召喚系配信者、散歩配信をする
土曜日、俺は339階層で配信をしていた。
普段はダンジョン攻略は仲間に任せて、ボスの時だけ俺が動いていた。
つまり、このようにダンジョンを普通に歩く事自体俺は滅多にしない。
俺なんかでは到底勝てない強力なモンスターが蔓延る世界。
そんな場所で俺はリードを担っていた。
リードの先には首輪を着けたマメが尻尾を振って歩いている。
今回の配信企画はマメの散歩だ。
なぜ、こんな危ないところでしないといけないのか分からない。
召喚獣だからダンジョンの中じゃないとおかしいのは分かるが。
「わんわん!」
「そうだね。楽しいね」
マメが嬉しそうに尻尾を振っている。
それだけでここが危険なダンジョンの中だとは思えない。
《平和や》
《マメって普段散歩してるのかな?》
《きゃわいい!》
《マメが1番の癒し》
コメントでもマメに癒されている事を証明している。
さて、このまま時間が過ぎれば良いのだが⋯⋯。
「フェアァァァ!」
鼓膜を貫く咆哮が響き、大きく羽ばたく音が聞こえる。
新幹線に並ぶ速度で加速して来る茶色い物体。
「グリフォンか」
その物体は左右に分裂し、自分の死を自覚出来ぬまま魔石に姿を変えた。
まさに神業。
それを行ったのは、俺と視聴者からフル無視されているルミナだ。
ずっと俺達のボディーガードとして隣を歩いていた。カメラにも写っている。
だが、無視されていた。
彼女の存在があるだけでそこは平和空間じゃないのだ。
「やったぞ玖音! 見事に真っ二つだ!」
褒めて欲しそうにニカっと白い歯を見せて笑う。
手刀で倒したのだろう。武器は持っていなかった。
「⋯⋯マメ、次はどっちに行きたい?」
「わん!」
マメが前に進むので俺も前に行く。
「えっ? ちょっと! 無視しないでよ!」
トコトコと追いかけて、隣に並ぶルミナ。
並ぶと同時に腕を絡ませて来る。
《久遠ちゃんの嫌そうな顔も中々に抜ける》
《マメが癒しのチャンネル》
《グリフォンって言ってたけど、絶対にただのグリフォンじゃなかったんだろうね》
《ここだけ見ると339階層は大した事無いと思える》
《冷静に考えるとマメは散歩しながら影でカメラも操ってるんだろうな》
《ルミナTUEEEE!》
《百合夫婦の散歩⋯⋯平和や》
《マメってサイズ的に小型犬ですか?》
質問来てたな。
俺はルミナを押し退け、質問に答える。
「マメは豆柴なのでかなり曖昧ですね。サイズ的には小型犬で良いかもしれませんが、人によると思います」
《そもそも深淵犬だよね?》
《召喚獣を普通の基準で測るの止めて貰えませんか?》
《一日の散歩量が気になる》
《小型犬⋯⋯柴犬だから中型か?》
確かにマメは召喚獣で種族は深淵犬だ。
しかし、常に召喚して1番家族のように感じているので飼い犬の認識が強い。
ただ、無限に感じる体力と並外れた力を持ったわんこだ。
「元々柴犬っぽかったからな⋯⋯進化しても見た目全然変わんなかったし」
トカゲから今の龍人っぽくなったルミナとは正反対だ。
《しれっと気になる過去話》
《昔はマメ達もこうじゃなかったのか》
《昔話が気になる》
《昔話! 昔話!》
昔話を挟むと俺の生い立ちまで話す必要が出て来てそうだ。
まだ、それを晒す勇気は無いな。
ここは視聴者大好きの表情で話を終わらせる事にしよう。
方目を閉じ、首を傾げ、人差し指で口を抑える。
軽く口角を上げ笑みを作り、カメラ目線。
「ナイショ」
《ごはっ!》
《こんな幼馴染がいれば⋯⋯》
《無事成仏》
《可愛いな!》
ラブコメでヒロインにやられると俺は悶絶する自信がある。
さて、次の階層に行く階段を発見したので登る。
「マメ、おいで」
せっかくなのでマメを抱っこして登る事にした。
「くぅーん」
嬉しそうに鳴くマメ。
目を細めて身を委ねる姿に癒される。
まじで犬最高かよっ!
「良いな〜玖音、私は? 私は抱っこしてくれないの? おんぶでも良いぞ!」
「ルミナは重いから無理」
「なんっ!」
尻尾や翼をビンビンに伸ばして驚くルミナ。
彼女を放置して登る。
すると、慌ててルミナが追いついて来る。
「待て玖音! 私は自分の体を空気に出来る! つまり重さはゼロだ!」
「空気が手で持てる物質だと思うなよ」
「そこは調節する! だから私も抱っこして!」
ルミナは両手を大きく広げて抱っこ待ちのアピールをする。
身長が同じくらいなのに子供に見える。
「そろそろ上に着きそうだな〜」
「ちょっと!」
《ルミナの求愛が子供っぽくて好き》
《クールなルミナはかっこいいのに⋯⋯普段がこれ。可愛いけどね。クールな方が見たい》
《しれっと最高到達階層更新してるし》
《正に散歩ついで》
《あ、340階層に到着した》
《記録更新!》
《魔王の散歩でダンジョンは攻略される》
《ルミナ1人で全てのダンジョン踏破出来そう》
色々なコメントが流れる。
確かに、今の戦力になった時から俺は苦戦をした事が無い。
だが、踏破は出来ないと思っている。
最弱クラスの召喚獣から進化したルミナの力以上のボスモンスターが絶対に出て来ると思っているからだ。
ダンジョンの中で召喚し成長出来る存在をダンジョンが用意出来ないはずがない。
「玖音、どうする? このままボスを倒すか?」
「切りが良いからね。散歩の目的地はそこだよ」
《え、ボスって散歩ついでに倒されるもんだっけ?》
《長時間配信⋯⋯もうボスの場所分かってたりします?》
《マメ、既に大型犬の目安散歩時間を超えている件について》
《散歩の落ちが欲しくて倒されるボス》
《逃げて! ボス超逃げて!》
《魔王の散歩怖すぎるだろw》
《襲い来るモンスターは全部奥さんが倒してくれるもんね》
《マメはわんちゃんだから戦わないのかな?》
マメも戦った方が見栄え的には良いのか?
でもな⋯⋯結局2人のやる事って変わらないんだよな。
1番派手なのはガリンな気がするけど、アイツ『応援』が必要だから嫌だしな。
ルミナに武器を使って貰うか?
既に過剰の火力に上乗せするだけだけど。
散歩を続けていると、モンスターが色んなところから攻めて来る。
その全てがルミナの手刀により消えて行く。
モンスターの紹介や解説なんて出来るはずも無く。
配信として良いのか疑問に思う。
公園で遊ぶ子供を眺める大人みたいに普段と変わらない日常のように。
俺達は驚く事もしないで散歩を続ける。
《もはや先行してルミナが狩るから魔石しか転がってない》
《敵の姿も見えないのか》
《ある種の平和がここに》
《通り魔殺人の被害が地面に転がってる》
《今気づいたけど臨界スキル使ってないな》
《全部素の力で倒してるのか》
《これ、人間でルミナを倒せる奴いるの?》
《人類はダンジョン攻略なんて出来ないんだ。出来るのは魔王だけなんだ》
340階層をボス部屋に向かって最短ルートで散歩。
時には休憩を挟み、ボール遊びもしたりする。
「取ってこーい!」
俺がボールを投げると、神速の如きスピードでルミナが取りに向かった。
鬼気迫る彼女の表情が脳裏から離れない。
しかし、それを予見していたマメは影を既に広げていたらしく、ボールを影で回収していた。
「わん!」
撫でて欲しそうに上目遣いで目をキラキラさせる。
お望み通り撫でてあげる。もふもふで俺も癒される。
⋯⋯しかし、だ。
俺の思ってたボール投げと違う。
取りに向かって口に咥えて持って来る⋯⋯俺がイメージしていたのはこれだ。
「玖音⋯⋯マメに先越された⋯⋯失態だな」
「ルミナの失態はボールを追い掛けた事だよ反省しなさい」
「⋯⋯はい」
「わふ」
マメが鼻で笑った。
《マメが勝ち誇った顔をしてやがる》
《策士! マメは策士だった!》
《あれ? いつの間に犬が増えた?》
《ルミナの方が実力的には上だろうに、扱いは雲泥の差でマメが上だな》
ボス部屋に到着したので、迷わず中に入る。
「マメ、どっちがボスを先に倒すか競走だ」
「わん!」
ボスはメタルカラーの細長い巨人だった。
高さ5メートルくらい。
左腕は銃のようになっており、右腕は剣のようになっている。
スタイリッシュな体型に背中にはジェットパックのような飛行装置がある。
足もスラッと細く僅かに浮いている。
目は金色に輝き、俺達を順に見ている。
なんだろうな。
なんだろう。
この、ゾワゾワ来る感覚は。
《SFチック》
《ロボットやん》
《前回のボスと全然違うやん》
《速そう》
《あ、なんか俺察した》
《これはあれだな。ボスさんは泣いて良い》
《ダメだ。久遠、そんなに目を輝かせるな》
《早まるな久遠!!》
「カッコイイ」
「「ッ!」」
俺が無意識にボスに対して抱いた感想を呟いた。
メカ⋯⋯まさかダンジョンボスにそんなのがいたとは。
アイツのドロップアイテムでロボット作れるのかな?
「マメ、競走は無しだ。全力で叩き潰す」
「わん!」
「⋯⋯え?」
刹那、ルミナとボスが加速する。
「ぶった斬る!」
ルミナは日本刀を取り出し、構えていた。
「臨界!」
機動力は高いようで、くるりと回避するボス。
「おぉ!」
素直に驚く俺。
数秒後には奥の壁はめちゃくちゃだろう。
回避した先にはマメの影が伸びている。
無数の触手のように伸びる影から逃げようと努力するが手数が多過ぎる。
影を減らそうと弾丸の雨を降らせるが意味は無い。
マメの影は丈夫な上に何重にも重なっており、簡単には破壊出来ない。
ルミナの攻撃を一撃でも回避しただけボスは凄い。
ルミナが冷静だったら一撃で終わっていただろうが、考えないようにしておく。
影に捕まったボス。
待っているのはルミナによるオーバー火力の一撃だった。
「臨界!」
防御不可能の斬撃により、ボスは倒れた。
そして⋯⋯ドロップアイテムも全て斬られた。
「はぁ。後で周回しよ」