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茨薔子は不可能を可能にする   作者: どくだみ
第1株:福山ばら祭
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彼女と出逢った日

 広島県、福山市。


 瀬戸内海の沿岸に位置する、県内第二位の地方都市が、僕の住む町だ。

 温暖な気候に美味しい魚介類。広々とした空に、新幹線の停まる駅。福山城や鞆の浦といった、まずまずの観光資源。東京ほどではないそこそこの賑わいと、東京ほどではないそこそこの発展度合いを併せ持ったバランスは、見方を変えれば中途半端さの裏返し。

 単純な規模では広島市に負け、全国的な知名度では尾道や呉に劣る。自然の豊かさを競えば、庄原や神石高原町に一歩及ばない。そんな永遠の二番手こと福山の、数少ないアイデンティティが、バラの花だ。

 市民を洗脳するかのごとく、福山市は猛烈にバラを推す。街全体いたるところにバラの花が植えられ、バラをモチーフにしたゆるキャラがそこら中に出没する。福山駅の電車接近メロディーは加藤登紀子の『百万本のバラ』だし、市で最大のお祭りは、五月中旬に緑町ばら公園で開かれる『福山ばら祭』だ。

 一から十までバラづくし。福山とはそういう町なのである。


 今日は、そのばら祭当日。

 これまでは客として祭りを楽しんでいたけど、大学の講義で『何でもいいからボランティアをしてレポートに纏めること』という課題が出た都合上、今年は運営側での参加だ。

 会場となっている『ばら公園』に向けて、僕は全力で自転車を漕いでいた。

 滲み出る汗が風圧に流され、首筋を垂れて肩へと落ちる。現状は非常によろしくない。


「やっばいなこれ……間に合わないぞ」


 何を隠そう、寝坊したのである。

 目覚まし時計はセットしたのだが、電池が切れていたせいで鳴らなかった。ボランティアのシフトが朝からなので、この失態は致命傷に近い。

 事前説明会での不穏な言葉が、僕の焦りに拍車をかけていた。


『当日は、ボランティアの人と正規の委員さんで、バディを組んで動くことになります』

『君の相方は……ああ、(いばら)さんか。なるほどね、ううん』

『あまり大声では話せないけど……あの人、結構“クセの強い”性格してるんだよね。変人というか、容赦が無いっていうか? 京大卒でイギリスにも留学してたって話だから、頭はメチャクチャ切れるんだけどねぇ』

『相手するの大変だと思うけど、まあ頑張ってよ! たかが数時間だからさ』


 苦笑いでそんなこと言われたら、否が応でも緊張してしまう。ハッキリ明言はされなかったが、怖い人なんだろうか。何にせよ急ぐしかない。

 芦田川にかかる神島橋を越えれば、そこから先は福山市の中心部。いつもより混雑した国道二号線沿いを、事故らないギリギリの速度で飛ばし。福山駅の南側、郵便局前の交差点を右折。路地に入ってしばらく進み、ようやく目的地に辿り着いた。

 駐輪場に自転車を停め、籠からリュックを取り出して背負う。時計を確認する間も惜しみ、運営テントのある屋内競技場前へと急ぐ。

 息を切らして駆け込んだ僕を、出迎えたのは一人の女性だった。


「――君が東雲(しののめ) 伊吹(いぶき)だな?」


 凜々しい声に鼓膜を揺らされ、そこで思わず息を呑む。

 僕の名前を呼んだ『彼女』は、スラリとしなやかで背が高かった。

 年齢は二十台後半だろうか。女性にしてはしっかりとした体つきで、半袖のカットソーとデニムのジーンズが、長身の彼女によく似合っている。細められた瞳は知的に輝き、天から降り注ぐ朝の光が、透き通るような白い肌を(つや)めかしく彩っていた。

 背中までかかったポニーテールが、暖かな風に流されて揺れる。

 しかし何よりも目を引いたのは、日本人にしては珍しい、青みがかかった彼女の瞳だった。

 カッコいい。無条件にそんな思いを抱く。バラをかたどった胸元の名札には「(いばら) 薔子(しょうこ)」と書いてあった。

 もしかして、この人が僕の相方なのか? てっきり偏屈なおじさんだとばかり……。


「何をボサッとしている。君が東雲伊吹だな、と訊いたんだ」


 聞こえなかったのか? 茨さんが顔をしかめる。我に返った僕は慌てて頭を下げた。


「は、はい! 東雲(しののめ)です、今日はよろしくお願いします!」

「遅い」

「へ?」

「集合時間を十分も過ぎているぞ。遅れるなら早めに連絡したまえ。時間は無限ではないんだ」


 グサリ。いきなりの正論が心に刺さる。たかが十分、とはいえされど十分だ。遅刻した事実は変わらない。


「すみません。その……恥ずかしいんですけど、今朝寝坊をしてしまって」

「理由は聞いてない」


 せめて事情を説明しようとしたが、ものの見事に一蹴されてしまった。


「遅れそうなら報せろと言っているんだ。時間設定には余裕を持たせているから、多少の遅刻はしてくれて構わない。だが予定を無断で狂わされるのは、不愉快だ」

「う……はい」

「分かったら早く準備をしたまえ。君の名札とバインダーは、既に私が確保している。ほら」


 差し出されたアイテムを受け取る。バインダーは、メモ兼パンフレットを挟む用。名札は事前説明会のときに準備したやつ。『福山ばら祭スタッフ 東雲伊吹』と書いてある。

 これを首からかけているだけで、普段とは違う気分になるから、僕って単純だ。


「準備万端です」

「君はリュックを背負ったまま働くのか?」

「あ……」


 働くわけない。もう、何してんだ僕。焦りと緊張でグチャグチャだ。


「まったく……君の振る舞いはまるでオダマキだな」

「オダマキですか?」


 呆れた様子で溜息を吐いた茨さんに、意味が分からず僕は問い返す。すると彼女は人差し指を顔の横に立て、それから僕を指差した。


「花言葉。道化にちなんで“愚か”という意味だよ。恐縮しているのは分かるが、少し落ち着いたらどうだ」


 ぐっ。今のは効いたぞ。まあ言ってることは間違ってないんだけど……茨さんって人は、なかなかにキツい性格をしてるらしい。もう少しオブラートに包んだりしないのだろうか。もちろん原因は僕なんだけど、初対面の相手に普通ここまで言うか……?

 説明会で聞かされた言葉が、ふと脳内に浮かぶ。クセの強い人。変人。容赦が無い。僕だって覚悟はしてたけど、これは想定以上かもしれない。二十年生きてきて、自分を植物に喩えられたのは(しかも悪い意味で!)、今日が初めてだ。


「荷物をテントに置いて来るといい。貴重品は肌身離さず、な」

「分かりました、茨さん」

「薔子でいい。急げ」


 刺すようなトーンで命じられ、僕は駆け足でテントに向かう。早くもお腹がキリキリと痛み始めていた。

 ああ、これは……大変な一日になりそうだ。

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