-2.〔高齢者の意識調査は聖女の悩み〕
呆れ返る程の困った様子で顔の半分を手の平で覆い隠し否定的に聖女が首を振る。
一見すると怒っている様にも見えるが、老若の魔法使いは生来こういう時の察しが悪く窺い知れない。というか言いたい事があるのならハッキリとすべき。
「なんじゃ……? 言いたい事があるのなら、ハッキリと言わんか」
「……自称賢者なんでしょ。相手の考えくらい分からないの?」
「そんなキショク悪いこと頼まれても御免じゃわい。それとも小娘ともなると頭ん中を覗き見て欲しい等という常軌を逸した願望を抱くのか? 探求心が強いのは否定せんが若いうちの火遊びは身を滅ぼす事が多い。考え直したほうがええぞ」
「は? ぶっ〇すわよ」
「ヤれるものならヤってみィ、ワシは不老不死の魔法使いじゃぞ。ちいとばかり精力の強い小娘に滅される程、人生伊達に生きてはおら――、……ほ?」
聖女が聖歌を唱える。と同時に光の柱が天より対象を照らし、聖なる粒子の炎が死に属する存在を見分けて浄化を試みる、女神の賛美歌序章“浄化の炎”が、不老の肉体を灯す。
「アチャーッ! 尻に火がーッ!」
と声を上げ、草むらを賢者が転げ回る。
その姿を見、聖女は確かめる様に頷いた。
「……やっぱりソッチ側だったのね」
浄化の炎。死から遠い生者には本来使用しても何の効果も無い、アンデッド専用の聖歌。
もしもその歌に識別され対象となる者が居るのならば、恐らくアンデッド化の途上もしくは死に近しい存在のみ。
「ゼェ、ゼェ……、虐待じゃ……これは、高齢者虐待じゃぞ……」
「――女神よ、お救いください」
「もう止めーィ!」
何処から来るのか定かではない異次元の風が草原を撫でる。
さざ波の様に揺れる黄緑のカーペット。
燻ぶる怒りを胸に納め。
偉大なる賢者が犯した過ちを聖女は指摘する。
「ドラゴンの姿で街を飛行したって言ったわね?」
「正確には上空じゃがの」
「……どれくらいの真上よ」
「ちょいと鐘楼に足を引っ掛けて壊してしもうたな」
「は? ちょっと、ソレどういう意味……」
「何がじゃ? どうもこうも足をブツケてしまったというコトじゃが」
「待って。嘘でしょ……で、鐘楼はどうなったの……?」
「ふむ。鐘が落ちて、広場に転がったかの? 怪我人は居らんから安心せい」
「――終わった。もうあの国は、お終いよ……」
「何? 鐘が落ちたくらいで、大げさな物言いじゃのォー」
「鐘が落ちた位……? まさか賢者なのに女神様の偉業を知らないの」
「女神の偉業? なんじゃソレは」
「暗黒神の封印よ。神話の時代、女神様が成し遂げた功績の一つでしょ」
「知らん、初耳じゃ。してソレが鐘楼と、どう関係があるんじゃ?」
「鐘楼の音が無くなれば封印が弱まって暗黒神が復活するのよ。私達聖女はソレを阻止する為に定期で鐘を鳴らし世界の平和を守っていたの……」
「ならば鐘を元に戻してまた鳴らせばよいだけじゃろ。べつに壊してはおらんぞ」
「単純に言えばそうだけど。鐘を交換する際はいくつかの儀式、時間が掛かるのよ……」
「時間? どれくらいじゃ」
「……作業と合わせても、数時間程よ」
「なんじゃい、大した事ないではないか」
「問題は定期の方よ。……今日がその日、しかも鐘を鳴らすのは正午キッカリ。で今は」
「とうに過ぎとるのゥ」
終了。終わった。
――まさかこんな事態になるとは思いもしなかった。と悔やまれる。
故に、一度は納まった怒りの矛先がふつふつと呑気にしている魔法使いの方を睨み付け。
「……どうするつもりよ?」
「ふむ。そんなに気掛かりならば、一度見に行ってみるか?」
何を――。
「――嫌よ。なんで、これから起こる事を知らず平和に暮らしてる人達の顔をわざわざ見に行かないとイケないのよ……」
「じゃから未来を見に行くんじゃよ。本当に世界が滅ぶのか、気になるんじゃろ?」
正確には“滅ぶ事”ではなく“滅んでしまう事”に気を病む状態なのだが。それよりも魔法使いが言う“未来に”聖女の疑問が投げかけられる。
「“未来”を見る……? 如何やって」
「ほれ、外に出る時に使っておる、あの扉じゃ。一週間程先にして出れば、知りたい結果が分かるじゃろ」
「ェ、そんなコト出来るの……?」
「当然じゃ」
言うまでもなく当たり前の話ではない。
所謂タイムトラベル、時間を自由に行き来する事は異世界であっても実現不可能とされる空想の話で終わっている。
「……本当に一週間先へ行けるの?」
「論より証拠じゃろ。ほれ、行って見ればよい。そうすれば陰謀論者の杞憂なんぞ、根も葉もない信仰心だったと分かるんじゃからな」
「ぁ、ちょっと、待って――待ちなさいよっ」
というか誰が陰謀論者だ。
…
何の支えもなく、平然と佇む一枚の扉。
某ネコ型の人形が多用する事の多いソレと見た目では似ているが、用途は異なる。
出入りする際の場所を変えることは出来ない、が未来や過去好きな時間へと移動する言わばタイムマシン的な片開きの戸口。
そんな希有な存在がひっそりと立つ、静かな草原――に、荒々しく開門し戻って来るなり後続の魔法使いに罵声を浴びせる女性の聖人。
「完全に滅んでたじゃないッこのクソ阿呆使いっ! どう落とし前つけんのよッッ?」
「……煩いのゥ、いちいち叫ばんと言えんのか?」
片方の耳穴に指を押し当て、外見は十代でも体内からは十二分に老いた溜め息を発する老若入り混じった魔法使い。
次いで相手の主張を意にも介さず、今しがた見て来た未来を思い返して冷める間もなく追い焚きされる聖女の憤り。
「煩いってナニよ! アンタ自分が仕出かした事をちゃんと理解して言ってんのッ?」
「ああもういい加減に黙らんかっ! 鬱陶しいコトこの上ないわ!」
「ナンですってッ、煩わしい事してるのはさっきからそっちの方でしょッ!」
面を突き合わせて互いを睨む。
一触即発、今にも何かが起きそうな程の熱量――が、前触れもなく、スッと身を引く。
「ほぁ、……何じゃ?」
「早く行って」
「……行く? 何処にじゃ?」
「過去よ。鐘を壊す前に戻って、暗黒神の復活を無かった事にするのよ。この扉を使えば出来るんでしょ?」
「ぁぁ、――無理じゃな」
「は、何でよ?」
「ふむ。小娘にはちと理解が及ばぬじゃろうが、同時期にワシが二人存在するとその世界線において矛盾が生じ」
「ああ、タイムパラドックス的な話ね」
「ほぁっ?」
「じゃあ、それよりも前に戻って、壊れないように鐘を補強するとかは?」
「……――それも無理じゃな。結論を言えば大きな時空分岐は世界線そのものを」
「パラレルワールドね」
「ほぁぃっ? ――……何で知ってるんじゃ」
「初対面の時に言ったでしょ。私、転生者だって」
「……ふむ」
しかし、そういう事であれば対処法は、直接――。
「――なら暗黒神が復活した直後に、何とかするしかないわね……」
「小娘の目的が暗黒なんたらを起因にした滅亡阻止であれば、その方法が現実的じゃな」
「私の目的? ナニ他人事みたいに言ってんの?」
「事実ワシには関係のない話じゃが?」
「……関係ない? よくそんな事が言えるわね。そもそも封印が解ける一番の原因は自分でしょ、責任を取るのが筋じゃない」
「あんな所に鐘楼が在るのが悪いんじゃ」
断言する。その瞳には善悪の概念、道徳的価値観に彩られた勝手都合な含みすら無い。
純粋に興味すら持っていない。
恐らくは明日になれば足をブツケた事すらも忘れ、平然と人類が絶命する様を見て関係なしと傍観して戻り、状況が落ち着いた後の世界で惹きつけられるモノのみに目を向けて過ごす――。
聖女の脳裏には容易く、――その情景が浮かぶ。
「……最低ね」
「逆じゃ。ワシは最高の大賢者、その名も」
「いいから黙って」
「何ィ?」
「もういい。自称ボ賢者を当てにした私が馬鹿だったのよ」
「一度も名のったことないわいっ」
次いで聖女の冷ややかな瞳が依然として態度の変わらない最高位の魔法使いから外界へ繋がる木製扉の方に――向けられる。
「私一人で、なんとかする……。さっさと元の時間軸に戻して」
「……、――何でワシが小娘の言うコトなんぞ――、ぬ?」
もう相手にしない、そっぽ向く振る舞いで背を見せた若人の頑なな姿勢。しかしソレは自分以外に興味を示す事のない超年輩の眼にも分かる程の脆弱で、今にも崩れ落ちそうな虚栄の実体だった。
「なんじゃ、ブルっておるのなら、止めればよいじゃろ」
「うッ煩いわねっ、仕方ないでしょ……ッこちとら魔物とまともに戦ったことなんて一度もないのよ!」
「さっきから喧しくしとるのはそっちじゃろ。ワシはこの通り、声など上げておらんぞ」
「このッ……、いいからッさっさとドラゴンで戻ってきた後の時間にしてよ! 若くて可愛い女の子が覚悟を決めてお願いしてるんだからソレくらいは善意ってモンでしょっ」
「いちいち付け足すのゥ……。まぁよかろう。じゃが他の事でワシは一切手伝わんからの、それだけは何を言おうと変わらんぞィ」
「ぇ待って、じゃあ街まで歩いて行けって言うの?」
「イマ言ったばかりじゃろ。ワシが動くのは扉の前までじゃ、其処から先は自分でなんとかせい」
「する、けど――それじゃぁ間に合わなくなるでしょ……」
「知らん。ほれ、望み通りのトキにはしてやる、さっさと来んか」
「待っ――」
何か。このまま、外に出たところで問題解決の手立てを講じるより先に国が、世界が、滅ぶ。手遅れとなれば再度逆行は――無理。
何か。打開策には繋がらずとも、せめて状況と向き合える時点に行き着くまでは。
関心のある、情報を。
「――ツチノコって、知ってる……?」
「む。ナンじゃって? ツチの、子? 突然何の話じゃ」
よしキタ。私Good job.




