容疑者3:一条隆俊
「一条隆俊と申します。職業は銀行員をやっとりますな」
最後の一人は、食虫植物室で出くわした例の短歌男だった。
「なにぶんこんな機会は初めてですから、どうかお手柔らかに頼みます」
「従順にしてくれれば時間は取らせませんよ。よろしくぅ」
警部がにこやかに応答する。一条さんは警部と握手を交わした後、僕たちの存在に気付いて「おや」と言った。
「そこなお二人には見覚えが。園長さんとその従兄弟でしたかな。ご機嫌麗しゅう」
「ど、どうも」
無視するわけにもいかないので、僕は小さく頷いておいた。温室での気まずい一件のせいで、この人には苦手意識がある。
「……キミらって従兄弟だったの?」
「違うに決まってるだろう」
「え?」
「おや?」
「いいからさっさと本題に入りたまえ。時間の無駄だ」
話をぶった切った薔子さんに、一条さんは何かを聞きたそうな様子で顔をしかめる。だけどそこで、珍しく空気を読んだ三千院警部が、一条さんに先んじて口を開いた。
「んじゃ、いくつか質問するから正直に答えてね。あなた何歳?」
「私ですか。まもなく三十四になりますな」
「ふーん。チョビ髭のせいか老けて見えるなぁ。見る感じあなたも一人客のようだけど、此処にはよく来るのかい」
「ええ。毎週、来させていただいておりますよ。木々の緑と美しい花々。小鳥の歌声、蝶たちの羽ばたき。調律された平穏。それはまさしくエデンの園……ここにいると、度々短歌の神様が降りてくるのです」
「神さん? 新興宗教的なやつ?」
「いえいえそんなものでは! 単なる比喩でございますな」
「へー、詩人だねぇ」
偉そうに足を組んで話す三千院警部に、恰幅よく笑う一条さん。このあたり、薔子さんよりも警部の方が緊張を解きほぐす話術に長けていそうだ。
「じゃあ次、店に入ってからのあなたの行動を、簡単に教えてくれるかい」
森永さんに訊いたのと同じことを警部が問う。一条さんは少し考えてから答えた。
「たしか、まず飲み物を取りに行きましたな。前菜としてサラダを食べ、そこらでふと尿意を催したため、トイレを使わせていただきました。その後はのんびり食事を楽しみましたな。恐縮ながら、私こう見えても一口が小さいもので、いつも食べるのに時間がかかるのです」
「そのようだな」
薔子さんが言った。
「カメラの映像を見る限り、あなたの入店は容疑者三人の中で最速だ。後に入って来た森永が、先ほど会計を済ませて出ていこうとしたのを鑑みるに、あなたのペースは比較的ゆっくりらしい。別に責めるつもりは無いよ」
入店の順番は一条さんが一番で、次に立川さんと佐藤さん、森永さんに続いて僕と薔子さん、最後に五日市さんといった具合だ。この情報が犯人特定に役立つのかは分からない。
「食事の途中に、何か気になることはなかったかな?」
「いえ、特には」
「倒れた女性と面識も?」
「皆無の極みでありますな」
首を横に振る。森永さんも言ってたように、他の客なんて食事中にわざわざ気にしたりしない。
さて。
ここまで一通り話を聞いてきたけど、有益そうな情報は得られなかった。頭脳明晰な薔子さんも、難しい顔で腕を組んでいる。
一条さんが「ところで」と声を上げた。
「佐藤さんはあの後どうなったのですかな? 救急車で運ばれていくのは見ましたが」
「病院で治療を受けてるよ。容体は安定してるらしいから、近く意識も戻るんじゃない?」
警部が返すと、一条さんは目を細くして呟いた。
「それは何よりですな」




