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居眠り伯と万能の天才公爵  作者: 中里勇史
ニークリット公国軍

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傭兵たち

 ナインバッフ公(ケルヴァーロ)の庇護下で繁栄していたグデナーメルトは見るも無残な有様だった。

 二日間にわたってこの街を蹂躙してきた傭兵たちは、単なる略奪に飽き始めていた。めぼしい財貨は奪い尽くし、見た目の良い女はことごとくなぶりものにされてうち捨てられていた。

 人間として何か大事なものが壊れてしまった傭兵たちは、「飽きたからもうやめよう」とは思わなかった。せっかくあと一日自由にできるのだ。残りの時間を有効活用しようと知恵を絞った。そう、今しかできないことをやるべきだ。

 女の身体に木の棒を無理やり押し込んで、激痛に悶絶する様を大勢で眺めて笑った。

 目に付いた男を木に縛り付けて弓矢の的にした。急所に当てたら減点。手足など、命に関わらない場所ほど高得点という遊びだ。

 両親の前で子供をなぶり殺しにしてみた。

 街の至る所に、老若男女の死体が転がっていた。


「あれの何が面白いのだ」

 栗色の髪の少年は、その様を遠くから眺めて吐き捨てた。

「放っておけ。目を背けろ。心が腐るぞ」

 グデナーメルト市民をいたぶることに苦心している連中から離れたところに、一〇人ほどの集団が居た。彼らとて略奪に参加して金品を奪い、女を陵辱し、面白半分に虐殺して回っていたのだから街の中心部に陣取っている連中と大差はない。違いは、「飽きたからもうやめよう」と思った点だけである。敵から「十歩逃げたか、五歩逃げたか」の違いに過ぎない。

 街の中心部を眺めるのをやめて戻ってきた少年は、たき火の前に座っている目つきの鋭い男に近づいた。

「十分に休んだだろう。もう一勝負、やろうぜ」

 目つきの鋭い男は無言で立ち上がると、表情も変えずに剣を抜いて少年に向き合った。少年も剣を抜いている。

 少年はいきなり踏み込んだ。

 一瞬で男の懐に迫る。

 が、男はその動きを読んでいた。

 剣の柄を振り下ろして少年の後頭部にたたきこんだ。

 そのまま左膝を少年の腹にくらわせる。

 少年は吹き飛ばされつつ剣を振り回したが、男はその剣を軽く受け流した。

 背中から一メルほど後ろに倒れ込んで、少年は咳き込んだ。

「踏み込みは速いが、動きが直線的で読みやすい。三〇点、だな」

 目つきの鋭い男は、淡々と批評した。無表情のまま、少年を見下ろしていた。見下ろしていたが、見下してはいなかった。

「くそっ!」

 フェットは毒づいた。ダゼゾボの暗殺術はやはり通用しない。真っ向勝負では全く歯が立たなかった。ダゼゾボは異様な身体能力と経験と勘でカバーしていたが、フェットにはそれがない。


 彼は一〇日ほど前にニークリット公軍の傭兵たちに拾われて行動を共にしてきた。その合間に、こうして「勝負」と称して傭兵たちに挑んではたたきのめされていた。

 まずは経験だ。

 セレイス(ウィン)を殺すには剣も槍も弓も必要だ。それ以上に、それらを使いこなす技術が必要だ。

 最初はフェットの無様なやられっぷりを笑っていた傭兵たちだったが、やられてもやられても「勝負」を挑んでくるのを見ているうちに、誰も笑わなくなった。代わる代わる、剣の振るい方、弓矢の扱い方を教え、実戦形式の稽古を付けるようになった。決して優しくはないが、皆真剣に向き合っていた。

 フェットは起き上がると、集団の輪の中に戻ってきた。

「なあ、この中にナルファストのことを知ってるやつは居るか?」

「ナルファストだぁ? 何だ突然」

「俺らは北側が縄張だからなぁ。あっちは行かねえ」

「いや、ピーディントは南から来たんじゃねえのか」

 ピーディントとは、先ほどフェットを叩きのめした目つきの悪い男である。

「さあな」

「いいじゃねぇか、ピーディント。話くらい聞いてやれよ」

「……」

「聞くってよ。ほれフェット、何が聞きてえのか言ってみろ」

「ナルファスト公のことが知りたい」

 傭兵たちは怪訝そうな顔をした。雲の上の公爵様のことを知ってどうするんだと皆の顔に書いてある。

「何かさ、戦争があったんだろ、昔。兄弟がいたって聞いたけど、そいつらはどうなったんだ?」

「ナルファスト公の兄弟か……」

「何か知ってるのか」

 ピーディントは嫌そうに顔を歪めると、「詳しくは知らん」と答えた。

「今のナルファスト公は先代の先妻の息子だ。兄弟は全員後妻の子だ。そして、後妻の子は全員死んだ」

「死んだ!?」

「そういう噂だ。だから詳しくは知らねぇんだって」

「なぜ死んだんだ」

「ナルファスト公に殺されたって話だ。公位継承の邪魔だってんだな。恐ろしいこった」

 そこに、ギーレンという名の傭兵が口を挟んだ。

「そういや、末っ子が行方不明だって聞いたことがあるぞ」

 フェットは心臓が高鳴るのを感じた。ダゼゾボの話は本当だったのか。

「その末っ子ってどうなったんだ」

「そりゃ、知らねえよ。小耳に挟んだだけだ。でもよ、ナルファスト公が探してるって話だ」

「ひゃー、執念深けえこった。死体をその目で見ないと安心できねぇってか」

 ピルテールと呼ばれている男がゲラゲラ笑った。

「末っ子を探しているのは殺すためか」

「それしか考えられねえだろ」

 ピルテールはまた笑った。


 フェットはナルファストに行くことも考えていたのだが、どうやらナルファスト公はフェットを探しているらしい。殺すため、というのは説得力があった。ナルファストに近づくのは危険だ。自分のことを知っている大人がいるかもしれない。

 捕まったら、きっと殺される。

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