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居眠り伯と万能の天才公爵  作者: 中里勇史
ニークリット公国軍

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17/19

グデナーメルトの惨劇 その一

 ニークリット公国軍の投射機は早朝からうなり声を上げた。

 ソルドマイエ二世が投射機の近くにやって来たのは昼前だった。

「音が変わったな」

 セルツァマイエは、ソルドマイエ二世が何を言っているのか分からなかった。

「はあ……」

「分からぬか? 城壁に石がぶつかったときの音が少し高くなった」

「音、ですか」

 ソルドマイエ二世は無言になった。

 まただ。ソルドマイエ二世は「なぜお前には分からないのだ?」と、不思議そうな顔をしている。セルツァマイエのことを貶んでいるわけではない。彼は本当に疑問に思っているのだ。

 公爵は私と同じ世界の存在なのか、とセルツァマイエは思う。公爵と自分は本当に同じ物を見ているのか。同じ音を聞いているのか。あの森の緑は、公爵にも緑に見えているのだろうか。「緑」という色は、概念は、公爵のそれと同じなのだろうか。


 「気持ちが悪いんだよ」と思ったそのとき、新たな石が城壁にたたきつけられる音が響いた。

「あっ……」

 今の音は明らかに違った。ソルドマイエ二世はセルツァマイエの顔をのぞき込んで、無邪気に笑った。

「今のは分かったか? 分かっただろう?」

「分かりました」

「そうだろう。もうすぐだ。もうすぐ城壁が崩れる。突入の準備を始めろ」


 そのときは突然やって来た。城壁の基部が砕け、その上部が轟音を上げて崩れ落ちた。

「破損部の左上の城壁を狙え」

 ソルドマイエ二世が「右足の後に左足を出せ」とでも言うように指示を出した。だが、この二日間で兵たちもコツをつかんだようだ。二射目には破損部の左上に当てた。片側が崩れた城壁はもろく、破損部の左側が内側に向かって大きく崩れた。

「もうよかろう。傭兵たちを突入させろ」

「『古来のしきたり』、本当によろしいのですね?」

「既に決めたことだ。構わん」

 セルツァマイエは小さくため息を漏らすと、「傭兵たちに突入命令を出せ」と伝令に伝えた。

サテルメーン卿(セルツァマイエ)、俺も攻め込んで構わないかな?」

「エルレゾンド卿……」

 浮かない表情のセルツァマイエとは対照的に、浮かれた顔の男が現れた。ニークリット公国の領主の一人、ヴァル・エルレゾンド・ペルナオエである。

「貴公も古来のしきたりに参加したいのか」

「せっかくの祭りだ。参加しない手はあるまい」

 セルツァマイエは、感情が表情に出ないように顔の筋肉を制御することに集中した。そうしなければ侮蔑の念が露わになってしまっただろう。エルレゾンドはセルツァマイエの感情など意に介す様子もなく、高笑いしながら去っていった。


「ゲスが……。好きにするがいい」

 セルツァマイエはグデナーメルトに背を向けた。正視に堪えない。だが、止める努力もしなかった。その自覚があるだけに、後味が悪かった。

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