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茨薔子は不可能を可能にする   作者: どくだみ
第1株:福山ばら祭
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ばら公園散策ツアー

 僕たちに与えられた仕事は、遠方から来た人向けに企画された「ふくやまばら公園散策ツアー」のガイド役だった。茨さ……薔子さん曰く、ばら祭を広報に活用したい市の意向が働いているそうで、今年がツアーの第一年目だという。確かに去年は、こんな催しは無かった気がする。


「“ばらの町ふくやまの魅力をより多くの人に届けるため誠心誠意頑張ってください”、と委員長からのお達しがあったよ。私は私のペースでやるだけだが……メインの案内は私が担おう。青年は補佐を頼む」


 僕と薔子さんのような、ボランティアと正規委員のバディがいくつかあって、ツアーの希望者が現れ次第、適時案内を始めるといった具合だ。代金は取らない……となってはいるが。受付のテントにさりげなく置かれた募金箱を、僕は見逃さなかった。『集まったお金は公園の維持費に使われます!』という張り紙まで付いている。(したた)かだ。

 記念すべき第一陣の参加者は、小学生とおぼしき男女五人組だった。


「せんせーがね、福山のことについて調べてきなさいって宿題だしたの」

「それで、まーくんのパパが、ここに来ると凄い人がたくさん教えてくれるっていうから」

「ちーちゃんと、けーくんと、ゆきちゃんとアタシで聞きに来ました。よろしくおねがいします」

「「よろしくおねがいしまーす!」」


 想定された需要とは異なるけど、微笑ましい客に応対するこちらも自然と頬が綻ぶ。男の子が二人、女の子が三人だ。懐かしいな。僕がまだ小学生だった頃は、大学生のお兄さんお姉さんなんて、途方も無くオトナでカッコいい人たちに見えたっけ。今の僕は、彼らの目にどう映っているだろう。

 にしても、福山について調べなさい、か。僕はあまり、そういう課題に覚えが無いけど……。


「地域教育の一環だね。幼い頃から郷土愛を育むことで、都会に出たがる若者の心を繋ぎ止めようとしているのさ。最近のトレンドだよ」

「あの……薔子さん。言いたいことは分かるんですけど、身も蓋もなさすぎます」


 女性を名前で呼び慣れていない僕が、若干たどたどしくなりながらもツッコミを入れると、彼女は皮肉っぽく肩を竦めた。


「取り繕ってどうするんだい? 本音を出した方が気楽なのに」


 まあ、確かにそうかもしれないけど。本音だけだと争いになりがちだから、オブラートや社交辞令も必要じゃなかろうか。と、思ったけど口にはしなかった。僕はこういう人間なのだ。

 薔子さんがパチンと指を鳴らして、小学生に呼び掛けた。


「さて、福山について知りたいのだったね。ならば少年少女、私に付いてきなさい。バラのこと、この町のこと、色々とお話してあげよう」


 相手が子どもだからだろうか。男みたいな喋り方は健在でも、僕に見せた刺々しさはなりを潜めている。柔らかく微笑む整った横顔。近所の優しいお姉さんにしか見えない。……何歳なんだろうか? 僕よりは年上のようだけど。


「知っての通り、我らが福山はバラの町を自称している」


 緑町公園に向けて歩く中、薔子さんの講義が始まった。


「見たまえ。道を歩けば至る所にバラが植えられているし、福山市の花も同じくバラだ。優雅と気品を兼ね備えたこの花は、長きにわたって市民に愛され、親しまれてきたのだね。ばら祭も今年で五十五回目になる。……だが、そもそもどうして福山は、ここまでバラを推しているのだろう。小学生諸君、誰か分かるかい?」


 歩道沿いの花壇を掌で指し示しながら、薔子さんが問い掛ける。五人は顔を見合わせた後で、誰からともなくふるふると首を横に振った。


「全滅か。伊吹青年、君なら知っているな?」


 もちろんだ。初手で悪い印象を持たれてしまった分、汚名挽回といこう。


「空襲があったんですよね。荒廃した町に活気を取り戻し、人々の心に安らぎを与えるため花を植えた。それがバラだったんです」

「正解だ」


 よし! 僕はちょっとだけ良い気分になった。


「最低限の予習はしてきたらしいな。小学生諸君はまだ習っていないかもしれないが、広島県民ならば八月の平和学習で学ぶだろう」


 世界で初めて原爆を落とされた場所、それが広島だ。そのおかげか反戦教育には熱心で、毎年八月六日になると、夏休み真っ只中にもかかわらず『平和学習』という登校日が設けられる。

 県内ではそれが当たり前なのだが、他県ではやってない学校もあるらしい。「平和学習? 何それ」と岡山の友達に言われたときは、大層驚いたものだ。


「太平洋戦争。一九四五年八月八日に、米軍が福山を爆撃した。私たちが今いる、この緑町公園と同じ場所に、かつては陸軍の司令部があったんだよ。そこが狙われたんだ」


 唐突に、薔子さんが花壇の縁に跳び乗った。「危ないですよ!」という僕の忠告を無視して、彼女は滔々と語り続ける。


「戦後、この辺りに住んでいた人々は、復興の祈りをこめて千本のバラを植えたという。ささやかな取り組みが、やがて大きな市民運動となり、行政を巻き込んで発展したというわけだね。今では市の条例で『ばらの日』が作られるまでになっている。ユニークだろう?」


 貴女の方がユニークだ。そう心の中でツッコミを入れる。薔子さんは気付いた様子もなく、近くのバラに手を伸ばし、その花びらを綺麗な指先で愛しそうに撫でた。


「こうしていると、心の支えとしてバラを選んだ先人たちの気持ちが、わずかなりとも伝わってくるように思うよ。気高く、美しく、気品に満ちたこの色彩を見たまえ。素晴らしいとは思わないかい!」


 興奮した様子で両腕を掲げ、クルッと華麗にターンを決める。少しずつだけどこの人の事が分かってきた。薔子さんはきっと、超個性的なバラオタクだ。

 かくいう僕自身、バラに興味があるわけではない。けれど自分の好きなものについて、熱く語っている人を見るのは好きだ。楽しい気分がこっちにまで伝播してくる。

 良い笑顔だな。そんなことを思っていた時、唐突に服の裾を引かれた。

 目線を下げると、「まーくん」と呼ばれた少年が僕の隣にいて、手に持った物を僕に見せ付けてきた。鉛筆のようだ。


「みてみてー、キラキラー」

「うん? わあホントだ、キラキラだね」


 他の子たちはペンとノートを取り出して、薔子さんの話を必死に書き留めていたが、この子はどうやら飽きてしまったらしい。まーくんの持つ鉛筆は、全面にラメ色のコーティングが施されていて、安物とは違う特別なオーラを感じる。キラキラを愛するお年頃にとっては、自慢のし甲斐がある一品だろう。


「絵の大会でゆうしょうしてね、それで貰ったのー」

「そうなんだ。すごいねぇ」


 僕が褒めると、まーくんは嬉しそうに顔をくしゃっとさせた。無邪気な笑顔は実に可愛らしい。


「――――という風に。ここのバラは全て園芸品種だが、北半球には原種のバラも自生しているんだ。我々が見慣れたバラと違って、原種の多くは一重咲き。サクラのように花びらが五枚しかないんだよ。実物を見ても、すぐにはバラだと気付けないかもしれないね……さて」


 薔子さんの講義も、いつの間にか架橋に達していたようだ。心ゆくまで話して満足したのか、彼女は不意に手を叩くと、近くにある丘状の花壇、「ローズヒル」を指差した。


「聞いてばかりでは君たちも退屈だろう。しばらく時間を取るから、好きに見て回るといい。身近な場所と侮るなかれ。注意深く目を向ければ、意外な発見がある筈だよ」


 そんな流れでフリータイムに突入し、小学生たちは各々散らばって、好き勝手にバラを観察し始めた。

 せっかくだから初心に返ってみようと思い、僕もその場に腰をかがめる。目線を花の高さに合わせた僕は……そこで、不思議なことに気が付いた。

 バラの根元に、透明なビニールテープが巻き付けられていたのだ。何重にもグルグルに、しかも一株だけでなく、隣も、その隣も同じようにされている。雨風に晒されて朽ちかけだが、明らかに人の手で付けられた様相だ。

 悪戯だろうか? それとも何か他に意味が……?


「どうかしたかい、青年」


 唐突に、背後から声をかけられた。

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