敬意と経緯
死こそが救済なのだと勇者は思った。
今わの際だ。
「眠ります。皆さま、どうかお元気で」
そう告げた。
長年苦楽を共にした仲間たちが泣いた。
泣き続けて涙も枯れたと思っていたのに。
まだまだ涙を出す。
(良かった)
勇者は心の底から思った。
魔王を倒して十数年。
病に侵されて二十数年。
(私は魔王を倒した。そして、誰にも真実を打ち明けずに済んだ)
目を閉じる。
浮かんでくる様々な光景。
(嫌な人生だった)
唾棄する。
走馬灯。
『我々を救ってください。魔王軍に苦しめられているのです』
とある村でそう言われた。
勇者はその願いを受けて、その村を苦しめていた魔王軍を壊滅させた。
『ありがとうございます。勇者様。ですが……何故、隣村まで救ったのですか』
後だしで言われた言葉。
後になって知った。
この村と隣村に大きな因縁があったと。
『まぁ、伝えていなかった我々も悪かったですね』
何故か、勇者は『許された』。
『勇者様。あの土地へ行く予定を四日遅らせましょう』
とある地方に向かう折に王国から派遣された兵士にそう言われた。
勇者は驚いて尋ねた。
何故、そんなことをするのか。
今も魔王軍に苦しめられている人々が居るのに。
『簡単なことです。あの土地には私達とは考えを異にする民族がいます。あの土地自体は救ってほしいですが、あの民族自体は――』
兵士の言葉は最後まで聞こえなかった。
勇者は結局、予定通りに動いた。
助けを求める人々がいたから。
『貴殿への支援を打ち切る』
王より手紙が届いた。
勇者の旅は過酷なものとなった。
『聞きましたぞ。あなたがこの地に来るのが遅れたのは王国より指示されたからだと』
助けた民族にそう言われた。
最速で来たと言うのに。
おそらくは王の報復だろう。
――報復。
報復とはなんだ。
(良かった)
記憶が打ち切られる。
勇者は再び、今わの際だ。
(本当に良かった)
勇者は心から安堵していた。
(今の私にはこの怒りに任せて動く体がない)
魔王を倒してからの十数年。
勇者はまさに傀儡だった。
あえて勇者は操り人形のように振る舞った。
隠遁をした時、苦楽を共にした友人たちが幾人も『事故死』をしたからだ。
従う他ないのだ。
そう理解した。
少なくとも勇者は。
自らがもたらした平和を自らが破るつもりはなかった。
(死こそが救済なのだ)
勇者は心からそう思った。
周りが信じた勇者を演じたまま、幕が下りるのだから。
――しかし。
「間に合ったか」
忌々しい王の声と共に勇者は目覚めた。
「死ぬことは許さぬぞ。勇者殿」
目を開くと王が幾人もの呪い師を連れていた。
「まだ、貴殿にはしてもらいたいことが山ほどある。あぁ、助けてやることは気にするな。確かにこの病を治癒できる者を探すのに大層な金が掛ったが、これより貴殿にはその分の働きをしてもらうつもりだから」
呆然とする勇者に呪い師の一人が言った。
「喜んでくださいませ。体が治癒しただけでなく、我々に伝わる呪いで不老にも近い寿命もあなたさまは得られました。この呪いは屈強な体がなければとてもではないが耐えられません。それこそ、勇者様や魔王など――本当に極一部でして」
馬鹿なことを。
勇者は心からそう思った。
救済が消えうせた。
先延ばしではない。
奪われたのだ。
「さぁ。起きろ。勇者殿。病に臥せっていた分を働いてもらわなければ。貴殿の時間は無限だが、我らの時間は有限なのだから――」
勇者の心は完全に崩壊した。
抑えていたものが吹き出したのだ。
*
それから数百年が経って。
不老となった勇者を打ち倒した者がぽつりと勇者へ告げた。
「なるほど。そんな経緯が」
勇者は安堵していた。
不老ではあっても、不死ではないことを。
「聞いてくれてありがとう」
息も絶え絶えだが、この感覚が随分と懐かしい。
あの時、失った永遠の救済が今、ようやくもたらされた。
目の前に立っている者によって。
他ならぬ――。
「勇者様。私に救いをくれてありがとう」
次代の勇者は言葉を受け取りやりきれない様子で首を振る。
それが、縦か、横か、勇者には分からなかった。
「あなたのやったことは許されない。だが」
次代の勇者は、剣をしっかり古い勇者に当てて言った。
「あなたに敬意を。魔王殿。少なくともあなたは本来の時間を耐え続けていたのだから」
数百年前に奪われた救済に包まれながら、古い勇者は眠りについた。




