第3話 戦う以外の覚悟
わーわー言われながら何とか候補の水着を三つ選んだのはいいものの、俺には試着姿を見せてくれず、その中の一つを買い海に行くまでのお楽しみになってしまった。
俺の手にあるそれが入った紙袋も、綺麗に梱包されていて全く中を覗けない。
買い物を終えた二人は俺の前をマンゴージュースを片手にウキウキと歩く。まあ、いいか。
すると二人の足が止まった。
お?
道端にたまたまあったゴミ箱にちょうど飲み終わったジュースのカップを捨てると、水咲さんはある店に視線を送っている。
おお?
『ジュエリーショップ』
おおお?!
ついにこの時が来てしまったのか。
グレイニアにいた時、可愛い弟分だった正規軍パイロットのレイ・アスールが先輩の女パイロットに意外とプレイボーイみたいなことをして、それに感化された水咲さんと啓に指輪の催促をされているのであった。
いや、催促とか言ったらまた叩かれそうだ。結論を先延ばしにしている俺が悪いんだけどさ、選べないって!
気がつくと水咲さんが、すんごい可愛らしいうるうるした目で俺の方を見ている。
はいはい!入りますよ!
ここで逃げたらさすがに殺される、買うって約束しちゃってるし。
引っ張られながら中に入るとスーツを着た人が入口とディスプレイの向こう側に何人かいて、入口に居た女性の店員さんに丁寧な応対を受ける。
「いらっしゃいませ、本日は何をお探しですか?」
水咲さんに負けず劣らずの営業スマイル、すごく眩しく少し照れていると。
「いっ!!・・・・・・えっと、ぺ、ペアリングかな?指輪を探してて!」
何故が水咲さんに抓られて状況を説明する。
婚約指輪でもないし結婚指輪でもないもんね、ペアリングが妥当だろう、恐る恐る二人の顔色を伺うが特に不満は無さそうだ。
「はい、ペアリングでしたらこちらに。三名様分でしょうか?」
「はい!」
店員さん察しが良くて助かります!
どちらの方ですか、とか聞かれたら代わりに俺が殺されるところだった。さすがに疑問形だったけど大丈夫でしょう。
「こちらなどオススメですよ」
笑ってしまいそうなぐらい大きい宝石のついたド派手な指輪を1番にオススメされるが。
「仕事でもつけたいんで、もうちょっとシンプルなので」
さすがにゴテゴテしすぎると手袋もはめれないし、邪魔になっては元も子もない。ホント、シンプルなのでいいんです。
「でしたらこちらはどうでしょう?」
次にオススメされたのは至ってシンプル、プラチナ製のメビウスの輪のように捻りの入った指輪だ。なかなかにカッコイイ。
「おお、いいですね」
うんうん、と唸る。
他にも見た方がいいかな?でもフィーリングも大事そうだし。二人に聞いてみるか。
「どう?これもいいと思うけど?」
「剣くんが選んで!」
「剣くんが選んでくれるだけで嬉しいです」
なかなかに恥ずかしいことを言う二人、店員さんの方も恥ずかしくなったのか。「仲がよろしいんですね」
と微笑んでいる。
「じゃ、じゃあ、これで」
「わかりました、サイズを計りますね」
案外一瞬で決まってしまった、こういうのって何時間とか悩んだりするものなのでは?まあ、俺も長ったらしく悩んだりするタイプじゃないし、二人も俺に選んで欲しいって言ってたし大丈夫でしょう。
そして、三十分も経たないうちに俺たちは店を後にした。
俺の片手には水着の入った紙袋と、反対の手にペアリングの入った高級そうな紙袋をしっかりと握ってある。
「ねーねー、剣くん、早く指輪つけたーい」
水咲さんが人目も憚らず、これみよがしにその豊満な胸を俺の腕に押し付けてせがんでくる。
「私も早くつけたいです」
それに感化された啓も、ジト目を上目遣いにして眼差しを送ってくる訳でして。
街中でやめてくれ!恥ずかしい!
「さすがにこんなところで渡してもロマンチックとかそういうの無くない?」
いかにガサツな俺でもTPOはわきまえてるつもりだ。まだ、心の準備ができてないとかそういうのじゃないよ?
すると二人は俺の事をキョトンとした目で見ていた。
「なに?どしたの?」
「剣くんが、ロマンチックって・・・・・・」
「普通にはいどうぞって渡してくるものだと思ってました・・・・・・」
「失礼だろ!!いろいろと!!」
俺ってどんなイメージなのさ!まぁ、今まで散々はぐらかしてきたから、そう思われても仕方ないと言えば仕方ないけどさ!
「ねーねー!ロマンチックって何してくれるの!?」
それはそれで興奮してしまう水咲さん、目をきらきらさせて本当に可愛い。
「言ったら意味ないでしょ!」
「でもー」
「気になります」
「あんまり期待しないで!」
そして、俺の両腕に二人は抱きついたまま、俺たちは一旦ホテルに戻った。
●
その日の夜。
海には明日行こうということなり、今晩は少し早めの豪華ディナーを楽しんでいた。
その豪華ディナーはとてつもない豪華さで、専属のシェフがいてわざわざ部屋まで料理を持ってきてくれて、レストランで食べるそれとは訳が違っていた。持ってくるというか同じ階に厨房があるみたい。
そしてコース料理も大詰め、三人でデザートを楽しむ。
俺はチーズケーキに、水咲さんはプリンパフェ、啓はジェラート。
それぞれ半分ぐらい食べただろうか。
さてとさてと、いっちょやったりますか。
俺はついに覚悟を決める。
足元に置いてあった紙袋をテーブルの上に置き。
「水咲さん、啓」
「ん、なに?」
「はい?」
首を傾げていた水咲さんは全てを察して満面の笑みを浮かべ、啓は特に表情変えずジト目を俺に向ける。
やっべ、緊張する・・・・・・。
「えっと、その・・・・・・」
愛の告白とかそういうのじゃないのに血圧心拍数がどんどん上昇していく、自分の耳から鼓動が聞こえるぐらいだ。
落ち着きがなくなってきて左目の眼帯を触って気を紛らわそうとするも何も変わらない。
しかし、ソワソワする俺を、二人は急かすことなくじっと待ってくれている。
言うぞ!
「まず、水咲さん!」
「うん」
太陽のような笑みを僕に向けてくれる。
「あの時・・・・・・、赤翼に追われている時、水咲さんが助けてくれたから今の俺がある。それからいろいろ無茶して来たけど、何ひとつ文句も言わずに支えてくれて、着いてきてくれてありがとう、感謝してます」
「うん、どういたしまして!」
最後ぎこちなくなってしまったが指輪をケースから取り出し彼女の右手薬指に付けると、嬉しそうにそれを眺めている。
「啓」
「はい」
何一つ表情変えずに俺をじっと見つめる、逆に緊張するが言うぞ!
「ひよっこの時に比べると本当にエースになったよ。・・・・・・それから、心配ばかりかけさせてごめん、あんまり殴らないでくれると嬉しいかな」
「じゃあ、心配かけさせないでくれますか?」
「善処する・・・・・・」
「はい」
ごもっとも、申し訳ないっ、と思いつつ啓の右手薬指に指輪を付けると、ジト目は相変わらずそのままに口角を上げて喜んでくれているようだ。
「それだけ?」
「へ?」
唐突に水咲さんに突っ込まれ、なになにどういうこと?と頭をフル回転させる。
まだ言い足りてないことある?どうしようどうしようと額から冷や汗が垂れてくる。
アセアセしていても水咲さんは満面の笑みを俺に向けるだけで逆に怖いし、啓も分かってるのか分かってないのか表情ひとつ変えない。
あっ!!わかった!!
「えっと・・・・・・、二人とも、大好きだよ」
頭を掻きながらちょっと視線をずらしてそう言うと。
「久しぶりに言ってくれたね」
「待ってました」
そう言えばあんまり言ってなかったかな。
「なんだか照れくさくってね」
ハハハ、と笑っていると水咲さんと啓が顔を俺の頬に向かって近づけ。
チュッ。
頬にキスをしてくれた。
「私も大好きだよ」
「私の方が好きです」
改めて言われるとすんごい照れる、頬を赤くしていると。
「私の方が好きだよ!」
「私です」
「わたし!!」
「私です」
なんか言い合いが始まってない?
「ちょっとちょっと何で!?」
言い合いに割って入ると三人で顔を見合わせ、何故か俺たちは笑っていた。
●
翌昼。
「うみーー!!」
俺たちはホテル下にあるビーチに来ていた。
俺たち、と言っても今は海水パンツ姿の俺しかいない、いわゆる場所取りと言うやつか、水咲さん達は更衣室で着替えてから来るらしい。まあね、さすがに部屋で着替えてここまで来るのは距離あるしね、俺は上着着てたらどうにでもなるし。
しかし、一体いつまで焦らされるのか。
「とりあえずここでいいかな?」
パラソルを地面にぶっ刺しバサッと広げて、レジャーシートも砂浜に広げ、荷物をその上に載せる。
「端島で遊んだことないもんなぁ」
ここの天気は端島によく似ている、レジャーシートの上に座り暖かく湿った風を肌に受けて昔を思い出しつつボーッとする。
一人でエルゲートに亡命して、食いつなぐために空軍に入って、端島に来て二年ぐらい誰とも馴染めずひとりぼっち。それからカフェの店員のリュウと仲良くなって、水咲さんと出会って、啓と同じ隊になって。
いろいろ心配かけさせたなぁ、一瞬だけでも俺死んだことになってたもんなー。
派兵先のグレイニアで水咲さんと啓と再開した時、水咲さんもだけど特に啓が病的に痩せていて、それはそれは心苦しかったのを覚えている。
「こんなに苦労かけせてるのに、好きって言ってくれてありがたいよなぁ」
本当、大切にしないと。と自分に言い聞かせる。
「おまたせー!」
お、待ってました。声のした方を振り返ると水咲さんがいた。
すらっと背も高くグラビアアイドル顔負けの豊満ボディにダークブラウンを基調としたビキニ!俺が選んだのだけど、実に目のやり場に困る。
「どう?」
へへへ、と少し照れている水咲さん、めちゃ可愛い。
「うん、すごく似合ってるよ!」
「そう?ありがと!」
俺の言葉を聞いてとても嬉しそうだ。
「あれ?啓は?」
肝心の啓の姿が見えず、辺りをキョロキョロしていると。
「いるよ。ほら啓ちゃん、なんで隠れてるのよ」
水咲さんの影から出てきた、なんで隠れてるの。
水咲さん程大きくない胸と、少し小柄な体にはフリルのついた水色を基調とした水着を纏っていた。恥ずかしいのか体をくねくねと動かす度にヒラヒラと布が揺れてとても可愛らしい。
「おお、可愛いじゃん!」
結構賭けで買ったんだけど似合って良かった。
可愛いと言われて啓も。
「あ、ありがとう、ございます・・・・・・」
と、頬を真っ赤にしている。かわいい!!
「剣くんは、相変わらずだね」
俺の海水パンツを見て苦笑いする水咲さん。そりゃね、深青色の海水パンツなんて笑っちゃうよね。
「俺のイメージカラーだからね」
へへ、と笑って誤魔化した。
「さてさて」
水咲さんと啓が俺の両隣に座る。
どうしたのかな?遊ばないの?
「海って何して遊ぶの?」
唐突な水咲さんの言葉。
「え?」
困惑する俺に。
「海で遊んだことないです」
無表情で俺を見つめる啓。
「ええ?」
遊ぶってほら、砂のお城作ったりとか?は、子供過ぎるか。
んー、と悩んでいると思いついた。
「遊ぶよりも先にさ、日焼け止めとか塗った?」
二人の白くて艶やかな肌なんて紫外線は大敵だ、小麦色に焼けた肌も見てみたい様な気もするけど、あんまりイメージわかないしね。
「そのカバンの中に入ってるからまだだよ。あ、剣くん塗りたいの?」
「ちげーよ!!」
悪い嫌な笑顔をして両腕で胸を隠す水咲さん、俺はそんなマセガキじゃありません!と否定するも。
「いいよ、今更気にしないし」
「ほぇ?」
カバンから日焼け止めクリームを取り出すとそれを俺に投げ渡し、水咲さんはレジャーシートの上にうつ伏せになる。マジで!?
えっとー、と困惑しつつ啓の顔を見るも何故かふくれっ面をしている。
「私にも塗ってください」
「啓!?」
まさかのうつ伏せ待機する啓。ええい、こうなったらやるしかない!
蓋を開けて手のひらにクリームを広げていると。
「あ、でもぉ、手が滑った!とか無しね」
「滑りません!」
「殺します」
「やりません!!」
いちいち怖いんだから、なら二人でやってよ!とか言うとそれはそれで殴られるんだろうな。
(別にいいんだけど)
「ん?なんか言った?」
「ううん、何にも。早く塗って」
水咲さんが何かボソッと言ったような気がしたけど気のせいかな?まあいいや、それどころじゃないし。
「はーい、冷たいよー」
俺は緊張しながらも、二人の背中に安全に慎重に日焼け止めクリームを塗る任務を全うするのだった。