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3 そして誰もいなくなった Part 2 小州先生と幽霊

 お風呂場に入ると。そこには、旅館の従業員のおじさんと、保健の先生、小州先生がいた。

 小州先生は、ボディビル大会で優勝もしているマッチョボディの持ち主だ。顔まで筋肉の鎧で守られていて、見た目は、プロレスラーやヘビー級の格闘家みたいだ。

 だから、学外の人には、「ひっ、か、怪物……級にスポーツが得意な体育の先生ですか?」という感じで、いつも体育教師とまちがえられる。

 でも。


「大変ですぅ。見てくださぃ……」


 小州先生は、風呂場の窓枠についた小さな小さな血痕を指さし、震えている。

 小州先生は、いかついのは見た目だけで、とっても精細なハートの持ち主なのだ。

 しかも、保健室の先生なのに、血を見るのが苦手だから、生徒が切り傷や鼻血で保健室に行くと、小州先生は倒れちゃうのだ。

 あと、小州先生の筋肉は見た目だけで、運動はとっても苦手だ。


「ひょっとしたら、みんな、ここで、殺されて……キャーー!」


 悲鳴をあげる小州先生を、校長先生がなだめた。


「落ち着くのじゃ。小州先生。たしかに、お風呂場なら、流れ出た血を洗い流すことができるから、殺したり、死体を解体したりするには良い場所かもしれんが……」


「キャーー!」


 ショックで倒れかけた小州先生を、森先生が、必死にささえた。筋肉は重たいので小州先生は100キロ近くあって、細い森先生は、つぶされそうだ。


「校長先生、お願いだから、余計なことを言わないでください!」


 うるさい先生たちのことは放っておいて、ドイルは、窓の小さな小さな血痕を観察した。


「血は、窓枠に、ほんの少しだけ、ついていますね。でも、窓は、施錠されている。窓は、はじめから、この状態でしたか?」


「はい。校長先生に言われて、館内は、すべて、元のままの状態にしてあります」


 そう、旅館の人が言った。


「そうなんじゃ。ドイル君の意見を聞くため、すべて、朝の最初の状態のままにしてあるんじゃ」


 校長先生に「ありがとうございます」とお礼を言って、ドイルは、しゃがみこみ、風呂場の床を見た。


「カッターの刃が落ちています。どうやら、このカッターの刃でケガをした人がいたようです。その小さな血痕は、そのせいでしょう」


「も、申し訳ありません。なんで、こんなものが、ここにあるのか……」


 旅館の従業員の人が、頭を下げた。


「いえ。それより、小州先生、まずは、昨夜の話を聞かせてもらえますか?」


 風呂場から廊下に移動し、小州先生は、話し始めた。


「私は日付がかわるちょっと前に見回りに行ったんですけど。その時は、特に異常はなかったんです。今年は、みんな、妙におりこうで、12時には、ほとんどの子がちゃんとお布団に入っていたんです。でも、今思えば、お布団にもぐっていて顔を確認できない子がけっこういたから、全員そろっていたのか、よくわからないんです。ひょっとしたら、あの時、すでに何人かは……」


 小州先生は、そこで、ぐすっとべそをかいた。


「ちゃんと、全員無事でいるか、確認しておけば、よかった……」


 ドイルは、小州先生を落ち着かせるように言った。


「先生の責任ではありません。他に、何か気がついたことはありますか?」


「えっとぉ。起きて部屋の外を歩いていた子が二人いて。佐々木さんと岡本くんだったんですけど」


「ふむ。岡本くんは、消灯時間後に抜け出すような子じゃないから、ちょっと意外じゃな。まぁ、かわいい女子生徒と密会となれば、男子たるもの、そのくらいのことは……」


 やたらとものわかりの良い校長先生が、そう言ったところで、やたらと校内の恋バナにくわしい小州先生が力強く言った。


「でも、あのふたり、どちらも別の子が好きなはずなんです。岡本君は、ずっと牛田さんに片想いしているんです。まったく相手にされていなくて、牛以下の存在として見られていますけど。でも、だから、あの二人の組み合わせっていうのがふしぎで」


「わからんぞ。佐々木さんも魅力的な子じゃ。男子たるもの、目うつりすることもあるかもしれん」


「でも、ふたりのようすも、ちょっと変で。佐々木さんが、岡本くんを問いつめているような様子だったんです。たしか、「マジでありえないんですけど? そういうまちがい。手遅れになってたら、ごめんじゃすまされないっしょ」と言っていました。私が近づいたら、ふたりとも、あわてて部屋に帰っていきましたけど」


 校長先生は、うなった。


「うーむ。それは、青春ドロドロ劇の予感じゃな。調査する必要があるかもしれん」


 でも、ドイルは、きっぱりと言った。


「その必要はありませんよ。すでに……。それより、小州先生、他に、異常はありませんでしたか? そのふたりの他に、目撃した人は?」


 ドイルがたずねると、小州先生は少し震えながら、言った。


「実は、廊下をバタバタ走るような音とか、物が落ちる音とか、何かの気配みたいなのは、感じたんですけど。でも、のぞいて見た時には、誰もいなかったんです。だから、怖くなっちゃって。ほら、この旅館って……出るんです。前にも、見たことがあるんです。その、廊下に、白い服の、髪の長い……キャー!」


 小州先生は、自分で説明しながら、思い出して恐怖で叫んだ。

 森先生が、小州先生を落ち着かせようとして言った。


「落ち着いてください、小州先生。たしかに、いかにも幽霊が出そうな、うす暗い旅館ですが。きっと、この雰囲気で錯覚してしまっただけです。幽霊なんて本当には存在しませんよ」


「そうじゃよ。小州先生。いつも言っておるが、幽霊がいたって悪さをするわけじゃない。わしらは、いつもこの旅館に泊まっておるが、悪いことなんて、一度も起こってないんじゃからな。つまり、この旅館の幽霊は、お友達じゃよ」


「校長先生。悪いことなら、たった今、大いに起こっています。これ以上ないほど、悪いことが」


 森先生が冷静に、そう指摘した。

 そこで、旅館の従業員のおじさんが、おずおずと、口をはさんだ。


「あのー。実は、お客様には話すなと口止めされていたんですが……。当旅館には、たしかに、幽霊の話が……」


 旅館のおじさんは、話した。

 実は、この旅館には、女の幽霊が出るのだと。


 その昔、この旅館に、男の子を連れた女性が宿泊していた。ところが、ある日を境に、子どもの姿を見ることがなくなった。

 代わりに、女性が宿泊している部屋には、人形が置かれるようになり、女性は、その人形をまるで子どものようにかわいがっていた。

 そして、7日後。その部屋で、人形を抱いた女性の遺体が発見された。

 けれど、女性の子どもの行方は、わからないまま。

 そして、それ以来、この旅館には、何かを探してさまよう女性の幽霊が出るのだ。


 小州先生は、声も出ないほど、震えあがって、泡をふいて倒れそうになっている。

 校長先生は、驚いたようすで、言った。


「なんと。そんな話があったとはな」


「はい。なにせ、当旅館の周囲は、そういう話の多いところで。それに、この建物は古いもので。他にも、血染めの天井の伝説やら……」


 他の伝説についても話したそうな旅館のおじさんを、森先生が制止した。


「すみません。これ以上は、小州先生が危ないので。またの機会にお願いします」


 しばらくして小州先生が少し回復したところで、ドイルは言った。


「さっきの幽霊の話、実は生徒たちはみんな知っている話ですよ。それより、先生、昨夜の話の続きをお願いします」


「幽霊がたてる音がして……。それから、水の音もして、廊下が濡れていたような気もするんです。キャー! ほんとに、怖かったんですぅ。あぁ。きっと、あれが、その女の人の幽霊……。だから、怖いから、昨日は、大急ぎで見まわりを終わりにして、校長先生と森先生がいる部屋にもどったんですぅ」


 ドイルは、次に森先生の話を聞いた。森先生は、投げやりな調子で言った。


「僕は午前1時前後に、ゆっくり見まわりをおこなったんですが。その時も、特に異常には、気がつきませんでした。ただ、もう静かだったので、全員寝ていると思って、部屋の中までは見ませんでした。正直なところ、生徒達がなにをしていようと、校長先生に話せば、「青春じゃな」で無罪放免になるので、わざわざ確認していく必要もないかと思ってしまい……」


「うむ。責任はすべて、わしにある。森先生は悪くありません」


 こういうところに男気をみせる校長先生は、胸をたたいて、そう言った。

 ドイルは、たずねた。


「そして、先生方が異常に気がついたのが、朝、なんですね?」


「うむ。起床時間になっても誰も部屋から出てこないんで、ふしぎに思ったんじゃ。それで、わしと森先生で、起こしにいったら。そしたら、どこにも生徒はおらず、部屋には不気味な人形が置かれておったんじゃ」


「それに、部屋の1つは、血だらけで……」


 森先生がそう言うのを聞き、小州先生は、ついに、ふらりと気を失って、ドシーンと倒れ、その衝撃で窓がビリビリ割れそうになって、廊下の床は穴があきそうにきしんで揺れた。


「小州先生! しっかり!」


 5分くらい後。小州先生が落ち着いてから、ドイルは言った。


「なるほど、わかりました。では、みんなの部屋を確認していきましょう」


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