空飛ぶ窃盗犯
更に数組をガイドして、時刻は程良く正午過ぎ。晴れてシフトから解放された僕は、薔子さんに引かれてばら祭の会場へと繰り出した。
僕としては、自信満々な彼女の真意を早く知りたかったのだけど、寝坊のせいで朝食を摂れなかった身体がいよいよ空腹を主張し始めたので、急遽腹ごしらえの時間となった。
市で最大の祭りということもあり、お好み焼きからトルコアイスまで様々な屋台が軒を連ねている。迷ったあげく無難な焼きそばを選んだ僕に対し、薔子さんはタコ焼き、唐揚げ、フライドポテト、焼き鳥十本と馬鹿みたいな量を買い上げていた。
手頃なベンチに腰掛ける。並んで座るとカップルに見えるかな、などと自惚れた考えを抱いたのはここだけの秘密としよう。焼きそばを食べつつ、僕は焼き鳥にかぶり付く薔子さんをなんとなしに眺めた。幸せそうな顔。肉食系女子だ。
「うぅん! 祭で食らう肉はどうしてこうも美味いのだろうな、青年!」
「……結構、食べるんですね」
「腹が減っては戦は出来ぬ、と言うだろう。かくいう君は何だ。焼きそばだけだと? 本当に大学生か?」
「このくらいが一般的ですよ。薔子さんが多すぎるんです」
「否。カロリーは正義だ。よく食べ、よく動き、よく眠る。健康の基本だよ」
それだから、女性にしては体格がしっかりしているんだろうか? 舌鼓を打つ薔子さんを見ながら、ふとそんなことを考えた。背筋なんかスラッとして綺麗だし、腕にも筋肉が付いている。陸上部にいそうなアスリート体型だ。
「む、何だその目は。これは私の豚バラだ、青年にはやらんぞ!」
「へ? いやいりませんよ! 欲しければ自分で買いますって」
黙ってれば美人なんだけどな、と些か失礼な思いを抱きつつ、慌てて首を横に振る。またしても誤解が生まれてしまった。が、この場合は本心の方が色々と危ういので、誤解してくれて助かった。
食事が一区切り付いたタイミングで、僕は薔子さんに問い掛けた。
「で……そろそろ教えてくれませんか? キラキラ鉛筆がある場所、見当はついてるんですよね」
「うん。複数回に渡って捜索し、なおも発見すること能わず。タイムラグを考慮し、先ほど本部に改めて確認を取ったが、落とし物として届けられてもいなかった。となれば後は消去法だ」
ゆっくりと、薔子さんが瞬きをした。
「鉛筆は盗まれたのだよ。正面から、実に単純な手口によってね」
「盗まれた? でも薔子さん、それは無いって自分で否定してませんでした?」
曰く、わざわざ盗むほどの物ではない、と。言い方に棘こそあるけれど、筋は通っていたから僕も納得出来たのだ。加えて……。
「荷物は僕たちの見える範囲にありました。誰かが漁っていれば、気付きます」
「本当にそうだろうか? 人間という驕り高ぶった種族は、自らの価値観で世の中を捉えすぎだ。窃盗は人の特権ではない」
「つまり?」
「そこから先は言わなくとも分かるだろう」
「……僕と貴女の思考回路が違うことは分かったので、もったいぶらずに答えを教えてください」
降参と、ちょっぴりの皮肉も込めてそう返す。薔子さんが呆れたように息を吐いた。
「君は頭が悪いのか?? なくなった鉛筆はラメ入りだった。いるだろう、そういうキラキラしたのが好きそうな鳥が」
そこまでヒントをもらって、僕はハッとなった。そうだ。どうして気付けなかったんだ。接ぎ木について教えてもらってる時も、あの鳥は僕たちのすぐ近くにいたじゃないか。
「カラス!」
「その通り。カラスは知能が高い。だから光る物に興味を抱く。我が家の庭に来る個体は、あろうことか鳥除けのディスクがお気に入りのようでね。時々お裾分けをくれるんだが……それはともかくだ。キラキラした鉛筆が彼らの目に留まり、遊び道具とみなされ持ち去られた。有り得そうな話じゃないか?」
「なるほど……でも、ちょっと待ってください。それならなおのこと、見つけ出すなんて不可能ですよ」
「どうしてそう思うんだ?」
「盗んだカラスがどこに行ったかなんて、分かりっこないからです」
以前テレビで、蜂獲り師のドキュメンタリーを観たことがある。彼らは巣の場所を暴き出すため、捕まえた蜂に目印を付けて逃がすのだ。逆に言えば、そこまでしないと追跡は出来ないわけで。ましてや蜂より飛行能力の高いカラスともなれば、動向を追うなど、リアルタイムでも出来ると思えない。
そう伝えると、薔子さんはチッチッチと舌を鳴らした。
「分かるさ。何故なら今は、カラスの繁殖期だからね」
「それが関係あるんですか?」
「大ありだよ。繁殖期のカラスは縄張りから離れない。縄張りの広さは環境によりけりだが、巣を中心に百メートル程といったところかな。卵が孵り、雛が巣立つまで、彼らはその中で餌を取り、逞しく生きていく」
「てことは……ローズヒルからそう離れてなくて、カラスが巣を作りそうな場所。探す範囲がだいぶ絞られます!」
「正解だ」
少しは頭が回るじゃないか。そう言って薔子さんが目を細めた。賢い人に褒められると、何だか嬉しい。
「鉛筆が途中で捨てられた可能性も、否定は出来ないがね。ま、見つけてみせるさ」
昼食のゴミをゴミ箱に放り、薔子さんが立ち上がった。いよいよだ。僕も頬を叩いて気合いをいれる。
「行きましょう!」
「いや、まだだ」
薔子さんが財布を取り出した。
「その前にデザートを食べなくては」