表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

出来れば

気ままに書いてみました

 もう限界だよ!僕は頑張って来た。今までの仕事とこの家の仕事、周りの人にも気を使って旦那様にも愛想を振り撒いて。屋敷の中の空気が悪くならない様にいつも考えて、言葉を選んでやって来た。

 

でも、もう無理だ。


 広い庭園の隅にある、小さな温室の中で僕はとうとう爆発してしまった。ここなら少し位大きな声を出しても誰にも聞こえないだろう。建物からも遠く離れているし、夜も遅い。僕は仕事のストレスと屋敷の人間関係にほとほと疲れていた。


「僕だってわかっているさ、、、」

キツく握りしめた拳。涙が溢れそうになると頭がガンガン痛くなる。

「旦那様があの人を忘れられないのも、僕の事を嫌いなのも全部わかってる。、、、それでも結婚したんだから、少し位優しくしてくれてもいいじゃないか、、、」

 温室の薔薇を撫でながら呟く。花びらを優しく触ると、ハラハラと散ってしまいそうで切なくなる。

「頑張って来たのに、何も変わらない、、、。どうしろって言うんだよ」

僕はもう、ため息を吐くしか無かった。




 深夜窓の外を眺めていると、小さな灯りが庭をユラユラと移動していく。真っ暗な部屋から眺めていると、心許ないその灯りが気になった。

「ユージーン?」

温室に行くのだろうか?こんな夜中に?


 あんな薄着でこんな夜中に何をしているんだ。自分の上着を羽織り、もう一枚上着を手に取ると灯り取りを持って温室に向かった。


 少し開いた温室の扉をそっと引いて中に入るとユージーンの声が聞こえる。

「もう限界だよ!」

私はそのまま足を止めて息をひそめた。

いつも穏やかなユージーンが珍しい。握りしめられた拳。

「旦那様があの人を忘れられないのも、僕の事を嫌いなのも全部わかってるさ」

一瞬息を飲む。音を立てない様にそっと隠れた。


*****


 私には好きな人がいた。小さい頃から仲良く育ち、いつも一緒に過ごしていた。私と同じ歳なのに、一回り小さく守ってやりたくなる様な人だった。ウィルは私の後ろをついてまわり

「キース、キース」

と名前を呼んだ。


 丸顔で大きめな瞳、少し癖のある金髪。どんなに食べても細い身体。近所に子供がいなかったから、私達はいつも二人きりで遊んでいた。相性が良かったのか喧嘩をする事も無く、いつもお互いを思いやり朝から晩まで一緒にいた。好きと言う感情が友情なのか愛情なのか分からなかった。ただ、お互いの家格の違いで結婚が出来ない事は、小さいながらもわかっていた。


 誰よりも好きだけど家族にはなれない。それでもお互いいつまでも一緒にいたくて、大人になったら結婚しようと約束をした。



 父がユージーンを連れて来た時、私はかなり不機嫌だった。今でもあれは酷かったと思う。ユージーンだって私と結婚したくて来た訳ではないのに、ウィルと結婚するつもりだった私は只々拒否をした。話しかけられても無視をして、なんなら睨みつけていた。ユージーンが優しく辛抱強く声を掛けてくれたのに、私の頭の中はウィルの事でいっぱいだった。ユージーンが敵に思える位に、、、。


 どんなに拒否をしても、家同士が決めた話。私とユージーンは間も無く婚約をした。ユージーンは私に

「ごめんね、好きな人がいるんでしょう?それでも仲良くしてね」

と小さく囁いた。その声はとても優しく気持ちの良い声だった。ユージーンから婚約拒否は出来ない、家格が私の方が上だからだ。ユージーンの家の事業のお陰で私の家は助けられ、父からユージーンの家にこの結婚話を持ち掛けた。私とユージーンにはお互い拒否する資格が無かった。


 ユージーンは私より二つ年上だ。とても優秀で王宮で仕事をしている。私は自領の管理で忙しく、家の中の事は全てユージーンに任せていた。わからない事は執事長やメイド長がいるからと、特に気にしていなかった。家にいる時間も少なかった。元々仕事が忙しく、家には食事と睡眠の為に帰るだけだった。ユージーンと結婚してからなんとなく家に帰りたく無くて、仕事の量を増やしては更に帰らなくなった。たまに帰れば執事長に

「ぼっちゃん、余り自由にし過ぎるのもいかがなものかと、、、。」

とため息を吐かれるほどだ。


*****


 キースには想い人がいる。初めての顔合わせの時、すごい顔で睨みつけて来たので彼の両親から幼馴染の話を聞いた。政略結婚が主流なのだから、好きな人がいても別の相手と結婚する事はままある。だから、その話を聞いたからと言って何が出来る訳でもない。ただ、

「ああ、そうですか、、、」

と心の中で呟くだけだ。時間が経てば少しづつ上手くやっていける様になるだろうと思っていた。婚約中はあまり会う事が無かった。お互いすでに仕事をしていたし、そもそも彼は僕が嫌いだ。彼から何か約束を取り付ける事は無い。結婚式の打ち合わせ等もあったのに、仕事を理由に彼は参加しなかった。寂しい気持ちはあったけれど、仕事を理由にされてはこちらも何も言えなかった。結局、結婚式まで話を交わす事は無く、当日は視線を交わす事も無かった。勿論初夜は無し。


 まぁ、想像していた事だけど、、、。やっぱり僕は寂しかった。



 結婚式を終え、旦那様の家に移り住み、家人に嫌われている事に気づいてしまった。何と言うか、幼馴染との交流が良いものだったんだろう、僕は完全に悪役だった。

 ひどいイジメの様な事は無いけど、素っ気なさに傷ついてしまう。たまに耳に入って来る、

「ウィル様と結婚していれば、、、」

と言う言葉に敏感になる。かと言って僕に何が出来る訳でも無く、人とすれ違う時は挨拶をし、何か困った事は無いか、必要な物は無いかさりげなく聞くだけだ。


 こちらに移り住み、半年程経つとメイド達も少しづつ慣れて来た様で、以前ほど幼馴染のウィルと比べられる事は無くなって来たと感じていた。しかし、たまに旦那様にウィルから手紙が届くと、メイド達はまだ旦那様の事が忘れられないんじゃないかと囁き合う。


 僕がどんなに頑張っても他人の感情なんて変えられない。旦那様に

「僕を好きになって」

とお願いしてもどうにもならない様に、想いあっている二人を僕がどうにか出来る訳がない。


疲れたな


婚約期間を入れて2年半か


「疲れちゃったよ」

言葉と一緒に涙が溢れた。



 目の前の薔薇を一輪、剪定鋏で切る。棘が刺さらない様に気をつけて棘を取り除く。

「っい!」

指先に棘が刺さり声が出てしまった。小さな痛みが無性に腹立たしくて、涙が止まらなくなる。その場にしゃがみ込んで声を殺して泣いた。泣くと頭が痛くなるから泣きたく無いのに、どうしようも無く涙が溢れた。


 こんなに泣いたのはいつぶりかな?少し落ち着いて、薔薇を手に取り部屋に戻る。開いたままの扉をそっとしめて夜の庭をゆっくり歩く。月明かりが優しくて、ちょっと元気が出て来たかもしれない。


*****


 ユージーンが泣いている。わかっているのに、一度隠れてしまった私はその場を動く事が出来なかった。


 ユージーンは良い人だった。いつもメイド達に気を配り、声を掛けている。小さな事ではあるが、声を掛けられたメイド達は皆柔らかい表情になる。指通りの良さそうな、真っ直ぐな薄茶色の髪と優しい表情。仕草も静かで口調もふんわりとしている。少し声が小さめだから、メイド達も話し掛けられれば真っ直ぐ正面を向いてちゃんと話を聞こうとする。家の中は常に落ち着いた空気で慌ただしさは無い。


 結婚したばかりの頃はまだウィルの事があったから、どうしても避けていた。

そして昨日、執事長に

「いい加減になさいませ、旦那様」

と怒られた。

「奥様はちゃんと努力をされていますよ。家の中に味方は居なくても、皆に挨拶をして声を掛けています。旦那様にだって毎朝ちゃんと挨拶をして、一緒に食事を取られていらっしゃいます。わからないなりに色々報告をしたり、何か話題を探して話し掛けていらっしゃいます。、、、それなのに旦那様は、ウンともスンとも返事をなさいません。せめて挨拶位はちゃんとなさいませ。、、、奥様は、慣れない家の仕事も早く覚えようと、私やメイド長にわからない事をお聞きにいらっしゃいます。ご自分のお仕事もあるのに、夕食の後はいつもお勉強なさっています。ちゃんとこちらに沿う様に努力なさっておいでですよ」

執事長の言う通り、ユージーンはとても努力をしてくれている。半年とは言え、大きな問題も起きていない。私はもう少しユージーンの事を気に掛けた方がいいのだろう、、、。


 しかし、今更なのだ。

 

 第一印象を悪くしてしまった為、こちらから話し掛けるタイミングがわからない。挨拶されれば、同じ様に挨拶を返す事が出来る。

「おはようございます、旦那様」

「おはよう」

みたいな感じだ。こちらから先に挨拶する事は無い。それではいけないとわかっているのだか、行動が伴わない。


「旦那様?」

呼ばれて視線を上げるとユージーンと目が合う。思わず視線を逸らしてしまい、

(しまった)

と思う。

「、、、。旦那様、今日はお誕生日ですね。小さな物ですが、身に付ける物を選びました。機会があれば是非使って下さい。」

そう言うとユージーンは小さな箱をテーブルに置く。それを執事長が受け取り、私の所まで持って来る。

 手に取った小さな箱を見ながら、今開けるべきか悩んでいると

「どうぞ開けて下さい」

と自信無さげな声がした。

静かな音を立てて蓋を開けると中には、白に近い金色のアクセサリーで、薄い水色の宝石を使った物だった。

「旦那様が好きな色だと思ったので」

一瞬ギョッとして手が止まってしまった。

「違いましたか?旦那様の洋服には必ず差し色に使われているので、、、」

私はしばし固まったまま、そっと執事長の方を見た。執事長は小さく首を横に振る。ユージーンは考える様に少し俯き、

「気に入らない様でしたら、どなたかにプレゼントされても大丈夫ですよ」

と言うと優しく微笑んだ。


 私が執事長の方を見たのは、ユージーンがウィルに会った事があったのか確認した為だった。ユージーンはまだウィルに会った事は無い。白に近い金色はウィルの髪の色で、薄い水色はウィルの瞳の色だった。私は長い間その色を使っていたので、深い意味は無かったのだが、ユージーンがウィルに会って、その色の意味を知ってしまったのかと思ったのだ。



*****


 結婚して1年が過ぎた頃、もうすぐユージーンの誕生日だと気付いた。去年は結婚式のすぐ後だったし、ウィルの事があったからプレゼントは渡していない。婚約中の2年間ももちろん無い。今だに私は上手く話し掛ける事が出来ず、誕生日プレゼントを送る事を切っ掛けに、今より少しでも歩み寄れたらと思う。しかし、何を贈ればいいのかわからない。ウィルの誕生日には欲しい物を直接聞いてプレゼントをしていた。執事長に頼んでユージーンが何か欲しいものがあるのか探りを入れてもらっても、ユージーンは特に欲しい物は無く返事は貰えていない。まぁ、仕事をしている大人なら欲しい物も自分で買えてしまうから、ユージーンも返事に困っているんだろう。



*****


 僕達は相変わらず変化の無い毎日を過ごしていた。旦那様は以前より家にいる時間が増えた様だし、挨拶だけではなく、

「うん」

とか

「ああ」

とか返事をしてくれる様になった。まだ、話し掛けるのは専ら僕の方だし、視線が合う事は無いけど、結婚したばかりの時みたいに睨まれる事は無くなった。夫婦と言うよりパートナーと言うか、共同経営者と言う感じ。このまま行けば、二人の間に子供が出来る訳が無いので、後継者の問題も考えていかないといけないんじゃないかな。


 ウィルからは今もたまに手紙が来る。と言っても先日、随分久しぶりに届いたのだけれど。こちらに届く手紙は僕が仕分けるので、どうしても気づいてしまう。今も旦那様はウィルの事好きなのかな?手紙が届いたら嬉しいんだろうか。返事は出したんだろうか。気になるのに何も聞けない自分が嫌になる。



*****



 今日は久しぶりに街へ行く。欲しい本があるし、少し仕事が落ち着いたので息抜きに行こうと思って。この街の建物は煉瓦造りが多く、色も白を基調に優しく可愛らしいので街を歩くのが楽しい。たまに車で花を売っていたり、美味しい物が売っているのであちこちをフラフラ見て歩いてしまう。本屋を何軒か回り、やっと欲しい本を見つけると中身をじっくりと見比べ、何とか2冊に抑えて購入した。ずっと立ちっぱなしだったのでカフェで一息吐こうとお店を覗いた。


「旦那様、、、」

つい言葉に出てしまった。旦那様は背が高いし、真っ黒い髪の毛が印象的で遠くから見ても旦那様だとすぐわかる。楽しそうに笑っている。僕にはそんな顔見せた事が無い。相手はきっとウィルだ。先日手紙が来ていたし、仕事相手とは思えない。


 旦那様の手元には何やらプレゼントが置いてある。よく見ると相手の座っている椅子の隣の席にも大きな包みが置いてある。プレゼント交換でもしたみたいだ。


旦那様はニコニコと笑い、相手の頭に手を伸ばした


(嫌だ、、、)


僕は見ていられなくて、急いで店を出た。



 あの人がウィルだ、、、。今まで会った事が無かったから、現実味が今一つだったけど急に怖くなった。旦那様の笑顔は本物だった。きっとまだウィルの事が好きだ。どうしよう、胸がドキドキしてザワザワして立っていられない。



 早歩きであの場を離れ、店からもかなり遠くなっていた。屋敷に帰りたく無い。旦那様が帰って来る屋敷に帰りたく無い、、、。旦那様のあんな笑顔、見た事が無い。かわいい人だった、僕よりも小さかった。笑顔も素敵だった。旦那様を見る目が優しかった。二人の空気が他を寄せ付けない様な親密な感じだった。ふわふわの金髪が揺れて、、、。旦那様の好きな色だ。いつも身体のどこかにある差し色はウィルの色だ。白に近い金色、薄い水色。瞳の色は水色だったかな?遠かったからわからなかったけど、きっとそうだ、、、ああ、屋敷に帰りたく無い、、、。



*****



 私は少し浮かれていたのかも知れない。ユージーンの誕生日プレゼントを購入出来て安心していた。なかなかプレゼントを決められなかった所へ、ウィルから手紙が届き、久しぶりにこちらへ戻って来ると書いてあった。ウィルは私とユージーンが婚約期間中にお見合いをして、一年前に此処を出て行った。相手の屋敷へ入り、花嫁修行を兼ねて同居を始めたのだ。私の結婚式に参加する事無く離れていってしまったウィルは、婚約者の惚気話を散々私にした。一年前まではお互い離れ離れになりたく無くて、ユージーンの事を恨んでいたのに、ウィルはこの一年で婚約者に骨抜きにされ、これでもかと私の前で惚気た。少し寂しい気がするが、お互い新しい相手がいるのだからこれで良かったと思う。私は、温室でユージーンを見たあの日から、ユージーンの為人ひととなりを見て少しづつ好感を持ち始めていた。

「ウィル、ありがとう。色々お店に連れて行ってくれて助かったよ」

「僕も楽しかったよ。久しぶりに実家に帰って来て、キースと買い物出来るなんて嬉しかったよ」

ユージーンの欲しい物がわからない私は、ウィルにも相談していた。こちらに帰って来る予定があるから、時間が合えば一緒に探すと提案してくれた。

「お店は紹介するけど何を買うかはキースが決めないと意味が無い」

と力説して一切口出しせず、私がプレゼントを選ぶのを辛抱強く待ってくれたのだ。ユージーンは私にアクセサリーをくれたので、私もアクセサリーにしようかと思っていたけど、なかなか良いものに出会えず四苦八苦していた。そして、先程入った店で見つけたペン軸が気に入り、やっとプレゼントを購入する事が出来たのだ。ペン軸の色は黒と薄茶色のマーブル模様だった。私達の瞳の色はお互い黒いので差し色になる様な明るい色は無いけど、このペン軸の色合いはなかなか良かった。ユージーンが喜んでくれる事を考えているとウィルが

「良かったね。自分で決められて。嬉しいでしょ?」

と聞いて来た。私は本当に嬉しくて、ウィルに感謝しか無かった。

「ウィル、ありがとう」

ウィルの頭をグシャグシャと撫でながら笑った。

「いいんだよ。僕も彼にお土産が買えたしね」

そう言ってニコニコ笑った。



*****


「ユージーンが帰っていない?」

買い物を終え屋敷に帰り、夕食を取る為に部屋を出ると執事長に声を掛けられた。外出先からまだ戻っていないらしい。結婚してからこの1年間、ユージーンは夕食は必ず屋敷で食べていた。連絡無く遅れた事もない。今日の予定を聞き、街へ出た事を確認すると、私はもう一度街へ出掛けた。

 辺りは大分暗くなり、人影はまばらだ。普通の店は閉店していて、開いているのは飲食店か宿屋位だった。飲食店を数軒回り、2階が宿屋になっていて、酒をメインに振る舞う飲食店でユージーンを見掛けた。私はここでも悪い癖が出たのだ。やっと見つけたのに、近づいて声を掛ける事が出来ない。店は繁盛していて、かなり賑やかだった。私はユージーンから見えない席に座り、酒と少し腹にたまる物を頼んだ。

 ユージーンは大分飲んでいるらしく、少し酔っている様に見える。頬杖をつきながら、人間観察をする様に店内を眺めている。

 迎えに行った方が良いのだろうけど、私までユージーンを観察し始めてしまった。

 ほんのり赤い顔、ゆっくりとした動作。たまに溢れる溜息。そして少し潤んだ瞳。こんなに長く彼の顔を眺めていた事は無かった。綺麗な顔だった。しかし、疲れた顔をしている。



*****



 僕は屋敷に帰りたく無くて、街中をフラフラと彷徨った。夕飯時になり、こんな時でもお腹が空くんだなと考えながら何か食べようと思った。どうせなら、普段飲まないお酒でも飲もうか。2階が宿屋のお店があったはずだから、今日部屋が空いているか確認して、空いていたらそのまま泊まってしまえばいいや。みんなに迷惑を掛けると思っても、どうしても帰りたく無い。本当は「帰らない」と連絡を入れた方が良いけれど、何だか色々面倒に思えて来た。

 宿屋の受付で一部屋借りる事が出来た。2階の角部屋で窓が多いから、街灯が差し込んで来て少しホッとする。ベッドに腰を下ろし、そのまま後ろに倒れ込むと疲れがドッと出て来た。


 旦那様はまだウィルの事愛してるのか、、、。仲良くなったとは言えないけど、少しは改善されて来たと思っていたのに、何だかがっかりしてしまう。

「僕の誕生日だってもうすぐなのに、ウィルにはプレゼントを準備してたんだ、、、」

今まで一度もプレゼントを貰った事が無いから、今年も期待はしていないけど、ウィルにはプレゼントがあると思うと内臓がキュゥっと痛くなる。

「いいんだ。今日はたくさんお酒を飲んで、イヤな事忘れてやる、、、」


 一階に降りて店内を見渡す。どこに座ろうか悩み、結局二階に上がる階段の近くのソファ席に座る。お腹が空いているので、軽く食べられる物とお酒を頼んだ。料理が来る前に一杯目のお酒が届き、口を付けると甘くて美味しかった。料理に合うかと言われると微妙だけど、一杯目だし料理が届くまでの繋ぎなら丁度いいかも知れない。店内は人が多くて賑やかだ。ザワザワとしていて、一人で此処にいても誰も気が付かないかも。お酒を飲みながら色んなテーブルを眺めてみる。みんな楽しそうで僕の気も紛れて来た。料理が届くと2杯目を頼んだ。何が良いかわからないので料理に合いそうな、あまり甘く無い物をお願いした。お腹が空いていたので、お肉のいい匂いが嬉しい。ワンプレートでサラダとジャガイモにチーズを掛けた物が一緒に乗っている。ナイフで肉を切り分け、一口口に入れると塩と胡椒が効いていて美味しい。普段より味が濃いけど、何だか元気が出そうだ。2杯目のお酒が届き味見してみる。アルコールが少しキツくて、柑橘系の味がする。急いで二口目のお肉を口に入れてよく噛んだ。


 食事が終わり2杯目のお酒を飲み終わると、酔いが回って来たのか頭がホワホワする。僕はテーブルに肘を付き、頬杖をしながら店内を眺めていた。さっきより食事をしている人が減り、僕みたいに酔っ払っている人も多くなって来た。

「あのっ!お一人ですか?一緒に飲みませんか?」

僕よりも大分若い女の子が二人、お酒を片手に声を掛けてくれた。僕は酔っ払っているせいか、ふふっと笑うと

「どうぞ」

と席を勧めた。3杯目のお酒は2杯目と同じ物を頼んだ。選ぶのが面倒で、アルコールが強目だったけど、今の僕には丁度良かった。


*****


 ユージーンの席に女の子が二人近寄って行く。何やら話して、二人に席を勧めた様だ。ここからだと何も聞こえない。ユージーンは大分酔っ払っている様で、今なら私が店内にいる事に気が付かないだろう。奥のカウンターまで近寄り、店員にユージーンの席の隣のテーブルに移動を頼み、ついでに電話を借りた。屋敷に連絡を入れ、ユージーンを見つけた事とまだ帰らない事を話した。そして、ユージーンに気づかれない様に、隣のテーブルに背中越しに座った。

 3人はたわいの無い話をしていたが、ユージーンは酔いが回っていたのか返事も適当で眠そうだった。私はそっと席を立ち、女の子の一人の肩をトントンと叩く。

「ごめんね、知り合いなんだ。かなり酔ってる様だから席を代わるよ」

そう言って女の子達には、場所を移動してもらった。


 ユージーンは気持ち良さそうにウトウトしていた。隣に座ると私の体重の重みでユージーンか寄り掛かって来た。

「うーん、、、」

と言いながら私を見上げると、

「旦那様、、、」

と言ってポヤポヤとしている。

「お酒、随分飲んだんですか?」

自然に言葉が出た。ユージーンはニコリと笑うと

「はい、たくさん飲んじゃいました」

と言う。あんなに悩んでいたのが嘘みたいだ。

「気分は悪く無い?」

普通に会話が続く。

「うーん、ちょっとフワフワするけど、気持ち良いですよ」

「さっきは眠そうだったけど大丈夫?」

「、、、、」

「屋敷に帰ろうか」

「え!ダメです。帰りません!」

「???」


「ごめんなさい。今日は屋敷に帰りたくなかったので、2階に部屋を取ってあるんです。」

ユージーンは急に大人しくなった。私は何と声を掛けて良いのかわからず続きを待った。

「今日、旦那様とウィル様がデートしてる所を見ちゃったんです。そしたら屋敷に帰りたく無くなって、、、つい。ごめんなさい」

2つ年上のユージーンが小さく見える。

「2階に部屋を取ったんですか?、ちょっと待ってて下さい」

と言って立ち上がった。ユージーンは不安そうに私を見上げた。

 カウンターに近づき、店員を呼ぶと私は部屋を替えられるか交渉してみた。今日は空室が多く、すんなりと二人部屋に替える事が出来た。席に戻るとユージーンは待っていられなかったのか、ウトウトしている。私はユージーンを抱き抱えて階段口まで歩き、カウンター越しにユージーンの部屋の場所を確認した。狭い階段をユージーンを抱えて上がるのは大変だったが、1番上まで上がると開けていて部屋まではすんなり行けた。ユージーンをベッドに寝かせて、荷物を取りに行く。部屋に戻るとユージーンは寝息を立てて眠っていた。


「旦那様?」

夜中、目を覚ましたユージーンが小さく呼んだ。

「どうしたんですか?」

わざわざ声を秘そめる必要も無いのに、小さくなってしまう。

「旦那様は、やっぱりウィル様が好きなんですか?」

初めてユージーンの口からウィルの名前が出た。びっくりした私は、月明かりに照らされたユージーンの顔を見つめた。瞳が少し潤んでいる様に見えたかと思うと、ユージーンは顔を布団に押し付けた。

「旦那様の好きな色はウィル様の色でした」

小さな声が更に小さくなって、今にも消えそうだった。私はベッドから降りてユージーンの側に寄る。ユージーンはベッドの中でモゾモゾと移動して、私の座る場所を作ってくれた。

「ユージーン、、、」

「うっ」

「ユージーン、泣いてるの?」

布団の中のユージーンは見えないのに、涙を擦っているのがわかる。

「ユージーン、触ってもいいかい?」

布団の中で頷くのかわかった。少し見えるユージーンの髪を漉くように触る。

「ユージーン、ウィルはもうすぐ結婚するよ。私達が婚約中にお見合いをして、去年、私達が結婚式を挙げる前に、婚約者の家に花嫁修行を兼ねて同居したんだ」

ユージーンは静かに聞いている。たまに涙を拭いている様な仕草をしているみたいだ。

「ウィルは今、実家に帰って来ていてね、色々相談に乗ってもらっていたんだ。その、、、秘密にしていたんだけど。ユージーンに贈り物をしたくて、、、」

ユージーンの手が布団から出て来て、私の手に指先を添える。

「ユージーン、、、。ユージーン、顔を見せてくれないか?」

ユージーンは布団の中で体を起こし、顔半分を見せてくれた。

「いつもありがとう。本当はもっと早く君に話し掛けたかった。でも、最初に酷い事をしてしまったから、なかなかタイミングがつかなくて。申し訳ない、、、」

ユージーンはパッとお辞儀をする様に体を折り、私の膝に頭をつけた。

「温室で、君が泣いたのを見たんだ」

ユージーンが今度はガバッと起き上がり、顔を真っ赤にしている。

「薔薇の棘で指を切った日だよ。あの時から君の事が気になり始めたんだ」

屋敷の中で一部、いつまでもウィルにこだわっていたメイドがいた事も知っていた。仕事が忙しい事も、みんなに出来る限り話し掛けていた事も、私自身が目にした事もあるし、執事長やメイド長から報告をもらったりしていた。

「ユージーンはいつでもみんなに優しかった。僕はユージーンの事がどんどん気になり始めたんだ。君が贈り物をくれた時、私の好きな色だと思っていたね。、、、確かにウィルの色だよ」

ユージーンの口元がキュッと締まる。

「ウィルとはただの幼馴染に戻ったんだ。お互い大事な人が出来たからね」


 私達は一つの布団の中でゆっくりゆっくり話をした。枕を立て掛け、二人で肩を並べて寄り掛かった。ウィルが拘った、プレゼントは必ず自分で選ぶ話、婚約者の惚気話、私がプレゼントを買っている隙にちゃっかり婚約者のプレゼントを買っていた事。ユージーンは私の手に指を絡めて静かに聞いていた。



「旦那様、僕達は政略結婚でしたよね。」

ユージーンの顔をそっと見た。

「僕、旦那様がウィル様の頭を撫でようとした時、すごくイヤな気持ちになって、見る事が出来なかったんです。、、、旦那様は僕が見た事もない様な、幸せそうな顔をしていて。やっぱりウィル様が好きなんだ、と思ったら怖くなって、、、」

頭?撫でようとした、、、?

「ああ、ようやくユージーンに贈る物が購入出来て嬉しかった時だな。確かにウィルの頭をガシガシ撫でてやった。ウィルのお陰で気に入った物が見つかったんだ。、、、そうだな、あの瞬間に私とウィルはただの幼馴染に戻ったのかも知れない」

「あの感情はヤキモチでしょうか?」

ユージーンがユージーンの気持ちを私に聞いてどうするんだ、と思いながら私は満更でもない気持ちになって抱き寄せた。ユージーンの香りと肌の温もりが気持ち良い。私がさっきユージーンと一緒にいた女の子達に嫉妬した事は内緒にしておこう。


 私はユージーンに早くプレゼントを渡したくて仕方がない。あの黒と薄茶色のマーブル模様を喜んでくれるといいのだが。



難しい設定は考えず、書いてみたいBLにしました

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ