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藤小宮物語  作者: トウコ
最終章 結んだ縁と切れた糸(前編)
33/42

其ノ伍 オカルト研究部、再び

 文化部の部室が並ぶ特別棟二階に急いで向かうと、ちょうど一人の男子生徒が部室の戸締りをしているところだった。


「――あ、ちょっと! ストップ! 待ってくれ!」


 廊下の端から大声で呼び止められて怪訝そうに振り返ったのは、オカルト研究部部長の中里。梅雨の時期、虹の絵の騒動で関わって以来だ。


「お前は確か……小宮、だっけ?」


 中里には、虹の絵に関わる記憶がない。当然、僕に絵の修復を依頼したことを覚えているはずもない。膝に手を付いて息を切らす隣のクラスの生徒を、中里は奇妙そうに眺めた。


「……ええと、何か用か?」


「御免なさいね、中里くん。急に声を掛けたりして」


 遅れてやってきた桃花が、ちっとも事情を説明しない僕の隣に立ってすまなそうに言った。


「も、桃花さん……?」


 桃花の登場に驚いた中里は、声をひっくり返した。

 美術室ではお転婆を通り越して我儘大魔神の桃花だが、一歩外に出ると急に良いところのお嬢様然とする。彼女も藤とはまた違う意味で、校内での認知度が高いのだ。


「桃花さんが、こんなところに一体何の用で……?」


「帰り際に悪いんだけど、ちょっと部室を見せてもらえないかしら? 急ぎで調べたいことがあってね、その参考になりそうなものがここにあるのよ」


「オカ研に……?」


「ええ。だから少しの間、部室を貸して貰えないかしら」


「今からですか? もう最終下校の時間ですけど……」


 中里は何故か桃花に対しては敬語のまま、自身の腕時計の円盤を示した。

 まだ夏の名残を引きずる九月下旬。外は相変わらず明るいものの、とうに校門が閉まる時間を迎えていた。中里も部室を施錠してこれから帰宅するところだったに違いない。


「鍵はちゃんとあとで返しておくから。ね、お願い」


 上目遣いで懇願する桃花に、中里はますます困惑して僕を見た。


「……ていうか、そもそも何で小宮と桃花さんが一緒なんだ? どういう組み合わせ?」


「ああ、部活が同じなんだ」


「美術部よ。あたしは絵を描かないけどね」


「へえ……」


 興味深そうに僕らを見比べる中里。その反応の新鮮さに、僕は何だか複雑な気持ちがした。


「……とにかく、僕らすごい急いでいるんだ。何とかならないか」


「でもなあ、部員以外の人間を部室に残していくわけにはいかないんだよ。そう規定で決まってるから。それにもうこんな時間だぜ? 明日じゃ駄目なのか?」


「頼む。そこを何とか……」


「そう言われてもな」


 中里は簡単には首を縦に振らなかった。彼の真面目な性格と部長という立場が、掟を破ることを良しとはしないようだ。渋る中里をどう説得したものか僕が考えあぐねていると、ついに桃花が強硬手段に出た。


「――分かったわ。あたしたちだけ残るのが駄目なら、あなたも一緒に残ってちょうだい。それなら問題ないでしょう?」


「……え?」


「あたしたち、一刻を争うのよ。こうしている時間も惜しいの。それに、探している資料を見つけるにはきっとあなたの力が必要だわ」


「ちょ、桃花さん……?」


「悪いけど、今日は帰さないわよ」


「も、桃花さん……!」


 勘違いさせそうな台詞を吐きながら、桃花は中里を引っ張って大股で部室に入って行った。こういう時、桃花の行動力は非常に頼もしい。

 左手に走る痛みをなるべく意識の外に押しやりながら、僕もオカルト研究部に足を踏み入れた。




◇  ◇




「――怨念、ですか?」


 受話器の向こう側から聞こえたのは、確かにそんな単語だった。


『そう、怨念だ。さすがに君でもそれくらいは知っているだろう?』


「ええと……人が強く恨む思い、みたいなものですよね?」


『まあ、そんなところだ。知っての通り、僕には人ならざる存在が視える。人には視えない何か、人とは異なる何か――それらを総称してそう呼んでいるわけだけど、その実態が何なのか深く追究したことはない。目の前の存在一つ一つを分類する意味もないし、興味もないからね。僕にとって奴らを区別する指標はたった一つ、従わせられるかどうか、ということだ』


 葵は自ら書いた曲を媒介として、「人ならざるもの」と契約を結ぶ。僕がただ彼らに好き勝手絵を食べられるのとは違い、葵はその美しい旋律を命令の報酬として彼らに与えるのだ。


『その基準で言うと、怨念というのは僕も契約できないほど厄介だ。恨みや憎しみというのは、言い換えれば特定の相手に対する強い執着だからね。そんな執着を持った相手を契約だけで従わせるのは危険極まりない。だからそういう奴とはなるべく関わらないようにしているんだけど……残念ながら、そいつからはその厄介そうな匂いがプンプンするんだよね』


 葵をして厄介と言わしむるとは、あの男は相当手強い相手なのだろう。ますます藤救出の希望が遠くなったような気がして、気が重くなった。


『だけど、そいつの実体が本当に怨念だったとしたら、幾つか道は開ける。まず、怨念というのはさっき君が言った通り人の思念から生じるもの――つまりそいつの大元は、その昔実在した人物。ならば、必ずどこかに生きた証が残っているはずだ。それから、そいつの執着の矛先だけど――』


「あの男は、どんなに否定しても藤を自分の許嫁だと疑わないほどでした。それから――藤との結婚式を挙げることに、とてもこだわっていたように見えます」


 藤を抱えて消えた男の後姿が再び脳裏に浮かび、胸の奥が締め付けられた。

 あの男の藤に対する異常な執着ぶりを目の当たりにしていながら、藤をあの男の手に渡してしまった後悔が押し寄せてくる。


『確かにそいつは藤との婚姻を結ぶことに躍起になっている。そのために強引に藤を連れ去ったわけだからね。だけど僕が思うに、そいつが最も執着しているのは藤じゃない――小宮、君の方だ』


「え……僕、ですか?」


 想定外の展開に目をしばたたく僕に、葵はため息交じりに言った。


『そう、君。あのね、理解していないようだから教えてあげるけど、普通余程の事がない限り人は呪われたりしないものだよ。そいつの最大の目的は、君への復讐だ。藤との結婚式もそのための手段に過ぎない――というより、元々は藤を目的として現れた先に偶然君も居合わせたせいで目的が変わった――とも考えられる。話を聞く限り、そいつはその場に君がいることを想定していなかったようだからね』


 確かにあの男は僕の存在に気付いた時、心底驚いているようだった。藤の近くに僕がいることをあらかじめ知っていたのなら、もっと別の方法で僕を仕留めに来ていたはずだ。


「あの……どうして僕はそこまで恨まれているんでしょうか? 呪われるほど憎まれるような覚えはないんですけど……」


 そもそもあの男とは今日初めて会ったばかりだ。桔梗という名前にも、あの顔にも、全く心当たりはない。それなのに、何故。


『正確に言うと、そいつが恨んでいるのは君自身じゃない。多分そいつは、君の背後に恨んでいる相手を視ている。さっきも言ったけど、その男も元を辿れば人の子。そいつが怨念になってまで愛する相手も、憎む相手も、同じ時代に生きた人間だと考えるのが自然だろう。とすると、そいつの復讐の矛先は君の先祖――もしくは縁者の可能性が高い』


「僕の、先祖……?」


『単純に人違いとも考えられるけど、まあ、その可能性は限りなく低いだろうね。何せ奴らには、僕らには視えないものを感知する力がある。だからそいつも君に何らかの因縁を感じ取っているはずだ。つまり君は今、大昔の尻ぬぐいのために藤を奪われ、呪いによって命を蝕まれているわけだ――こんな後世まで恨まれ続けるとは、なるほど君のご先祖様は余程そいつの不興を買ったらしい』


 他人事のように葵は笑った。受話器越しに聞こえる乾いた笑い声が僕の心を掠めていく。

 葵の推測を整理しようにも、色々な情報が一気に脳内を駆け巡り収拾がつかない。僕は受話器を握ったまま立っているのがやっとだった。

 ひとしきり笑ったあと、葵は「――ところで、小宮」と調子を戻した。


『そっちは今何時だ? まだ、下校時間は過ぎてないだろうね?』


「下校時間、ですか……?」


 唐突な質問の意図を掴めないまま、僕は桃花に時間を確認する。ちょうど最終下校の時間に差し掛かったところだった。そう伝えると、葵は妙なことを言い出した。


『実はここまでの僕の推測にはね、根拠があるんだ』


「根拠……?」


『そう。君の話を聞きながら、数年前に読んだ本の内容をふと思い出したんだ。その本は地元に遺された様々な言い伝えを蒐集した本だったんだが、どうにもその内容と今の状況が酷似しているのが気になってね……確か、神通力を持った娘とその許嫁の男、それから……ああ、僕も曖昧にしか記憶していないから、君たちが今から見に行った方が手っ取り早いな』


「今からって、どこに……」


 葵は戸惑う僕を一蹴するように断言した。


『もちろん、この手の話が集まるところと言えば――オカルト研究部しかないだろう?』



◇  ◇




 そういう訳で訪れたオカルト研究部の部室は、想像以上にたくさんの資料で埋もれていた。

 部屋の中央に簡素な長机と椅子が数脚あるのみで、あとは壁一面に備え付けられた大きなスチール製の資料棚にこれでもかと書籍や書類が押し込まれている。棚の側面には、誰のものなのか、宇宙人と光る円盤が劇画調に描かれた古いポスターが貼られていた。


「――妖怪、学校の七不思議、未解決事件に錬金術か」


「凄いわね。こっちは未確認飛行物体に、魔女狩りよ」


 入り口すぐの壁際の棚に並べられた参考文献を、僕はガラス戸越しに眺めた。背表紙に刻まれた題名は様々だ。数百ページにも及びそうな分厚く重厚な装丁から、英字のペーパーバックまで、ありとあらゆるジャンルの書物が揃っている。


「へえ、思ったよりちゃんとしてるんだな」


「何だその言い方は。まさか俺らが怪しげな儀式ばかりしているとでも思ってたのか? そりゃ心外だな」


「あ、いや……」


 確かに虹の絵騒動の印象が強すぎて怪しげなイメージしかなかったが、率直に言うわけにもいかない。僕は言葉を濁した。


「昔あった『怪異研究倶楽部』や『伝承研究会』が統廃合した結果が今のオカ研だ。だから別に、オカルトばかり扱ってるわけじゃないさ。興味があれば何だって研究対象になる。まあ、そのせいで卒業生たちが残していった文献や資料の整理がつかないままこんな状態なんだが。梅雨前に一度大掃除したけど、あっという間に元通りだ」


 机の上に散乱していた紙束をどかして荷物を置きながら中里はぼやく。どうやら帰るのは諦めて僕らに付き合ってくれるようだ。


「それで、お前らが探しているその資料っていうのは何なんだ?」


「ああ、うん……あの、八坂の森について書かれた本、とかって……」


「八坂の森……?」


 中里が眉を顰める。

 葵が読んだというその本は、二年前、知り合いのオカルト研究部員にたまたま借りた物だという。葵はとにかく「八坂の森」の本だと言えば分かるとしか教えてくれなかったが、せめて題名だけでも聞いておけばよかったと今になって後悔した。


「ええと、確か、その……」


 葵は他に何か言っていなかっただろうかと記憶を探っていると、中里は「あー……もしかしてあれか」とひとり呟いた。


「地元の郷土愛好家が八坂の森の逸話を記録蒐集したっていう本か? 自費出版だから流通もしていなくて、現存するのはここにある本人から寄贈された一冊だけという」


 あまりにも具体的な解答に、今度は僕が眉を顰める番だった。


「多分、そうだと思うけど……もしかして君はここにある資料の全てを把握してるのか?」


 研究熱心な中里のことだ。あり得なくはない気がしたが、当の本人は噴き出しながら手を振った。


「まさか、違う違う。俺の兄貴が在籍中、紛失したと思われていたその幻の一冊を大掃除中に発掘したってはしゃいでいたから、記憶に残ってただけ」


「ああ、そうなんだ――って、ちょっと待って」


 思わず納得しかけて、今度は別の言葉に引っ掛かる。


「兄貴って……?」


「え? ああ、実は俺の兄貴も二年前までオカ研に所属してたんだ。残念ながら弟は入らなかったけどな」


 葵が言っていた、本を貸してくれたオカルト研究部員とは――もしかして中里の兄なのだろうか。いや、それよりも、だ。


「……ちなみに訊くんだけど、君のお兄さんってもしかして美大生か何か?」


「そうだけど……何だ? お前、兄貴と知り合いか?」


「いや、何でもない。気にしないでくれ……」


 架空の存在だと思っていた美大生の兄は、一応実在していたらしい。今更知ったところで何の意味もないが、何だか僕は脱力してしまった。




「――あったあった、多分これだな」


 いよいよ外が薄暗くなり、戸棚のガラスに冴えない自分の顔がぼんやりと浮かびあがる。

 幻の一冊を探すのは一苦労だった。

 最初は中里主導のもと、幾つか思い当たる棚を手分けして探したが、目当ての本はなかなか出ては来なかった。結局、室内の荷物を片っ端からひっくり返していく羽目になったのだ。

 あちこちで舞い上がった埃のせいか、薄っすら視界が白く霞んでいた。その上、締め切ったままの室内は汗ばむほど熱気が籠っている。

 僕は無意識にシャツの袖を捲り上げたが、ふと見下ろした左腕の様子にぎょっとして、慌てて袖をおろした。幸い、誰にも見られてはいなかったようだった。


「これで合ってるか?」


 目的の本は、部室の片隅に積み上げられていた、紙の束が詰まったみかん箱の中から発見された。表紙に積もった埃を払い落しながら差し出された本を、桃花が慎重に受け取る。


「随分と傷んでるわね……」


「年代物っていうのもあるけど、保存状態も悪かったからな」


 ずっと閉じてあったせいか、黄ばんで染みついた紙同士がくっついてしまっている。所々虫に食われた形跡もあった。光沢のない安っぽい表紙は、もとからそういう色だったのか、それとも色褪せてしまったのか判別がつかなかった。


「『八坂の森に纏わる伝承考』……著者の名前は聞いたことが無いわね」


「一応、うちの学校の卒業生らしいけどな」


 古めかしい文字で書かれた題名を読み上げたあと、桃花は慎重に二、三ページ捲った。少し抵抗しながら開いた見開きには目次があり、その次のページには序文が書かれていた。

 はじめに、から綴られた文章を僕らは息をするのも忘れて目で追った。







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