第5話 家族
翌朝。
「ササイ様、朝食と朝刊をお持ちしました」
「あ、ありがとうございます」
ホテルの朝食と言えばレストランの朝食バイキングでもいいのだが、さすがに毎日はいろいろヤバいという理由で朝食は軽めの料理を部屋に持ってきて貰うようになっていて、今日はフレンチトースト、ハムにサラダとスープだ。
専属のボーイさんが配膳車をテーブルの横につけテキパキと料理を配膳してくれ、去り際にチップを渡すのは忘れない。
俺は朝刊に気になる文字を見つけたので、先に手に取りバサッと広げると、円卓向かって左側に座っている水咲さんにクスクスと笑われる。
「なぁにっ?」
怪訝気味に目をしかめて聞くと。
「ごめんごめん、急におじさんっぽくて」
堪えきれない笑いを堪える彼女、まだ22歳です!失礼だ!
俺はぷいっと怒って見せ、相手にするのをやめて一面に目をやると。
『バルセル、ローレニアに降伏』
と、でかでかと書かれてあった。
その内容を少し読んでみると。
『戦線を拡大するローレニア、バルセル戦線の部隊は北上し西に向かっているという情報』
「終わったんだ・・・・・・」
ため息混じりに言うと。
「どうしたの?」
「?」
食べかけたハムを皿に戻して首を傾げる水咲さんに、フレンチトーストを頬張りモグモグしているジト目の啓。
「んーと、『昨日夕刻、バルセル共和国がローレニア民主王国に無条件降伏、バルセル政府は解体されローレニアに併合されると発表。旧バルセルはグレイニアとローレニアへ多額の戦後賠償を支払いへ』だって」
一つの国家を解体して併合とか容赦ないな、兄さん何がしたいんだろ。まあ、この戦争ばっかりは卑怯なバルセルのせいだ、多少の内戦は仕方ない。あの国には慈悲はないし今後にも興味はない。
「終わったんだ。レイくんたち元気かな?」
「久しぶりに会いたいですね」
俺の可愛い弟分、グレイニア解放空軍のエースパイロット、レイ・アスールとその彼女、もとい僚機の三人の女パイロット。チグサ、ルリさん、ナナリス、あいつらは元気だろうか、連絡も取ってないし今何をしているのかも分からない。
暇があったらたまにグレイニアのアルサーレ上空を少し飛んで基地に帰ったりはしているが、本当にアイツがそこにいるのかも分かってないし。
「今度行ってみるか」
「サプライズ?いいじゃん!」
「楽しみです」
エルゲートの端島みたいに行けない理由がある訳じゃない、グレイニアはローレニアの隣国だし元属国、行こうと思えばすぐに行けるだろう、行ける日を楽しみにしておこう。
にしてもローレニア軍が西に向かってるって?
ローレニアの西側には傀儡国家たるここミギナ第二王国と、同傀儡国家ヒーンジ第三王国。中立的立場のカナリ共和国、どちらかといえば敵対国家である超経済大国フロイト都市国家連合があり、フロイトについては最近は特にいざこざは起きていないはず。ローレニア真北に位置する帝国、いわゆる北方連合が動かない限りはフロイトも動かないだろう。
だとすれば南西に位置するのは、先日ローレニアが宣戦布告したトリークグラードへの援軍か?いやいやあの弱小国家、その気になればひと捻りだろう。後ろにガリアの存在があるから警戒してるのか?いや、ガリアはヒーンジが抑えてるはず、ということは。
「ウイジクランにも攻め込むのかな?」
残る敵対国家はウイジクランしかいない、バルセルも落ちたし挟撃も可能だ。しかし、ウイジクランの南側にはトルメキニスがありこの二国は同盟とはまでは行かないものの友好度は高い、しかもトルメキニスは軍事国家、下手すると戦闘はジリジリと長引いてしまうだろう。
「あの人ならやりそうだけど・・・・・・」
あの人って兄さんのことかな?水咲さんは食事を進める。確かにあの人ならやりそうだけど、なんでこんなに急激に戦線を拡大してるか訳が分からない。
「大陸を統一する気ですかね?」
啓が彼女らしい答えをあっさり出した。
そう言われてみるとそれしかない。
エルゲートを利用してまでクーデターを起こし王権を掌握して次々に戦線を拡大してる兄さん、ただデタラメにそんなことしてる訳ないだろうし、理由としてはもはやそれしかないだろうな。
「やりそうだ・・・・・・」
「でもなんで?」
頭に手をやり考える、なぜ統一する必要があるのか。
「聞いてみたらいいのに」
「聞けないって・・・・・・」
兄さん嫌いだし、じゃなくて、あの人基本的に自分の考えを他の人には話さない人だ。シール従姉さんもそれは分かっていて、気にはなるだろうけど聞いてないだろうし、誰も兄さんの考えは分からないし聞く気もない。
でも、昔言ってたな。
『平和のためならそれなりの武力も必要だ』って。
皆で仲良くワイワイ平和に、そんなことが出来ない事は俺でも分かっているが、だからと言って武力で武力を抑えるのもどうかととは思う。
それは表面上の平和だ。
だが、兄さんはそれをしようとしているのだろう。
「まあ、言う時が来たら言ってくれると思うよ?ローレニアにずっといる気もないけどさ」
重大な作戦があれば兄さんの方から言ってくれるでしょう、新聞をテーブルの隅に置いて朝食を取ろうとすると。
「え、ローレニアの次はどこか行くの?」
「もうしばらくはいるけど、考え中」
一応、一回亡命した身だしね、それに万が一生きてるのがバレたらそれはそれで面倒だし。
「私は剣くんと一緒ならどこへでも行きます」
相変わらず啓は肝が座ってるよ、地獄までついて行きますって言いそうだ。
「それは私もそうだけど・・・・・・」
水咲さんは何かあるのかな?気になって聞こうとすると。
「ちょっと!ローレニアにずっとはいないってどういうことよ!」
部屋の入口ドアがバーンッ!と勢いよく開いた、あれ?オートロックだよね?
足音デカくヅカヅカ入ってきたのは空色のロングヘアをなびかせ、ベージュのノースリーブシャツにタイトなジーンズを履いて、トンボのような目のデカいサングラスを頭に掛けた、従姉さんだ。
「来るの早くない?」
「シールさんっ!」
「・・・・・・」
来るのは予想はしてたし、そこまで驚かない。
が、従姉さんは俺の質問には答えず鋭い顔付きて俺の胸ぐらを掴んを引き上げる。
「また、ローレニアから出ていく気なの!?」
「ちょ、従姉さん食事中っ!」
なんて冗談では止まりそうもない。
「貴方がエルゲートに亡命した時、私が・・・・・・、私たちがどれだけ心配したか分かってるの?」
だんだん目を赤くしていく従姉さん。
「そりゃ、初めは信じられなかったわよ。亡命?どうやって?ってね、そんな素振りも全くなかったし。そしたら数年後にエルゲートにいるのが分かって、そしたら空軍?貴方頭おかしいんじゃないの!?」
掴まれた胸ぐらを思いっきり押し返され運良く俺はベッドに倒れ込む。
あまりの血相に水咲さんが「シールさん落ち着いて」と、止めに入ろうとするも。
「これは家族の問題よ。まだ、家族じゃない人は黙ってて」
と、絶妙な嫌味をいいつつ彼女を近寄らせない。
俺も変に口答えしない方がいいと判断、口をつむんで従姉さんの目を見る。
「別に貴方の人生なわけだから好きにすればいいとは私も思ってるわよ。だけどね、相談ぐらいしなさいよ。私も信用出来ないの!?」
「あ、いや・・・・・・」
心配かけないようにと思っていろいろやってたんだけどな、裏目だったみたいだ。
「ごめん、なさい・・・・・・」
こればっかりは普通に姉に叱られている弟、実に二人にみっともないところを見せてしまったが俺がやらかしたことだ、素直に謝る。
すると従姉さんは、俺の言葉に少しは満足してくれたのか鬼の顔をしていたのを少し緩ませてベッドに座っていた俺の横にゆっくりと座る。
「私はまだいいわ、ヒナの荒れ用は凄かったんだから・・・・・・」
まあ、幼なじみだったし俺に常に引っ付いてたしな。
「今度、謝っとく」
「そうしなさい」
少しの静寂が部屋に流れる。
「あのー・・・・・・」
すると水咲さんが再び従姉に話しかける、凄いなさっき怒鳴られてたのに。
「なにかしら?」
落ち着いたのか髪を耳にかけながらロイヤルスマイルで首を傾げる。
「今日は剣くんと二人で楽しんだらー・・・・・・」
「あら、いいのかしら?」
恐る恐る水咲さんが提案し、その答えを求めて従姉さんが、ん?と俺の顔を確認する。
「え?あ、水咲さんたちがいいなら・・・・・・」
俺が断ると殺されそうだし、結論は二人に任せる。
「せっかくなんで姉弟水入らずというのも、はい、止める権利は私には無いです」
「まだ、家族ではないので」
従姉さんの言葉を根に持っている二人、とくに啓とか今にも舌打ちしそうな引き攣ったヤバい顔をしている。
「あらそう?まあ、今日しかいないしお言葉に甘えようかしら?」
今日しかいないしという言葉を聞いて二人のテンションが上がる。
「なら尚更ですよ!」
「今日だけなのでしたら!」
こら、顔に出てるぞ!
まあ二人からすればずっと従姉さんにここにいられるより、スパッと一日遊んで帰ってもらった方が楽なのかな?
でも、遊ぶったって顔の知れた一国の王女だけど?今更だけど良くここまで何事もなく来れたよ。
「ふふふ、じゃぁ今日はツルキちゃんは貰うわね」
「どうぞ!」
「不本意で・・・・・・、はい」
んー、まあいっか。
そこら辺は従姉さんも抜かりはないだろう。
〇
姉さんはスカイブルーのロングヘアを後ろでポニーテールのようにまとめ上げ、まあちょびっとは変装してくれているんだけど、ちらっと見える普段見えないうなじがなんだかいやらしい。
っておいおい従姉さんだぞ、と首をブンブン振る。
「こうやって歩くのも久しぶりね」
「そうだね」
道行く人道行く人が従姉さんを見ては首を傾げてすれ違っていく、これはバレるのも時間の問題か?スカイブルーの髪の人とかなかなかいないもんね。それに遠巻きに黒スーツ黒サングラスの人も何人かいるし、従姉さんのSPかな?
「今更だけどなんで隻眼になっちゃったの?」
いろいろ考えていると急に話をふられる。あー、その話は詳しくはしてなかったなー、ちょっと色々あって!と誤魔化していた。心配かけたくなかったし、兄さんの前で被弾したとか言うと怒鳴られそうだし。
「これねー、バルセルと戦闘中に三番機の啓が孤立してさ」
「あの愛想のない子?」
「そそ、ってないことは無いよ!んで、狙われてるのを庇ったら気化弾頭ミサイル?が背面で爆発しちゃってさ!キャノピーの破片がちょうど刺さって・・・・・・いてっ!」
酷い言われようの啓を擁護しつつ、つんつんと眼帯を突いていると後頭部をパチンと叩かれる。
「従姉さん!響くから頭は辞めて!」
「あらごめんなさい、でもそんなに叫べたら大丈夫でしょう」
「ぐぬぬ・・・・・・」
つい癖で頭を叩かれると抵抗してしまうが、痛いところを突かれる、さすが従姉さん。
「ほんと、ツルギちゃんってお人好しよねぇ。自分が死んだら意味ないのよ?」
「まあ、そうだけどさ。好きな人には自分より生きて欲しいし」
俺の言葉に頭を抱え「はぁ」とため息を吐く従姉さん。
「いいわ、ツルギちゃんらしいし」
「でしょ?」
あえてニヒヒと、笑って見せると再び従姉さんはため息を吐く。
「でも、義眼とかつけないの?可愛い顔が台無しよ?」
「可愛いは余計っ!・・・・・・この眼帯カッコよくない?」
公然の場で変なことを言わないで欲しい、ちょっと恥ずかしくなって頬を赤らめてぷんぷんと否定し、特注の眼帯を見せびらかす。
「男の子ってやつは・・・・・・、どうしようもないわね」
完全に呆れている。
「だって男だし」
ちょっとぶっきらぼうに答えると。
「女の子みたいな顔つきしてよく言うわよ」
「うるさい!!」
突然コンプレックスに豪速球を投げてくるもんだ。水咲さんにも初対面の時は性別確認されたし、レイのエレメントのチグサにも確認されたなぁ、そんな女っぽいかな?俺からしたら失礼極まりないのだが。
「それで、今はどこに向かってるのかしら?」
「え?俺は従姉さんについて行ってるんだけど?」
「え?」
「へ?」
足を止めて従姉さんと目が合う。
あれ?俺的には従姉さんがどこか行きたいところがあると思って横を着いて歩いてたんだけど?
また大きくため息を吐く従姉さん、およよ??
「それでよく両手に花の状況になるわね、あの二人が可哀想だわ」
「なにさっ!!」
言いたいことがあるならハッキリ言ってもらいたい!
「はい、どこでもいいから連れてってちょうだい」
スっと手のひらを俺に差し出す従姉さん。ありゃ、今日は俺が連れて回らないといけないのか。まあ、色々迷惑かけたみたいだし、今日のところは頑張るかな。
「わかったよ・・・・・・」
そして彼女の柔らかそうな白い手を王子だった頃の記憶を呼び覚まし、丁重に取り繁華街と繰り出したのだった。
〇
後日。
「ねーねー、剣くん。これ大丈夫なのかな?」
「え?」
ホテルでゆっくりしているとホテルで借りたノートパソコンでネットサーフィンをしていた水咲さんが画面を指さす。
「どれ?」
ネットニュースかな?そこには血の気が引くような題名が書かれていた。
『ローレニア第三王女、リニカルで隻眼の青年?と密会か!?』
「ぶーーーっ!!」
えらいこっちゃ!!
バッチリ変装した従姉さんと、不機嫌そうな俺が手を繋いでいるところを激写されている!!
しかし、『青年?』のクエスチョンマークはいらないと思う、そこだけは納得いかない。が、そんなことも言ってられず。
「なんで手を繋いでいるんですか?」
俺の肩から顔を出した啓が、酷く冷たい声で聞いてきてゾワゾワっと寒気がする。
「いいじゃん、従姉なんだし!」
「答えになってません」
「いてててててっ!ご、ごめんって!」
さも当然と肯定しようとするも脇腹を思いっきり抓られ激痛が走る、もはや謝るしかない。
「あれ、接続出来なくなっちゃった」
「お、仕事が早い」
カチカチとページの更新ボタンを押すもページが存在しませんと表示される画面。さすが王家の暗部だ、仕事が早い。
だが多少なりこの記事は漏れている、どう対応するのかな?
「それで、なんで手を繋いでたのかな?」
ノートパソコンをパタッと閉じて冷めた目線を俺に向けてくる水咲さん、それに乗じて啓も彼女の隣に行ってジト目を向けてくる。
「だから、従姉だしぃ。手を差し出されたしぃ・・・・・・」
だんだん言い訳が苦しくなってくる。
つんつんと人差し指を合わせていると、水咲さんと啓が右手薬指にあるペアリングを見せつけてくる。
「もー!勘弁して!」
どうしろってんだ!と爆発すると二人はクスクスと笑っていた。