ウィン再始動
ウィンは今日もまた、悪夢で目を覚ました。内容はいつも同じだ。倒れている子供のそばで泣いている自分。そして目の前には恐ろしい顔をした女性が立っている。
倒れているのはアデン。目の前にいる女性は母……。その後、何かが起きた。それは分かるのだが、何が起きたのかどうしても思い出せない。とても大事なことを忘れている。
「居眠り伯さんよ、起きたかい?」
ベルウェンがウィンの部屋に入ってきた。そうだ、昼食の後で昼寝をしていたのだ。ウィンは頭を掻きながら寝台の上で起き上がった。
「ああ、今起きたところだよ」
「なあ大将、俺たちいつまでここに居るんだ?」
「いつまでって……いつまでだろう」
ウィンたちの戦力は大幅に減少していた。残っているのは騎兵一八〇〇、歩兵九〇〇〇強といったところだ。当初の総兵力は約一万八〇〇〇だったので、四割近くを失ったことになる。
ヌヴァロークノ人を奴隷として売却した利益で傭兵を集めるため、ラゲルスはガリトレイム公領に向かった。これで多少は兵力を増強できるだろうが、トローフェイルを攻略できるほどの戦力にはならない。実に中途半端な状態なのである。
「そこでだ、俺たちもミラロールから出ちまった方がいいんじゃねえか?」
「ミラロールを出るだって?」
ベルウェンに遅れて部屋に入ってきたフォロブロンとバルエインが意外そうな顔で近づいてきた。
「ちょうどいい。アレス副伯も聞いてくれ。ミラロールは難攻不落だ。そう簡単には落とせねえ。一〇〇〇人もいれば十分守れる」
「なるほど、それは考えたこともなかったな」
「大将はここでのんびりしてるのが気に入ってただけだろ」
フォロブロンはベルウェンの提案を黙って吟味した。ウィンではないが、「戦力が整うまでは」と思ってミラロールから出るという選択肢を排除していた。思考の幅が狭まっていたらしい。
第二次ミラロール攻防戦後、ウィンたちがミラロールに入ったのでファッテン伯の兵たちはファッテン伯領に戻っていた。改めてミラロール守備隊を残す必要がある。
「で、誰が残る?」
「私が残る。オルロンデム卿にも残ってもらおう。彼の陣地構築力は使える」
バルエインが志願した。
「傭兵たちはデムロンに束ねさせる。ヤツなら他の百人隊長を抑えられる」
デムロン・ワーデンはベルウェン配下の百人隊長の筆頭格である。
「その布陣なら任せても大丈夫だね」
ウィンはわははと笑った。
「で、ミラロールを脱出してどこに向かうか」
ウィンは地図を見ながら首をかしげた。
クーデル三世は、何をされたら嫌か。軍事作戦とは、とどのつまり敵が嫌がることをすることに尽きる。
「ヌヴァロークノ軍の最重要目標はミラロールでしょう。しかし三万を超える本隊でも落とせなかった。となれば、残るのは南です」
オルロンデムがトローフェイルの南側を指し示した。
「つまり南側の占領地か」
フォロブロンが右手で顎をさすりながらヌヴァロークノ軍の動きを脳内で試算した。
「クーデル三世はトローフェイルにこだわらないだろうな。ゲルペソルやポルセアルに拠点を移す可能性もある。戦線を整理されると厄介だ」
「つまり……」
「ゲンデの森だ」「ゲンデの森だね」
ウィンとフォロブロンの指が、そろって地図の一点を指した。ミラロールを脱出したらファッテン伯領経由でオルドナ伯領の南部に出て、ゲンデの森を押さえる。防御に有利な森の中に潜んでトローフェイルとオルドナ伯領南部、南東部のゲルペソル、ポルセアル、アンネーメルとの連絡を断つ。
トローフェイルはミラロールとゲンデの森に挟まれて孤立し、逆にウィンたちはケルヴァーロが攻略したゲンテザイルとの連絡が可能になる。
「では、脱出部隊の編成だね。……レンテレテス卿、よろしく。アークラスム、レンテレテス卿の補佐を頼むよ」




