エピローグ
「拓実さん、どうしたの?」
恋人の声にようやくその男から目を離した拓実は、不思議な感情に飲まれていた。
通りかかった男をひと目見た瞬間、愛おしさや懐かしさと共に苦しみが込み上げてきて、気付いたら男を追っていた目から涙がこぼれていた。
追いかけろ、と誰かの声がした。
やめろ、開放してやれ、と違う声がした。
全く会ったこともない男に対して、何故このような激しい感情を抱くのか身に覚えがない。
混乱した拓実はどうしたらいいのかわからず、もう一度男の方を見つめた。
男と話がしたい。
そう思ったとき、不安げな顔で恋人が覗いてきた。
付き合って長い彼女は、嬉しい時も辛い時も寄り添ってくれた。
仕事も上手く行っていて貯金も溜まったため、来年結婚しようと話し合っていた。
恋人の顔を見ていたら、見知らぬ男のことが気にならなくなった。
「ごめん、急に眼が痛くて」
そう誤魔化して恋人の手を握ると、拓実は男に背を向けた。
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急いで訪問先へ向かって歩いていた男は、背中に視線を感じて振り向いた。
視線の先では、恋人同士と見てとる男女の後ろ姿があった。
しばらく見つめていたが、やがて何事もなく歩みを再開した。