焼きマシュマロ
月明かりの下、その豪奢で古ぼけた1人掛けの椅子は、滑らかな曲線に光を反射させながら、主人を抱きしめていた。
彼が初めて作った椅子であり、この椅子に座って見るお気に入りの丘は、地面の浅い緑も、葉っぱの濃い緑も、陰で黒くなった茶色の幹も、全てが彼には、鮮やかに見える。
草の擦れる音すら、憚られるような静寂の中「ばさっ」と本を閉じる音が響いた。
今、この時。くすんだ赤い背張のクッションに抱かれた灰色うさぎは月を仰ぎ、小さく息を吐き出し、その膝に置いた雑誌は閉じられた。
豪奢な椅子に簡素な服。
木綿糸の無地な上着と、加工なしのジーンズに黒いスニーカー。
一切の装飾を剥ぎ落とし、だが、彼は彼自身を持って、その場に君臨していた。
その温かな茶色の瞳は、瞬きをしたあと、周囲を睥睨し、それを焼き付かせるように、彼はゆっくりと目を閉じた。
一陣の風が、その長い耳を揺らす。
彼は再び目を開け、月を仰ぐ。
月は、満月。まだ肌寒い月は、ピンク色の花が咲く丘を明るく照らし、そして、彼自身の瞳には、月しか映らなかった。
吸い込まれそうな月に向かって、柔らかい、人懐っこい笑顔を浮かべる彼は、とても満足そうに、本に手を載せ、その身を椅子に沈め、その美しい目を閉じた。
彼の手元にある本が、風に巻かれて草の上に落ちる。栞が挟まれていたページが、衝撃で開かれる。
「10分で出来る!簡単エモいキャンプ飯」
その色鮮やかなカラーページには、とても美味しそうなチキンカレーが記載されていた。
「あれ?シロさん、寝てます?ご飯炊けましたよ?」
「ん?あ、あ、ごめん。寝てた」
本を拾いながら、まだ少し、睡魔に誘われた笑顔のまま、彼は一回、鼻をひくつかせる。
「夜はまだ寒いので、毛布が必要でしたね。お待たせしてすいません。あ、チキンカレーありがとうございます。さあ!お待たせした飯盒炊爨はばっちりです!」
美味しそうな湯気を上げた白米は、ちょっぴりおこげがまざり、スパイシーだが、食べやすいチキンカレーに香ばしさを加えていた。
「「いただきます」!」
アルミ製のプレートに、たっぷりと注がれたカレーには、骨付きチキンの他に、にんじんやじゃがいもが大ぶりに入っている。
「キャンプ飯の定番だよな、カレー。俺もガキの頃に林間学校で作った」
「え?戦後すぐに林間学校があったと、新たな証言が!」
「ん。俺は行った」
「な!スルー!?私は東京ドイツ村に遠足で行った時が初めてでした」
「・・・スルーしにくいな。なんだよ、それ。まあ、で、どこにあんだよ?」
「千葉です」
カレーにサラダ、トマトスープ。
簡単な食事だったが、小さな焚き火はとても綺麗に食事を照らしている。
「このお皿にアイラップとか、洗い物なくていいですね」
「ん。震災直後は水がないからな。袋の底を、皿の載せる面にもってくるのがポイントだ」
「その知識活用場面は、ぶっちゃけ震災よりキャンプの方がいいです」
「まあな。こうしてたまには2人だけで外ご飯もいいな」
デザートのマシュマロを枝に刺して、火にくべる彼の茶色の瞳は、優しさに満ちていた。
「ほら」
差し出すその手には、温かいマシュマロ。
「ありがとうございます」
嬉しそうに彼女は枝に手を伸ばす。
明るい声が丘の上に響き、月明かりは優しく2人を照らしている。




