孤立 その二
ニークリット公国軍が南下した先に何があるのか。ナインバッフ公国、さらに先には帝都がある。今、ナインバッフ公国にはまとまった戦力も指揮する人間もいない。ゲルペソル会戦で全て崩壊してしまったのだ。
ニークリット公国軍は、ナインバッフ公国を蹂躙することも、素通りして帝都に向かうこともできる。直接帝都を衝こうとしているなら、これを追うべきではないのか。
「つまりアレス副伯はニークリット公国軍を追おう、ってことで?」
ベルウェンが口を開いた。鷹揚な口調だが、目は鋭かった。「そんなことは無理だ」と目が語っていた。
「……オルドナ伯もナインバッフ公も帝国の藩屏である。帝都を守るために存在する。ならばそれらを捨て置いても帝都を第一義とすべきだと愚考するが? そして私は皇帝軍を預かっているのだ」
フォロブロンもベルウェンを睨み返した。
「私はアレス副伯の案には反対だ」
ウィンはやる気がなさそうな目で言った。初めて、フォロブロンの意見を真っ向から否定した。
「今から追っても間に合わない。ヌヴァロークノ軍と鉢合わせする可能性がある。ミラロールを奪われる訳にはいかない。帝都のことは帝都に任せればいい。それくらいの能力はあるはずだ」
だから却下、とウィンは付け加えた。
帝都の城壁はそう簡単には破れないし、ナインバッフ公国と帝都の間にも多くの諸侯領がある。帝都に直行するのは容易なことではないし、帝都を落とすのはさらに難しい。放っておいても心配ない。
それはフォロブロンにも分かっている。問題は、皇帝軍の指揮を任されたフォロブロンには、帝都守備の優先度を下げるという選択が困難であるということだ。
「私は、ミラロール防衛が喫緊の課題だと思う。アレス副伯にも力を貸してほしい」
ウィンにしては珍しく、真摯な態度で助力を要請した。
ミラロールを再び奪われたら、再奪還するのはほぼ不可能だ。あの街は正攻法では落とせない。だが海からの奇襲はもう使えない。春にはまたヌヴァロークノの船団が押し寄せてくるだろう。時間がかかろうとも、彼らは入り江の閉塞をこじ開けるに違いない。
ウィンに見つめられたフォロブロンは、視線を斜め下に逸らした。迷う心をウィンに見透かされたくなかった。「ウィンの方が正しい」と理性が主張している。だが、自分の立場を巡る葛藤やウィンに従いたくないという反感がある。そんな内面を知られたくなかった。
その内面とは、非論理的な感情に過ぎない。
フォロブロンは大きくため息をつくと、笑った。そう、単なる意地に過ぎないのだ。そんなものに惑わされてどうするというのか。
「二倍以上の敵からミラロールを守り切るのは容易ではないぞ」
フォロブロンの問いに、ウィンは事もなげに答えた。
「落とすのが難しいってことは守りやすいってことさ」
ウィンは、そう言ってわははと笑った。
「だからといって守れるというわけでもないけどね」
余計なことを付け加えるのを忘れなかった。




