バランス
「ふぅ、ただいま。」
不用心にも開けっぱなしにしてた窓から家に戻り一息つく。次からは窓を閉め忘れないようにしなきゃ。
「モーちゃん。これどうやって戻るの?」
「モー」
解除の意を込めて呪文を唱えればいいらしい。やっぱりこの変身システムすごく適当だ。
「・・・」
・・・なんでも良い言われると、これもかっこ良く解除したくなる。やっぱり怪盗なら指パッチンは外せないかな・・・。
「・・・リリース」タァン
少しだけ気恥ずかしがってしまったが、気持ち良かった。やっぱり指パッチンは上手くいけば格好いい。
「・・・ん?」
目の前の全身鏡を見る。
「・・・んんん?なに、これ?」
明らかにおかしい。最初の変身よりはおかしくないけど、度合いで言えば天地がひっくり返るくらいおかしい。
「これ、ぼく?いや、わたし?」
目の前の鏡に写っていたのは、超可愛い女の子だった。
ど、ど、ど、どういうこと!?
「モーちゃん!?」
「モー」
モーちゃんを呼ぶ声もさっきより高い。そしてモーちゃん曰く、バランスを取るために女の子になってるらしい。そんな副作用あるなんて聞いてないよ!?
ん?副作用・・・!?
「モーちゃん!これ以外の副作用って、ある!?寿命減るとか!何かを失っていくとか!」
「モ」
特に無い。・・・はぁ~~~~。良かった。これで寿命を対価に払ってるとかだったら即刻クーリングオフする所だった。
ちなみにどれくらいこのままなの?と聞いたら、あと20分くらいと言われた。まあ、それくらいなら良いだろう。可愛いし。
「坊ちゃま。お掃除に参りました」
「!?」
ドアがノックされ桜さんが話し掛けてくる。今の状況を見せるわけには行かないので止めようと喋りそうになったが、間一髪辞められた。
(この世界の感覚で行けば今の僕の状態だと最悪、警察行きもありえる・・・!)
男女比が偏っており、性別観が違うこの世界だと少女とはいえ絶対に不審者になりかねない。
(も、モーちゃん!僕の声で駄目って言って!)
「モー」
『駄目』
「っ、はい、わかりました。では後程また参ります」
セーーフ!ふぅ、危なかった。ちょっと桜さんには申し訳ないと思うが、お互いが幸せに生きるためだ。勘弁してください。
ただこのまま20分待つのも悪くは無いが、暇なので今の僕と前の僕の間違い探しを再開することにした。今回はこのパソコン。
「このゲームしか入ってないってことは、これだけやり続けてたのかな・・・?」
デスクトップにあった唯一のゲームを起動しようとした。が、念のために、そのサイトのゲーム説明文を読むことにした。これだけ世界が違えば、男性専用のゲームです。とか、ゲームにおける禁止事項とか、色々特殊ルールがありそうだし。
だがそこまでおかしな所は無かったと思う。種類はただのえむえむおー?で、性別種族を自由に決められ、「この世界のあなたは、誰でもない!唯一人の冒険者!」と謳われていた。謳い文句としてあってるのかな?
オンラインゲームなんてやったこと無いが、まあ興味はあったしワクワクしながらログインしてみた。
「おお。えっと、キーボードで移動するのか?それともマウス?あ、どっちでも出来るんだ。へー・・・」
ゲームの中の僕のキャラは男性だった。というか、気のせいじゃなければ男性キャラ多くない?やっぱり戦って冒険するのは男のロマンという奴なのだろうか?
「すごいなぁ。据え置き機のRPGと同じ感じだ」
ちょっと付近を歩いてみたり、色んなコマンド?を押したりしたらフレンドという物が出てきた。
そのままの意味なら友人に関するリストなのだろうか?そこそこの人数が載っている。
「・・・・この人達の事は、知らないなぁ」
オンライン上での人間関係は僕に引き継がれていないようだ。と昔の自分が作ってきた関係に、フレンドさん達がもう関わることが出来ない事に申し訳なさを感じていると、ピロンと音がした。
「ん?んーっと・・・これかな?」
チャット、という物に何か来たようだ。
/ へーい、ラビっちー。暇なら稼ぎいこー
ラビっちが何なのかと思ったが、キャラ名が「ダブラビ」だったので、それかと思った。
「・・・ごめんなさい。僕はもう、ラビっちじゃないんですよ・・・」
ここで悩んだ。この世にダブラビを操っていた人物はいない。帰ってくるかどうか分からない。であれば、ゲームを辞めると代わりに言ってあげた方がいいのだろうか。
オンライン上とは言え人間関係。下手を打つことは出来ない。
そしてうんうんと悩んだ挙げ句僕の取った手は、
「すみ、ません。一旦、このゲーム、辞めますので、また、いつかです。っと」
一旦辞めた扱いにした。これならこの先、ダブラビが帰って来た時でも迎えられやすいだろうし、最悪駄目であっても辞めた扱いなのだから大丈夫だろう。
それに、たぶんこのダブラビは僕の生きた証だ。このゲームが終わる時に一緒に消えてしまうだろうけど、それでも、証が残っているのは良いことだと思う。
「モー」
「え、時間?ああ!戻るのか!」
最後の挨拶をしてからゲームのワールド選択画面まで戻ると、モーちゃんが時間切れを教えてくれた。急いで立ち上がると、次の瞬間には元の体に戻っていた。
「おお・・・。本当に戻った。」
その後どうしようかと思ったが、ゲームが面白そうだったので、ダブラビとは別のワールドにキャラを作って最初から始めることにした。ダブラビはレベルが100を越していたが、僕がそこまで行けるのはいつかな?
「ダブラビ、ダブラビ・・・ああ!そういうことか。じゃあ僕は・・・」
最初の名前を決める場面。何となくダブラビをもじった名前にしようと思い、ダブラビの語源を考えたところ、ダブルラビットの略かな?と思った。名前が二兎なので、それを変換して使ったに違いないと考えた僕はツインラビット、略してツイラビとした。
「容姿か・・・ふむ」
「モー?」
「流石に牛型とか牛柄は無いよね。となるとー・・・あ、そうだ」
先程の自分の姿を思い出し、可能な限りその通りに作ることにした。ツイラビは小学5年生くらいの女の子で、とりあえず可愛い。前の世界ならテレビの人気者間違いなしである。
ただ、身長制限でそこまで持っていけなかったので、中学2年生くらいになった。
「よーし、遊ぶぞー!」
ゲーマーではないとは言え、男子高校生。面白そうな物には嵌まってしまうのである。
コンコン
「お坊っちゃま。夕飯の支度が出来ました。」
「・・・え!?あ!もうこんな時間!?」
オンラインゲーム恐ろしや。気づかない間に数時間プレイしていたようだ。
「桜さん。今日のご飯は何?」
「!?・・ほん、じつの夕飯は煮込みハンバーグでございます。二兎様が明日より学校に行かれますので、明日の元気の源になるよう心から調理しました」
「へー・・・美味しそうな匂いだね」
「ありがとうございます!」
リビングに入りダイニングに行ったが蕾がいなかった。
「蕾は?」
「・・・蕾様は、お外でお召し上がりになるそうです」
「へぇ。・・・じゃあそのもう片方の皿は桜さんの?」
「い、いえ!これは間違って出してしまったものでして、私なんかがご一緒させていただくなんて・・・!」
すんごい気分が悪い。あと雰囲気も悪い。
朝から感じていたがどうもこの家の中で僕は恐れられているようだ。蕾は朝僕を見るだけで腰を抜かしてたし、桜さんも僕が少し強く出たりすると体が震えている。
(どうしようかな・・・・)
「・・・・・モー」
(そういえばモーちゃん何も食べてないね。)
お腹が減ったような悲しい声を出すモーちゃんを片目に強行手段を取ることにした。一緒の家に住んでるんだから、強引に行った方が楽で早い。
「桜さん」
「はい。」
「桜さん同席ね。桜さんの分も作ってあるんでしょ?同じ机に並べること」
「えっ!?いえ、でも、」
「なに?」ジーーーー
「・・・・かしこまりました。」