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居眠り伯と万能の天才公爵  作者: 中里勇史
ニークリット公国軍

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セルケー平原の対陣

 アークラスム隊に食い付いてベルウェン隊に痛撃を受けたヌヴァロークノ軍は、もう一度押し戻す構えを見せたと同時に後退した。ポロウェスが「敵ながらあっぱれ」とつぶやいたほどの絶妙な間であった。

 追うべきか否か。一瞬の迷いで完全に出遅れた。ヌヴァロークノ軍はそのまま走った。走った先には、野戦陣地が構築されていた。

「くそ、やられたな」

 ベルウェンは顔をしかめた。ヌヴァロークノ軍は土塁に囲まれた陣地に逃げ込むことにまんまと成功した。ファッテン伯領に抜けるためには、この陣地を突破するしかない。野戦よりもさらに厄介な事態になってしまった。

 ベルウェンらは、陣形を広く展開できる場所まで部隊を前進させた。ここでようやくフォロブロン麾下の騎兵たちも平原に出てくることができた。

「やや、こいつは弱ったな」

 ウィンはやる気が感じられない目でヌヴァロークノ軍の野戦陣地を見渡して、わははと笑った。

「平原への出口で待ち構えて我々の鼻先を押さえるだけだから、短時間なら少ない兵力でも互角にやれる。陣地に立てこもれば持久戦に持ち込める、か」

 日没も近い。ウィンは、平原からサモルフィス街道までいったん下がって、そこで野営することにした。ここでは夜襲に対応できない。

 フォロブロンは、釈然としないという顔でウィンに話しかけた。

「どうもすっきりしないな。敵の待ち伏せは見事だったし、野戦陣地まで作られてファッテン伯領への道を閉ざされた。我々としては非常に困った状態ではあるが、手詰まりというほどではない。目の前の敵も、損害は出るが突破は可能だ。逆に、待ち伏せ部隊はトローフェイルに戻ることができず、敵中に孤立していると言える。いわば捨て駒だ。戦略的には意味がない」

「ベルウェンたちの話を聞いた限りでは、待ち伏せ部隊は練度が高い精鋭だ。そんな兵を使って、クーデル王は何を得ようとしてるんだろうね」

 麾下の隊への指示を終えたアークラスムが戻ってきた。

「トローフェイルに残ってる兵で挟撃するつもりだったのでは? 待ち伏せ部隊は三〇〇〇もいない、って感じでしょう。トローフェイルには五〇〇〇くらいは残ってるはずです」

「レンテレテス卿の騎兵が邪魔で動けなかったのかもしれん」

「レンテレテス卿が指揮してたのは八〇〇騎程度でしょう。挟撃するつもりなら無理をしてでも突破するんじゃないですかね。そうしなければ待ち伏せ部隊を見殺しにすることになる」

 アークラスムの言には説得力がある。挟撃は、ウィンたちが最も困る事態だ。トローフェイルの五〇〇〇の兵が無理やりサモルフィス街道に侵攻してきたら、ウィンたちはこの狭い街道に押し込められてしまう。

「トローフェイルから出てこなかったということは、挟撃を狙っていた訳ではなかったということだね」

 ウィンは改めて考え込んだ。おかしい。齟齬がある。敵の待ち伏せによってウィンたちの行動は大きく制約されたが、最も効果的な方法をなぜ取らなかったのか。それどころか長期的には不利益しかない作戦ではないか。

 生き残ってしまったという後ろめたさからいまだに解放されず、差し出口を控えていたザルヴァーエルが意を決して口を開いた。

「奇妙と言えば奇妙ですが、敵にも思い通りにいかぬこともありましょう。トローフェイルの兵が出てこないと決まった訳でもなし。明日にでもやって来る可能性もあります。理屈に合わぬと言って考え込んでも仕方がありますまい」

「ザルヴァーエル卿の言う通りだな。今できることはせいぜい夜襲に備えながら英気を養うことくらいだ。考えても仕方がない」

 フォロブロンはそう言うと軽く笑って、ウィンの肩をポンとたたいて話を切り上げた。


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