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居眠り伯と万能の天才公爵  作者: 中里勇史
ニークリット公国軍

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36/41

通過

 フォロブロン隊が側面に回り込むことに成功し、ヌヴァロークノ軍に動揺が広がった。その隙を突いてポロウェス隊、アークラスム隊が土塁の突破に成功した。

 ベルウェン隊がそれに続いて土塁を越えると、激しい乱戦が繰り広げられていた。

 ベルウェンは周囲の兵に「深追いはするな!」と指示しながら土塁の中を見渡した。


 立派な甲冑を身に着けた一人の男が呆然と立ちすくんでいた。

 ベルウェンが近づくと、周りの状態にようやく気付いたという風情でこちらを見つめてきた。

「あんたが大将かい?」

 ベルウェンが問いかけると、男は胸を反らし、ベルウェンの目を見据えて何か言った。ベルウェンはヌヴァロークノ語が分からないが、男は肯定したと感じた。

 どうするか。捕虜にするか。

 勝敗は決した。殺す必要などない。無駄な殺しは好きじゃない。

 だが、男は全てを諦めていた。

 ここで終わりにしたいと望んでいた。

 言葉など分からないが、分かった。

 この男を捕虜にして生き恥をかかせるべきではない。

 ベルウェンは剣を捧げて敬意を表すと、剣を大きく振りかぶって一気に首をなぎ払った。せめて、苦しませないように。

 相手の身分は関係ない。死にゆく者への、ベルウェンなりの礼儀だった。

 男は一切抵抗せずに討ち取られた。

「バンナーボブゾン伯爵!」

 横から、男が駆け寄ってきた。

 彼は、男の首を胸に抱き上げるとベルウェンを睨み付けた。

 こいつも殺すべきなのか。

 ベルウェンは迷った。

 だが、男に戦う意志は見られなかった。

 首を抱き上げた男は、ゆっくりと立ち上がるとヌヴァロークノ語で何かを叫んだ。何度も叫んだ。

 すると、ヌヴァロークノ兵たちは戦いをやめ、武器を投げ捨てた。

 戦闘は終わった。


 男はベンデンフォンゾンと名乗った。彼は帝国語が多少できたため、意思の疎通は可能だった。

 ベルウェンが討ち取ったのはこの野戦陣の指揮を執っていたバンナーボブゾン伯爵なのだという。指揮官を討ち取られ、戦略的にもここを死守する意義はないと考えたベンデンフォンゾンが独断で降伏を決めたと語った。

 朝は純白だった景色が、真っ赤に塗りつぶされていた。特に土塁の周囲は甚だしかった。

 くだらない。

 ウィンは心の底から嫌気が差していたが、ここで戦い、守り、攻めた者たちを侮辱することはできない。偽善の極みではあるが、彼らにはせめて栄誉が与えられるべきだ。

「我々にはヌヴァロークノ兵をこれ以上害する意思はない。ここをおとなしく通してくれるなら、君たちの自由は保証する」

「我々を解放すると言うのか」

「正直なところ、君たちに構っている余裕はないんだ。我々の利害は一致していると思うけど?」

「ならば、我らは皇帝軍の通過を一切妨げない。誓おう」

 セルケー平原の戦いはこうして終結した。ウィンは、血塗られた戦場から一刻も早く離れたかった。そのためにベンデンフォンゾンから聞き出すべきことを忘れるという失策を犯していた。

「一体、この待ち伏せ作戦を考えたのは誰なのか」と。


「戦いは終わったようだな」

 サモルフィス街道の途中で様子を窺っていたスソンリエト伯は、軽く右手を振って周りの騎兵たちに行動開始を知らせた。

「皇帝軍を想定以上に足止めできた。これで『彼』への借りは返した。帝国に土足で入ってきた害虫も少し減らせたしな」

「伯爵は帝国に恨みがあるのかと思っておりましたが」

「恨み? そんなものはないさ」

 スソンリエト伯はフッと笑ってもう一度西の方角を眺めた。

「セレイス卿、いやラフェルス伯(ウィン)とこんなところで出くわすとは、帝国も存外狭いものだ」

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