木蓮の雨
散りゆく季節外れの木蓮とモダンブリティッシュ。
濃紺のシャドーストライプスーツを纏い、ストレートチップを履き、オレンジ色のネクタイを締めている。
シロさんのおしゃれ度は止まるところを知りません。もう空を見上げるだけで絵になります。
「お父さん!」
「ああ、卒業おめでとう」
みんな、わかっています。
残りひと月生きるより、最期にこうして思い出が作りたいという依頼者に応えた以上、「今」が本当に最後の時間です。
治癒能力は非常に希少です。しかも「制約」も「制限」もなく誰にでも使える治癒能力者は貴重過ぎて、伝がなければ見つかりません。頼めませんし、頼むしても非常に高額です。本来なら。
今回の依頼、シロさんだけでは移動させたとしてもベッドごとであり、それでもということでシロさんは受けるか悩んでいました。
「他のうさぎがボリすぎる!」
シロさんは元々アメリカで開業している建築家であり、今は副業として輸送業をしている関係で価格面は良心的です。
能力的「制限」も他のうさぎさん達よりあるため、きちんと説明してご納得頂いたクライアントさんからしか受けませんし、今回のような依頼だと受けない場合もあります。
「ん。それで満足して生き甲斐を無くすやつもいる。自殺幇助はしない主義だ」
今回、偶々見えた書類に、先輩の能力と合わせたら、と思って相談していいかシロさんに確認しました。
「治癒能力は1回数千万とかざらなのに、有給休暇分の2万でいいとか、お前の先輩らしいな」
「一緒にしないでください。あの人は会社でも変人枠です」
私の先輩は能力を特に隠しておらず、お代は「気が向いたら」と言っていますが、大変涙脆いので、言えばOKだと思い言ってみたところ、ご家族や医療関係者までOKなら、と快諾されました。
「今回はありがとう」
「いえ、私何もしてないんで」
先輩曰く、あとひと月はない。前借りしたら明後日の朝、旅立ちの時。痛みが無いように眠るように亡くなるまでは頑張るとのことで、車椅子状態まで「前借り」し、シロさんの移動で負担を軽減しました。
「お父さん、ありがとう」
「俺こそ、ありがとう。俺の息子に生まれてくれてありがとう。本当にありがとう」
強い風に吹かれて、木蓮の花が散ってゆきます。
花は散りながら、すごく甘い香りを風に乗せて、空に舞い上がって行きました。




