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攫うのは簡単だった。
睡眠導入剤の入った注射器の針を彼の柔らかい肌にさしたとき、ようやく俺のものにできるという喜びが体中駆け巡った。
安全な巣に連れ帰って真っ先に、ベッドに横たわる彼の顔からマスクを外した。綺麗だった。
艶やかな唇に吸い寄せられるように、己の唇を当てた。
気づけば抵抗のない彼を、渇望しすぎて蒸発寸前の熱い体が水を欲しがるが如く、貪るように求めていた。
腕の中に抱きしめたまましばらく幸福に浸っていたが、さらなる幸福のために用意した発情誘発剤を取りに寝室を出た。
悪夢の中の首は、見えない腕を伸ばして俺の首を締めつけてくる。
近づくにつれて締め付ける力も強くなるのだ。
首の主が誰であったかなんて、今の俺には関係ない。
ただただおのれを絶望の深淵に引きずり込む悪魔なのだ。
もう少しで悪魔の手から逃れる、開放されると、俺は舞い上がっていたかもしれない。
だから、油断した。
寝室に戻ろうとしたら、寝室で眠っているはずの彼がキッチンにいた。
彼の握っている物が、細く儚い彼の首に当たっていた。
料理など全くしない俺が彼のために用意した、りんごの皮をむくためのナイフだった。
「絶対に、おまえには、くれてやらない」
この一文を発した直後、彼はナイフで首に横一線を描いた。
赤い血しぶきを上げながら倒れる彼は、微笑んでいた。
やめろっ! やめてくれ。
抱きかかえた身体は重たく垂れて、間もなく息絶えた。
俺のほしかった幸福のひかりは、三日月で十分だった。
満月なんて、ましてや太陽を求めるなど、俺にはおこがましいこと。
三日月で満足してやろうと思っていたのに。
傲慢な俺が手にしたのは、一匹のホタルだった。
その光さえ消えてしまい永遠に灯ることはない。
俺に残された希望は彼を追いかける道のみ。
傍らに落ちていたナイフを己の首に力いっぱい突き刺した。