戦略
ニークリット公国軍は、グデナーメルトに続きメルテモルトでも三日間の略奪を行った。
そして今、彼らの眼前にはナインバッフ公国の北部と中部をつなぐ要衝の街であるソムナレルトがそびえていた。公国の首府ドロウアイルの防衛も担っているだけに、城壁は堅固だった。
ソルドマイエ二世はこの街に興味を示さず、「さっさと落とせ」と言うと天幕にこもってしまった。
メルテモルトでもそうだったが、ソルドマイエ二世が見ても城壁にはグデナーメルトのような弱点はなかったらしい。となると、街の攻略は単なる作業になる。包囲して補給を断ち、城壁内への侵入を図るか攻城兵器で城壁を破壊するか。そこに知恵は要らない。やるべきことをやるだけのことである。であれば、ソルドマイエ二世の出る幕はない。
セルツァマイエはエルレゾンドやヘゲデインと協議して部署割りを進めた。二人とも、明らかに士気が落ちている。危険を冒してまで攻略する必要はない。ぐるりと囲んで兵糧攻めにすればよい。そのうち飢えて開城するだろう。それが両者の言い分だった。
二人はグデナーメルトやメルテモルトから気に入った女を何人もさらってきており、夜な夜な非道を繰り返しているらしい。金目のものや酒も山ほど獲得していた。彼らには戦う理由がなくなってしまったのだ。
攻囲戦に興味を示さない君主と危険を避ける前線指揮官を前に、セルツァマイエは呆然とするしかなかった。
ソムナレルトもまた、落としたら彼らによって吐き気がするような略奪に供されるのだろう。なぜそんなことのために、自分だけ躍起になって攻略しようとしているのか。セルツァマイエは力なくうなだれると、軍議用の天幕から出ていった。
「サテルメーン卿も、もっと楽しんだらどうです?」
ヘゲデインの下卑た言葉が背後から聞こえた。
「公爵、よろしいでしょうか」
「サテルメーン卿、いかがした?」
「よろしければ、公爵の深慮遠謀をご教示賜りたく」
「ふむ……」
ソルドマイエ二世は手にしていた杯を棚に置くと、セルツァマイエの顔をしげしげと眺めた。
「特に説明を要するほどの深慮などあろうか。一体何が分からないというのだ?」
ソルドマイエ二世は目を丸くして首をかしげている。セルツァマイエの言っていることが本当に理解できず、困惑しているのだ。
「ではまず、兵に略奪を許可するのは何ゆえなのでしょうか」
「ロレンフスを引きずり出すために決まっておろう」
「こ、皇帝陛下を……ですか」
「そうだ。『古来のしきたり』が行われたなどとあの潔癖な男が知れば、さぞ激怒することであろうよ」
「皇帝陛下の親征を誘って戦場で討つ、と?」
「単純明快だろう?」
「……」
「それともあの鉄壁の帝都に攻め込むか? 城壁の前で右往左往している間に帝国中から諸侯が集まってきて包囲されるだけだぞ。ならば相手に出てきてもらうしかあるまい」
「皇帝陛下が出てきたとして、勝てるのでしょうか」
「さあ? やってみなければ分かるまい」
「そ、それは……」
「無論、勝つつもりだ。だがそれに何の意味がある。『つもり』になっただけで勝てるなら、この世に敗者などいなくなるではないか。ん? 敗者がいなければ勝者になることもできんな。勝者になれないということは敗者か? ふむ、これはなかなか愉快な矛盾だな」
話が脇道に入ってしまった。
公爵の話は理解できる。だが……。
「皇帝陛下が親征してくるでしょうか。諸侯軍が次々に出てくるだけかもしれません」
「そこだ、サテルメーン卿。分かっているではないか。ロレンフスの周りの人間が親征など許す訳がないだろうな。出てくるとしたら、他の大公。とはいえロレンフスでもあの叔父上たちを動かすのは遠慮があろう。ならば兄弟。最年長の弟のムルラウだろう」
「ムルラウ大公が……」
「ムルラウの軍を殲滅すれば、ロレンフスはさらに追い詰められる。だが……」
「何かご懸念が?」
「ロレンフスが庶兄をどう扱うか次第だな。私としては早くロレンフスと戦いたいからラフェルス伯は邪魔だ。念のため足止めはさせているが」
ソルドマイエ二世は快活に笑うと棚に置いた杯を取って飲み干した。彼はぶどう酒を好んで飲むが、酒に強い体質で、ほとんど酔いを感じたことがない。
「帝国軍が編成されるということはないのでしょうか」
「ないとは言い切れぬが、まあないだろうな。そのための手も打ってある」
「えっ!?」
「周辺国にも我が軍の活躍をお知らせしてあるからな。フェンエルス王国やポルトヴィク王国は興味津々であろう」
「……」
「ナインバッフ公国を荒らしても皇帝が出てこないなら、次はスルヴァール王国だ。ポルトヴィク王国と東西から挟撃するのも一興。ニークリット、ナインバッフ、スルヴァールを手に入れれば帝国北東部が勢力圏だ」
「スルヴァール王国を……」
「計算違いだったのはヌヴァロークノ王だな。存外使えない男だった。もう用済みだ」




