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8)御礼は意外と難しい1

 モニカに再会出来た。生きていた。貴族に雇われているモニカと、ケヴィンが一緒に暮らすには、頼ってばかりで申し訳ないが、アレキサンダー王太子や、ロバート・マクシミリアン公爵の権威を借りるしか無い。


 ケヴィンは、世話をかけることを申し訳なく思いながら、ロバートに再会を報告した。ロバートは、ケヴィンとモニカの再会を喜んでくれた。ローズも、喜んでくれて、会いたいから是非、屋敷に来てくれないかと言った。


 一緒に暮らすには、モニカを雇ってくれている貴族と、マクシミリアン公爵家との話し合いが必要なはずだ。ロバートは気にする必要はないと、言ってくれた。

「あなたの暴露のおかげで手に入れた、公爵という立場を少々使うというだけです」

淡々と告げられた言葉に、相手の貴族に少し申し訳なく思った。


 ライティーザ王国の貴族の間の交渉は、ケヴィンにはどうしようもない。ケヴィンは、ロバートに感謝するしか無かった。ロバートの役に立ちたいが、何が出来るのか、ケヴィン自身にも、まだわからなかった。リラツ王国の王族という限られた人物だけが知る、ケヴィンの過去が障害になっていた。


 ケヴィンは、出来ることから始めることにした。まだ御礼を言えていない、恩人に会いたいと、ロバートに申し出た。モニカとリズの絵を描いてくれたニコラスだ。


「知らない人を大変に怖がりますから」

ロバートとローズは賛同してくれなかった。ローズはともかく、背が高く、表情の少ないロバートのほうが、ケヴィンよりも遥かに威圧感が有るはずだ。ケヴィンは、納得できなかった。


 大人気ないとは思ったが、ケヴィンは、孤児院で子供達相手に愚痴をこぼした。

「だってさぁ。ニコラスが、のっ、えっと間違えた、さすがにマクシミリアン公爵様でも、ついていくなんて、誰も思ってなかったよ。ニコラスは大人だけど、ずっとここにいると、皆思ってたもの。でも、ついていくならマクシミリアン公爵様だよな。優しいもん」


 マーカスの言葉に、子供達は全員が頷いた。グレース孤児院は、子供のための施設だ。大人が居る場所ではない。だが、マーカス達孤児院の子供達は、ニコラスに関しては、例外だと思っていたらしい。


「どうしてニコラスは、大人なのに、ずっとここにいると皆思ってたんだ」

ケヴィンは、子供達に混じって、孤児院の畑の草むしりをしていた。


 モニカに再会し、ケヴィンが孤児院にくる必要はなくなった。だが、子供達に、リズの父ちゃん、明日も来てくれるよね。また来てくれるよねと、口々に言われ、再来を約束してしまった。


 子供達と約束してしまってからケヴィンは慌てた。ケヴィンの身柄は、ロバート・マクシミリアン公爵預かりとなっている。いつまでも恩人の邸宅で、居候をしているわけにもいかない。モニカと再会出来た今、働かねばならないと思っていた。そのために受けているのが、影としての訓練だ。このままでは、訓練が進まない。


 エリックに相談したら、ロバートに相談するようにと言われ、ロバートに打ち明けたら、笑って許してくれた。


 エリックにとっては当然のことだったらしい。

「あの方は子供好きですから。かなり以前、グレース孤児院での横領を調査していた頃、率先して孤児院に行っていましたからね。子供達が彼を覚えたほどです。『のっぽの兄ちゃん』と呼ばれて、よく遊んでやっていました。普段の彼とは別人のようで、驚きました。ソフィア様がお生まれになった頃も、よくソフィア様を抱いてあやしていました。サラに、あなたが揺り籠だと言われていた程です」

エリックの昔話に、ケヴィンもなんとなく納得した。


 マクシミリアン公爵邸は現在、そこかしこで人手が足りていない。警備に関しても同様だ。結果、最も安全なのが、ロバート・マクシミリアン公爵その人のいる場所という状況である。護衛よりも、腕の立つ公爵というのは、珍しい。


 赤子のユージーンは、一日の大半を、父親のいる執務室で過ごしている。ローズはロバートの仕事を手伝いながら、乳母と一緒にユージーンの面倒をみてやれるから、嬉しいと言っている。


 ケヴィンは、いくら可愛い息子でも、仕事の邪魔だろうと不思議に思っていた。ローズだけでなく、ロバート自身が無類の子供好きだというならば納得だ。


 ロバートは、ケヴィンに、グレース孤児院の警備という役目をくれた。希望者を他にも募り、回り持ちでグレース孤児院に行くことになった。担当するのは日中だが、孤児院に希望を伝えれば、宿泊することも出来る。孤児院出身の少年達が、大喜びで志願し、ケヴィンもその一人として、定期的にグレース孤児院に来ている。


 今日も、そんな一日だった。

「ニコラスはさぁ。怖がりで、お喋りしないんだ。部屋の隅っこが好きだよ」

「急に怖がるから、なにが怖いのか、よくわからなかったよな」

「大きな声で、時々怖いの。ニコラスが、急に『わぁぁぁ』って」

「怖いと、暴れるから、そんなときのニコラスは怖かった」


子供達の言うことが、ケヴィンにはさっぱりわからない。

「そうかぁ。よくわからないけど、教えてくれてありがとう。ジェフ、ダニエル、ジェマ、ミラ」

一人一人名前を呼んでやると、子供達が嬉しそうに笑う。


「マクシミリアン公爵様は、男の人だし、背が高いし、貴族だし、ニコラスが怖いことが全部揃ってたのに、一緒の馬車に乗ったからなぁ。俺、びっくりしたよ」


「怖がりのニコラスなのにね。マクシミリアン公爵様を怖がらなかったし、一緒にいっちゃったから。びっくりしたわ」


「俺も。俺さぁ、一回だけ、マクシミリアン公爵様と一緒に、ニコラスが帰って来たの見たよ。シスター長様が、ニコラスに、またここで暮らしてもいいですよって言ったのに、ニコラスが、自分で勝手に引き返して、マクシミリアン公爵様の馬車に乗ったんだ。それで、マクシミリアン公爵様、笑って馬車に乗って、二人一緒に帰ったんだ。俺見た」

マーカスは得意気だ。


「そうか。マーカスは、凄いのを見たなぁ。教えてくれてありがとう」

「うん」


「それにしても、ニコラスは、そんなに怖がりなのかい、リリア」

「とってもよ。とぉぉぉっても。ずっと前は怖がりじゃなかったって、兄さん姉さん達が言ってたけど」


「そうか。怖がりじゃなかった頃を知ってる兄さん姉さんは、俺も知ってる人かな。教えてくれると嬉しいな」

「リズの父ちゃんも知ってる人よ。リック兄さんよ。ローズ様もよ」

「そっか。じゃぁ、怖がりのニコラスも、知り合いのリックやローズ様がいるなら、怖くないから、マクシミリアン公爵様についていったんじゃないか」


「わかんない」

「そうだな。リリアはニコラスじゃないもんな」


 ケヴィンは草むしりの手を止めた。

「さぁ、今日の分の草むしりはこんなもんだろ」

「うん。ねぇ。芋掘りのときも来てね。リズの父ちゃん」

「おう、力仕事は任せておけ」

ケヴィンの言葉に、子供達が嬉しそうに笑う。


 ケヴィンは、モニカとリズの絵姿を描いてくれたニコラスに礼がいいたい。できれば、リズの絵をもう少し描いて欲しい。


「怖がりか」

部屋の隅が好きで、怖がりで、口がきけなくて、怖くなると叫ぶというニコラスが、どういう人物か、ケヴィンには、想像も出来なかった。


 ただ、それほどの怖がりの人物に、御礼ついでに、リズの絵を描いて欲しいと頼んでみようと思っていた自分が、ケヴィンは少し情けなくなった。


 御礼はしたい。ニコラスの御礼になにがいいか相談するならば、ニコラスを知る子供達だろう。


「ニコラスに御礼をしたかったらどうしたらいいと思う」

「御礼?」

「リズとモニカの絵を描いてくれたんだ。御礼がしたい。さっき、部屋の隅が好きって教えてくれたろう。でもな、部屋の隅は、贈り物にできないな」

ケヴィンの冗談に、子供達が笑い出す。


「お芋」

「お花」

「パン」

「馬に乗りたい」

口々に勝手なことを言う。


「お前ら、自分が欲しい物を言ってるだろう」

ケヴィンの言葉に、子供達は笑い出した。


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