人が人足り得るには
この世界を聴き続けるのが、この方への「罰」なのだろうか。
「師父」
「わかっている」
昼は河賊を避けるため、舟を隠して森や廃墟で交代で寝ながら旅を続けている。
師父はうさぎの獣人であり、その目と耳は闇夜を射抜く。我らは昼間の温かい時間は寝て、夜動いて安徽を目指していた。
「・・・よし。」
「師父。きっと、村の方たちは喜んでますよ」
「・・・っ!」
この世界は荒れ果てている。公(朝廷)は腐敗し佞臣が蔓延り、賊が跋扈し、外国からの侵略もある。
回教や新しい神とやらの宣教師が南にある海とやらで我が国の民を奴隷にして連れ去っているとの噂もある。だが、帝は朝を改めず、酒に溺沈しているという。
「もう2日、早く着いていればっ!」
「師父」
村の「跡」。
あちこちにある切り裂かれて嬲られた臓物は犬に食われたのだろう。土は赤茶色に染まっている。
溢れた精液が肌に張り付いて凍りついたままの下半身が分かれた女性に、衣服も剥がされた民たち。
抵抗したのだろう、顔の判別のできないものや、あらぬ方向に捻じ曲げられたまま地面に落ちて凍りついている彫刻擬きもある。
「これが、人のやることか?」
うさぎの獣人である師父は、棒術の達人であり、私の知る限り、負けたことは数回しかない。そして、何より人を殺したことがなかった。
師父からしたら、ここまでやった奴らは「人」ではないだろう。我らは服すら剥がされた遺体を集め、穴を掘り、埋めた。61人、死体に幼児はいても、子供がいないのは売り飛ばすからだろう。
「悪いな、付き合わせた」
「何をおっしゃる。急ぐ旅でもありますまい。仏さんたちの最期のお世話も大切な禊ですよ」
丸一日かけて、人を集め、村の廟の庭に穴を掘って、そこに埋めた。全ての家まで壊しておらず、また金目にならない、重いものなどは置いたままだった。
「井戸もありますし、おかげでさっぱりしましたよ。」
「それは本当に助かった」
まだ畑から収穫されていない野菜や大豆、油壺、少々の薪と川にあった舟で状態が良さそうな少し大きな舟を二艘失敬する。
「近くに都市がありそうだな。」
「鄭まではまだかかりそうですな」
「そういや、お前は一度淮南まで川で行ったんだよな」
「ええ、だからこの村で補給させて貰おうと。いや、これてよかった。手向けができました」
それなりの野菜と味噌、吊るされていた凍り豆腐に少量とはいえ油壺。
さらに廟に隠されていた村のお金を預かる。
村の中には筆記具や本もあり、金に変換できるものは積めるだけ頂いた。
「俺たちがこれだと追い剥ぎだな」
「どのみち、雪が溶ければ追い剥ぎがこの村を荒らしておしまいです。」
念のため、村の中ではなく、近くの林で夜は過ごす。持ってきた毛皮に村から失敬した藁の布団はある。交代で互いの温かさで眠りについた。
「なんか、芋?」
「師父?ご飯足りませんでしたか?」
借りた布団には、干し芋が隠してあった。
朝、村に戻り慌てて布団をバラしたら、乾飯、押し麦などの携帯食料といくらかのお金を見つけた。
そして、村について3日目の夜。
「師父?」
「言葉が増えた」
廟に挨拶し、いざ舟に乗り込む、出発する直前。舟に片足置いた私の少し手前の地面で師父は立ち止まっていた。
「なんと?」
「ありがとう、だってさ。バカ。あんな殺され方したのに、俺たちに残ったもの全部あげるから、気にしないでいいってよ」
「清樹」
「バカ、バカ!なんで、なんで死ななきゃならねーんだ!真面目に生きることすら、どうして許されない!そんなにまで、人は人を踏み躙って、なぜ天は赦すのか!民は、人は、役人の、天のおもちゃだと!?」
「清樹、師父!」
「悔しくないのかよ!今まで頑張ったこと、理不尽に壊されて、命まで奪われて、もう何も、やり直しもできない!そいつら、のうのうとお前ら殺して奪って、弄んで、楽しんで今頃笑いながらお前らが作った飯を食べてんだぞ!くそが!!」
泣きながら、叫ぶ、誰よりも人である灰色うさぎを抱きしめながら、人という形だけで、なんら多少悪知恵の回るだけの獣でしかない、川に映った自分と目が合う。




