無能と蔑まれた私を捨てた王子、私が隣国で『宝石姫』と呼ばれているとは露知らず
◆〜第一章:泥に塗れた【原石】〜◆
冷え切った大理石の床から伝わる振動が、エルゼの膝をじりじりと焼くようだった。
「エルゼ・フォン・アステリア! 貴様のような、魔力も持たぬ『無能』は我が王家の汚点だ。本日をもって婚約を破棄し、国外へ追放する!」
第一王子・カイルの怒声は、装飾過多な謁見の間の天井に跳ね返り、刃となってエルゼに突き刺さる。
彼の隣では、次期王妃の座を確信した公爵令嬢セシリアが、扇の陰で三日月のような笑みを深めていた。
その瞳には、かつて親友と呼び合った面影など微塵もない。
エルゼは震える指先を床に押し当て、必死に声を絞り出した。
「殿下……私は、この国のために、破綻寸前だった領地の財務を三代先まで立て直し……飢饉の際も、備蓄を工面して一人の死者も出さぬよう……」
「黙れ! 帳簿の整理など、読み書きのできる平民でも務まる卑俗な作業だ!」
カイルは吐き捨てるように言い放ち、一歩、彼女へ歩み寄った。
「我らが求めているのは、国を潤し、敵を焼き払う強大な魔力! 神に愛されぬ欠陥品を隣に置くことなど、王族としての矜持が許さぬ!」
激しい金属音と共に、エルゼの細い首から”婚約者の証”である魔石のペンダントが奪われた。
力任せに引きちぎられた鎖が、彼女の白い肌に紅い筋を引く。
「これはセシリアにこそ相応しい。無能な貴様には、泥水がお似合いだ」
カイルは手にしたペンダントをセシリアの首へ捧げ、そのままエルゼに背を向けた。
「衛兵! この女を国境まで引きずっていけ! アステリアの土を踏むことさえ、今は不快だ!」
視界を遮るほどの豪雨が、馬車から放り出されたエルゼの体温を容赦なく奪っていく。
そこは──死の森。
強力な魔獣が跋扈し、足を踏み入れた者は二度と戻らぬと言われる禁忌の地。
「……っ、あ……」
泥水に顔を埋め、エルゼは指先一つ動かせない絶望の中にいた。
国のために捧げた日々。不眠不休で取り組んだ政務。
その全てが『魔力がない』という一点のみで否定され、ゴミのように捨てられた。
意識が遠のき、冷たい闇が彼女を飲み込もうとしたその時──脳裏の深淵から、重厚で、どこか懐かしい残響が響き渡った。
『──ようやく、余計な”殻”が割れたようだな』
「誰……?」
声に応えようとした瞬間、エルゼの胸の奥で、何かが“爆ぜた“。
それは、カイルが求めたような安っぽい火や水の魔力ではなかった。
彼女の血管を駆け巡るのは、万物の中に眠る“輝き“を自在に操り、形なき概念すらも結晶化させる太古の権能。
パキィィィィィン!
周囲の雨粒が、空中で静止した。
次の瞬間──それらはエルゼの意思とは無関係に、白く輝く純度の高い【魔結晶】へと姿を変え、宝石の雨となって地面に降り注ぐ。
エルゼは知らなかった。
自分の魔力が測定不能だったのは、決して“無能“だったからではない。
王国の安っぽい測定水晶では、大海原のような彼女の魔力を受け止めるにはあまりに小さすぎ、一滴の雫さえも掬い取れなかっただけだということに。
◆〜第ニ章:隣国での覚醒と『宝石姫』の誕生〜◆
それから一年。
あの日、泥水に顔を伏せていた少女の姿は、もうどこにもない。
大陸随一の武力と知性を誇る強国、ガルディア帝国の帝都は、一人の“奇跡“の噂でもちきりだった。
彼女の名はエルゼ。
かつて『無能』と蔑まれ、国を追われた少女は、いまや帝国の運命を握る存在となっていた。
彼女には、神の悪戯か、あるいは太古の祝福か、恐るべき権能が宿っていた。
道端に転がっている、何の変哲もない石ころ──。
それにエルゼが指先を触れ、静かに祈りを捧げる。
すると、煤けた表面が内側から脈動し、一瞬にして世界で最も純度の高いダイヤモンドへと変貌を遂げるのだ。
あるいは、草木も生えぬ荒れ果てた廃鉱山に彼女が立ち、大地へ手をかざす。
地脈の奥底に眠る澱んだエネルギーが、彼女の意思に呼応して浄化され、大地の拍動と共に、最高品質の魔石が地表へと結晶となって溢れ出した。
「彼女の指先から生まれる石は、天界の星よりも美しく、神の涙よりも清らかだ」
その噂は瞬く間に大陸全土を駆け巡り、彼女はいつしか畏敬を込めて『宝石姫』と呼ばれるようになった。
エルゼの生み出す【魔石】は、単なる宝飾品ではなかった。
不純物の一切ないその結晶は、帝国の魔導兵器を劇的に強化し、難病を癒やす医療触媒となり、産業のあり方そのものを根底から覆した。
この奇跡をいち早く見出したのは、帝国の若き獅子、皇帝ヴィクトールであった。
一年先、国境付近で行き倒れていた泥まみれの少女を拾い上げ、その瞳の奥に潜む“万物の本質を見抜く光“を察した彼は、彼女を『帝国の至宝』として最高待遇で迎え入れたのだ。
「エルゼ、君は本当に素晴らしい。君がこの国に来てから、我が民の暮らしは豊かになり、笑顔が増えた。君こそが、天が遣わした勝利の女神だ」
バルコニーから帝都の繁栄を眺め、ヴィクトールが穏やかに、しかし熱を帯びた声で語りかける。
「……勿体ないお言葉です、陛下。私はただ、石の中に眠る声を聞き、あるべき姿に整えているだけですから」
月明かりに照らされたエルゼは、もはや無能と呼ばれていた頃の影もなかった。
最高級のシルクを幾重にも重ねたドレスに身を包み、その肌は雪よりも白く、真珠のような光沢を帯びている。
何より、その瞳──。
かつて涙に濡れていたエメラルドの双眸は、いまや深淵の理を映し出す宝石そのものの輝きを放っていた。
だが、彼女の胸の奥には、決して消えない“氷の炎“が灯っている。
(あの日、私を泥の中に捨てたカイル王子……そして、私の功績を奪い取ったセシリア様。貴方たちの目に、今の私はどう映るかしら?)
帝国の繁栄が加速する一方で、彼女を放逐したアステリア王国からは、不穏な風の音が届き始めていた。
◆〜第三章:崩壊へのカウントダウン〜◆
エルゼという”心臓”を失ったアステリア王国は、またたく間にその脈動を弱めていた。
かつて栄華を極めた王宮の執務室には、今や優雅な音楽ではなく、怒号と悲鳴が渦巻いている。
「どういうことだ! なぜ国庫が底をついている! セシリア、聖女の力でなんとかしろ!」
カイル王子が、真っ赤な顔で机を叩いた。
その手元にある報告書には、天文学的な数字の赤字が並んでいる。
「そ、そんなこと言われても……。私は祈ることしかできませんわ! 帳簿なんて、数字を見るだけで頭が痛くなりますもの! だいたい、こんな汚らわしい紙束を私に見せないでくださいな!」
隣に座るセシリアは、宝石を散りばめた扇で顔を隠し、ただ泣き喚くだけだった。
彼女の『聖女』としての力は、煌びやかな儀式で人々を心酔させるだけの見せかけに過ぎない。
実務能力など、最初から皆無だったのだ。
エルゼがいた頃、彼女は誰に評価されることもなく、深夜まで蝋燭を灯し続けていた。
複雑に絡み合った関税の調整、魔力に頼らない効率的な物流網の構築、そして不測の事態に備えた膨大な備蓄管理。彼女がいなくなった途端、利権を巡る貴族たちの内紛が爆発し、国を支えていた細い糸は次々と断ち切られていった。
そこへ、血相を変えた宰相が扉を蹴破らんばかりに駆け込んできた。
「殿下! 大変です! 我が国の魔石鉱山が、突如として全て沈黙しました!」
「なんだと!? 枯渇したというのか!?」
カイルが椅子を蹴って立ち上がる。
魔力至上主義を掲げ、あらゆるインフラを魔力に依存しきっていたこの国にとって、魔石の枯渇は文字通り【死】を意味する。
街の灯火は消え、防衛結界は霧散し、魔導具はただの鉄屑と化すのだ。
「馬鹿な……! 数百年前から一度も絶えたことのない大鉱山だぞ!」
「原因は不明ですが、地脈そのものの力が消失したかのような……まるで、大地が怒っているかのように、一滴の魔力も抽出できないのです!」
カイルは震える手で頭を抱えた。
だが、その時、彼の脳裏に一筋の“希望“という名の傲慢がよぎった。
「……そうだ。隣国ガルディア帝国へ、使節を送る。魔石の緊急支援を要請するのだ!」
「しかし殿下、帝国とは長らく緊張状態に……」
「構わん! 帝国には今、『宝石姫』と呼ばれる、触れるだけで無限に魔石を生み出す生ける伝説がいるという。彼女に縋れば、我が国は救われるはずだ! 同じ“魔力“を尊ぶ者同士、話が通じないはずがない!」
カイルは、自らが泥の中に捨てた『無能のエルゼ』と、大陸中が崇める『宝石姫』が同一人物である可能性など、微塵も疑っていなかった。
「急げ! 帝国に使いを出せ! 宝石姫を我が国に招くのだ。金なら……いや、国賓としての礼は尽くすと伝えろ!」
破滅へのカウントダウンが加速しているとも知らず、カイルは救済を求めて、かつて自分が踏みにじった少女の元へ手を伸ばそうとしていた。
◆〜第四章:再会、そして“ざまぁ“の瞬間〜◆
帝国の象徴である、琥珀の謁見の間。
かつてないほどの威圧感と、目が眩むような富の奔流に、アステリア王国の使節団は飲まれていた。
その先頭に立つカイル王子は、屈辱に震えながらも、瓦解寸前の自国を救うため、床に額を擦り付けた。
「ガ、ガルディア帝国皇帝陛下、ならびに……慈悲深き、宝石姫殿。どうか、我がアステリア王国に救いの手を……魔石の分与をお願いしたく……!」
カイルの視界に入るのは、磨き抜かれた床と、その先に鎮座する二つの影──。
特に、皇帝の隣で宝石を散りばめた薄いベールを纏い、神聖なオーラを放つ女性の足元に、彼は本能的な畏怖を覚えた。
「顔を上げなさい、アステリアの王子よ」
凛とした、しかし鈴を転がすような清らかな声──。
聞き覚えのあるその響きに、カイルの心臓が嫌な跳ね方をした。
恐る恐る顔を上げると、そこには──。
「……は? エ、エルゼ……? なぜ、貴様がそこに……!?」
カイルの顔から一気に血の気が引き、土気色に変わる。
隣に控えていたセシリアにいたっては、あまりの衝撃に膝の力が抜け、無様に床へへたり込んだ。
「お久しぶりですね、カイル殿下。……いえ、今は”没落間近の国の使者”とお呼びすべきでしょうか」
ベールを払い、エルゼは優雅に扇子を広げた。
その仕草一つで、謁見の間の空気が一変する。
彼女の指先には、かつてカイルが「お似合いだ」と投げ捨てた泥水など微塵も感じさせない、太陽の欠片を封じ込めたような超高純度の魔石が、傲然たる輝きを放っていた。
「そんな……バカな! 貴様は魔力を持たぬ無能だったはずだ! 鑑定水晶すら光らせられなかった欠陥品が、なぜ……!」
「ええ、あの国の安っぽい水晶では、私の器を測るにはあまりに足りませんでしたから。私の力は、単に魔力を出すだけの卑俗な力ではない。“万物の石と契約し、その価値を決定する“権能。……私が去った後、貴方の国の鉱山が全て沈黙したのは、私が去り際に彼らに教えたからです。”あの国にはもう、愛でる価値などない”、と」
エルゼの静かな宣告に、カイルは絶望に打ち震えた。
彼女がいたからこそ、大地の精霊たちはアステリアに恵みを与えていた。
その『幸運の女神』を、自らの無知と傲慢さで泥の中に突き落としたのだ。
「エルゼ! 済まなかった! 私が悪かった、許してくれ! だから戻ってきてくれ! 君さえいれば、国はまた元通りに……いや、以前よりも繁栄するはずだ! 頼む、戻ってきてくれ!」
必死に縋り付こうとするカイルに、エルゼは氷のように冷たく、しかしどこか哀れみを含んだ微笑を向けた。
「お断りいたします。私はもう、この帝国の、そしてヴィクトール陛下の”唯一無二の宝石”なのです。……価値の分からない方に、二度と自分を安売りするつもりはありませんわ」
「衛兵、この者たちを連れて行け。我が帝国の至宝を、これ以上その汚らわしい声で不快にさせるな」
ヴィクトール皇帝の、地を這うような冷徹な声が響く。
カイルとセシリアは、かつて自分たちがエルゼにしたのと全く同じように、衛兵たちに無残に引きずられ、帝都の門外へと放り出された。
◆〜エピローグ:永遠の輝き〜◆
その後、アステリア王国が辿った末路は悲惨なものだった。
経済は破綻し、魔石というエネルギー源を失った国は、瞬く間に周辺諸国に分割・吸収され、歴史の地図からその名を消した。
カイルとセシリアがその後、どのような惨めな余生を送ったのか──。
エルゼはその報告書に目を通すことさえせず、暖炉の火に投げ入れた。
彼女にとって、彼らはもう道端の石ころ以下の存在でしかなかったからだ。
満月の夜、帝国のバルコニーでエルゼは夜空を見上げていた。
「エルゼ。冷えてきたな。君はもう、どこへも行く必要はないのだ。ここに、私の隣にいてくれればいい」
ヴィクトールが背後から、宝物を扱うような手つきで彼女を優しく抱きしめる。
「はい、陛下。私はここで、世界で一番幸せな宝石として、貴方の側で輝き続けます」
彼女の目からこぼれ落ちた、喜びと安らぎの雫──。
それが頬を伝い、宙に舞った瞬間、月光を浴びて本物のダイヤモンドへと結晶化した。
それはどんな人工の宝飾品よりも気高く、美しく──結ばれた二人の輝かしい未来を永遠に照らし続けていた。
〜〜〜fin〜〜〜
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