ソルドマイエ二世
本作は『居眠り卿とナルファスト継承戦争』『居眠り卿と木漏れ日の姫』『居眠り卿と純白の花嫁』『居眠り伯とオルドナ戦争』の続編です。
ソルドマイエは、生まれたときから全てを持っていた。
ティーレントゥム家よりも銀色に近い金髪と、五月の澄み切った空と同じ青い瞳を備えた美貌は、まさに天使のごとし。誕生直後からその美しさは国中に知れ渡った。
幼い頃から大人顔負けの書籍を読みこなした。わずか一〇歳で法学、数学、経済学、天文学といった学問を修め、大人の学者と議論を交わし、論破した。身長も筋力も同世代の子供を大幅に上回り、武芸で後れを取ることもなかった。あらゆる楽器を自在に操り、絵画の才にも恵まれた。彼が奏で、彼が描くものは、時に正確無比であり、時に独創性に富んでいた。そして、何をやっても当代一流の専門家を凌駕した。
美貌は長ずるに従ってますます磨かれていった。愛らしい少年は、精悍な青年へと成長した。その類いまれなる美貌は、妙なる美女のようでもあり、男性的な力強さと猛々しさも兼ね備えていた。その絶妙な均衡が、女性たちにはたまらなく魅力的に映るのだ。
こうして、彼は若くして「万能の天才」「持たざるものなき者」として帝国中にその名を知らしめた。
生まれながらにして全てを手にした男は、幸せだったのか。否。彼は不幸だったのである。彼の主観においては、不幸だった。
ソルドマイエは生きることに飽きていた。
恋をしたことも愛したこともない。ゆえに、女性を熱烈に求めたこともない。彼は常に女から求められた。あらゆる女が、進んでソルドマイエの寝室にやって来た。ソルドマイエに触れられることを望んだ。
女性の心を得たいと胸を焦がす経験もないまま、彼は女の身体を知り、そのために特別な感慨もなく本能を処理するための道具として扱った。
ニークリット公国の宮廷を彩る妙齢の美姫たちをあらかた試したところで、本能を処理する「作業」にも飽き始めた。そこで新たな刺激を求めて年増や醜女、年端のいかぬ少女も試してみた。それなりに快楽は得たが、それだけだった。「そのような嗜好もある」と聞いて男も試してみたが、これは興が乗らず一回でやめた。
嫌がる女を暴力で屈服させ、力ずくで征服したら達成感が得られるのではないかとも考えたが、家臣にさらわせてきた女もソルドマイエを見ると自ら股を開くのだった。相手が嫌がらないのでは話にならない。退屈しのぎに痛め付けてみたら、それすら女は悦んだ。
彼は、ソルドマイエと交わる悦びに震え、自分の下で、あるいは自分の上で喘ぐ女を冷めた目で眺めた。何のことはない。女を悦ばせているだけではないか。本能の処理の道具として奉仕させていたつもりだったが、奉仕させられているのはソルドマイエだった。
難しい、と感じたことがなかった。
欲しい、と思ったこともなかった。
楽しい、と思ったこともなければ嬉しいと思ったこともない。
そういうものだと思っていたが、周りを見渡すとそうではないらしい。
鍛錬を重ね、勉学にいそしみ、己を高めて、困難に打ち勝って何かを成し遂げる。それは大いなる喜びをもたらすらしいのだ。だがソルドマイエにはそのような経験がなかった。他の者たちが苦労して成し遂げるようなことが、できてしまうのだ。
物心がついてから、何かに努力した覚えがない。努力する必要がなかったのだ。
何をやっても、できてしまうのだ。修練を重ねて習得するという喜びを味わったことがなかった。自身の成長を実感する機会もなかった。学問も武芸も芸術も、彼に達成感を与えてはくれなかった。
父が死に、ニークリット公国の主になった。
もし彼の身分が低ければ、彼はあり余る才能を駆使して栄達を求め得たかもしれない。それは情熱を注ぐに足る目標になり得ただろう。だが、彼は生まれながらにして頂点に立つことが約束されており、そして帝国にたったの六人しかいない枢機侯になってしまった。今まで存在していた、「枢機侯である父」という上位者すらいなくなり、周りにいるのは全て自分よりも下の者だけになった。
能力においても地位においても競争者は誰もいない。
つまらない。
一体、何を目標に生きればよいというのか。目標もなくただ生きていろというのか。
つまらない。
自分は、あらゆるものを与えられたがゆえに、あらゆるものを奪われたのだ。常人が味わう喜びというものを、奪われたのだ。
つまらない。
皇帝が死んだ。
あの恐ろしい男でも死ぬのだな、と思った。
ロレンフスが皇帝になるという。まあそうだろう。
才はあるが、どこか背伸びしている男だ。彼ならば、背伸びしながら皇帝という役もうまく演じることだろう。
そのとき、何かゾワリと感じた。今まで感じたことのない、形容し難い感覚だった。
今の感覚は何だ。
考えた。考え続けた。考えるという作業も久しぶりだった。考えなくても大抵のことは分かってしまうのだから。学者が何日もかけて解きほぐすような数式も、見れば解法の筋道は分かってしまうのだ。後はそれに沿って解くという作業を行うだけのことだ。
考えるという新鮮な行為に珍しく興が乗り、さらに考えた。そしてようやく感覚の尻尾を捕らえることに成功した。
そうか、手に入れていないものがあるではないか。
何もかも持っていると思っていたが、そうではなかった。そこに当たり前のように存在していたがゆえに、手に入れようとすら考えていなかった。こんな簡単なことにも気付かないとは、とんだ万能の天才だ。
ソルドマイエは笑った。久しぶりに笑った。
まだ上があるではないか。
ロレンフスが手に入れて、自分は手に入れられないもの。
それを手に入れるというのはどうだろう。
なかなか痛快な考えだった。
そんなとき、ヌヴァロークノ王国軍がオルドナ伯領に侵攻してきた。この出来事がなければ、ソルドマイエは自分の空想を楽しむだけだったかもしれない。だが、起きてしまった。機会が訪れてしまった。これは一体、誰にとっての不幸なのだろうか?
どうせ生きていてもつまらないのだ。
だったら、手を伸ばしてみよう。
「玉座」とやらに。




