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召喚系配信者、結末不明の決着

 「海斗おおおお!」


 拳を強く握り締め、俺は海斗に襲いかかる。


 「お前そんなに熱血キャラだったか?」


 俺の動きなんて海斗にとっては遅いのか、軽く避けられ反撃の拳が腹に食い込む。

 逆流する何かに吐き気を覚える。


 だが、何かを吐き出すまでに蹴り飛ばされる。

 痛みに悶絶し、立ちたくないと本能が体を地面に縛り付ける。

 しかし、気合いでそれを抑え込む。


 「はぁ。はぁ」


 「おいおい。もうへばったのか。まだ数回しか殴ってないぞ?」


 「っせぇ」


 ステータスの力、仲間の力がなければ俺は弱い。

 そんなのは知っている事だ。分かっていた事だ。

 だけど今はそれが無性に悔しい。


 「なぁ玖音。賢く生きようぜ。これ以上やっても辛いのはお前だけだぜ」


 「ここで引いたら、何も変わらない。⋯⋯むしろ、悪化するだろ?」


 海斗は何も言わない。

 俺が何も出来ないと分かると海斗はどんな方法も迷わず行使する。

 これ以上周りを巻き込む訳には⋯⋯違う。


 コイツを咲夜に近づけたくない。

 咲夜が辛い目に合わない絶対的な未来を作りたい。

 

 結局これは俺の自己満足を満たすための行動、エゴだ。

 海斗の事悪く言えないな。


 俺は自嘲気味に笑った後、雄叫びをあげて猛進する。


 「ああああああ!」


 大きく振りかざした拳。

 だが、海斗の蹴りが俺の顔面を襲った。

 回し蹴りをもろに受けた。


 プシュッと鼻血が吹き出る。


 視界が揺らぐ。クラクラとする。

 隙だらけの俺に強めのパンチが飛んで来る。

 ギリギリでガードしたが、骨が軋んだ気がした。


 「弱いなぁ。どうしてこんなに弱い癖に無駄にカッコつけるんだよ!」


 倒れ込んだ俺の腹に蹴りを入れる。

 何回も何回も。


 「うぐっ」


 「なぁ玖音、後悔してるか? 弱い癖にいっちょまえにカッコつけて反抗した事を後悔してるか? どうしてこんな目にあってるんだろうって、思ってるか? なぁ?」


 冷徹な眼差しで見下ろし、機械のように同じペースで蹴りを入れる。

 強くも弱くもなく、ただ苦しい痛みが蓄積される。


 「ごほっ」


 「それと勘違いを正してやるよ。俺はもう咲夜の事はなんとも思ってねぇ。ただ、アイツの体は金になる⋯⋯それだけだ。分かるか?」


 「⋯⋯はは。昔は⋯⋯好きだって⋯⋯認めたな」


 「⋯⋯ムカつくんだよなぁそう言うところがよ!」


 「がはっ」


 強く蹴り飛ばされ、地をゴロゴロと転がる。

 起き上がり、腹の底から上がって来る物を口から吐き出した。

 真っ赤に広がる嘔吐物⋯⋯。


 「玖音、このままやると死んじまうぞ? もう良いじゃねぇか。弱い俺なんかが反抗してごめんなさいって⋯⋯それだけでお互い手を引こう。穏便にすまそうぜ」


 「断る」


 「お前ってそんなに頑固だったかぁ?」


 ゆっくりと歩み寄って来る海斗。

 揺らめく視界の中、必死に焦点を合わせる。


 「じゃあこうしよう。咲夜をここに呼べ。そしたら俺がお前に危害を加える事はない。痛いのは嫌だろ?」


 「そうだな。痛いのも苦しいのも嫌だ。もう限界だよ!」


 「なら⋯⋯」


 「でもだからって、咲夜を巻き込む理由にはならない。これは俺とお前の問題だ。俺はお前を止めるまで、止まらない!」


 俺の叫びに海斗が大きな舌打ちをする。


 「またヒーロー気取りか。虫唾が走るんだよ。無駄にカッコつけるところも、全部全部嫌いだ」


 子供の癇癪みたいだな。

 海斗の攻撃は俺に容赦なく襲いかかる。


 喧嘩をする前から決着がどうなるかなんて分かっていた。

 フィジカルで海斗に勝ち目なんて無いんだから。

 でも、そんな俺でも⋯⋯僅かに残る勝ち筋に縋りたい。


 「覚えてるか玖音? 咲夜が大切にしていたアクセサリーを無くしたって言って、俺と咲夜で必死に何時間も探してた⋯⋯そしてお前が合流して数分でお前が見つけた。その時、お前だけが感謝された!」


 「結局ただの嫉妬じゃないか。それに海斗もありがとうって言われてた」


 「そんなの口だけだって誰でも分かるだろ! いつもいつも、お前だけが特別だった! たまたま運が良かっただけなのに!」


 俺の運が良かった⋯⋯それだけで俺を決めつけられるのは癪に障る。

 俺の両親は事故で亡くなった。

 人生でトップを狙える不幸だろ。


 結局海斗は自分の思い通りにならなかったのは全部俺のせいにしたいだけだ。

 だけど確かに、俺は恵まれていた。


 心を支えてくれた咲夜。

 兄としての責任と家族を守る心をくれる茜と凛。

 力を貸してくれる仲間達。


 俺はこれ以上は望んではいけない。

 それだけの幸運を貰っている。

 だからこそ、俺は海斗を真っ向から否定出来ない。


 「運、か。海斗は良いなぁ」


 「あ?」


 「嫌な事や辛い事があったらなんでも俺のせいに出来る! 運のせいに出来る! 他人に自分の不幸を押し付け、その相手が不幸だと自分は喜べる。なんて楽で面白くてくだらなくて滑稽な人生なんだよ! 最っ高に最っ悪だね!」


 俺は海斗を真っ向から否定はしない。

 だけど否定する。

 今の歪んだ海斗が正しいとは思わないから。


 「俺のせいにしたいならしとけよ。全部運だけの男のせいで自分の人生設計が狂いましたってな! 全部、俺のせいにしろ! 憎むなら俺だけを憎め、恨むなら俺だけを恨め! ⋯⋯その全部を押し返してやるよ」


 海斗の憎しみとか正直知らん。

 背負う気とか毛頭ない。

 冷静に考えれば、歪んだのは結局精神的に幼いコイツが悪い。


 フラれたからって支配しようとするコイツの歪んだ性根が悪い。

 

 俺が今まで怖くて避けていた相手が幼い子供、そう考えると少し笑える。


 「はっ」


 鼻で笑うと、それをトリガーに海斗は青筋が浮かぶ程に怒りを顕にした。

 俺に向かって拳を構えて迫って来る。


 フィジカルでは圧倒的に負けている俺。

 だけど、唯一俺に勝てる自信のあるモノがある。

 それは⋯⋯経験。


 俺は次元の違う力を持った仲間達の戦う姿をずっと見て来た。

 その経験から⋯⋯攻撃を予測する。

 タイミングも全部予測する。


 相手の動きを見てもどうせ意味が無い。

 回避とか出来る訳が無い。


 だから⋯⋯予測して、安全なルートを選ぶ。


 「お前の嫌いな、お前の言う運だけの男に反撃されたら⋯⋯どんな気持ちになるんだろうな」


 海斗のパンチが飛ぶ。

 俺の反応速度では当然回避は出来ない。

 だけど⋯⋯何回も攻撃を受けた。

 だから⋯⋯予測出来るんだ。


 「しっ!」


 「なっ!」


 攻撃を掻い潜り、海斗の懐に飛び込んだ。

 パンチは意味が無い。俺の力じゃ子供が投げた枕だ。

 だから⋯⋯全力を乗せた蹴り上げを海斗の金的に放つ。


 柔らかく嫌悪感のある感触が足に広がる。


 「うぐっ」


 顔を顰める海斗。

 次の瞬間に俺はタックルして海斗を倒す。

 マウントポジションを確保した俺は握り拳を作る。


 「さっきは随分とやってくれたな」


 俺は海斗の顔を狙って拳を叩き落とす。

 何回も、何回も、落とす。


 「よく覚えておけ、もう二度と涼ちゃんにも咲夜にも関わるな。少なくとも今のままなら絶対に近寄るな! 涼ちゃんを闇に引き摺り込ませるな! 咲夜をお前なんかで汚すな!」


 「ざ⋯⋯け⋯⋯がっ」


 海斗が喋ろうとしても殴られてまともに喋れていない。

 いくら力が弱くても一方的にガードも出来ない顔面に攻撃を浴びればダメージは蓄積される。


 その間に俺は伝えたい事を伝える。


 「咲夜はヒーローだ。弱き人を助け守るヒーローなんだ。ヒーローを小悪党が汚そうとするな!」


 「ちょ」


 「咲夜は女の子だ! 時には誰かに守られたい女の子なんだ! だから!」


 「調子に乗るな!」


 力で振り落とされ、投げ飛ばされる。


 「もう我慢の限界だ。なんで俺がてめぇなんざにボコボコに殴られねぇといけねぇんだ。大して強くもねぇお前に!」


 海斗は猿共が使ったのと似ている、紫色の宝石が付いた指輪を嵌めた。


 「玖音の分際で俺に上から説教しやがって」


 「⋯⋯」


 ⋯⋯ステータスの力を使うのか。

 その力がどんなのか俺は詳しく知らないけど⋯⋯良くない物だろう。


 俺の影が形を変えようとする。


 「出て来るなマメ! これは命令だッ!」


 「はぁ? なんだよ。頭がおかしくなったのか?」


 「マメ、影だけ俺に纏わせてくれ。それ以外の手伝いはするな。盟約の加護も要らん。⋯⋯これは、俺と海斗の問題だ。ここでケリを付けるんだ」


 マメの力を借りてしまうが最低限だ。

 ステータスの力を持つ相手に生身は喧嘩にすらならない。

 出来る限り、俺だけの力で戦うために⋯⋯マメの協力は装備だけだ。


 俺の全身が影に包まれ、ガントレットのような武器が腕に装備される。

 服も影に染まった⋯⋯防御力も攻撃力も十分だな。

 なんたってマメの影だ。


 「お前も使えんのかよ。どこに装備してやがった!」


 答える必要は無いな。あんな怪しいの装備してないし。


 「海斗、お前はそれをどこで手に入れた! 裏社会にどっぷり浸かってる訳じゃないだろうな! 本当に後戻り出来ないぞ!」


 「端から戻るつもりはねぇんだよ!」


 海斗が⋯⋯いきなり目の前に現れた。


 「えっ」


 「死ねっ!」


 反応なんて全く出来ず、壁まで殴り飛ばされた。

 影の装備があっても⋯⋯受ける痛みは先程の比じゃない。

 俺の血で視界が真っ赤に染まる。


 「てめぇの骨を全部折って、てめぇの目の前で咲夜を犯してやるよ⋯⋯他の連中も呼んでパーティだ! 咲夜が壊れるまで使い回してやるよ! ⋯⋯分かったか玖音、俺はもうこっち側の人間なんだよ」


 海斗が何を言っているのか全く聞こえて来ない。

 盟約の加護が無い状態ではマメの影があったとしても常人に毛の生えた程度。

 ステータスの力を使った人間の攻撃は防げない。


 「おい、聞いてんのか?」


 俺の意識が途切れる前に見えたのは⋯⋯海斗の拳だった。


 「さっさと起きろよ!」


 海斗の拳が俺に届く⋯⋯前に止まった。


 「ああ?」


 海斗の拳を止めたのは、龍のような鱗を持つ手だった。


 「玖音の意識は途絶えた。故に命令も全部効力は失った⋯⋯これは全て私の判断だ。⋯⋯文句のある奴はいるか?」


 「誰だお前?」


 月明かりに照らされた琥珀色の瞳。

 想像を絶する怒りに瞳孔が極限まで細くなっている。

 一目で人間では無いと分かる翼に角、尻尾が生えている。


 「龍の盟約に従い、命の危機を守るため強制召喚させて貰ったぞ」


 海斗は離れようとするが、握られた拳が離れない。

 急に現れた女を殴る、蹴るなどの暴力を振るうが微動だにせず。


 「早く殺そう、ナナ、ねむい」


 ぷかぷかと眠そうに⋯⋯と言うにはあまりにも鋭く冷たい眼差しを向ける女。

 その女を特徴から一言で表すとしたら天使だろうか。


 「ナナにさんせーい。なんならアーシが壊そうか?」


 「ナナに任せる、死を自ら望むまで、ぐちゃぐちゃにする」


 天使の隣に並ぶのは元気よ良い女。

 外見的特徴から悪魔と呼べそうだ。


 突然の事態に状況が飲み込めない海斗。

 だが、明らかに良くない状況。

 逃げようとするが手が離れない。


 「そんなに逃げたいのか? お前は逃げてばかりだな」


 冷たい龍の女の言葉。

 女は海斗の拳を握っている手に力を⋯⋯軽く込めた。

 すると、豆腐を潰すかのようにぐちゃりと手が潰れた。


 肉の潰れる音、骨が粉々に砕ける音。

 とても形容し難い嫌悪感を抱かせる音が響き、次の瞬間には耳を塞ぎたくなる巨大な絶叫が響く。


 「あああああああ!」


 痛みに悶絶し、だけども逃げようとする。

 海斗は感じた。⋯⋯逃げないと死ぬ⋯⋯。

 しかし⋯⋯逃げた先に巨大な壁があった。

 本来無かったはずの壁。不思議に思い見上げれば顔が見える。


 目を大きく見開き、人を数人簡単に丸呑みに出来るサイズの口。

 まるで巨人。


 「な、なんなんだ⋯⋯いったい」


 「ぐ⋯⋯」


 「叫ぶな近所迷惑だ」


 「⋯⋯」


 巨人の怒りと嘆きの咆哮を女が止める。

 巨人は悲しむ素振りも無く、ただ海斗をその巨体から見下ろす。


 「わん!」


 「うわあああ!」


 海斗の隣にいきなり現れた犬。

 つぶらな瞳の奥に見えるのは憎悪の炎。

 柴犬のような見た目からは想像も出来ない恐怖を与える。


 「どうするんですか⋯⋯このゴミ」


 白髪に隻眼、オールバックの髪型をした、コウモリの羽を生やした男が舞い降りる。

 その姿はまるで吸血鬼。


 「なんなら自分の傀儡にしてあげよっか? ミイラになるまで精気を搾り取ってあげる。それは汚いからすぐに捨てるけどね」


 妖艶に微笑む悪魔のような女⋯⋯その見た目はサキュバスと形容するとしっくり来るだろう。


 「可哀想なくーちゃん。今回復しますよぉ」


 蝶のような羽を生やした女が玖音の傷を癒す。

 他にも周囲を囲むように大量の人の影がある。

 だが、その全てが単純に人と決めつけるには明らかに形がおかしい。

 さらに人型では無い影も見える。


 「なんなんだお前ら! なんでモンスターが外にいるんだ!」


 ステータスの力を持ってしても、召喚スキルの同時召喚数を遥かに超えている。

 一般の常識的に考えてありえない状態。


 ステータスの力を持ってしても子供⋯⋯いやゴミ⋯⋯いやそれ以下⋯⋯言葉にするのが難しいくらいの扱いをされた海斗。

 海斗はただ、状況の異常性を訴える事しか出来ない。


 「殺しはしない。それは玖音の喜ぶ事じゃない」


 女は皆の気持ちを汲んだ上で全員に対して、そう告げる。

 誰もが海斗に対して怒り、殺意がある。

 当然、海斗の正面に立つ龍のような女もまた同じ。


 「お、お前らく、玖音の⋯⋯なんなんだ!」


 「お前こそ玖音の何だ?」


 温かみを一切感じない眼差しに海斗のスボンは暖かくなる。

 広がる悪臭に表情をピクリとも動かさず、女は能面の顔で海斗に近づく。


 「不愉快だ。お前の存在だけで玖音は傷つく。お前は一体なんで存在する」


 「なんだよそれ!」


 「口を開くな」


 「ふざけんな! 俺が何したって言うんだ! それにな! そんな運だけの奴のせいで俺の人生は」


 海斗の口に細長い棒が無理矢理入れられる。

 それは薙刀だった。


 「運だけ? お前がなんと思ってようが構わんが、お前の言う運によって私達は最愛の人間に逢えた。モンスターにとって何よりも大切で重要な力を与えてくれた恩師だ」


 女は怒りを抑えるように薙刀をギュッと握りしめる。


 「それにお前の人生が狂ったのはお前のせいだ。お前の言う『運』を自らお前が手放したんだ。玖音と共に新たな人生じゃなく、玖音の敵となる人生を選んだのはお前の決断だ。お前の意志だ。そこに不都合が生じたからと言って玖音のせいにするな屑がっ」


 女の眼差しにただ恐怖を抱く事しか出来ない海斗。

 他にも殺意を剥き出しにする化け物がいるにも関わらず、目の前の女から目が離せない。


 「今まで玖音はお前達との関係に逃げていた。情けなくな。だけど立ち向かったぞ。覚悟を決めたぞ。最後まで自分の力で戦ったぞ。逃げなかったぞ!」


 怒りの叫び。

 その言葉に心を震わせるのは化け物達。

 海斗は化け物達とは違う意味で心を震わせる。


 「なのにお前は逃げた。状況が変わったから自分の都合の良い道に軌道修正するために逃げたんだ。逃げなかった玖音、逃げたお前っ!」


 薙刀を空気に変え、海斗の頭を鷲掴みにする。


 「お前は自ら辛い道を選んだ。八つ当たりで玖音を傷つけるな」


 「は、なせ」


 女は瞳から涙を流した。


 「玖音は私達の盟主だ。主であり愛する人間であり友であり家族だ。故にこれ以上の蛮行は見逃せない。お前だけは許せない」


 「お、俺に何を、するつもりだ」


 「簡単だよ。⋯⋯お前が今までに色んな人にして来た事が返って来るだけ。玖音の痛みを苦しみを数億倍で返すだけ。お前の罪が精算されたと()()判断した時解放してやる」


 「や、止めろ!」


 「黙れ」


 「わる⋯⋯」


 海斗が何か言おうとしたタイミング、光が海斗の足を繋がった状態でミキサーで刻んだように細かくした。

 骨と肉と血が混ざった物体が辺りに飛び散り、真正面にいる女は血肉のシャワーを浴びる事になった。


 「ああああああああ!」


 「ん?」


 女が天使の方を向く。


 「問題、ある?」


 「いや、無いな。だが今度からはもっと綺麗にやれ」


 「善処、する」


 口角を上げる女。


 「良かったな愚か者。我が仲間には回復の得意な者がいる。多少の欠損⋯⋯それどころか数秒程度の死なんて問題ないぞ。おめでとう。お前は多分人間初、何百回と死んだ記録を持てる人間だ。マメ、連れてけ」


 「い、いや⋯⋯」


 影に沈んで行く海斗。瞳から滝のように流れる涙。


 「玖音! 助けてくれよ、玖音!」


 意識の失った俺からの返事は当然無い。

 海斗は影の中に完全に呑まれた。


 「ルミナ様〜ナナが許されるならアーシも良い? 破壊して良い?」


 「サズン、ダメ。手加減、出来ない」


 「出来るもん!」


 「時間はある。我々の怒りは皆平等に高い。全員に行き渡るようにするから、どうするか考えておきなさい」


 「ムー。はーい」


 頬を膨らませて抗議の視線を送ったが、諦めたようだ。


 「なぁ玖音、これは許してくれ。もう、私達は我慢の限界だったんだ」


 俺を横抱きで持ち上げる女。

 嫉妬の眼差しを向ける世十の面々。だけど誰も文句は言わなかった。

 儚げな視線を月に向ける女⋯⋯ルミナは呟く。


 「なぁ玖音、どうして玖音は私達を利用しない。玖音の命令があれば、私達はいつでもこの世界を玖音に献上出来ると言うのに。そのための牙を我々は常に磨いでいるのに⋯⋯」


 ルミナは微笑む。


 「そんな玖音を私達は愛している。帰ろう。玖音の家族が帰りを待っている。あの愚か者は⋯⋯いずれ再会するさ。⋯⋯歪んだ性根を真っ直ぐにしてな」


 俺が目覚めた場所は⋯⋯自分の部屋のベッドの上だった。

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