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2)かつての自分と今の自分と2

 恩人であり、娘の友人の夫であるロバートの仕事は、ケヴィンが安易に手伝えるものではない。


 ケヴィンはライティーザ王国の内情を知らずに生きていきたい。リラツ王国では死んでおり、モニカとの事情もあるとはいえ、リラツ王国を治める長兄と、海軍を束ねる次兄は、ケヴィンの今を許してくれた大切な家族だ。


 レスター・リヴァルーの駒という役割を終えた後、ケヴィンの今後が問題になった。アレキサンダー達は、ケヴィンの希望を尋ねてくれた。


 恩義のあるアレキサンダーとロバートを裏切りたくはないし、兄達も大切にしたい。板挟みになりたくないと、ケヴィンは、文官は辞退した。偶然、何かを知ってしまうことを恐れたのだ。アレキサンダーもロバートも同じ見解だった。


 それらの事情を全て踏み倒してケヴィンをマクシミリアン公爵邸へ引きずり込んだエリックは、なかなかの男だった。

「領地経営の基礎くらいは知っておられるはずです」

有無を言わさず、ケヴィンをこき使ってくれた。


 処罰された貴族が治めていたという土地の管理は、あまりに杜撰だった。

「俺は、素晴らしい教育を受けていた。強くなるには、稽古の時間も手間も惜しむな。それと同じで、領地から、より多くを得ようと思えば、人も手間も物も金も惜しんではいけない。教師の言葉のとおりだ」

ケヴィンが感動を伝えたい相手は、ライティーザにはいない。


「わかりやすいです」

小姓のリックが、深々と頷いていた。リズと一緒に育った子供の一人が納得してくれたのが少し嬉しかった。

「そのとおりにするのが、難しいです」

正直なリックに、ケヴィンは笑ってしまった。


 人や手間や物や金をかけるには、決断が必要だ。結局はロバートの采配が必要だ。ケヴィンが精一杯頑張ってロバートの仕事量を減らしても、責任を減らす事はできなかった。窶れたままのロバートは、ケヴィンに礼を言ってくれた。ケヴィンは、自らの無力を痛感した。


 領地からやって来た領民たちが、ケヴィンは少々恨めしかった。彼らの生活がかかっていることはわかっている。だが、彼らの嘆願を聞いたロバートは、次々と仕事を増やしていくのだ。それが心配だった。前の領主の不始末を、ロバートが身を削ってまで片付けてやる必要などないとも思えた。領地の改革は長期の計画だ。焦ったところで解決が早くなるわけではない。


 領民達も、新しい領主ロバートの身を案じてくれたことに、ケヴィンは驚いた。

「せっかく俺たちの嘆願を聞いてくださる領主様になったのに、死んじまったら困ります」

「今までずっと、ほったらかされていたんです。一年くらい待ちますから」

生活に直結する嘆願を、領民たちが取り下げようとするとは思わなかった。


「領主様が死んじまわないように、これからも、お手伝いをお願いします」

「皆様方も、ご病気なさいませんように」

領民達の言葉に、ようやくケヴィンも自分が役に立っていることを実感できた。


 領民達に、死んだら困ると言われ、病人扱いされたロバートが、ようやく自分の痩せ具合が異様だと、理解してくれた。食事や、睡眠に気を配るようになり、ケヴィンとエリックは、胸を撫で下ろした。


 領民たちへの礼も兼ねて、ケヴィンは、仕事に全力を注いだ。領民たちから感謝されたケヴィンは、仕事に打ち込むロバートの気持ちが少しわかった。


 アレキサンダーが、ロバートの補佐のために遣わせたエリックは、かなりの逸材だ。

「ロバート兄様から、仕事を取り上げる事ができる、数少ない人物です」

ヴィクターの言うとおりだが、エリックの能力はそれだけではないと、ケヴィンは思う。エリックは、ロバートから取り上げた仕事を、ふさわしい人物に適切に割り振っていた。簡単なことではない。

 

「アレキサンダー様は、エリックさんに叙爵して南の領地を与えるご予定でした。エリックさんは、アレキサンダー様にお仕えしたいと辞退されました。ロバート兄様が、マクシミリアン公爵邸に移動される際に、アレキサンダー様は、エリックさんを補佐として連れて行ってはどうかと提案されたのです。エリックさんの希望でもありました。王太子宮に残るようにとエリックさんが、ロバート兄様とローズ姉様に言われてしまって」

よく喋るヴィクターに王太子宮の内情を聞かされたケヴィンは、アレキサンダーが、少々可哀想になった。


「エリックさんが、マクシミリアン公爵邸に残れるように、ケヴィン、あなたのご協力も、是非お願いします」


 ヴィクターの言うとおりだと思うが、勝手にお願いされてもケヴィンにはどうしようもない。

「俺もその方がいいとおもうが、俺の説得で、意見を変えるとは思えないが」

正直に言うしかなかった。


 ケヴィンは、今になって、乳兄弟のジュードに、申し訳なくなった。二度も祖国リラツ王国を出奔した第三王子ハミルトンは、ジュードに迷惑を掛けていた。自分の行動がジュードを振り回したという自覚がなかった。連れ戻されたことを、恨んでいただけだ。ジュードの妻、フローラと子供達にも申し訳なかったと思う。ケヴィンは自分のことしか、考えていなかった。


 謝ろうにも、遠く離れた地では難しい。ライティーザ王国の一連の騒動が終わり、ジュードはリラツ王国に帰っている。いずれジュードがライティーザ王国に来るだろうから、そのときには、きちんと詫びると決めている。


 表情が乏しく、冷たい印象のエリックだが、話してみると、なかなかおもしろい男だった。

「私も、マクシミリアン公爵と公爵夫人にお仕えしたいのです。ですが、お二人から、自分達が抜けた穴を埋めて欲しいとお願いされて、王太子宮に残りました」

エリックは淡々と語りながら、マクシミリアン公爵の補佐としての地位を固めていっている。アレキサンダーとエリックの企みは上手くいくだろう。


「マクシミリアン公爵は、あなたを信頼しているから、王太子殿下に仕えるようにとおっしゃったのでしょう。ですが私は、マクシミリアン公爵が信頼しておられるあなたが、公爵に仕えるのが良いと思います」

かつては当たり前だった口調で語る自分の声が、ケヴィンの耳には他人が話しているように聞こえてくる。


 恩人達の役に立ちたいが、このまま文官を続けたくはない。恩人達と兄達との板挟みにはなりたくない。すっかり慣れた市井の口調と別れることなど、できそうもない。


「そう仰ってくださると、心強いですね。あとは、公爵御自身をいかに説得するかです」

エリックの言葉に、小姓のリックが頷いた。二人は名前が似ているが、エリックは兄が伯爵で、リックは孤児だ。身分の差はあるが、マクシミリアン公爵夫妻への忠義が一致しているため、気が合うようだ。

「最難関が、マクシミリアン公爵御自身です」

リックの言葉に、三人は頷いた。


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