-3.〔世界最大の鳥、飛べないのは悩みか?〕
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大沢カナ、芸名キラメキ凛。
異世界転生する前は一般企業で働く一方Vチューバーの歌い手として小遣い稼ぎをしていた二十代ギリ前半のレディー。
ちなみにVチューバーとは、仮想空間とも呼ばれるデジタルの世界で描画されたキャラクター――アバターを用いて、主にネット上で活動を行う際の自称である。
その稼ぎ方は様々だがスーパーチャットと呼ばれる投げ銭によって収益を得るのが選択肢としての王道と言えるだろう。
――今となっては前世の記憶。過去の話と、本人も忘れたがっている事は多い。
いずれにせよ、望むべくもない異世界での転生。
彼女の臨む新たな世界、その結末が本当に“滅亡”なのか……。
まるでソレを裏打ちする様に心の老いた伝説上の生物に乗る聖女の瞳には、暗黒に渦巻く上空の雲がハッキリと視認できていた。
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街からは少し離れた所で竜の背から下りる。
常識的に考えれば姿を見られるリスクの高い距離、だが既に街の空を覆う怪しい雲行きは住民の眼を引き付けるに十分な広がりであることから、支障はない。と判断し近場の平原に降り立つ。
直後に乗り物としたドラゴンは、元の青年に姿を変えてから誇らし気と――自身を示す。
「どうじゃ、さすがに弾む心を抑えることはできなんだじゃろ? なにせドラゴンの背に乗ったのじゃからな。感動で涙がチョチョ切れたとしてもオカしくは――、ぬ……」
胸を張る魔法使いの方を見るどころか視界にすら入れていない。
その横顔も感動は疎か感情の細も見当たらず、糸の張った操り人形みたいに引き締まった表情で遠くを見つめ、不動のまま。
「……、――嫌なら行かなくともよいじゃろ。文明など代わる代わる滅んではまた起こるのが常じゃ。どのみちこの国とて数百年後には存在すらしておらん、事実として知っておる。本当じゃ」
千年以上生きる不老不死の魔法使い。
彼にとっての生きた時間とは体感的な性質の話であり、世界の歴史その時代に生きたという事ではない。
気の向くまま時空を超えて神出鬼没。
過去、未来、どの時代にも現れる偉大なる魔法使い。
その功績はイツ如何なる時代の人々が呼んだのか。
確かめるには今居る世界ですら、まだ幼い。
「……私ね、あの国が大嫌いなの。身勝手な貴族も、貧困に抗う気のない国民性も、全部滅べばいいと思ってる」
「なんじゃソレ。それならわざわざ出向く必要ないじゃろ、阿保らしい」
「でもね、来週出る予定だったの。私が好きなパン屋の新作が……」
「パン、じゃと?」
「そうパンよ、ただのパン。でも私にとっては重要な事なの。他人からすればどうでもいい、そう思う事でも、自分にとっては大切な――」
とはいえ死んだら元も子もない。
――何より、命を賭しても守れる保証は無い。
「いいんじゃないか、パン。ワシは好かんが、食べたいのであれば向かうしかあるまい。それがロマンを追い求める者の、定めじゃろ」
「……べつに、そういう話じゃないわよ……」
呆れる様な口調。それでも聖女は魔法使いの方を見た。
「いいや、そういう話じゃ。他人には理解が及ばぬ“拘り”こそ浪漫、解釈など後でどうとでもなるわィ」
「……男臭」
「バッ?」
「――まあでも、悪い気はしないかも」
聖女が微笑む。
あどけなさが残る、その笑い顔を見。魔法使いもまた無垢ではない純粋な感想を述べる。
「にしても小便臭い理由じゃな。あんな粉を丸めて焼いた物の何がイイんじゃ?」
「……」
「そもそもロマンとはまだ見ぬ存在、未知であるからこそ心燃える意欲となるんじゃが。まぁ小娘程度の人生観では花より団子、と言ったところかの――、……ボ?」
「ふふ、心を燃やす前に邪魔な肉を焼却する必要があるみたいね」
「フォアチャーッッ!」
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転生当初からカナにとって異世界での暮らしは女神から授かったギフトの強力な能力に支えられて順風満帆でしかなかった。
女性神が創造せし、平和な時代の――世界。
波乱の世を終え安定した安寧の時代に生まれた彼女は何不自由なく過ごしていた――訳ではない。
戦禍に苦しむ事はなくとも人の文明が生み出す光は必ず影を伴うもの。
妬み嫉み僻み、人の私心は恨みを起こし――不興を買う。
次いで必然的に始まる虐げは濡れ衣を着せる邪論を公正なものとする、動議の起こり。
才に秀でる者の宿命、もとい運命は彼女を窮地に追い込む。
巧妙に作られた逃げ場のない罠。その迷宮にまんまと誘われた少女は鬱蒼とした森の中で、死を覚悟する。
誰の差し金なのかは最早関心を持たず、差し迫る事態に傷を負って歩けなくなった痛みとたえて、切っ先を見つめる。
その矢先――彼女の目に突如として惚けた奴が飛び込む。
全体的にボケて締まりのない表情、爺みたいな眉毛と何を言ったところで首を傾げて返しそうなフザけたクチバシに長い首。
知能など微塵も感じさせない鈍感な素振り、それでいて胴体は横に長く加えてデカい。
なのに本来は全く関係がないバレリーナを彷彿とさせるのはギュッと引き締まった細く長い脚が所以か?
「……何だ、コイツは?」
人気の無い深い森の奥で今まさに聖女を手に掛けようとしていた暗殺者の男が明らかな動揺を見せて誰に聞くでもなく、呟く。
が聖女は敢えて押し黙る。
何故ならば現状その場で唯一現れた生物が何であるかを彼女だけが知っていたからだ。
戸惑いはあるものの、極めて冷静に隙が生まれるのを待つ。
次いで案の定、その瞬間は訪れた。――が。
作為的で無かったが為に彼女もまた他と同様、予期せぬ出来事に狼狽える事となる。
「取って食ったりはせん。安心して、平伏すがいいぞィ」
戦慄ではなく衝撃が走る。
幸い生命体としての前提知識を持っていたおかげで聖女の揺れは小さく済むが、それでも人語を話せるという驚きは凄まじい。
無論モノすら知らぬ者達にとってはその吃驚は背筋が伸びる思いと共に立ち所の、注目の的となる。
「キッ気色の悪い鳥め……っ!」
厳密に言うと“駝鳥”である。と聖女は内心そう思った。
「気色が悪いじゃと? っほ、賊如きにこの未確認故の伝承の神秘は、理解が出来ぬようじゃのゥ!」
「……なんて薄気味悪い生き物だ……っ!」
「なんじゃ? ドラゴンと成ったこのワシと、一戦交えるつもりか?」
ドラゴン……?
と聖女には、どう見ても世界的に有名な企業が制作した某映画に出てくるダチョウのバレリーナ――これ以上は大人の事情――、にしか見えなかった。
「見た目で油断するな、一斉に取り掛かれ……っ!」
「ほっ!」
…
――主に、聖女が驚愕した理由は二つ。
一つは勝負にならないとさえ思えた戦いの行く末が、まさかの勝者“鳥”になった事。
そして、驚愕の展開――その結果、絶体絶命の危機を脱した。という現実に、隙をうかがっていたことも忘れての唖然。
不意にまつ毛バツバツの顔が、へたり込んだままの彼女を長い首を垂らし奇妙な角度で視界の下方から覗く。
「なんじゃ、迷い子か?」
……迷子?
確かにそんな風に見えなくもない。が、現状を見て察すれば普通にそんな疑いをかけられる状況にない事は明白。まして言葉にしてまで問う必要性は、衣を泥まみれにした負傷の少女からは自然な心理として――感じられない。筈、なのだが。
「迷い子ではありません……。私は、この国で仕えている聖女です」
「セイジョ? あぁ、女神めが自己崇拝の為に集めた小女子じゃったか? で、その子女がヒト気も無い森の中で運悪く野盗に襲われておった、と?」
「……アレは野盗ではなく、主君に命じられた刺客……雇われの殺し屋です」
「ほぅ。ではオマエはテロリストという訳じゃな」
――テロリスト。
生前であれば違和感のない言葉だが、よもや異世界で耳にするとは思っていなかった名詞、その定義もまた同様なのか――気になる。が。
それよりも先に解決したくて堪らない複雑な事情を現在進行形で、聖女は抱えている。
「貴方……、ダチョウ? 何で喋れるの……」
「ダチョウ? 何を言っておる、どこからどう見ても“ドラゴン”じゃろ」
仮に低く見積もったとして些かも竜ではない。
少なくとも――。
「――ドラゴンって、そもそもダチョウは鳥でしょ? 牙どころか角も生えてないし、翼とか鱗、なんなら駝鳥として見ても色が変よ」
竜であれば赤とか緑に染まっていて可笑しくはない。が駝鳥の基本カラーは黒と白。
もはやどちらにも染まっていない中途半端な存在だ。
「ナニ、子女いや小娘、何故その様な事を知っておる……?」
一瞬躊躇う。
しかし現状の彼女に残された選択肢は限られており、目の前の謎の生き物を当てにする他は――無かった。
「……信じてもらえないかもだけど、私はこことは違う世界で死んだ記憶のある、転生者なの……」
「ソレはどうでもよい。早くワシの質問に答えるんじゃ」
――……ワシ?
「貴方は一体、何モノなの……?」




