ポーカーフェイスじゃいられない
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先日に出くわした身体の表面の至るところに銃口をまとう「異形」はあたしのバディが――レン君が――相打ちだった。あたしはそれ以前にも真田君という男性に救われている。彼らを思うたび泣きそうになる。あたしのために死んだのだ。あたしが逃げるだけのほんの暇を稼いで。
いまのバディはジェイ君という。浅黒い肌が健康的で美しい。「飛鳥さんはほんとうにきれいです」と嬉しいことを言ってくれる後輩だ。言おうかどうか迷っている。「あたしは真田君と寝た」って。ジェイ君は妬くかな? どうなのかな?
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男は刃物でできているらしい。腕も肩も両肘も両膝も。あたしたちはそんな「異形」を殺《や》る組織にあるのにあまりに無力だ。男はあたりのニンゲンを自由自在に斬り刻む。とてもじゃないけど敵わない。それがわかっていてジェイ君は拳銃を握り締め突っかかった。
「やめて! もうあたしからなにも奪うな!!」
「逃げろ!」ジェイ君が叫んだ。「なんとかしますから!!」
なんとかなるわけがない。
強力な「異形」の前では、あたしらは役立たずだ。
「ジェイ君、やめて、お願いだから!」
「逃げろ!!」
表情がゆがむ。
逃げるな、あたし。
ジェイ君と終を共にするべきなんだ。
「逃げろ!!」
ジェイ君のもう一度の言葉の威力が勝った。
あたしはジェイ君に背を向け、駆け出した。
振り返ると、薄くスライスされたジェイ君が見えた。
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自宅のベッドで眠っていた。
連絡アリ。
管理官の女性から「具合はどう?」って。
ジェイ君のことを訊ねると、彼はやっぱりなます切りにされて死んだらしい。
あたしは顔を覆い――言葉なんて出てこなかった。
「生きなければならない。それがあなたの使命、役割」
「死にたいです」
「あなたが失ったバディは、そんなこと望んでいないはずよ」
「それがなにか?」
「退職の権利は認められているわ」
あたしは髪を掻き乱し、両手を見て、自分に残されたものに気づいた。
それはやっぱり、命という名の魂だ。
「仕事はします。プロですから」
「いいセリフ。あなたには期待している」
「あんたはかなりのくそったれだと思います、管理官」
「文句を言いたいなら偉くなりなさい」
電話が切れた、いつもどおり、向こうから。
朝っぱらから缶ビールをあおる。
あたしのバディは死んでばかりだ。
とてもじゃないけど、ポーカーフェイスじゃいられない。
シャワーを浴びる。
髪先からしたたる液体を目にし、また少し泣いた。