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居眠り伯と万能の天才公爵  作者: 中里勇史
ニークリット公国軍

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19/21

膠着

 トローフェイルに入ったクーデル三世は、住民たちの歓呼を受けて堂々とオルドナ伯の城館に入った。当面はここが臨時の王宮ということになる。

 ここには、老若男女一万のヌヴァロークノ人平民と、バンナーボブゾンが率いていた八〇〇〇のヌヴァロークノ軍しかいない。占領した他の街にもある程度の兵力はあるが、ケルヴァーロによってゲンテザイルが落とされたため安易に動かせない。数万を数えたヌヴァロークノ軍は、いまや新規の軍事行動を企図する状態ではなくなってしまった。

 本国と切り離されて兵力の増強も不可能。そこでバンナーボブゾンの進言を容れてヌヴァロークノ人平民の男を徴用することにした。


「民を飢えさせぬために戦争を起こし、民を戦に駆り出すことになるとはな」

 兵たちの前では無表情を貫くしかなかった。だが、軍装を解いて部屋に一人きりになると、無力感にさいなまれて床に崩れ落ちた。自分を逃がすために犠牲になった兵たちの顔が次々に浮かび上がり、思わず嗚咽を漏らした。


 帝国侵攻の最終準備段階に入ったとき、皇帝の崩御を知った。葬儀のために諸侯たちが帝都に集まった瞬間を突くことができるだろう。僥倖だと思った。

 だが、その絶好の機会を生かせなかった。全て自身の無能ゆえだ。多くの兵が死に、民が奴隷として売られてしまった。自分にもっと力があったなら……。


 クーデル三世は床に拳を何度もたたきつけた。そして、自身の額を床にたたきつけた。

「クーデルよ、いまさら何を迷っている。兵と民をすり潰してでも、ヌヴァロークノの民が、子供たちが、安心して暮らせる地を得ると覚悟を決めたではないか」


 トローフェイルとにらみ合う形になったウィンたちも、のんびりしていたわけではない。まずはミラロール近郊に散乱した死体をどうにかしなければならない。放っておいたら疫病が発生する恐れがある。

 燃やしてしまうのが一番だが、木材は貴重なので使えない。埋めるしかない。そこで、捕虜にしたヌヴァロークノ兵に穴を掘らせることにした。

 甲冑や武器を拾いに来た戦場跡漁りの商人たちには、死体の処分を条件に武具の持ち去りを許可した。それでも処分し切れない死体は海に投げ込んだ。

「そのうちデカイ魚が捕れるだろうね」

 ウィンはわははと笑った。

「さすがに不謹慎ですぜ、旦那」

 ラゲルスは嫌そうな顔をした。


 ファッテン伯領からは、陸路と海路で食料などの物資が届き始めた。港を閉塞したとはいえ、喫水が浅い小船なら通れるし、ガロナ水軍も閉塞の役には立たない小船までは沈めなかったのだ。ウィンのおかげでファッテン伯になることができたヴァル・テルテトール・ズドロテス(前伯爵の弟)が協力的なことも寄与した。

「どうも俺の知ってる戦争とは勝手が違うな」

 ベルウェンは酒精(アルコール)の度数が高い蒸留酒を喉に流し込んだ。

「帝国内だと、勝ち目がなければすぐに降伏するからね」

 ウィンもこの戦争の異常さに辟易していた。

 傭兵や軍役のために駆り出された領民は、原則として咎められることはない。ゆえに相手の兵力が多いと見ればあっさり降伏したりする。

 だがヌヴァロークノ軍は降伏しない。無罪放免とはいかないことを知っているから抵抗を続ける。仮に降伏されても始末に困る。帝国人であれば自軍に編入して戦力化することもできる。だがヌヴァロークノ人がヌヴァローク軍と戦うとは思えない。戦うと言われても信用できない。


 さらに、ヌヴァロークノ人は帝国内に移住する覚悟で押し寄せてきた。普通の戦争であれば本国を空にするわけにはいかないので遠征軍の数はおのずと制約される。だがヌヴァロークノ王国は国を捨てるつもりなのだ。そのためあり得ない数の兵を動員してきた。ヌヴァロークノ王国の国力では、本来なら対外戦争に使えるのは二万が限界のはず。ナインバッフ・グライスだけで十分に対処できる兵力に過ぎない。数万を超える兵力に攻め込まれるなどとは誰も予想できなかった。

「それも国王が親征してくるしねぇ」

 結局、クーデル三世を倒す以外に戦争を終わらせる方法はないのかもしれない。どうすればそんなことができるのか、今のところ皆目見当も付かなかった。

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