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-7.〔悩むのは生有る所以〕

 龍が放つ火球は次第に威力を落とす代わり数を増やして、白煙飛び散る。


 直撃して尚怯む事もなく飛行する理解し難い光景。


 不自然にすら感じる実態証明は幾度の被弾を重ねても傷を伴わない。


 まるで実体が無いかの様に振る舞い、それでいて直撃は免れず。


 自ら命中する事で、空にはいくつもの白い煙が、丸く一部が尾の引いた雲の形状となって軌跡を残す。


 放たれる光は更に数を増し、その分だけ尾の付いた煙が細長く筋を延ばし。


 ――龍の周囲を旋回する、紛いの類い。


 怖ろしいのは無傷で存在し続けている事ではない。


 事ここに至っても未だ神の眼にはソレが脅威と認識するのが不可能な、実質である。


 長く引いた低い声を発して二本の口髭を震わす。


 暗黒の龍は今以てモドキの危険性を危惧すら――出来ていない。






 航空機として評価するのであれば正しく神の領域。


 空を勝手に気ままに振る舞う縦横無尽の凄腕パイロット。


 だが戦闘機乗りとしては文字通り下っ端以下の出来栄え。


 如何に操縦に長けて自在に操る事が出来ても、被弾を厭わぬ判断能力では席に座ることすらも拒まれる劣悪さ、と非難をも余儀なく付いて回る。


 実際に付き従う事で落下を阻止している聖女が幾度自身の死を覚悟したことか。


 先刻の黒煙が風に流されて、再度姿を拝む際に予想より面が近く現れた衝撃の痛みはまだ胸の奥で打ち付けられたまま、かくて下半身の制御は抜け落ち失くなっている。


 それでも必死に食らいつくのは生有る者の所以とでも、言うのか?


 ――否、フザケるな。


 ここに至るまでに何度怖い思いをしたことか。


 幾度心臓が締め付けられる痛みを知ったのか。


 誰が、誰が、――誰か、私を助けてくれたの?


  ▽


 大沢カナの前世、その死の間際に見えた暖かい光の色は冷えた心をも説かす様にして言葉を投げ掛ける。


『アナタはまた“生きたい”と思いますか?』


 ――生きたい? どうだろう。


 正直に言って、この世は地獄。また“生きたい”と思える程の価値は無い様に思える。


 無論私の人生が奈落であったとは思わない。


 だからこその地獄と例を引く。


 苦しみは最大限上と比較して定められ、成果は夢想する程の内容でなければ低く見積もられる理想社会。


 他者の足を引っ張る事は個性と許され、事実を述べれば骨も残さぬ炎が甲斐を舐め回す。


 その“おかげ”で私は本日まで積み重ねてきた実績を職場を含め損失した。


 挙句の果ては自棄酒。


 慣れないアルコールで冷えた心を温めるつもりが急性で意識を失い、帰宅道中に在ったゴミ捨て場へと倒れ込む。


 そして、真冬の寒さが全てを凍結し、終焉した。


 今一度“生きたい”と願うにはタイミングが悪すぎる。


 もういいや。どうせ、また繰り返すだけだ。


 夢か現か分からないけれど。現状って、いわゆる転生系のアレでしょ?


 もう業界どころか読者も見飽きた展開を繰り広げる価値――ある?


 遅かれ早かれ切り捨てられる層の末端で視聴者数の減少に四苦八苦するのは金輪際、もう関わりたくない――。


「――私はもう」


『平和な時代を“生きたく”はありませんか?』


 もう二度と、あんな苦しみはご免だ。


  △


 再度の生を得て、学んだ事はいろいろとある。


 一例を挙げると“平和”とは争いや脅威の分量で評定するモノではなく、人の――確執によって生じる環境問題である。と。


 もしくは現在進行形で、ソレは起きている。


「ちょっと、いい加減にしなさいよッ。さっきから、いったいナニがしたいのよッ!」


「――何がじゃ?」


「だから、ャ――いちいち、当たりに行ってないっ? ――ッ」


 と聞いたそばから強引な飛行ルートの変更に伴った横方向の加速度が聖女の身体を強く動かす。


 しかし難無くとドラゴンに付随する女神の術式で。


 とはいえ度重なる速度の急激な変化で内部事情はかなり切迫した、せり上がりを催す。


「――ップ。……ぅ、ッぐ」


 最悪だ。


 もうこれ以上、抑えられる気がしない。


「ねェ……そろそろ教えてくれないと、私、限界なんだけど……」


「――何を教えるのじゃ?」


「だから、何か、考えがあって、やってるんでしょ……?」


 ――ッッ。


「考えじゃと? ワシは肥えたミミズをおちょくっておるだけじゃぞ」


「ッ、――はぁ? どういうコトよ……」


「不死であるワシには如何様もきかぬ、火花程度の目映さとしか感じぬ温もりじゃ。故に避ける必要もない訳じゃが――」


 だとしても聖女の身に降りかかる火の粉は線香火花に例えれる程の軽視できる内容ではない。数を増やし一発の威力が低下したところで、一つ一つが一国に対し致命的な損害を与えるに十分な火力を持っている。


 必然として我が身を守る為には防御魔法を的確に発現させるしかなく、否が応でも直前で防ぐ選択を――せざるを得ない。


 ふと、聖女の考えに浮かぶ仮説。


 もしかすると“不死”=“無敵状態”とでも、思っている……?


 とすれば致死性の毒に匹敵する大きな誤りだ。


 不滅である事と、実害の有無は必ずしも同一とは言えない。


 事実、女神の浄化で痛みを感じていたのが根拠としては……。


「――つまりワシはじゃな、無学な環形動物にちょいと世間の常識からはかけ離れている事実を見せしめる形式で」


 ……誤った、時を過ごしていた。


 私は本当に馬鹿だ。大馬鹿者だ。


 一度ならず二度目となる生でも、達観する事なかれ主義に身を置く選択肢を捨て切れず。


「――聞いておるか?」


 波風立たない静穏の狭間に、煩わしい問い掛け。


 応じるよりも先、危機感の触角が首を垂れる聖女のもとに死の前兆を運ぶ。


 直視する前から吹き出る額の汗、全身からもかき始め。


「小娘?」


 この――、何で分からない。


 どうして、他人の気持ちを理解しようともしないのか。


 目を背けたくなるのはいつだって、目の前の――現実だから、なの。


「黙って、集中できないでしょ」


 幾分かは浪費してしまった後だけども充満している魔力の量は桁が違う。


 欲を言えば搾れるだけ、蓄えるのが理想。


 しかれども、もう限界だ。


 これ程に生命力を変換し続けた事はかつてない。


 というか前例がある筈もない。


 実のところ、現状に至るまでは懐疑心すら抱く目で見ていた。


 真に認めるしかない。


 この爺、マジの不老不死だ。と。


「――黙れじゃと、ワシは偉大なる賢者、不老不死の大魔法使いにして」


「知ってるわよ」


「ほぇ?」


 あれやこれやとんでもなく厄介な超後期高齢者。


 知恵も人間関係も無益で迷惑憚らない、――死に損ないのお年寄り。


 だけど、未だに自分が生きていられるのはソレが理由だ。


 間違いなく。悔しいけど、私はこのボ賢者に助けられている。


「前、見て」


 あんと不機嫌そうな声を出し、竜の頭部が面を向く。


「当然、逃げないわよね?」


「フン、当たり前じゃ」


 まったく。猛攻が止んだと思ったら、あんなヤバいモノを溜め込む束の間だったとは。


 正真正銘、神様じゃん。


 でもこっちだって神様が残した技だ。


 神対神、勝敗は過去に決している。


 歴史は繰り返すものならば、今回だって。


「なんじゃ、ブルっておるのか?」


「今回のは武者震いよ……」


「っほ。ワシ、そういうの好きじゃ」


 べつにアンタの好意は、――……まぁ見た目だけなら。


「言っておくが、ワシは加担せんぞ」


「もう分かってるわよ」


 結果として、助かってはいるけど。


 私達はソリの合わない友人以下、強制搾取他人の結び付き。


 互いの利害が一致しない内は利用する他無い。――社会の生ける屍。


 ああ。


「――女神よ、お救いください。か弱き声に、脆弱な生に、虚弱な魂に、賛美歌を――」


 正面に翳すは聖女の救い手。


 明晰な光の十字架、聖なる刑具を背負い少女は瞼を閉じる。


 集積した力の奔流で毛先が逆立ち。


 瞬間的に小さな娘を包み込む神域、世界を隔てた仕切りを失くす。


 世界の隙間、生と死の狭間、有無が朧。


 途端に意識が遠のく。


 千、なんて比ではない。


 遥か、彼方、遠い、永い刻の流れ。


 歴史上実在した本物の怪物。


 冗談…じゃ、ない…。


 聖女の意識は瞬く隙無く厖大な記憶の波に呑まれて、――姿を消す。

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