絶望
寡兵を巧みに指揮して帝国兵を防いでいたバンナーボブゾンは、険しい顔で東の空を眺めた。
「ベンデンフォンゾン、援軍はまだ見えぬのか」
「見えません」
バンナーボブゾンは口を閉ざすと正面の土塁に視線を戻した。
ヌヴァロークノ王国があるヌヴァロ島に降る粉雪とは異なり、帝国に降る雪は水分を多く含んでいて重い。ヌヴァロークノ人たちは、雪を簡単に踏み固められることに驚いた。そして、高く盛り上げた土塁は雪に埋もれ、容易に乗り越えられてしまった。土塁の前面に吹き寄せられた雪が、土塁をよじ登りやすくしてしまったのだ。
「北国の我らが雪を味方にできぬとはな……」
バンナーボブゾンは土塁を睨みながらつぶやいた。
「それにしても、トローフェイルは何をしているのでしょうか」
ベンデンフォンゾンが、ついに疑念を口にしてしまった。皆、あえてそのことに触れないようにしてきたというのに。バンナーボブゾンは、ベンデンフォンゾンの発言に答えるのを避けた。いま口を開いたら、指揮官として口にしてはならないことを漏らしてしまいそうだったからである。
話が違う。皇帝軍が攻撃を仕掛けてくる頃合いを見計らって挟撃するという手はずだったではないか。なぜクーデル王は現れぬ。考えたくもないが、我々は見捨てられたのではないか。ここに皇帝軍を引きつけて、ポレンヌーゾン公爵が居るゲルペソルに退いてしまったのではないか。
それならそれでよいのだ。
「王が退く時間を稼ぐため、囮となって討ち死にせよ」
そう命じられたなら、喜んでその大任を全うしよう。だが、偽って死地に置き去りにされたのだと思うと無念でならない。
あの男、スソンリエト伯は確かに言った。
「王と共に我らが必ず皇帝軍の背後を衝く。それまで陣地を堅固に守って持ちこたえていてほしい」
帝国の制度に不満を持ち、公爵の地位を実力で手に入れようと試み、敗れて地位も領地も失った男。頭も切れるし気骨もある。クーデル王は彼の才を惜しみ、再起の機会を与えたもうた。
バンナーボブゾンも、帝国の事情に通じ、この待ち伏せ部隊の出陣に当たって戦い方を伝授してくれたスソンリエト伯を評価していた。彼が率いていた騎兵を譲り受け、わずかながら騎兵戦力を増強できたことにも感謝している。
だが、今にして思えばスソンリエト伯は本当のことを言っていたのか。援軍が来ないのはなぜか。誰の意思なのか。騙されたのか。それとも王の身に何か変事が起こったのか。
何も分からない。
何も信じることができない。
バンナーボブゾンが思考の沼にはまっている間に、戦況は大きく動いていた。バンナーボブゾンは、周囲の怒声怒号によって現実に引き戻された。皇帝軍が土塁を突破して次々になだれ込んで来た。
「あんたが大将かい?」
目の前に迫ってきた男が帝国語で何か言った。バンナーボブゾンは帝国語が堪能ではなかったが、「大将」という単語は聞き取ることができた。
「いかにも」
彼は背筋を伸ばし、相手の目を見据えて力強く答えた。
ヌヴァロークノ語は分からなくても、肯定したことは伝わっただろう。もうよい。この男に終わらせてもらうとしよう。
バンナーボブゾンは男に正面から向き合うと、わずかにほほ笑んで直立した。
皇帝軍の男は、剣を自身の顔前に捧げてバンナーボブゾンに目礼すると、バンナーボブゾンの首を跳ね飛ばした。




