15ー魔女の末裔(上)
旦那様に言われた通り書類の片付けを終えて、俺はふと窓ごしに空を眺めた。
朝起きて、決められた仕事をこなし、夜眠る。
この5年間、単調な一日を繰り返している。
他人にはつまらない退屈な毎日に映るかもしれないが、俺は平穏な日常に感謝している。
9年前、生まれ育った国から離れ、隣のこの国へ逃げてきた。
あのままあの国に留まっていたら殺されていたかもしれない。
俺たちが魔女の末裔だったせいで。
二百年前、ある魔女が青年と恋に落ちて家族になった。
やがて男児が一人生まれたが、赤子の左手首には五芒星の痣があった。
魔女の左手首にも同じ痣があったため、それは赤子が魔女の力を持って生まれたという証となった。
非常に仲睦まじい魔女と青年であったが、男児以外、子供を授かることはなかった。
それ以降、生まれてくるのは何故か男児一人のみで、痣は受け継がれていった。
ところが、父が生まれたときは、珍しく二卵性双子で、二人とも痣があった。
祖母は難産のすえ亡くなった。
50年まえ、数年前から続いた不作がなかなか収まらず酷い飢饉に見舞われた。
飢えに耐えきれなかった人々の間で、飢饉は魔女の呪いという噂が流れた。
呪いを解くためには魔女の末裔を生贄にする必要があるという噂も同時に流れた。
生贄を!と叫ぶ人たちが屋敷に押しかけたとき、説得を試みた祖父が、説得に失敗して殺された。
その時、乾いた大地に1年ぶりの雨が降ってきた。
生贄を捧げたことで呪いが解けたと、祖父を殺した人たちは歓喜に溢れた。
しかし、おかしいのだ。
我が一族には、他人に呪いをかけてはいけないという掟があった。
呪いをかけるためには、それ相応の代償を支払わなければならない。
かける呪いに対してどの程度の代償を支払うのかも定かではない。
自分の命を捨てる覚悟がなければ呪うな。
俺が父から口酸っぱく言われた言葉である。
あれほどの飢饉になるような呪いをかけるとしたら、当人一人の首だけでは足りないはずだ。
屋敷には当時5歳だった父と叔父がいたが、待ち望んだ雨に満足したのか、無残に転がる祖父の亡骸を残して人々は帰っていった。