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居眠り伯と万能の天才公爵  作者: 中里勇史
ニークリット公国軍

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24/41

ミラロール脱出

 ウィンたちにはもう一つ課題があった。ファッテン伯領への脱出経路である。

 海路は論外だ。閉塞部も通れる小船では何往復もする必要がある。となると陸路を取るしかないが、ミラロールからファッテン伯領への最短経路は隘路で、これまた大人数の移動には不向きだった。

「残るはトローフェイルの北一キメルから西に延びているサモルフィス街道ですな」

 レンテレテスがマズいものでも口にしたかのような顔でつぶやいた。トローフェイルに近過ぎるのだ。海にもファッテン伯領にも出やすい場所に作られて発展した街なのだから当然である。

 サモルフィス街道を通るなら、ウィンらに気付いたヌヴァロークノ軍がトローフェイルから突出してくる可能性も織り込まねばならない。そこで、騎兵をラデル街道とサモルフィス街道の分岐点に配置して歩兵の行軍を援護することになった。


 二月二一日、夜明け前にミラロールの外に出て、夜明けとともにラデル街道の南下を開始した。夜中に松明を持って行動したら余計に目立つ。

 歩兵たちの先頭がサモルフィス街道に到達するころには完全に明るくなっていたが、これは仕方がない。後は一刻も早くファッテン伯領に抜けるしかない。

 歩兵の前衛はベルウェンが指揮し、中央部をアークラスム、後衛をポロウェスが担当した。ウィンはアークラスムと共に進み、レンテレテスとフォロブロンが騎兵を率いてトローフェイルの動向を監視していた。

「仕掛けてきませんね」

 レンテレテスがフォロブロンに馬を寄せて話しかけた。何もないというのも不安をかきたてるものだ。フォロブロンは南の方を眺めながら、顔をしかめた。

「静か過ぎる……」

 わずか一五キメル北のミラロールには敵軍がいるのだ。斥候くらいは放っていてもおかしくない。だがトローフェイルから出てくる気配はなかった。ヌヴァロークノ軍の考えが読めない。

 そのとき、大勢の叫び声や金属がぶつかり合う音が遠くで聞こえた。

アレス副伯(フォロブロン)!」

「分かっている。音は……西からだ!」


「くそっ、全てお見通しだったって訳か」

 ベルウェンは舌打ちしつつ、馬上で短槍を振るって敵兵をなぎ払った。

「横に広がれ! 無理に横陣を作らなくてもいい。包囲されたら終わりだぞ!」

 ベルウェンは正面の敵を抑えながら、周りの百人隊長たちに指示を出した。百人隊長たちはベルウェンの意図をくみ取って、配下の十人隊長たちに「左右に広がれ」と命じた。


 四列縦隊で進んでいたベルウェン隊がひらけた平原に出たとたん、左右からヌヴァロークノ軍が出現した。彼らは先頭を押さえると左右から隊列を圧迫し始めた。動きを完全に読まれて見事に待ち伏せされてしまったというわけだ。

 ベルウェン隊の後続が、左右に強引に展開してヌヴァロークノ軍の圧迫に抗しているが、ベルウェン隊だけでは長くは支え切れない。

 そこに、異変を察知して急進してきたアークラスム隊が到着し、ベルウェン隊の右側に割り込んできた。

「攻撃は後でいい! 盾をかざしてとにかく突っこめ!」

 アークラスムが指揮する声が聞こえた。強引な用兵だが、これでベルウェン隊は右側面の安全が確保されて楽になった。アークラスム隊はさらに右翼を右に伸ばして戦列を整えつつあった。


「あのガキ、分かってるじゃねえか」

 乱戦の中で陣形の転換を成功させつつあることといい、ベルウェンはアークラスムの指揮能力に感心した。彼をウィンに推薦したレンテレテスの目が確かだったということだ。

 問題は、ここが隘路から平原への出口であり、広く展開できるヌヴァロークノ軍に対してベルウェンらの位置は不利だ。もっと平原側に押し出して横に展開しなければ鼻先を包囲されたままになる。

 ポロウェスもベルウェンらが交戦状態に入ったことは察知しているはずだが、現在地にとどまっていたらポロウェス隊は前に出られない。

 アークラスムがベルウェンを見た。ベルウェンが頷くと、アークラスムも頷いた。

「テメエら、押し出せ!」「全員突撃!」

 ベルウェン隊とアークラスム隊が同時に前進し、ヌヴァロークノ軍を五〇メルほど押し返した。ヌヴァロークノ軍は両翼を伸ばしつつあったため、正面からの圧力に対する踏ん張りが利かなかった。

 皇帝軍とラフェルス・カーリルン軍が平原側に突出したことで、ポロウェスが前進する余地が生まれた。ポロウェスはすかさずベルウェン隊の左に部隊をねじ込んできた。

 ポロウェスはベルウェン隊を眺めながら苦笑した。

「この状態でよくもまあ支えたものだ」

 両軍の兵力に大差はない。ヌヴァロークノ軍は無理に両翼を展開して包囲することは諦め、正面の各隊とつばぜり合いを演じつつ徐々に後退した。

 それを敵の戦意低下とみたアークラスムが、ここを潮時と捉えてさらに前進を命じた。特に敵の左翼は脆弱に見えた。

 突出したアークラスム隊の右から、数十騎の騎兵が現れた。

「騎兵!?」

 アークラスムは驚いた。少ないとはいえ、ヌヴァロークノ軍が騎兵を運用するのを見るのは初めてだ。騎兵の攻撃を側面に受けたアークラスム隊は、損害こそ軽微だったが動揺した。そこに、正面のヌヴァロークノ軍が強襲をかけてきた。


 アークラスム隊が崩れた。

「ひるむな! 前を向け!」

 自分の動揺が兵に伝わってしまった。アークラスムは声をからして叫び続けた。アークラスムよりも後ろの兵はまだ士気が高い。だが、先頭の恐慌が伝播するのは時間の問題だ。

 アークラスムは乗馬を強引に前進させて最前線に出た。自ら戦って兵を鼓舞するしかない。

 この状態は、アークラスム隊にとって危機だったがヌヴァロークノ軍にとっても隙を生む結果になった。突出したアークラスム隊に攻撃が集中し、アークラスム隊正面のヌヴァロークノ軍だけでなくベルウェン隊正面のヌヴァロークノ軍もアークラスム隊の側面を突く態勢になった。

「野郎ども! 正面のマヌケをぶちのめせ!」

 ベルウェン隊がその隙を衝いた。アークラスム隊に気を取られたヌヴァロークノ軍を激しく攻撃して、ヌヴァロークノ軍中央を粉砕した。


「ラフェルス伯、そこで何をしている」

 サモルフィス街道を西進していたフォロブロンは、ロレル(ウィンの愛馬)から降りて木陰で木に寄り掛かって座っているウィンを発見した。

「やあ、アレス副伯(フォロブロン)。アークラスムに、『邪魔だからここでおとなしくしてろ』って言われてしまった」

「じゃ、邪魔って……」

 主君に対してその暴言は問題だろうと思ったが、フォロブロン自身、監察使麾下の軍監の身で似たようなことを言った覚えがあるので言葉をのみ込んだ。

「レンテレテス卿は?」

「サモルフィス街道の分岐点でトローフェイルを警戒している」

「なら後ろは安心だね。後はベルウェンたちが敵を押し返してくれるのを待つだけだ」

 両手を頭の後ろで組んで、ウィンは再び木に寄り掛かった。


 フォロブロンは、戦場になっている西の方角を見た。騎兵が前に出る余地はなかった。フォロブロンは麾下の騎兵たちに警戒態勢のまま待機するように命じてウィンの隣に座った。

 ウィンは口を尖らせて空を見上げた。ヒバリが飛んでいる。

「何か気になることがあるのか?」

「ヌヴァロークノ軍の動きが変わったような気がする。絶妙に先手を取られる感じ。凄く嫌だ」

「方針の転換があったということか」

「というより、作戦立案者が変わったんじゃないかな」

 ウィンの推測に根拠はなかったが、フォロブロンにはウィンの言いたいことが分かるような気がした。ウィンは、呆けたように空を見上げたままだった。

「まだ何か気になるのか」

「……いや、考え過ぎかな」

 戦場の方を見ると、各隊はさらに前進したようだ。

「おっ! 押してるみたいだね。そろそろ一段落かな」

 ウィンとフォロブロンは騎乗すると、西に向かって歩き始めた。

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