」



 そして、言葉を区切り、深く息を吸い込んだ。




「雫。俺と結婚してくれ」




 初めて、この言葉を伝えた。

 その瞬間、雫の目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。十年前、ショッピングモールの広場で生きることを許された時に流した、あの心底幸せそうな涙と同じだった。


 彼女は何度も、何度も強く首を縦に振った。



「……うんっ。うんっ、喜んで……!」



 俺は箱から指輪を取り出し、震える彼女の左手を取った。


 その手首には『0年348日』という数字が、彼女の鼓動に合わせて淡く光っていた。

 俺は、そのすぐ先にある左手の薬指に、冷たい銀色の指輪をゆっくりとはめた。指輪の輝きと、寿命の数字の光が、まるで最初からそうなる運命だったかのように美しく溶け合う。



 水瀬は立ち上がり、俺の胸に飛び込んできた。

 俺は彼女の華奢な体を腕の中にきつく抱きしめ、その温もりを確かに感じ取った。



「ありがとう、湊くん。私、絶対に幸せになる。湊くんを絶対に幸せにするから……!」

「ああ。俺たちで一緒に幸せになろう」



 彼女の髪を撫でながら、俺は冬の青空を見上げた。

 視界の端、足元の植え込みに目をやる。


 ボランティアセンターの無機質なコンクリートの脇、冷たい土の隙間から、名も知らぬ小さな白い花がひっそりと顔を出していた。あの日彼女が見つけたスノードロップのように、誰の寿命を稼ぐためでもなく、ただ自分の命を一生懸命に咲かせている。



 狂った世界の理は、きっとこれからも変わらない。

 人々は数字に縛られ、打算と偽善の中で生きていくだろう。



 だが、俺たちはもう迷わない。



 手首の数字が明日ゼロになろうと、この先何十年続こうと関係ない。俺はこの腕の中にある確かな温もりを愛し抜き、これからもただ、自分たちらしい日々を重ねていく。




 ――この狂った世界で、誰よりも美しい『命の使い方を教えてくれた君へ』。




 これからも、当たり前の毎日をともに生きていこう。



 






ここまでお読みいただき本当にありがとうございます!

ここまで長い短編は初めて書きました…!

普段は、このような作品を書かないので、書くのが難しかったですが書ききれて良かったなと思います。


よろしければ評価してくださると励みになります。

よろしくお願いします!

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ネタバレになってしまったらすみません。感想は消していただいても大丈夫です。 善いことと悪いことを見定めているのは、一体誰なのでしょう? 善いことはそう見える行動だけなのですね。心の醜さを読み取れる、ま…
自分と相容れない常識の中で己を貫く事はとても生きづらいですよね どうして寿命が可視化されたのかが不明な為に色々考えてしまいました 常識になるくらい偽善が定着しているという事は、偽善で伸びた寿命に不都…
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