間話 救いのない物語
『人が持つ心の中で一番美しいのは、許すという気持ちです』
『痛くもかゆくもありません、私は機械です』
「ぐすっ、ぐす」
ちょっとドン引きするぐらいに隣の灰色うさぎさん泣いています。感動し「誰が、ぐすっ、お前だって、泣いて、ずっ、泣いてるだろ」ぐすっ。ずびー。シロさん、ティッシュ、ずっ、こっちにもください。
3校合同の演劇は「エルリックコスモスの239時間」でした。学生演劇の中では古典に分類されますが、古典になるだけあって、涙なしには観れません。
「コスモス役の子、綺麗でしたね」
「ああ。みんなよかった。夢を持つことの大切さをいってんのに、それを教えてくれるエルリックコスモスだけが夢を持てずに、みんなと一緒にいたいって夢が叶わずに人の持つ悪い心の犠牲になるのが観ていて辛かった」
「コスモスさんに救いがないのが笑えないです。ロボットの人権について救済がほしいです」
幕が降りるときには、もうふたりともハンカチとティッシュが手放せない状態でした。
「うさ先生!」
おっと、役者の皆さんがやってきました。
慌てて涙を拭いて、襟を整える「シロ先生」は、涙を隠して、お目目をくしゅくしゅするだけでも絵になります。
「どうでしたか!?」
「よかった。すごく良かった。感動した」
「本当ですか!」
「ああ。俺、泣いちゃった。それぐらい良かった」
みなさん「うさ先生」が褒めてくれたことに喜んでいるのが伝わってきます。
コスモス役の子は感激して泣き出しています。シロさんに頭を撫でてもらって、さらに泣いています。今年卒業の引退公演、最初で最後の主演舞台だったそうです。ずっと裏方で初めての大役を射止めたそうです。
「中学で演劇を続けていこうか迷っていました。でも、今日この日を忘れないで頑張っていきたいです」
「別に道に迷ったっていいんだよ。それしかないって思うことはないんだ。いつからでも、何にでもなれる。好きなことを突き詰めてもいいし、いろんなことをしてもいい。だけどさ、今、俺は君たちの演劇を観て感動した。それだけは伝えたい」
柔らかく笑うシロさんに、これが最後の子たちが泣き出してしまいました。6年生のみなさん、卒業おめでとうございます。
「表に出る奴はもちろん大切だし、そいつの名前や価値で人が呼べるから必要とされるけどさ。だけど、舞台を作ってくれる奴らがいないと何もできないんだよ、そいつだって。ひとりひとりがやることやったから、すごかったんだと俺は思う」
裏方の子たちにも、きちんと声を掛けています。
そうなんです。我々バックヤードのお仕事だってないと自動車は作れないんです!先生たちもうなづいています。
演劇も終わり、図画工作の作品を見ていますが、こちらも力作揃いで小学生だからと侮れません。
「本当にすごいですね」
「ん。子どもとか関係なく、すごいって言えるお前は偉いな」
「な!?シロさんがうさ先生モードに!!」
「んなっ。ばっか!茶化すな!」
ふたりでつつきあったり、くすくす笑いながら、ゆっくり校舎をまわっています。ようやく、いつものシロさんが戻って来てくれました。
小さなオバケさんたちや大きな魔法使いさんたち。笑顔がいっぱいな空間。すっかり早くなった夕暮れが差し込む廊下は、橙色でとても温かくなっていました。




