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-8.〔我思う、故に我あり〕

 、、――。




 そっか、、。




 ――まだ、生きてるんだ。私。


 自分で臨んだ、選択だったけれど。


 結局はこうなってしまう。


 何もかも、今や自身さえも思い通りにはならない。


 微かに感じる“痺れ”――。


 ――私はもう“ソレ”でしかない。


 自分のものでもない他者の情報に埋もれ、やがて消えゆく。


 儚い、虚しく、あっけない最期……。


 こんなのは後悔しかなく。


 だったら選ばなかったのに。


 分かっていれば、願わずに死ねたのに。


“情けない”


 ――?


 今のは私の言葉じゃない。……誰?


“この程度で音を上げるとは、本当に情けないのゥ”


 誰かは分からない。というか覚えていない。


 けど、無性に腹が立つ。


 感覚だけど、おそらく私はコイツと絶対にソリが合わないと確信めく。


“なんじゃ? 文句を言う気力も残されておらんのか。甘ったれどころか根性もない、尻の青い幼子じゃのー”


 ……さい。


“なんじゃって? 永く生きておると耳も遠くなるからのー”


 な訳ないでしょ。アンタは不老なんだから。


 ――……不老?


“それとも小娘のか細い肺活量では年配者に届く声も出せぬか”


 だから、アンタは。


“まァあんな粉を丸めて焼いた物を好んで食べておる内に夢空想を追う力など湧きはすまい。自業自得じゃな”


 微妙に言葉の意味分かってないでしょ。


“さて、小便臭い小娘の相手などしてる暇はないからの。ワシに埋もれて消え去るのであれば光栄じゃな。悦ぶが良いぞィ”


 だれが、アンタの、――感謝なんて。


“唯一無二、ワシだけがドラゴンじゃ”


 そんなの――。


  ※


「――知るかーっッ!」


 今の今まで静寂そのものだった聖女が突如として叫ぶ様に声を上げる。


 次いで我に返り、前方に在る龍の口から溢れ出ている熱気を肌で感じ取り、状況が表情に反映されて、少女は遠のく意識の果てから帰還した。


「な、なんじゃ急に……、大声を出しおってからに……」


 消失しかけた意識は完全に戻った。が、若干現状の把握がおぼつかない。


「……なにが起きたの?」


「ナニを言っておる? オマエが静かにせいと言うから、黙って待っておったのに。急に淫らな声を発したんじゃろ」


「ちょッ私、みだらなコトなんて言ってないわよ!」


「なんじゃツマらんのー」


 まったくもって油断も隙もない年配者だ。


 おかげさまで何が何でもの気持ちとなり、過去の記憶も定まった。


 しからばやるべきコトは――。


「あのミミズ、やる気充分と言いたげな顔じゃのゥ」


「……受けて立つわよ」


 寧ろ早く発散したいのは、こちらも同じ状況。


「いくわよ。吹き飛ばされないように確りと保ちなさいよっ」


「ふん、言っておれ」


 ――私の全身全霊を、ブッ放す。






 街の上空で繰り広げられる信じ難い光景。


 童話もしくは神話を題材とした書籍類でのみ知る、伝説のくだり。


 それが現在、多くの人々が目にしている進行形の現実として“存在”しているのだ。


 未だ夢ではないかと疑う者も少なくはない。


 が現に、世代を越えて広がる己が街の空に出現した古代の邪神を他の誰でもない自分自身の眼で瞳を通し見ている。


 もはや疑う余地はない。


 世界の始まり、その時代に世を亡ぼそうとした存在が再び。――復活したのだ。


 されども住民の混乱は状況を鑑みて、最小に見える程の落ち着き現状収まっている。


 当然針を刺せば弾ける様な懐疑的見方ではあるものの、即座に乱れる気配がない。


 その状況を作り、皆の心を支えているのは言うまでもなく、予期せぬ――未知の存在。


 明確な脅威にさらされていない平和な時代の中で、古典からも削り取られた伝説の生き物達。言わば、未確認生物と化した伝承の存在は様々な姿態で語られる。


 故に庶民の目に映る神話は未知なる万象、誰もソレがドラゴンと呼ぶべき姿をしているとは思ってもいない。


 しかし幾人かの住民がその場に居合わせて、誰かが口にした。


“アレは女神の功績で語られる巫女なのではないか?”と。


 もしもそうなら、街の上空を覆う暗雲だけでなく天に見えるアレは太古の邪神。


 斯くして民の不安は的中し、空高くで展開される暗黒神と鱗に覆われた存在の戦いは最終局面へ。


 互いに真っ向からの壮絶な一撃必殺。


 下界から見守る人々の視界を熱くする程の熱量と、聖なる歌がブツかり、響き渡る。


 広範囲に及ぶ被害の全貌は、天を覆い尽くして双方を空共々黒煙で包み込み、周辺の大気をも真っ黒に焦がす。


 と。


 黒煙の雲から吐き出される様に二つの物体が、丸まって一つの固まりになりつつ。


 ――街の広場へと、落下した。


  …


 聖女とは、神聖な事績を成し遂げた。もしくは現在進行形で成し遂げている女性を指す言葉である。


 本来の形容としての意味に、戦闘に従事する者の理は一切含まれてはいない。


 しかしながら神のなす事柄が等しく神聖であると、言うのならば。


 ――暗黒の龍神と真正面から激突した彼女の攻撃力は、神に仕える女性として有する今世紀最大の神秘だったと、語り継ぐだけの威力を発揮して邪神にも肉薄す。が。


 結果は敗北。


 凄まじいせり合いは引き分けたものの、一方的に被害を受けたのは聖女側。


 辛うじて致命傷には至らなかったが修道の衣服は散り散りに裂け、破れた布地の向こうには赤黒い痣を伴った肌が幾つも確認できる。


 そして浅く短い呼吸を繰り返し、瞳には真っ黒な世界を映す、その背側では。


 ――もぞもぞとナニかがうごめく。


「ええいッ、早くどかんか!」


「……、無理。どこも、動かないわよ……、ケホ」


「うぬぬ、――ムゥッ!」


 落下の衝撃で沈んだ広場に出来た大きな穴。


 その奥底、一番深く凹んだ所で聖女の下敷きになった魔法使いの声がこだまする。


「ヌゥ……、うっほイッッ! ッアッツ?」


 這い上がる力に込めた勢いがスポッっと抜け出す身体で土の上を滑って止まる。まるで鯱を真似た様な角度で一時停止する脚、次いで重力に引かれて落ちる。


「……ふぃ。えらい目に遭ったわィ……」


 言葉としての意味合いは間違ってはいない。


 予想もしない、思いがけない出来事と言うのであれば、十中八九魔法使いは痛手を受けた側である。その身に傷一つ負わずとも、その場限りの痛みでも、望まぬ災難は避けられた被害者の面で、仰け臥す聖女に苦情の眼を向ける。


「見よ、一張羅が砂埃でドロドロじゃわィ」


 叩けば叩くほどに出てくる埃。傍から見ている聖女は、ソレが本人の人格を表わす自虐的な行為ではないかと嘲る気持ちになって、見つめる。


「――して、なにをやっておる? さっさとアヤツを葬る手立てを講じ、先刻申した存在に付いて知る限りを話す、そうする約束をしたじゃろ。早う、立てィ」


 ……? ナニを、言って?


「取引をした以上いま一度ドラゴンには成ってやるわィ」


「待って、……見て、分からないの……?」


「何をじゃ?」


 冗談。などではない――。


 正真正銘嘘偽りなく。


 ――分かっていない。


 そんな魔法使いの、誤魔化しのない無情な瞳に、ボロ雑巾の様になった自身の姿が映る。


 なんと無様、哀れ、惨めな決着か――。


「――もう、やめて……」


「止める? 何故じゃ? はじめたのは自分じゃろ」


「だからヤメてって、言ってるのよ……っ」


「……勝手じゃのゥ。他者を巻き込んでおいて、無責任とは思わんのか?」


「どの口が言ってるのよ……」


「ワシは例外じゃ、偉大じゃからのー」


「だったら、そのご立派で、この状況を……なんとか、してよ」


「じゃから気が乗らんと、言ったじゃろ」


「ならもう、どうにも……ならない、じゃない……!」


「ん、ならんのか? なら、帰るぞィ」


「ハ、……帰る?」


「そうじゃ。手の施しようがないのであれば、最後までつきあう必要はなかろう。時間の無駄じゃな」


 その貴重な時をどれだけ浪費してきたのか、を言うに――今は血の滲むような努力が伴われる、――筈。それでも。


 狭い穴の奥底、見える小さな世界の枠を溢れ出す聖女の涙がぼやかす。


「ふぁ?」

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