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居眠り伯と万能の天才公爵  作者: 中里勇史
二つの戦線

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34/45

白と赤

 風が収まった。一二日ぶりに日光が差し込み、白銀の世界が眩しく輝いていた。久しぶりの陽光の下を小鳥たちが楽しげに舞っていた。


「ひゃ~、真っ白だねぇ」

 手のひらに白い息を吹きかけながら、ウィンは様相が一変したセルケー平原を見渡した。強風で吹き飛ばされたためか、一二日間も降り続けた割には平原部の積雪量は五〇セル程度だった。

 一足先に天幕から出ていたフォロブロンが振り返った。

「やっと出てきたか。今日こそ遅れを取り戻すぞ」

「しかしアレス副伯(フォロブロン)、この雪の中でどうやるんです?」

 アークラスムが周りを見渡しながら無精髭をボリボリとかいた。

「私も雪中戦など経験がない。そもそも冬は休戦期間だ」

 フォロブロンは髭をきれいにそった顎を撫でながら顔をしかめた。アークラスムがベルウェンに視線を移すと、ベルウェンは首を横に振った。

「俺もなしですな。ラゲルスなら経験があるんですがね」

「ここで困惑していても仕方がありません。敵陣を落とすのみ」

 レンテレテスの一言で、ウィンを除く全員が麾下の兵の下へと向かった。


 ベルウェン隊が横隊を作って最前列を構成し、盾で雪をかき分けながら前進した。その後ろをポロウェス隊、アークラスム隊が矢を射かけながら進んだ。ヌヴァロークノ軍の野戦陣からも矢が飛んでくるが、両軍共に損害らしい損害は出ていなかった。

 ベルウェン隊が止まった。

「ベルウェン、ご苦労だった!」

 ポロウェス隊がベルウェン隊の隊列を擦り抜けて前に出た。

「全員突撃。土塁を突破せよ!」

 ポロウェスの号令で、ポロウェス隊がヌヴァロークノ軍の陣に殺到した。雪が吹き寄せられ、土塁は本来の高さを失っていた。ポロウェス隊は土塁の下にたどり着くと、盾を雪の上に乗せて足場にし、雪の傾斜を駆け上がった。盾が圧力を分散して、足が新雪にめり込むのを防いだ。

 ポロウェス隊に続いてアークラスム隊も土塁にとりついた。ベルウェン隊は少し後ろに下がると矢を曲射して土塁の向こう側を攻撃した。


「トローフェイルからは出てこないな」

 フォロブロンがウィンの隣に馬を寄せて話しかけてきた。

「そうだね。地吹雪が止んだら押し出してくるかと思ったんだけど……」

「では私もそろそろ出る。ラフェルス伯はレンテレテス卿の部隊と一緒にここで待機していてくれ」

 フォロブロンは槍を掲げると、「出るぞ!」と叫んで駆け出した。歩兵隊の右側を迂回して敵陣の側面に出るのである。

 ウィンの護衛を託されたレンテレテスは、前線を眺めて顔をしかめた。

「野戦陣で堅固に守られているとはいえ、数的には我が軍が圧倒的に有利。トローフェイルが出てこないとなると、本当に捨て石ですな」

 レンテレテスは敵の戦略がどうしても納得できなかった。ここを死守して討ち死にすることに戦略的な意義があるならそれもよし。その役目に殉じる覚悟もある。だが皇帝軍をわずかに足止めしたところでヌヴァロークノ軍に得るものは何もない。犬死にだ。


 ウィンの顔は苦痛に歪んでいた。

「雪の上で戦うのは……悪趣味だね。血の赤を際立たせる。あの赤が人の命かと思うと、やりきれないな」

 これまでも、ウィンの命令で多くの血が流れた。分かってはいるつもりだったが、気付かないようにしていた。だが、雪の上ではそれらが可視化されてしまう。

 あの赤色は……。一瞬、脳裡を嫌な光景がよぎってウィンは目まいを覚えた。


 その頃、トローフェイルでは……。

「スソンリエト伯、狼煙はまだ上がらぬか」

「そのようですな。まだ戦闘できる状態ではないのかもしれません」

 セルケー平原の待ち伏せ部隊が狼煙を上げ次第、トローフェイルからクーデル三世自ら出陣して挟撃する手はずになっている。

「私が様子を見てきましょう。陛下は出陣のご準備を」

 スソンリエト伯は騎兵だけで構成された手勢を率いてトローフェイルを出た。


 しかし、狼煙は上がらず、スソンリエト伯も戻ってこなかった。

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