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-4.〔正義とは振りかざす悩みである〕

 

  ▲


 聖女は過去の出来事を思い出していた。


 何故なら――。


「なんじゃ? あのひょろっこい蛇みたいな奴は?」


 ――ドラゴン。暗黒神の正体とは紛れもなく“龍”だったからだ。


「なに言ってんの……、アレがドラゴンでしょ……」


「何? バカを言うな、全く似とらんではないか」


 確かに外見は異なる。


 種類が違うのかもと思う一方、某七つの球を集める国民的アニメでは代表的存在だ。


「と、とにかく、アレもドラゴンの一種よ……」


「ほー」


 予想外に反応が薄い。


 恐らく名実ともに本物の龍。


 狂喜乱舞する程の質問攻めに遭ってもオカシクはない、筈なのだが……?


「ダサい。あんな細長い姿では、空飛ぶミミズではないか。少しもイケてない、ダサダサの超ダサじゃァ」


 どちらかと言えばその語彙力こそ、聖女には野暮ったく感じられる。


「……でも本物よ?」


「事実はともかく、ワシは認めん。アレならば多少幼稚な小娘の再現を真とするのが、伝承の為となるじゃろ」


 一体なに目線で物を言っているのだろうか?


 ――聖女には全く理解が出来なかった。


 なので、加齢によって凝り固まった思想は完全に無視し。目の前で起きている現実、その問題へと彼女は向き合う事とする。


「もういいわ。――で、これからどうするの?」


 取り敢えずな動機づけで街の入り口まで来たものの、予想に反して全体的な混乱にはまだ至っておらず、静まり返る住民の目線は暗黒の雲海を泳ぐ龍を見つめて立ち尽くす者達で人混みが出来る、その程度の範囲だった。


 もしくはソレこそが長らく続いた平和の上で生きた社会の、沈殿とした混沌を表わす状態なのかもしれない。


 ほんの僅かな振動で零れ落ちる表面張力。街を取り巻く雰囲気はまさに次の瞬間には変動する無干渉の境界線上で安定しているにすぎない。


「どうするじゃと? 何度も言っておるじゃろ。ワシは一切関わらんとな。あとの事は自分達で、なんとかせー」


「ちょっと待ってよ。それじゃあ話が違うわよ、約束した事をもう忘れたのっ?」


「ワシをボケ老人みたいに言うでないッ。先の取り決めならばきちんと果たしておるではないかっ。街との送迎、ソレがツチノコとやらの知識を得た交換の条件だったはずじゃ」


「……それはソウだけど。べつにいいじゃない、来たついでの奉仕活動をしたってっ」


「馬鹿を言うでない。何故ワシがボランティアでミミズ退治をしなければならんのだ?」


「だって、それはそもそも――」


「では鐘を落としたのがワシではなく、無力な子供であっても、同じ事を言うのか?」


「――ェ」


「偶然は偶然じゃ。第一責任能力の有る無しで免責となるのであれば、ドラゴンの姿を模していたワシに、何の責任があるんじゃ?」


「ちょっと、、」


「なんじゃ? まだワシに文句があるか。ならばいっそ姿をくらまし、世の滅ぶまで待ったとて不老の身に差し障りは」


「――未確認生物、の情報に興味はない?」


「なん…じゃと…?」


「もしミミ――龍退治を手伝ってくれたら、さっきのとは別の奴、教えてあげてもいいわよ。如何?」


「っ、ふん。幼稚な、その手には乗らんぞ。第一小物類をいくら積み重ねたところで、ドラゴンに匹敵する存在など絶対に在り得ん」


「……あっそ。そこまで狭い世界で生きてきたのね、正直ガッカリだわ」


「なぬゥ? 偉大なる賢者であるワシが、これまでに集めた」


「いいからソウいうの。――もういいわ。でも冥土の土産に、名前だけは教えといてあげる。私が知る限りドラゴンに匹敵する、いいえドラゴンすらも凌駕する未確認生物、その名は――“ビッグフット”よ」


「ビ、ビッグフット……? なんなんじゃ、そのビッグフットとは……?」


「駄目よ。これ以上は企業秘密、取引無しに教えられる事柄じゃないわ……」


「っぐ。そこをなんとかするのが努力であろうっ!」


「いやなんの努力よ……」


「ええいっ、とにかく続きを話せィ! ビッグフットとは何モノなんじゃッ?」


「ちょッちょっと、痛いって……! そんなに強く肩を揺すらないで……ッ」


「いいからさっさと話せィ!」


「っと、ッ――放しなさいよッッ!」


 聖女が声を上げる、と同時に渾身の右ストレートが偉大な魔法使いの顎を打ち抜く。


「ガブッツアアー!」


「このド変態エロボケアホ爺ィッ!」


  ▼


 前世では最大の鳥と表現された存在が全身を輝かせて光に染まる。


 輪郭だけを残し内側は真っ白く。


 次第に唯一自身を保っていた外形の線すらも歪み始め、小さく。


 ――人の形を成す。


 やがて明度は色相を伴って彩度を低め、落ち着き。最後の薄い膜が破られる様にして現れたのは一人の、――少年だった。


 とりわけ聖女の目には美少年に映る。


 歳は、十六、十七? 自分よりも若く見える位。


 髪は個人的に好みなサラッとナチュラルマッシュのシルバー系カラー。


 身長に関してはやや高め、170cm程で及第点。


 つまるところ、要約すると――駝鳥だったモノから私好みの男子ィに姿を変えた。という事だ。


 当然、狼狽える。


 だが聖女の驚きや戸惑い等は露知らぬ、生気のない表情をしたまま歩み寄る男子は、徐に傷付いてヘタリ込む彼女の前で片膝を下ろしその両肩に手を置き、――問い掛ける。


「小娘、もう一度聞くぞ。何故、その様な事を知っておる?」


「その様な、コト……?」


 不意に聖女は気づく。


 一見すると動揺はなく、口調も悠々として落ち着いている。が、その瞳の奥にはメラメラと燃える得体の知れないナニかが潜む。と。


 ふと押し当てられた手の力に僅かながらの恐怖を――抱く。


「……して」


「なんじゃと?」


「は…して…」


「なんじゃっ? ハッキリと言わぬかッ!」


「――放してよーッ!」


「ドルフィンッウェッジーッッ! ッッ?」


 下から突き上げる全力のアッパーカット、見た目十代の少年はその顎を貫く衝撃で宙を舞い。地に、横たわる。


「――ぁ、、」


 のちに聖女はこの時の事を思い返しながら、確信する。


 脱力から生まれるキレ、それは“最高の一撃”だった。――と。


  ▲


 赤く腫れた顎を撫でる、一瞥しただけでも分かる程の美少年。


 だがその精神的中身は体感で千年以上を生きる老魔法使いに他ならない。


「っっ、――これで二度目じゃぞ!」


「それはこっちの台詞よ」


「キーっ、まったく最近の若いもんは礼儀を知らんのかッ!」


 と其処に暗黒神の出現で一時持ち場を離れていた門衛2人が騒がしい声を耳にし、戻って来る。


「おいオマエ達、街の入り口で何を騒いでいるんだ……?」


 見るからに怪しい、格好でもない若い二人組。


 一方が男の後ろへと身を隠すようにさっと動く。


 その反対に若い魔法使いらしき方は堂々として、というかは関心が無さそうにボケっと突っ立っている。


 ――まるで役場で自分が呼び出されたことに気づかず、ぼーっとしている高齢者の様に。


「検査待ちの旅人か……? もしそうなら手形を見せてくれれば通過して構わないぞ」


「手形? ワシはそんな物は持っておらんぞ?」


「では通行検査と、入場料を貰う。先ずは所持品の確認からだ、――そこの台に持ち物を並べて見せてくれ」


「持ち物を出せじゃと? 何故ワシがオマエのような若造の指示に従わねばならんのだ」


「ワカゾウ……? どう見ても君の方が年下じゃないか?」


「他者を見かけで判断するとは、実に愚かじゃな」


「……、――じゃあ君はいくつなんだ……?」


「軽く千は超えておる」


「――なんだって?」


 途端に空気が張り詰める。


 が、それは心が引き締まるというよりかは逆に弛む事への反動を作り出す侮蔑の線引きとして行われる退却の“見極め”だった。


 同感し、男の背後に居る仲間の門衛が状況を催促して肩先を軽く叩く。


「ぁぁ分かってるよ。――ごほん。そうか、千歳か。それならば大変失礼いたしました」


「うむ、分かればよい」


「……――では千歳のキミ、いや貴方様は見た目からすると魔法使い、かな?」


「そうじゃ。ワシは偉大なる魔法使いにして賢者、その名も――」


「で、そちらのお嬢さん? は、……ぬ、その格好、その容姿はまさか……」


「――ええいッワシの話をちゃんと聞かんか!」


「キ、キサマは先日国家内乱を企てた容疑の末に逃走した聖女ッ? 何故こんな所に!」


 改めて場に緊張が走る。


 と、声を上げた門衛の背後でドサリと仲間が倒れ込む。


 驚き振り返る門衛だったがハッと正面に向き直るも時すでに遅し。


「……何、を……っ」


 膝から崩れ落ち、地に伏した門番の男達。


 ――その鼻からは静々と寝息が立つ。


「なんじゃ? 急に」


「……眠り草の粉を媒体にして、魔法で寝てもらったのよ。対魔力が低い相手にだけ効く即効性の睡眠呪文――、?」


「スースー」


「――アンタが寝てどうすんのよーッ!」


「ドラゴンッフィッジュブルゥオーッッ! ッ! ッァ?」


 その拳は弧を描き、偉大な少年の顔面を確かに捉える。


「マジでいっぺん死んだほうがいいかもね……」

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