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クラウド·ウェンザードの場合


はじまりは唐突に。



目の前に座って紅茶を飲んでいた婚約者から発せられた言葉だった。



「私、クラウド様のこと好きかもしれません」



その言葉を聞いた瞬間、時間が止まった気がした。












「は……?何だそれは…?」





週一回の義務のようになった、あまり仲の良くない婚約者との茶会。

対面に座ってはいたものの特に話すこともなく、部屋に戻ったら片付ける書類のことを考えながらぼんやりと庭を眺めていたクラウドは、その思考を中断して脈絡もなく謎の言葉を発した婚約者に目を向けた。

理解できなくてつい思ったことをそのまま聞き返すと、相手は考え込むように覗いていたティーカップの水面から視線を外して、澄んだ青い目をクラウドに向ける。


「……何て、言ったらいいでしょうか……」


いつも自信満々な物言いをする相手にしては珍しく言い淀む姿に酷く調子が狂う。



レイン・ドロップは幼い頃からの婚約者だった。



お互いに仲の良かった祖父同士が決めた、所謂政略結婚というやつで。


三番目とはいえ、王子であるクラウドは国のために有益な婚姻を結ばなければならないのは分かっていた。それは伯爵家の娘である目の前の相手も同じだろうとも。だから例え愛のない政略結婚でも享受するしかないのだと頭では分かっているが。


クラウドは昔からこの婚約者が嫌いだった。というか気に食わない。


自分とは違い、マナーも教育も早い段階で教師達のお墨付きを貰ってしまうくらいには優秀だった己の婚約者。

幼い頃からいつもクラウドの一歩先を行き、分からないところがあれば「ここはこうするのですよ」とか余計なお節介をしてくるところとか、反発すれば「王族ならばこれくらいのことできて当然ですわ」とか鼻につく言い方をしてきたりだとか。昔、せめてもの仕返しに蜘蛛のおもちゃを投げつけてやったことがあったが、逆に逆鱗に触れ泣くまで説教されたこともある。思い出しただけでムカムカする。

だから今この年になっても、クラウドは自分の神経を逆撫でするようなことばっかり地で行く婚約者が嫌いなままだ。


昔母親が「自分の表情は相手の表情を写す鏡だと思いなさい」と言っていた。

自分がレインを気に食わないように、きっとレインも自分のこと気に食わないんだろうと、そう思っていた。

だから相手の言うことに反発して、最後は口喧嘩になって、お互いに絶対に解り合える日が来ることなんてないって思ってた。


なのにレインは今なんて言った。


「…何か、気付いたらお慕いしていたというか…」


政略結婚の相手以前に幼馴染みではあるから、最低限の親愛の情くらいはあるだろう。

いけ好かないが、将来の伴侶として相手を尊重しなければならないのはクラウドも解っている。

でも今、目の前で相手が辿々しく紡ぐ言葉が意味するところは、それとはどこか違っているような気がして。


「どういう意味だ、分からん」


はっきりしない苛立ちも相まって口調がキツくなる。

怒られたことにムッと顔を顰めたレインが俯いて呟く。


「多分…恋愛的な…意味で、だと思います」

「は…?……はぁ!?」


信じられなくて思わず大きな声が出てしまい慌てて口を噤む。動揺で震えた手が手をつけていなかったテーブルの上のカップの水面を揺らした。

各々の従者も侍女も少し離れた場所で控えている姿は見える。こんなことレインだって聞かれたくないだろう。


ティーカップを両手で持ちながら、此方に視線を向けたレインが、クラウドの目をじっと覗き込んでくる。

レイン自身が自分の言ったことを確かめるように、不安そうな青い目で見つめてくる。その目に宿る僅かな熱にクラウドはごくりと唾を飲み込んだ。

断じてドキドキした訳ではない。空色の髪に海色の瞳を持つレインは社交界では至高の青などと呼ばれていて、黙っていれば可愛らしい見た目と言えなくもないが、クラウドから言わせればただの口煩い目の上のたんこぶである。

しかしレインの様子を見ていても冗談やからかいで言っている訳じゃなさそうに思える。

レインがいきなり何でそんなこと思ったのかは全く理解出来ないが、ずっと嫌われていると思っていた分、拍子抜けして体から力が抜けていくのが分かった。


「………」


レインはどうしたいのだろう。お互いの気持ちが伴わなくても、いずれ義務として結婚する相手だと思っていたから、いきなりそんなことを言われても困惑するばかりだった。

だからといって、簡単にはその気持ちには応えてやれそうもないとクラウドは思う。何度も言うが婚約者とはいえ、クラウドはそもそもレインが気に食わないのだから。


「……いや、悪いが…俺はお前のことをそういう風には見られないと思う…勿論婚約者として尊重はするつもりだが…」


傷付けないように言葉を選びながら言ったクラウドとは対照的に、それを真顔で聞いたレインは「そうですか」と事も無げに返し、何事も無かったかのようにまたお茶を飲みはじめた。

その様子は普段と変わらず、口に運んだ菓子に頬を弛める姿にクラウドは呆気にとられてレインを見る。


「……………」

「何か?」

「いや…断られた割には、随分…あっさりしているな…と……」


何で自分の方が焦ってるんだろうと、クラウドがしどろもどろになりながら言うと。


「好き“かも”って言ったじゃないですか。私だってはっきり自覚して言った訳じゃありませんもの」

「……………」

「というかさっき気付いたばかりだし…もしかしたら勘違いかもしれないし…だから正直答えが欲しい訳じゃないというか…よく分かりませんわ」


レインは困った顔のまま「忘れてください」と、あっけらかんと言ってまた菓子に目を向けてしまう。


「……………」


何だそれは、とクラウドは思ったが、レインの方をじっとみつめても、その視線がもう此方を向くことはなく、この話が終わったことを覚った。


勝手に妙なことを言って、そして勝手に終わらせて。


なんて身勝手な奴なんだとムカムカと怒りが込み上げてくる。

イライラしながらまた庭に目を戻すけれど、さっきまで考えてた仕事の内容なんて全然頭に戻ってこない。

舌打ちを噛み殺して、仕事を言い訳にして席を経った。普段と全く同じ「お疲れさまでした」のかけ声にも返事をせずにレインを置いて出てきてしまったが、背後で閉じた扉を見つめてみても相手が追いかけてくることはなかった。それにまたイライラして足音を立てて自室に戻った。


結局この日は考えすぎて眠れない夜を過ごす羽目になった。





翌日、寝不足の重い体を引き摺りながらクラウドが学園へ登校すると、前を歩いているレインの後ろ姿が見えた。


歩く度にきらきらと揺れる青色に少しだけ気まずく、声をかけるのを躊躇していると、周囲のざわめきでクラウドの存在に気がついたレインは、振り返って何事もなかったかのように「おはようございます」と声をかけてきた。


「……………」


一瞬、昨日のアレは夢だったのかと勘違いしてしまいそうになるくらい、余りにもいつも通りなレインの態度に間抜けにも口が開く。

思わず動きを止めたクラウドに目もくれず、レインは「それでは失礼致します」とか言って踵を返して去っていった。


何なんだこいつは。俺の事が好きだと言った癖に。何だその態度は。そっけなさ過ぎるだろう。どういうことなんだ。


ぐるぐるする思考に、自分だけがこんなに悩んで馬鹿みたいだと、面白くなくてクラウドは腹立ち紛れに早足でレインに追い付いた。そしてわざと後ろから顔を覗き込むようにレインの肩口に顎を乗せて「何故先に行く」と耳のすぐ近くで囁いてやった。


「っ!?」


突然のクラウドの行動に、びくんと体を強張らせ驚いたレインは鞄を取り落として勢い良く振り返った。


「いきなり何をするんですか!」


「近過ぎです!!」と目元を染めて怒るレインの姿に、クラウドは満足して口の端を上げる。


そうだ、お前は俺の事が好きなんだから分かりやすくそういう顔をしてればいいんだ。


そんなことを考えながら、自分の想像通りの表情が見られたことがクラウドは可笑しくてたまらなくて。さっきまでのイライラが綺麗さっぱり消えて清々した気分になっていくのが分かった。


「婚約者なんだから別におかしくないだろ」

「節度というものがあるでしょう!?」


真っ赤になって喚く姿にクラウドは内心ほくそえむ。


いつも澄ました顔したレインがこんなに慌てる姿は滅多に見られるものじゃない。自分の行動一つで焦る姿が面白い。いつもやり込められている分、暫くこれで仕返しでもしてやろう。クラウドはそう考えて声を出して笑った。


「何笑ってるんですか…気持ち悪い…」

「くくっ」


睨んでくる目元も、吐かれた辛辣な悪態すらも全然気にならず。くつくつと笑いを溢しながら、クラウドは怪訝な顔をするレインから離れて落ちた鞄を拾ってやった。






その日は学園で模擬試合が行われる日であった。


勿論クラウドも一生徒として参加が義務付けられている。

王族だからと手を抜かれるのは我慢ならない。それなりに鍛練も努力もしている。相手に手加減など選択させない程度の実力はあるつもりだ。

成績としては学年で三番目というものだったが、上位二人は騎士隊長の子息とクラウドの従者であるヴォルトだ。上々だと思う。

それに最後の捨て身の踏み込みは自分でも中々だったのではないかと自負していた。なのに。


「クラウド様、どうしてあのようなことをしたのですか!」

「あのような…?あぁ、最後のあれか。相手の隙をつくいい機転だっただろう」

「そういう事じゃありません!」


レインはクラウドが自分の身を省みず相手に向かったことに対して怒っている様子だった。


「肉を切らせて骨を断つという言葉だってあるだろう、れっきとした戦法だ。お前にとやかく言われる筋合いはない」


誉められこそすれ、一方的に窘められる謂れはない。ムッとして目を吊り上げて怒っているレインにクラウドは言い返した。


「確かに有事にはそういった戦略も必要になるかもしれない。けれど今は有事ではありません。学園での模擬戦で王子が自らそのような怪我を負いにいってどうするのです!」


最後の一閃を仕掛けたときに、相手の木剣の先がかすった頬の擦り傷を見たレインの顔が一瞬辛そうに歪んだ気がして、クラウドは言い返そうとしていた言葉を思わず飲み込んだ。


そうか、そうだった。こいつは俺の事が好きだと言ったんだ。俺が怪我をしたら心配なんだな。


なるほど、と思った。


今までは頭ごなしに上から窘めてくる偉そうで腹の立つだけだった言葉も、レインがクラウドの事を好きだと言った後では「心配ゆえの小言」に聞こえる。

そう気付いた瞬間、言い様のない優越感が沸き起こって胸の空く思いがした。たまには素直に謝ってやるかとクラウドは表情を弛める。


「わかった…次からは気を付ける」


クラウドが素直に謝った事に、目を丸くしたレインは二の句も忘れてぽかんと口を開けた。虚を突かれて唖然とした顔が面白い。


「……何だ?」

「あ……いえ、ほんとうに気を付けて下さいね」

「あぁ」


クラウドが素直に謝った以上、これ以上説教する事もないと思ったのか、不審な顔をしながらもレインは友人達の輪の中へ戻っていった。

戻る途中にレインと同じように呆気に取られていたクラウドの従者に小さく「クラウド様は何か悪いものでもお食べになったの?」とか聞いているのが聞こえたが何故か気にならなかった。




他にも思い当たることはあった。




「わからん!」

「そうですね…この辺りの国は似ている名前も多く国の特性も多様性があって覚えにくい…地図を持ってきましょうか」

「地図なんかで覚えられたら苦労しない」

「では自分達で地図を作り、そこに国名を書き込んでいくというのは?書いた方が頭に入りやすいと思うの」


共に受けている経済学や帝王学の授業で行き詰まった時も「王子ともあろう者が友好国の名前を間違えたら格好つきませんよ」と苦言を呈することはあっても、クラウドが覚えられるまで根気よく付き合ってくれるのは、やはり自分のことが好きだからなのだろうとクラウドは思った。



「ちゃんと人参も食べてください」とか「そんなに怒ってばかりいると将来御髪が薄くなりますよ」とか、今までは余計なお世話だと思っていたことも、気が付けば言われても腹が立たないどころか気にもならなくなっていた。



喧嘩をすることも少なくなって、自分達の関係は明らかに改善されていた。

クラウドもいつからか、このままの関係がずっと続けばいいとさえ思うようになっていた。




それなのに。




「どうしてあのような事を言ったのですか!!」

「あいつは明らかに下心を持ってお前に言い寄っていただろう!!」

「そんな事はありません!!彼は友人です!!普通に話をしていただけよ!!」

「そう思っているのはお前だけだ!!」


夜会の最中に、レインが知らない男と楽しそうに話しているのを見かけて、頭にきて無理矢理二人の間に割り込んでレインを無理矢理バルコニーまで引っ張り連れてきた。かっとなってよく覚えていないが「王子の婚約者に色目を使うなど恥を知れ」とか言ったかもしれない。


「お前はただの友人だと思っていても相手もそうだとは限らないだろう!!」

「だからってあんな言い方をしなくても…!!」

「お前は婚約者の俺よりもただの友人のあの男の言葉を信じるのか!?」


売り言葉に買い言葉でどんどん口論がエスカレートしていく。少し離れた場所で各々の従者がおろおろしてるのが分かったけど止められなかった。


イライラする。


何であんな奴の味方をするんだ。

お前が好きなのは俺だろう。

何でだ。


ぐるぐると黒い感情が腹の中で渦巻いて苛立ちばかりが募っていく。


「………クラウド様は、最近おかしいです」


引き下がらず怒鳴る自分にレインは苦虫を噛み潰したような顔をして唇を噛んだ。相手も俺と同じように大分苛ついているらしい。

いつもと違い、海色の目は冷たく凍てついた色をしていた。相手の表情が読めないことに内心動揺しつつもクラウドは平静を装って口を開く。


「何がだ」

「……私が、好きかもしれないって言ったからですか?」

「は?」


一瞬レインの問いかけの意味が分からず、間抜けにも口が開いた。


「最近私に対する態度が変わりましたね」


言われてみればそうかもしれないとクラウドは思う。しかし意図を持ってからかったのは最初の時だけで、あとは意識してそうした訳ではない。


「それとこれと今何の関係が…」

「もし、そうだとしたらクラウド様は本当に馬鹿です」

「何!?」


思わずレインの肩を掴んで睨み付ける。至近距離で交わった視線の先の青い目は静かに怒りを湛えていた。滅多に見せない本気の怒りに怯む。


「誰がそんなこと頼みましたか、返事はいらない、忘れていいって言ったでしょう」

「レ…」

「第一、貴方も気持ちには応えられないって言ってたじゃありませんか。私をからかって遊んでいたつもりですか?それとも同情でもしましたか?」

「それ、は」

「ちょっと勘違いしてただけですよ。貴方も何本気にしてるんですか、大馬鹿としか言えませんわ。そういうの、本当に迷惑です」

「っ…!!」


レインは肩にかけられたままのクラウドの手を振りほどいて突き飛ばしてその身を離した。そのまま呆然とするクラウドを見ることもなくレインは踵を返す。


「スノウ、帰りますよ」

「はいレイン様……えっと……殿下が固まってますけど良いのですか…?」

「…………いいのよ、あんな人ほっとけば」


レインの後ろ姿が完全に見えなくなり、聞こえていた音楽が止み、夜会が終了する時刻になってもクラウドはその場を動くことができなかった。

空気を読まないヴォルトに「俺ももうすぐ終業時間なので帰っていいですか」と催促されるまで、固まったままレインに言われた言葉がずっと頭の中を廻っていた。




それから一週間。




話どころか目も合わせてくれないレインに始めのうちは苛立つばかりだったが、一日、二日と過ぎていくにつれ後悔ばかりが膨らんで、どうしていいか分からずクラウドは毎日頭を抱える羽目になった。



何故こうなった。

俺は悪くない。レインから俺のことが好きだと言ったんだ。言ったくせに本気にするなとか。何なんだ、身勝手過ぎるだろう。


確かに最初は面白がって遊んでいたけれど、クラウドだって最近は少しだけ関係が良好になったことに安堵していたと言うのに。


「……くそ……」

「言葉遣いが悪いです、あと机壊さないでくださいよ」


ちっとも消化出来ていない書類ののった文机に突っ伏して、ぐるぐる唸りながら足をガタガタ鳴らしていると、いつの間にか来たのかヴォルトがクラウドの無作法を窘める。

ヴォルトは両手に持っていたカップの片方をクラウドの前に置いて、もう一つのカップを持ったまま自分は応接セットの椅子へと腰掛けた。


「今度は何喧嘩したので?」

「べつに…」

「レイン様の侍女ちゃんも、レイン様も同じこと言ってたって言ってましたね」

「っ」


レインの名前を聞いただけで肩を跳ねさせたクラウドに「話せば楽になるかもしれませんよ」とヴォルトが苦笑する。

目の前に置かれたコーヒーの入ったカップを両手に掴みじっと黒い水面に視線を落とす。


「……………あいつが……」


顔を上げられないまま意を決してぽつりと話す。


「俺のこと好きかもしれないって言ったんだ」

「レイン様が?」

「レインが」


レインが俺のことを好きだと言ったから、煩い小言も素直に聞けたし、無駄に反発することもなくなった。心配されて素直に嬉しかった。それなのにレインが自分より他の男を庇ったから。


「だから…俺は…その、気に入らない相手でも、政略のために仕方なく結婚する相手だとしても…傷付けたくなかったし…気持ちには応えてはやれないが、婚約者という肩書きがある以上…将来の伴侶の義務として一番近くにいて守ってやろうと…しただけで…」


自分でも整理がつかない感情を上手く説明できずにクラウドが項垂れて口ごもりながら言うと、ヴォルトの呆れたような溜め息が頭上から聞こえた。


「それって…レイン様が殿下のことを好きなんじゃなくて、殿下がレイン様のことを好きなんじゃないですか」

「んな…っそ、そんな訳ないだろう!!」


レインからクラウドのことを好きだと言ってきたのだ。

「断じて俺がレインを好きな訳じゃない」とクラウドがそう言えば、ヴォルトは更に呆れた顔になった。


「だって普通は仕方なく結婚する政略結婚の相手で、しかも気に食わない相手に好きとか言われてもうんざりするだと思いますけど…それなのに傷付けたくないとか、レイン様の言動にいちいち一喜一憂してみたりとか…女々しすぎるでしょう流石に」

「そ、それはあいつは一応俺の婚約者だし…王家と伯爵家のわだかまりになっては不味いと思って…」

「じゃあ何でレイン様に“何本気にしてるんですか”って言われてそんなにヘコんでるんです?」


ぐさりと特大の棘が胸に刺さる。


無意識に項垂れたクラウドの頭上に、また大きな溜め息が降ってきた。


「しかもそれ今始まったことじゃないですからね」

「は?」

「子供の頃からレイン様に構ってほしくて、わざと怒らせるような事言ったりちょっかいだしてみたり、そういう時の殿下の顔ってすっごい緩んでるの気付いてますか?レイン様と喧嘩したり、それでレイン様が泣いたり無視したりすると面白いくらいに狼狽えてるのも」

「な……」


「レイン様が視界に入るとガン見してるくせに、いざレイン様が此方を向くと無意識に目をそらして見てない振りしてるのにも……その様子だと気付いてなかったんでしょうね」と呆れたように溜息を吐くヴォルトに二の句も告げずにクラウドは呆然と口を開け閉めする。


それならば自分はずっと前から。


それこそ物心ついた頃からレインのことが好きだったって事ではないか。


そんなの信じられない、いやいやいや、ない、あるわけない。だってレインだ、あの勝ち気な顔で俺の神経を逆撫でするような事を平然と上から目線で言ってくるあのレインだ。強がりで何でも一人で背負い込んで、具合が悪くても隠そうとして、もっと俺を頼ればいいのに自分が疲れてても平然として見せて。弱味なんて絶対見せたりしないあの可愛いげのない……いや、笑った顔は可愛いかもしれない…空色の髪は柔らかそうで、深い海色の青い目も引き込まれそうになるくらい綺麗だ。途中で投げ出さないところや誰かのために心を砕けるところは尊敬できるし、もっと友人や使用人達に見せるような笑顔を自分にも…


「って……違う!!!!」


思わず「嘘だっ!!」と声を荒げ頭を掻き毟ると「青いですねぇ」とヴォルトが他人事の様に言って、すっかり冷めてしまったコーヒーを一口啜る。


気付きたくないものに、気付いてしまった。


これはアレだ、恐ろしいもの、苦手なものに立ち向かわざるを得なくなった瞬間の、背筋が寒くなって一気に奈落に突き落とされたみたいな状態に陥った時とおんなじだ。


要するに恐慌状態。

まともに考えることすら出来ない。


認めない。


「違うぞ!!そんなの絶対認めない!!」

「認めないのは勝手ですけど仕事はちゃんとして下さいね」


「殿下が落ち込んでる間にもうこんなに書類が滞ってるんですからね」と、至極当然のヴォルトの返答に言葉に詰まる。


「どうすればいいんだ…俺は…」

「さっさと仲直りすればいいじゃないですか」

「………目も合わせてくれないのにか?」


ここ最近の避けられている態度を思い出し、クラウドは再び机にゴンと頭を打ち付ける。

「ラブレターでも書いたらどうですか、案外手紙なら素直になれるかもしれませんよ」と投げやりに言うヴォルトをぎっと睨み付ける。


「………大丈夫、きっとレイン様も仲直りしたいと思ってますよ」

「………………」


にこ、と笑ったヴォルトに返す言葉がなくて、クラウドは無言で冷たくなったコーヒーに写った自分の姿を眺める。

「じゃあ俺は終わった書類を大臣様に届けてきますから」とヴォルトが立ち上がって部屋を出ていった後も、踏ん切りがつかず机に肩頬をつけて考え込んでいたらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。

気付いたときには既に夕方で、慌てて立ち上がるとその振動で机の上から何かがころりと落ちた。


「……これは……」


小さな透明の袋には手作りらしい焼き菓子が入っていた。そのラッピングには前にレインから貰ったのと同じ水色のリボンがかけられていた。


「レインが……」


どっ、と心臓が跳ねて一気に顔に熱が上がってくる。


本当にレインも仲直りしたいと思っているのだろうか。

まだ少しは俺のことを想ってくれているだろうか。


今すぐに何かを言わなきゃいけないような気がして、クラウドはクッキーを片手に掴んだまま駆け出した。


「ヴォルト!!レインはどこにいる!?来たんだろ!?」

「わっ、目が覚めたんですか殿下。レイン様なら王妃様にお会いしてから帰るって言ってましたよ」



「母上!レインはいますか!?」

「っ…突然何です!?レインなら先程学園へ戻りましたよ」



「レインっ…レイン・ドロップ伯爵令嬢はどこにいる!!」

「でっ殿下!?ドロップ伯爵令嬢ならさっきお帰りになられましたが」



執務室、王宮、学園、と走ってレインの姿を探したが、すれ違ってばかりで追い付けないことに焦って足が縺れる。

よくよく考えれば夕方なのだから自宅へ向かっている可能性が一番高い訳だが、そんなことにも気付けない程クラウドは焦っていた。



「レインっ!!」

「っ!?」


漸く辿り着いたドロップ邸の門先で馬車から降りるレインの姿を見つけたクラウドは、乗ってきた馬から転げ落ちる勢いで飛び降りる。その剣幕に驚いたレインがびくりと肩を揺らした。


「く、クラウド様?どうかなさったのですか?」


「お一人でこんなところまで来るなんて何か火急のご用が…」と気を引き締めたレインの顔を見た途端、言わなきゃいけないことが口から出てこない。


ぎゅっとクッキーの袋を握り締める拳に力を入れて、口を開きかけては閉じるというのを繰り返していると「クラウド様?」とレインが駆け寄ってくる。


「どうしました?もしかして具合でも悪いのですか?」


何も言わない自分に、心配そうに顔を顰めたレインが此方に手を伸ばす。ひたりと頬に当てられた手に、ぼっと一瞬でクラウドの顔は真っ赤に染まった。


「ッ!!?」

「クラウド様?」

「な、なにを…っ!?」

「あの、ほんとにどうしたのですか?」

「さわ、触るな!!」


レインに触れられたところが熱くて息が止まりそうになってクラウドは慌ててその手を払い除けた。


「……そうですか、申し訳ありません。余計なお節介で」


払われた手を自分の胸元で握り締め、きっと睨んでくるレインに焦って思わずその腕を掴んだクラウドは「っ違う!!」と叫んだ。


「何が違うの、私が嫌いだから触られるのも嫌なんでしょう!!」

「違うんだ!!」

「違わな…」

「違うって言ってるだろう!!好きだ!!」

「っ!?」


クラウドの話を聞こうともせず、暴れて手を振りほどこうとするレインに頭に血が上って思い切り叫んだ。


「好きなんだ…!!」

「え…えっ!?」

「俺は……お前がっ…!!」

「え、あの…え!?」

「お前が俺を好きだって言ったよりもずっと前からっ…俺は…っ!!」


気付いたのはついさっきだけれど、衝動に任せて叫んだことでずっと自分の中にあった想いに漸く名前がついた。


「お前が俺を好きだと言ったから…!!なのに本気にするなとか…!!」

「く…クラウド様?」

「勝手すぎるだろう!!お前は俺のことを本当に好いているのか!?」


クラウドが半ば自棄糞ように言うと、クラウドに肩を掴まれ頭を揺さぶられるままだったレインの頬が急速に赤く染まっていく。


「お前は俺のことをっ………あっ」

「……………」


間抜けにも口を開いた俺は、目の前のレインのその表情に自分の言ったことを理解して「……な、あ…!!?」と言葉を詰まらせた。


「え…と…クラウド様、は…私のことが好きなのですか…?」

「う、あ…」

「だから、ここのところずっと態度がおかしかった、とか…?」

「ち、ちが…」

「違うのですか?」

「いや……違くは、ない、けど…!!」


だらだらと変な汗が出てきて、声が震えてまともに言葉が紡げない。

焦る自分とは対照的に、レインはみるみる顔を綻ばせ、いつもクラウドを言い負かす時の笑顔を浮かべた。


「そうですか…クラウド様は私のことを好いているのですね?」

「なっ、お、お前が先に俺のことを好きだって言ったんだろう!?」

「好き“かも”って言っただけです」


「へーそうなんですか、そんなに私のことだーい好きだったんですねー」と棒読みで言ってくるのが物凄く腹立つ。


「お前のせいだろう!?お前がっ…あんな事言わなければ俺だってこんな…!!」

「クラウド様駄々っ子みたい…」


苦笑したレインの腕を引いて、クラウドはその体を自分の腕の中に閉じ込める。


「とにかく、お前のせいだ!!責任を取れ!!」

「……ふっ……くく…」

「笑うなっ!!!」


「だって……ふふっ、今までのあれ、全部…ただの焼きもちだったとか…」と、笑い声を堪えきれていないレインの肩口に顔を押し付けたままクラウドが唸りながら羞恥に耐えていると、背中に腕が回された感触がして体が跳ねる。


「れ、レイン…?」

「……本気にしていいですよ」

「っ!?」

「多分、私も勘違いじゃないんだと…思います」


その言葉にどくどくと心臓が跳ねて、かっと頭に血が昇る。胸には言い様のない幸福感がせりあがって行き場を失くした感情がレインを抱き締める腕を強くした。



しかし気になったことが一つ。



「……その“かも”とか“多分”とか止めろ」

「クラウド様?」

「その…ちゃんと、だからっ…」


レインの顔を見ていられなくて肩口に顔を埋めたまま、しどろもどろになりながら言う。また耳元でクスクス笑う声がした。


「…私もクラウド様が好きです」

「っ!!」


「ちゃんと、好きですよ」とい言葉にクラウドの胸は一杯になった。




唐突に降って沸いたこの恋に、レインが腕の中で笑っているこの瞬間、今度こそ時間が止まってしまえばいいのにとクラウドは思った。


二次創作で使ったネタのリサイクル。


クラウド・ウェンザード

それなりに優秀で見目も良いのに、言動がそこはかとなく残念なウェンザード王国第三王子。好きな子を苛めてしまうタイプ。誉められるとすぐに調子にのってしくじる。レインに「好きかもしれない」と言われ有頂天になり無自覚に独占欲を発揮した結果、ガン無視され漸く恋心を自覚。将来的に「レインへの恋情に気付けなかったあの十年は本当に無駄だった」と開き直って溺愛するようになる。

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