セルツァマイエの苦悩
ナインバッフ公国の北端に位置し、物流の中継地点かつ公国北部の防衛を担う要衝がグデナーメルトである。
人口は六〇〇〇人。市民に自治が認められている自由都市だが、一〇〇〇人のナインバッフ公国兵が駐屯している。彼らは都市を支配するために配置されているわけではなく、行政には干渉しない。ナインバッフ公との個別協約によって、都市の防衛のためだけに居る。ケルヴァーロの威令もあってナインバッフ公国兵の軍紀は厳しく、市民とナインバッフ公国兵は良い関係を構築していた。
「先代ナインバッフ公自ら城壁の強化にあたったとか。確かに見事な造りですね」
ヴァル・サインザイツ・セルツァマイエはオルドナ伯領とナインバッフ公国の境にあるピスナー山の山頂に居る。南側からは、グデナーメルトを遠望できる。
セルツァマイエはニークリット公ソルドマイエ二世のいとこで、ニークリット公国にあるサテルメーンを領している。
「ふむ、さっさと落とすとしよう」
ソルドマイエ二世は大儀そうに言うと、馬を進めてピスナー山を下り始めた。
「わざわざ山に登って眺めるほどのこともなかったな、サテルメーン卿」
「ああやって攻略対象を一望しておくのも重要なのですよ。周辺の村や地形も把握できます」
「そんなもの、山などに登らなくても大体分かる」
分かるのだろう。ソルドマイエ二世には。この男は、平地でもざっと周囲を見渡しただけで見える範囲については正確な俯瞰図を思い描けるらしいのだ。
セルツァマイエには、ソルドマイエ二世の頭の中にどのような図が浮かんでいるのか想像もできない。
「市内は『報酬』だ。城壁だけ壊せ。南東側に、構造的に弱い箇所がある。硬い岩盤か何かがあって整地し切れなかったのだろう。そこに投射機を集中させろ」
セルツァマイエは絶句した。
「堅固」という単語を具現化したような城壁に弱点がある? それを既に見抜いたというのか? ピスナー山からは城壁の南東部は見えない。すると、山に登る前にグデナーメルトを一周したときに気付いていたというのか。馬で駆け抜けただけで、子細に観察するほどの時間はなかったというのに。
セルツァマイエも周辺の地形も含めて観察はしていたが、城壁を壊せるなどとは全く感じなかった。
ソルドマイエ二世は、これが初陣なのだ。当然、都市攻略などやったこともない。
だが、セルツァマイエはソルドマイエ二世が適当に言ったのではないことを知っている。ソルドマイエ二世は軽薄に見える言動で本心を韜晦する癖があるが、物事については常に核心を突く。外したことはない。城壁の弱点も、恐らく「正しい」のだ。
「気持ちが悪いんだよ、お前は」
セルツァマイエは、ソルドマイエ二世の背中に向かって聞こえないように吐き捨てた。
ソルドマイエ二世は子供の頃からこうだった。少し見たり聞いたりしただけで正解にたどり着いてしまう。その理由は本人にも分からないらしい。正解が分かるだけなので、そこに至る筋道を説明することもできない。筋道を説明できないから、周囲の人間はそれが正解なのかどうか判断できない。
ソルドマイエ二世は、周りの人間が理解していないらしいと気付いて、なぜ理解できないのかと首をかしげる。ソルドマイエ二世には、彼らがなぜ理解できないのかが分からない。そして悪気も見下すつもりも全くなく、こう尋ねる。
「なぜ分からないの?」
常人にとっては、それが屈辱でしかないことをソルドマイエ二世は理解できない。
ソルドマイエは気持ちの悪い子供であったし、今もまた気持ちの悪い大人だった。
それならなぜ、こんな馬鹿げたことに付き合っているのか。ニークリット公国の多くの領主はナインバッフ・グライスへの出兵を拒否して領地に引きこもった。彼らの判断は正しい。ソルドマイエ二世は間違っている。
セルツァマイエは、自分の真意を測りかねていた。




