# 47 ノーム様との時間
「ノーム様、サクラです」
祠の前でノーム様へ声を掛ける
《うむ。入って来るが良いぞ》
ノーム様の声と同時に私の身体は『緑の球体』に包まれそのまま祠の中へ吸い込まれた
「えっ? ええ〜っ?!私、祠の中に入っちゃったの?!」
軽くパニくるが祠の中への好奇心の方が強かった……
ここが……ノーム様のお住い……
見渡す限りの草原だった……遠くには林の様な森の様な沢山の木が見える
とても綺麗で暖かい……気持ちの落ち着く空間だ
《サクラはここをこんな風に思っておるのじゃのぉ〜》
ノーム様の優しい声に振り向くといつもの球体に包まれていないノーム様のお姿があった。
球体越しじゃないノーム様にお会いするのは初めてで何だか緊張する
豊かな髭を蓄えたダンディなお爺様……
そして仙人を彷彿する出で立ち……
球体の中のノーム様とは少しイメージが変わって、若かりし頃はかなりのイケメンだったのではないかと思われる素敵なお爺様だった
んっ? 私がここをこんな風に思ってるって言った? どう言う意味?
《ここは何も無い空間じゃ、サクラが思った通りの場所になるからのぉ〜サクラの作った空間と言って良いじゃろうて》
私が作ったって……あっ……何か今一瞬デジャブ? 前もそんな事を誰かに言われた様な……
《ふぉっふぉっふぉ……それはサクラがこの世界に来る直前の記憶じゃろうて。全てを思い出す事は不可能じゃから考えすぎん方が良いぞぉ》
「そうなんですか? ここに来る直前って事は……私をこの世界に転移? させた方にはお会いした……だけど記憶は残ってないって……って事なのですか?」
《うむ。そうじゃろうな》
そっか……思い出そうとしても思い出せないのね……
残念は残念だけど、諦めるしかないのか……なんかモヤモヤするけど仕方ないのか……
《寛ぐが良いぞぉ》
目の前にテーブルと背もたれ付きのベンチの様な物が現れる
ノーム様がテーブルを挟んで向かいに座られたタイミングで「失礼します」と私もベンチに腰を下ろす
見た目は木製なのにふんわりと程よく身体が沈むソファーだった
いやいやおかしいでしょ! 見た目は木なのに実はフカフカのソファーなんて!
《サクラよ、お主の中の葛藤を儂に話してみんかのぉ》
ノーム様に話しかけられて現実に戻ってくる
私の中の葛藤って……? もしかしてそれを聞いてくださる為に私をここへ?
「ノーム様……ありがとうございます」
私は意を決して話し始める
「ノーム様……私……温泉活用で大浴場を作るお手伝いをしています。温泉自体もこの世界にはないようですが、それ以前に『入浴』……『お風呂に入る』って文化が無い様なんです。お風呂は高級品で石鹸もびっくりする位高かったです。
……私……ここの石鹸より良い物を安く提供する事が出来ると思ってたんです。でも……」
己の浅はかさを再度実感して言葉に詰まる……
「最初は上手くいくと思います。でも……私はいつまでも色んな物を提供出来る訳では無い……それに代わる物をこの世界で作り出す事も出来るとは思えなくて……」
そう、石鹸も飲み物もここの目玉商品になれば良いと思ってた……
でもそれじゃぁダメ……
私が居なくなったらどうするの?
私の時間は永遠じゃない……いつかは寿命が尽きる
そんな当たり前の事を考えてなかった
「私は中途半端に無責任な事をしようとしていました。いつか尽きる自分の寿命の事も考えずに!
この世界にはない食べ物や飲み物をみんなに喜んで貰えて……私は調子に乗って取り返しのつかない事をしようとしていたんです……」
実行に移す前に気付いて良かった……なんて事も正直思えない……
私には用意出来る物があるのに……それを出せないなんて……
「私が居なくなる前に同じ様な物をここで作れる様になれば良いけど……それが作れるって……そんな保証はどこにもないんです……」
自分の無力さに気付いて打ちひしがれた……
「ノーム様! 私はどうしたら良いのでしょうか?」
《そうさのぉ〜まずは1人で抱え込まずに皆に相談する事かのぉ。サクラは『出来ん』と思っておるようじゃがそれは本当に不可能な事なのかのぉ》
「えっ?」
《この村の人間は優秀な者が多いとされておるのぉ。
サクラの知識と村の知恵者の知識……新たな物が生まれんとは言えんのじゃないかのぉ》
「……はい。そう……ですよね……私はこの世界には材料がないとか技術がないとか……そんな事ばかり考えていました……でも……この世界には魔法がありました! 材料だって私が知らないだけで色んな物が存在しているはずですよね!」
《ふぉっふぉっ……少しは元気が出た様じゃのぉ。
それにじゃサクラ、お主は1人ではなかろう?》
「うっ……シェリー……」
《お主はシェリーに心配を掛けたくないと思っておるのじゃろうが……あやつにそれが通用するかのぉ……
あやつは……待っておるのじゃと思うぞぉ》
「待ってる? それって……私が自分からシェリーに話す事を? 気付いてるの? 私が悩んでる事……それでも何も言わずに……待ってくれてる……」
《良い仲間を……家族を持ったのぉ》
「ノーム様、私……馬鹿でした。勝手にあれこれ決めつけて……自分の中だけで完結しようとしてました。
……シェリーに……謝らないと! ありがとうございます」
ノーム様に頭を下げて出て行こうとする私をノーム様が引き止める
《サクラよ、そう急くでない……》ノーム様の少し呆れた様な声にはっとする……
《シェリーは逃げんし儂の話も聞いてくれんかのぉ〜》
そう言ってにこやかに微笑まれるノーム様……
なんか……凄く癒される……ってか落ち着くノーム様の表情……
「ごめんなさい。私……本当に考え無しで……恥ずかしいです……」
《預かっておる物があるのじゃ……お主の悩みを解決する事になるやもしれんが……》そう言いながらノーム様は辛そうなお顔をされる……んっ?
緑の球体がノーム様の前へ出現する
球体のの中には丸い胡桃大の……果物? の様な物が入っている
球体がテーブルの上を移動して私の前に止まった
《これは『ユグドラシルの実』じゃ》
「ユグドラシル? ……って世界樹?!」
《知っておるのか。なら話は早いのぉ。
じゃがこの実は世界樹の実とはちと違う……神界のユグドラシルの実じゃ》
「シンカイ? シンカイって……神様の世界の神界ですか?」
《そうじゃ。神のみが扱う事の出来る……この世界には存在しないものじゃ》
存在しないって……そんな凄いものが何故ここに……
《使いの者……使者殿が来てのぉ。これをサクラへ……と言われたのじゃ》
「使い? 神界からの……って事ですか?」
《うむ。そうじゃ……》
神界……って事は神様が私にこれを……って事なの?
《サクラは世界樹の実をどんな物だと思っておるのかのぉ》
「……世界樹の実……どんな怪我や病気も治せる……失った手足や視力や聴力……あらゆるものが元通りで……寿命が延びる……とかですか? 寿命は伸びないけどエリクサーもそんな効力だった気もしますが……エリクサーは世界樹の葉から作られる……んだったかしら? 怪我はポーションで治るけど病気はエリクサーじゃなきゃ治らないから……とかだったかな?」
《うむ。大体そんな所じゃろうて。……サクラならエリクサーも作れるかのぉ。世界樹の葉を持って帰るが良いぞぉ》
「ありがとうございます……って、えっ?!世界樹があるのですか?」
《世界樹は儂がここで管理しておるからのぉ》
「……そう……なのですね……ここで……って事は世界樹の実とか葉とか簡単に手に入る物じゃ無いって事……」思わず考え込む
《話を続けたいが良いかのぉ〜》
「す、すみません!」恐縮至極……
《ユグドラシルの実は口にすると『不老不死』となる》
えっ? 不老不死?
言葉もならずノーム様を見つめる……
《そうじゃ、不老不死じゃ……受け取るが良い……使うかどうかはサクラが決める事じゃ……》
不老不死……この世界にずっと存在し続ける事が出来る……
でも……それは永遠の時間を生き続けなければならないって事で……
終わる事の無い命……時間……私に耐えられる?
ううん……首を振る……私は1人じゃない……
シェリーと天ちゃんが一緒に居てくれる……
「ノーム様、私はこの実を口にしたいと思っています。
……だけど……私の一存では決められません……
シェリーと天ちゃんに相談しても宜しいでしょうか?」
《そうじゃのぉ。今すぐ決める必要もなかろうて……
じゃが、お主の決めた事ならあの2人も同意するじゃろうのぉ》
「そうかもしれません……でも……2人が少しでも不安を感じる様でしたら私はこの実を口には出来ません……私たちは運命共同体の様なものですから」
《うむ……サクラがこの実を口にする決意が固まったら今一度ここに来るが良い……その時はシェリーと天も連れてな……》
「シェリーと天ちゃんも一緒にですか?」
《2人にも話した方が良かろうての……その時までユグドラシルの実は儂が預かるが良いな?》
「はい、よろしくお願いします」私は頭を下げた
――つづく――




